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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第四章 錬金術の国

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05:尋問


 シュブリエとエドメの騒動、そしてエヴァの登場によって加速する混乱がようやく収束したのは十分後のことだった。


 もはや無気力な姿勢で席に座るオレに対して、向かい側に座るエヴァが咳払いを一つ起こしてみせた。


「今日はただ話し合いをしに来ただけよ。このお馬鹿は放っておいて、気張らずに付き合ってちょうだい」

(アンタもその内の一人だぞ……と言うのは止めておくか)


 さすがのオレも、皮肉を口にしてさっきのような事態を繰り返す被虐(ひぎゃく)趣味はない。

 お馬鹿、と名指された魔術師――金髪の青年シュブリエが、エヴァの隣で閉口したままオレを(にら)()える。


「…………」


 ただの話し合いとは言うが、これは聴取(ちょうしゅ)ではなく強制尋問(じんもん)だろう。相手の態度や雰囲気を読み取れば、何を目的として話し合いの席が(もう)けられているかくらいの想像は付く。


 その要員に〈制裁(せいさい)の術師団〉であるエヴァとシュブリエが目の前に座っているのは理解できる、だが……


「どうして、エドメとメリザンシヤも同席してるんだ?」


 オレの問いに、エヴァが離れた席に座る二人へ視線を向けながら答える。


「ついで、ね。信奉者(しんぽうしゃ)の残党……〈祈りし者〉を名乗る集団の構成員について、直接あなたたちに報告したいと思ったからよ」


 再度、オレの様子を(うかが)うようにして、少女の大きな瞳がこちらを向いた。


「だけど、まずはベルトラン。あなたが“風砂(ふうさ)の国”で信奉者と交戦した当時の状況について、覚えていることを全て教えてちょうだい」

「全て、ね……」


 容姿に見合わない、大人びた物言いでそう告げるエヴァに、オレは肩をすくめて――数日前の記憶を(さかのぼ)った。




「なるほど。“魔人”と〈大真理の器(アニマ・ノルム)〉、そして……“永遠(えいえん)の国”」


 オレの話した内容を反芻(はんすう)するように、訥々(とつとつ)と呟くエヴァ。


「これで全てだ。満足したか?」


 無実を主張する被疑者のごとく両手を広げて、洗いざらい教えたことを身振りで示す。

 そんなオレに(いま)だ冷めた視線を向け続けるシュブリエ。証言の真偽を疑わしく思い、眼光を鋭くさせている――外面からはそう見えるが。


(こいつ、今……“水の魔術”を使ってるな)


 ――水の魔術は“物質操作”と同様に、比較的に簡易な魔術として基礎の部類に入る魔術だ。


 そんな単純とも言い換えられる魔術であっても、使用者の才覚と研鑽(けんさん)された技術の如何(いかん)によってはいくらでも独自の改変が可能だったりする。


 例えばそれは、水の表面に景色を映し出す魔術であったり、水の性質を毒性へと変化させたり、あるいは。


(触れずに相手の脈拍(みゃくはく)を確認するくらいの応用、だとかな)


 人が嘘を付くとき、瞳孔(どうこう)や心拍にも影響するという話を聞いたことがある。

 オレが何かを隠していると、そう疑っているのだろう。


 〈制裁の術師団〉は魔女アリギエイヌスの討伐(とうばつ)以来、リディヴィーヌの貢献(こうけん)もあってか、冒険者組合と同じく公的な中立機関としての立ち位置を確立しつつあった。とすれば、こいつらも大討伐の交戦について大体の経緯を把握しているはずだ。


 本当に聞き出したい情報はおそらく、あの状況でオレがフォルトゥナと何を会話したか、だろう。

 たしかにオレは会話の内容を一部伏せて提供した。だが、それは――


(……フォルトゥナに“お前は魔人だ”と告げられた、なんて打ち明けるのはさすがに自殺行為だからな)


