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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第四章 錬金術の国

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03:審問所


 メリザンシヤの魔封具(まほうぐ)を使って、ものの数分――オレは転移地点の記憶を辿(たど)って審問所(しんもんじょ)の入り口に到着した。


 開かれた巨大な門と、その正面に構える三階ほどの高さを持った石造りの建物。玄関に続く手前の空間には、聖女の彫像とともに豪奢(ごうしゃ)な造りの噴水が設置されていた。


 雨降りによって薄暗い周辺を、道に沿って置かれた街路灯が照らす。オレは自分の衣服が濡れることにうんざりしつつ、そんな審問所の玄関をくぐった。




 入り口を進んですぐの広間に着くと、中は魔術師らしき人の往来(おうらい)で騒然としており、外から見た印象とは大いに違っていた。

 (せわ)しない魔術師の群れを眺めつつ、オレはとりあえず、目の合った受付の女に話し掛ける。


「なあ、シュブ……何とかに呼ばれたんだが、どこへ向かえばいい?」


 そんなオレの質問に対して、女はにこやかな笑顔を浮かべて右側の通路を指し示した。

 そして、


()()()()()さんですね?」


 受付の女が、やや大きな声でオレの名を告げた瞬間――審問所内の全ての視線がこちらを向いた。


「――……何だ?」


 多忙(たぼう)に行き()っていた魔術師たちの足が一斉に動きを止めて、ほぼ全員の視線が、オレに集まる。

 雑踏や作業の喧騒(けんそう)は無音へと移り変わり、広間を(ただよ)う雰囲気もまた、がらりと変化した。


 ただ一人、目の前の受付の女だけはあくまでも笑顔のままだった。


(……オレが有名人だから、というわけでは無さそうだな)


 周囲の表情を見て察するに、オレには既に何らかの嫌疑(けんぎ)が掛けられており……そしてそれは、審問所にいる魔術師たちにも共有されている情報なのだろう。

 罪を疑うだけならいざ知らず、集まる視線の中には確信めいた殺意さえも混じっている。


 大討伐(だいとうばつ)の一件に関する聴取(ちょうしゅ)と聞いて足を運んだが、どうやら、ここに長居するのはあまり良くなさそうだ。


「右の通路をまっすぐ進んで、突き当たりを左に向かった先に休憩室があります。そちらへどうぞ」

「助かった。それじゃ……ああ、余計なお世話かもしれないが、お前の笑顔、かなり怖いからもう少し抑えた方がいいぞ」


 オレの助言を聞いた女の笑顔が途端(とたん)に引きつる。

 そのまま、(まと)わり付く視線の群れを横切って、案内された方向へと進んだ。




 『休憩室』と書かれた一室の前に着くと、オレは無遠慮に扉を押し開いた。

 続けて、中にいる人物を見て驚く。


「……メリザンシヤはともかく、どうしてお前がいるんだ、エドメ?」


 オレの言葉に、休憩室の中央で不機嫌に居座っていた男がギロリと振り向く。


 粗末な(あさ)の黒服と、短髪で目付きが極悪人と勘違いされかねないほどに(いか)めしい男――リディヴィーヌの四番弟子、エドメ・レヴォルトだった。


 エドメは鉄の手甲(てっこう)を気だるそうに整備しながら、オレの問いに舌打ちのみで応える。


(そう言えば、こいつも〈制裁(せいさい)の術師団〉の一員だったか)