 目の前でオレを(にら)み付けるシュブリエの視線。こいつだけが特別、オレを憎んでいるわけではない――この審問所(しんもんじょ)にいる魔術師のほぼ全員がそうなのだ。


 そんな所で、信奉者との繋がりを匂わせるのはあまりにも危険すぎる。


「…………」


 シュブリエの魔術に気付かぬ振りをして、即座に体内速度を遅延魔術によって制御する。

 エヴァがちらりと隣を振り向くと、青年はさり気なく首を振った。『嘘は付いていない』――そう合図したのだろう。


「分かったわ、協力ありがとう」

「もういいのか。てっきり、信奉者だと疑われたまま拷問(ごうもん)でもされるのかと思ったが」

「そんなことをしたらリディヴィーヌに絶交を言い渡されるわ、それだけは御免(ごめん)よ」

「絶交されなければやってる、みたいな含みがあるな、はは」


 オレの笑いに、エヴァがにっこり笑みで応じた。

 …………


 聴取はこれでおしまい、とエヴァが手を叩いて話を締めくくると、今度は室内の(すみ)で待機する二人へ聞こえるようにやや声を大きくする。


「あなたたちにも教えておくわ。おそらく、連中はアリギエイヌスを復活させようとしている」

「――!」

「…………」


 オレを(のぞ)く二人、メリザンシヤとエドメがそれぞれ驚いたような反応を見せた。


「あなたは驚かないんですね」


 それを目ざとく確認していたシュブリエが、オレの顔を(いぶか)しげに見る。


「あのイカれた魔女大好き集団がやりそうなことだからな」

「……そうですか」


 方法までは知る(よし)もないが、〈大真理の器(アニマ・ノルム)〉なんて大それた名の魔術装置を使う目的があるとすれば、大方の見当は付いていた。


 オレの軽口にそれ以上の追及はせず、口を閉ざすシュブリエに替わりエヴァが話を再開した。


「じゃ、判明している構成員の情報を共有しましょう。まずはフォルトゥナ・パル―フェ。聖職者崩れのクズで、リディヴィーヌの“元”三番弟子ね」

「…………」

「フォルトゥナがいつ頃から信奉者と接触していたのかは不明ですが、リディヴィーヌ様の話によれば顔を見せなくなったのは約一年前から。音信が途絶(とだ)えたのは二、三ヶ月前とのことです」

「フォルトゥナ――クソゴミクズが信奉者を(ひき)いてんのか?」


 シュブリエの補足説明に、エドメがやや調子を落として会話に参加する。


「どうやら、そのようね。いったいどんな理由があってアリギエイヌスなんかを崇拝(すうはい)し始めたのか、全く分からないけれど」

「……崇拝、か」


 あの場において一瞬だったものの、実際にフォルトゥナと話してみた感じでは、信奉者によく見る熱に浮かされたような雰囲気は微塵(みじん)もなかった。

 それよりはむしろ、何らかの利害の一致から信奉者側に身を置いた……そう考える方が自然ではある。


 魔女討伐の最前線から帰ってきた“聖者”フォルトゥナ。果たしてその繋がりがどの瞬間にあったのか、そんなことは本人以外に知る(すべ)はない。


 ふと、会話の途中でシュブリエが魔術を唱える。今度は隠密詠唱(おんみつえいしょう)ではなく、堂々と目の前で発動したようだ。

 そうして机の上に現れたのは、いつぞやの庭園でも見た、手のひらほどの大きさをした水の球体だった。


「次は、この“人の姿をした怪物”、リームス・ダルモン」


 エヴァの説明と同時に、球体の水面に男の姿が映し出される。


 精巧な刺繍(ししゅう)(ほどこ)された衣服の上に、緋色の外套(がいとう)を羽織った老年の男だ。杖を突く老紳士然とした(たたず)まいとは裏腹に、束ねた黄金色の髪が色濃く野心的な輝きを放っていた。


「ダルモン……」

「ええ、あなたたちの妹弟子、シャルロッテ・ダルモンの父親よ」


 エヴァがそれを言い終えるよりも先に、エドメの忌々(いまいま)しげな舌打ちが室内を響く。


「この男は初期の段階からアリギエイヌス陣営の中核にいた幹部の一人ね。アリギエイヌスに心酔(しんすい)していて、魔術師としての強さは別格と言っていい。アリギエイヌス討伐作戦から数十年、姿を(くら)ましていたけど――メリザンシヤ、あなたは昨日、この男と戦闘したと報告にあったわよね」