 今さら弟弟子(おとうとでし)の所属を思い出して、周りを見渡す。

 部屋の隅には、いつもの(ごと)く無感情な様子で壁に背を預けるメリザンシヤと、その向かい側を――ここに来る前の通信で対話した、金髪の青年の姿があった。


 弟子同士の険悪(けんあく)な空気の中、金髪の青年がこちらに歩み寄る。


「お待ちしておりました、改めて自己紹介を――シュブリエ・グランポルカです」


 オレの視線がゆっくりと下を向く。金髪の青年シュブリエの頭が、思いのほか低い位置にあったからだ。

 小柄な身長と、童顔(どうがん)ながらに神経質そうな瞳が(いぶか)しげにオレを見上げる。


「どうした、オレの顔に金貨でも張り付いてるか」

「いいえ、気に食わない顔だと思っただけですよ」

「酷い言い様だな。初対面の人間にそんなことを言っちゃいけないって親に教わらなかったのか」


 オレの返しに対して、シュブリエが鼻を鳴らす。


「随分と育ちの良い人生を歩んでこられたようだ。――ところで、あなたのご両親は“信奉者(しんぽうしゃ)”でしたよね」

「…………」

「そしてあなたは元信奉者だ。そんなあなたが三度、信奉者の残党と接触している」


 ふと、シュブリエの視線が冷徹(れいてつ)さを帯びる。


「何が言いたい?」

「不思議なものだ。まるであなたが事件を引き寄せているかのようで、とても不自然に思える……信奉者だと疑うには充分すぎるほどに」


 そう(ただ)す青年の声から(あざけ)りが消えて、代わりに聞こえてきたのは――強い怒りの感情だった。


 オレを見据(みす)えるその瞳はすでに何らかの罪を確信している様子で、一切の曇りもない。

 これから聞き取りを行う人間の態度ではなかった。


「……はあ」


 先ほどの魔術師たちといいこの青年といい、面識がないにも関わらず、オレに向けられるのはあまりに一方的な殺意ばかりだ。


 理由はおそらく……というよりほぼ、先ほどシュブリエが言った“元信奉者”という経歴が原因だろう。


 オレのそんな過去を知っている人間はほんの一部のはずだが、どういうわけか、審問所内ではすでに情報が広まっているらしい。

 この大陸に生きていて、信奉者を憎まない人間など極々少数だ。現状、オレに憎悪が向くのもおかしな話ではないが……


(さて、どうしたものか)


 正直、弁明(べんめい)するのも面倒だからさっさと帰るという考えが脳裏(のうり)()ぎったが、斜め向かいに立つメリザンシヤがそれを許してくれそうにもない。


 オレは溜息を吐いて、返す言葉を考えていると――意外な声が室内を響いた。


「……おい、このクソ魔術師がクソ怪しいのは認めるがな、こいつが信奉者と内通(ないつう)してると思ってんならその顔面をぶっ飛ばすぞ、チビガキ」


 休憩室の中央にある机に足を乗せていたエドメが、座りながらこちらを振り向く。

 いつの間にか装着した手甲をガチリと鳴らして、視線だけで人を殺しそうな目付きがシュブリエを()め付けていた。


 青年の表情がわずかに歪む。


「チビ、ッ…………エドメ、()える相手を間違えていますよ」

「殺すぞ、チビガキ」

「……――――」


 そんな追い撃ちの一言によって、オレに向けられていたシュブリエの怒りが、背後へと移る。

 次には、青白い光がシュブリエの身体を(にじ)み出していた。


「……愚か者め」


 魔力の放出とともに、青年の右手から透明な液体が(したた)り落ちる。

 水の魔術の一種だろうか――それと同時にエドメも立ち上がって、ゆっくりと拳を後ろに引いた。


「おいおい、こんな狭い室内でやり合うつもりか? さすがにマズイだろ」


 一応は制止(せいし)するも、当然ながらオレの言葉は届いていない様子で、二人は数秒、睨み合った後――


「〈水の(ラミナ)――〉」


 シュブリエが詠唱を口にした瞬間、 


「はいはい、そこまでよ、お馬鹿さんたち。喧嘩は他所でやりなさい」

「「――――!」」


 入り口から、呆れた物言いの少女の声が聞こえてきた。

 聞き慣れない声だ――そう思って振り返るより先に、オレは部屋の中心で身動きが取れずに固まっている二人を目にする。


 睨み合い(ゆえ)の硬直ではない、少女の声に身を(すく)めている……かどうかは分からないが、少なくともそんな様子ではない。


 ならば、なぜか――それはあまりに小さく、よく観察しなければ気付かないほどの微細(びさい)(つる)の魔術が、二人の身体を拘束していたからだった。


「だ、団……長」


 振り返ることもままならないのか、そう(つぶや)いたシュブリエの顔がすぐさま青褪(あおざ)めていく。

 エドメも似た様子で、表情を引きつらせつつも入り口の方向を睨んでいた。


「――あなたも止めなさいよ、メリザンシヤ」


 そうして、入り口から現れたのは……(あわ)く波打つ茶髪の少女だった。


 可憐(かれん)という表現が似合いそうな顔立ち、華奢(きゃしゃ)な体付き、幼さを感じるやや高い声質――外見や背丈も相まって、フェリスと同じ十代半ばに見える少女だ。

 口調にわずかな違和感を覚えるが、しかし。


(シュブリエと同じ服装……まさか、こいつも審問魔術師か?)


 堂々と休憩室に現れた少女の存在感は、ただの見習い魔術師というわけではなさそうだった。

 何より、二人を拘束する魔術を唱えた張本人は――この場において、唐突に姿を見せた少女以外に思い当たらない。


「私は無関係ですので」


 悠然(ゆうぜん)と室内を進む少女に対して、壁に背を預けたままのメリザンシヤが先ほどの問いに答える。


「まったく、父親譲りの頑固者(がんこもの)ね」


 はあ、と溜息を吐いた少女が手を叩く。

 それを合図にして、二人に絡まっていた蔓のような魔術が一瞬で空気に溶け消えていった。


「…………」


 拘束の解かれた二人は、なおも険悪に互いを睨み合う。が、少女の存在に牽制(けんせい)されてか、それ以上の動きは見せなかった。


「さて、そろそろオレにも紹介してくれないか?」


 入り口のそばで成り行きを見守っていたが、どうにもこのまま勝手に事を進められてしまいそうだったので釘を刺す。

 すると、少女が驚く様子でオレを見た。


「あら、ベルトラン。私のことを覚えていないの?」

「……? 悪いな、オレは少女趣味を持ち合わせていないんだ」

「幼い頃から見た目は変わってないはずだけれど……まあいいわ。私の名前はエヴァ。エヴァ・ギーよ」

「――……エヴァ……ギー?」


 その名を聞いて、オレは思わず、少女の全身を上から下まで(なが)めた。


 エヴァという名前には聞き覚えがあった。いや――それどころか一度、会ったことがある。

 しかし、普通ではあり得ない。なぜなら……オレがこの女と会った時の記憶はもう、十五年ほど前の記憶なのだ。


 あれから一切と見た目が変わっていないなんてことを想定していなかったからこそ、オレは少女を見ても記憶のそれと繋げることができなかった。


 〈制裁の術師団〉、筆頭審問魔術師、エヴァ・ギー。


 戦闘における実力は何度か聞いたことはあるが……変化魔術でもない、幻影魔術でもない実年齢と不釣合いな“不老”の容姿については、全くの初見だった。


「あら、驚いてるの? 私からすれば、あなたも同じくらい見た目が変わっていないように見えるけど」

「……はは、これはアンタと違ってそう難しくない仕掛けだからな」


 オレもまた、“制約(せいやく)”の副次的作用によって十八そこらの容姿で止まっているが……そこを深堀りされると面倒なので、これ以上、言及するのは止めておくことにした。


「お久しぶりです、伯母(おば)様」


 いつの間にかこちらに近付いていたメリザンシヤが、騎士のように姿勢を正して、片手を胸に置きつつ頭を下げる。


(伯母様……そうか、こいつはメリザンシヤの親族か)


 それはリディヴィーヌがオレに打ち明けた弟子の数少ない身の上話の一つだった。何となくで記憶していたが……


「…………おば、さま」


 ふと、メリザンシヤから挨拶を受けたエヴァが沈黙する。

 たっぷり、十秒の静寂(せいじゃく)


 次には、にっこりと愛くるしい笑顔を浮かべて――それとは正反対のぞっとするような声が、少女の口から聞こえてきた。


「メリザンシヤ、()()()()()()()()()って言ったわよね……?」

「……!!」


 一番に反応したのは、シュブリエだった。

 直後、尋常(じんじょう)ではない魔力の放出が、一瞬で室内の空気を押し退()ける。わずかな地面の揺れさえ(ともな)って――何かが起ころうとしていた。


 それを察知した〈制裁の術師団〉の団員である二人が慌ててエヴァを振り向く。


「こ、ここで樹根(アレ)を暴走させるのはマズイです、ギー団長!」

「このババア、さっき自分が言ったこと忘れてやがんのか!?」


()()()――?」


「、………………バ、ババンってな」

「愚か者め……!」


 さらに拡大していく魔力の波が、室内全体に重く()し掛かる。


 珍しく動揺(どうよう)を見せるエドメと、エヴァを(たしな)めようと慌てふためくシュブリエ、そして失言の当事者でありながら()ました顔のメリザンシヤ。


「……はあ、オレの貴重な時間をこんな茶番で無駄にしないでくれ」


 オレは何度目かの溜息を吐いて、事態が収束するまで部屋の(すみ)に退避することにした。



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