「……土人形(ゴーレム)を即座に練成する魔術を使ってきましたが、別格という評価には疑問があります」


 部屋の隅の席に座り、無表情のままそう答えるメリザンシヤ。

 あなたからすれば、ねと頭を振ると、エヴァが(ふところ)から結晶体――魔封具(まほうぐ)を取り出した。


「こいつは他人の魔術を見ただけでその魔封具を“盗作”することができる、結晶化の達人なのよ。おそらく、私たちの魔術は()()()()網羅(もうら)されていると言っても過言ではない」


 少女の手の上に乗せられているものには見覚えがあった。形や大きさ、反射する虹色の輝き――それは、ルドヴィックの屋敷で暗殺者が持っていた“加速”の魔封具だ。


「ならず者たちに加速の魔封具が流通していた件も、この男が実験として流していたと我々は推測しています。使用者への負荷の強さからして、まだ試作段階の可能性はありますが……」

「人の命を“材料”として見る正真正銘のゴミクズで、〈魔術逸らし(デヴィタトール)〉の製造方法もこの男が錬金術の国から引き継いで技術をひけらかした結果、その正体がおぞましいものだと判明したのよ」


 途中から吐き捨てるような語調で説明するエヴァ。


 水面上の投影(とうえい)には、温和な表情で杖を持つ老紳士が揺れていた。(いつく)しむような眼差(まなざ)しで杖を握るその姿を“信奉者の幹部”と知らずに見れば、老後を安らかに過ごす好々爺(こうこうや)くらいにしか思わなかっただろう。エヴァたちの語る人物像とは印象が違いすぎる。


「自分の妻さえ、こいつは」

「……ん?」


 ぼそりと出た言葉は、しかし最後まで(つむ)がれずに、エヴァはシュブリエに次の投影を用意させた。

 しばらくして水球に映し出されたのは、灰色髪の隙間から整った顔立ちを覗かせる青年の姿だ。


「最後に、この男――バンジャミン・ディオメッド。冒険者組合の最優先追討(ついとう)対象で、白幻(はくげん)の国の暗殺者ということまでは既に判明しているけど、信奉者に加わった目的は不明ね。順当に考えるなら、白幻の国と信奉者に繋がりがあるということだろうけど」

「ディオメッド家から表面上は勘当(かんどう)されていますが、裏では王直属の暗殺家業を引き()いでいるようです」


 シュブリエの補足に、ルドヴィックの護衛任務の記憶を思い出す。


 領主の館内に突如(とつじょ)現れて、おかしな交渉を持ち出してきた暗殺者だ。こいつはあの時、先行してルドヴィックの暗殺を実行しようとしていた刺客(しかく)――クロードという女にひどく執着していた様子だったが……


 オレたちが黙って話を聞いていると、やがて、水面に映る影が泡になって消えていく。水球の方もまた、本来の役目に戻るようにして机の上の茶器へ流れ落ちていった。


「……紹介は以上か?」

「現状では、そうね。他に〈精鋭(せいえい)の杖〉の構成員五名が判明したけど……この連中は既に四名が死亡を確認しているから問題ないわ」

「…………」

「で、オレたちにどうしろと言いたい」


 白々(しらじら)しい空気に付き合うのも面倒になって、オレはさっさと話を進めるために直球で問う。

 すると、即座に反応したのは斜め向かいに座るシュブリエだった。


「〈禁忌(きんき)と制裁〉の規律に従って、これらを討伐してください。あなたが信奉者ではないというならば、それを証明できる唯一の機会です」

「もう忘れたのか、オレは信奉者に寝返った元勇者の女を仕留(しと)めたんだぞ。さっきの話をもう一度するか?」

「ハッ、魔術の使いすぎで脳みそがスカスカになってんじゃねェのか」


 離れた席からエドメが口を挟む。よほどシュブリエが気に食わないのか、珍しくオレの軽口に乗っかってきた。


 背後からの悪態に、金髪の青年が苛立たしげに眉をひそめる。また喧嘩でも起こしそうな気配に、エヴァが両手を叩いて立ち上がった。


「今日はただ情報を伝えたかっただけよ。リディヴィーヌが信奉者の追跡で不在だから、私が代わりにそれを()け負ったの」


 ここに来る前の通信で、情報は十分に伝えられたはずだ……と言いたいところだが、魔術による伝達は傍受(ぼうじゅ)される可能性もなくはない。

 もっとも、今さら信奉者の構成員など伝えられたところで、それをもとに真っ当な対策を立てるつもりはまるっきりないが。


「聴取は終わり、ベルトランとメリザンシヤは好きに帰って貰っても構わないわ。エドメ、アンタはこの後で任務よ」

「チッ、クソバ……クソが」


 咄嗟(とっさ)に出掛かった言葉を飲み込んで、エドメが心底うざったそうな顔つきのまま部屋を後にした。


 それじゃあね、と言ってエヴァも休憩室の入り口に向かい……オレの席のすぐ背後で、なぜか足を止める。

 波打つ胡桃色(くるみいろ)の髪が視界の端を揺れた。


「――世情に(うと)そうなあなたに教えておくけど、今、各国で信奉者の残党どもが示し合わせたように破壊活動を行ってるわ」

「……それで?」

「身の振り方には気を付けなさい。あなたはリディヴィーヌの弟子という立場に救われているだけで……元信奉者である過去は消えないのだから」




 審問所の玄関を抜けて、敷地の外へ向かう途中――噴水の中央に佇む聖女の像に目が留まった。


 祈るように両手を合わせた女の石像だ。常日頃から手入れされているのか、聖女の像には汚れ一つ見当たらない。

 この人物は――


「――ここは創設当初から“神託の紅女”ルグリオを旗頭(はたがしら)としている場所だ。あまり下手な気は起こすな、信奉者の一件で連中もかなり気が立っている」

「お前の母親か」


 いつの間にそこにいたのか、薄闇(うすやみ)を照らす街灯の下にメリザンシヤの姿があった。

 無感情で切れ長の瞳がこちらを見る。


「アリギエイヌスの討伐作戦を立案したのはルグリオだ。神託(しんたく)の儀式によって〈言葉の女神〉マナヴェリアの声を聞き取ることができたおかげで、彼女は超越した大局観(たいきょくかん)()って多くの難題を解決した」


 その話は他人に興味がないオレでも知っていた。


 三十余年ほど前に、初代から次代へ受け継がれた“三大魔術師”――アリギエイヌス、リディヴィーヌ、そしてルグリオ。

 絶大な魔術の才を持つ他の二人と比べて、ルグリオにはこれといって魔術に(ひい)でた面はなかったが――その才は口ではなく耳にあった。


 具体的にどういった言葉を預かることができたのかは知らないが、魔術の祖であるマナヴェリアと交信できるという才能は、魔術師たちからすればそれこそ“聖女”と(あが)めるに(あたい)するものだったのだろう。


 メリザンシヤの視線が、噴水の中心に立つ聖女の像へと移る。


「彼女のおかげでたくさんの命が救われたが……ある日、突如としてその行方を眩ました」

「…………」

「ルグリオを師事(しじ)していた魔術師たちは、信奉者が彼女を亡き者にしたのだと結論付けている。(ゆえ)に、信奉者への憎悪は並大抵ではない。シュブリエもその一人だ」


 その話を聞いて、ついさっきまで金髪の青年から向けられていたあの憎悪に合点(がてん)がいった。


「お前の行動一つ一つが(はかり)に掛けられていると肝に(めい)じておけ」

「それだけを言いにオレの所へ来たのか、(おそ)れ多い暇人だな。感動したよ」


 そんなオレの冗談に対して、メリザンシヤは一切と表情を崩すことなく、首を斜めに上向けた。


「ついて来い、()()()()()()()()がお呼びだ」

「何?」


 予想していなかった名前に思わず聞き直す。

 街灯の下、明かりに反射するメリザンシヤの瞳がふと――真剣な色を帯びた。


「お前にしかできないことだ。今回はその怠惰(たいだ)も汚名も全て、逃げ道に使うことを許さん」

 

「シルヴィ王女の命に関わる問題だからな」


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