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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第四章 錬金術の国

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00:紅髪の少女

第三章あらすじ


 〈先見者〉の命を狙う信奉者からルドヴィックを護衛するために、冒険者組合が主導する“大討伐”に同行することとなったベルトランとフェリス。

 ユーゴたちとともに大討伐の目標である“大蠍”を討ち倒すが、続けて現れた信奉者の集団――〈祈りし者〉によって一行は壊滅状態となる。

 死闘の末、制限を解除したベルトランの魔術が元勇者テレーズを討ち、二名の犠牲を払って大討伐の終了を迎えた――




 どうして、お母様は魔術師なの。私は母にそう(たず)ねたことがあった。

 三大魔術師と呼ばれる魔術師の内の一人――“神託(しんたく)紅女(こうじょ)”ルグリオ。それが私の知る、母の唯一にして全てだった。




 かつて、錬金術の国エンピレオが大陸を征服していた時代――大陸に魔術は浸透(しんとう)しておらず、また扱える者も少なく、錬金術の国の先進した技術発明である“魔術装置”の数々に、各国は一方的な侵略と蹂躙(じゅうりん)(まぬが)れることができなかった。


 そんな戦乱の世に突如(とつじょ)、かの国に対抗する(すべ)を持って現れた三人の魔術師がいた。


 千花(せんか)の国のヴィクトワール、風砂(ふうさ)の国のサンドリーネ、出自不明のアグリエ――この三人が後に初代三大魔術師と呼ばれるようになり、そして……


「錬金術の国の自滅を契機(けいき)に、長い時を掛けて魔術が大陸に浸透し……そうして現在、私が三大魔術師の後継(こうけい)の一人に選ばれた、というわけだよ」

「…………」

「お母さんの話は難しかったかい? メリィ」


 そう言って、私の髪を優しく撫でる母の手は純白の手袋に包まれていた。


 これから始まる“神託”の儀式のために必要な装束(しょうぞく)なのだと、そう教えてもらった。

 私がゆっくりと首を振ると、母は無表情を変えず、しかし、優しい眼差(まなざ)しをこちらに向けながら……祭壇の方へと歩いていった。




「お前もいつか、ルグリオ――お母様の騎士となるんだ、メリザンシヤ」


 儀式が始まって数十分が経ち、遠くで見守る私の頭を父の分厚い手が包み込む。


 精悍(せいかん)な顔つきにがっしりとした体躯(たいく)、その胸には紋章を飾って、騎士団の筆頭騎士である父が背後からそう(ささや)き掛けてきた。

 数名の騎士とともに儀式の護衛をしている最中、少しだけ持ち場を離れて私のところに来てくれたようだった。

 …………


 やがて祭壇から響く声が消えて、しばらく経つと、儀式を終えたばかりの母が私のもとにやってくる。

 紅い髪を(なび)かせながら、儀式のための白い装束を(まと)って、母は父の隣に並び立った。


「儀式は退屈だろう。かくいう私も同じ気持ちさ。どうだい、次はお母さんと一緒にサボろうじゃないか」

貴女(あなた)という人はまた……子供の教育に悪い」


 ため息を吐きながら、父が頭を振る。


「相変わらず君は頭が固いんだよ、アダム」

「教育方針で貴女に意見を譲るつもりはありませんよ」

「メリィは将来、騎士と魔術師、どちらになりたいんだい? それとも私たちとは違う、別の生き方を選ぶのかな?」

「この子は将来、騎士になる予定――……」

「それはどうかな――……」


 …………

 そんな二人の掛け合いを黙って見ていると、すぐ近くから女性の声が――私の頭上を降ってきた。


「ふふっ、とても可愛らしいお嬢さんですね、ルグリオ」


 振り返るとそこには、漆黒の髪、質素な黒の外套(がいとう)、そして、どこまでも透き通った翡翠色(ひすいいろ)の瞳。

 整った顔立ちと明るい表情が相まって、人好きのしそうな女性が私のそばに立っていた。


「おや、リディヴィーヌも来ていたのかい」


 母がリディヴィーヌと呼ぶ女性は、私の頭をふわりと撫でると、嬉しそうな声で「もちろんです」と頷いた。

 何を語らずとも、二人がとても仲の良い友人であることは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。


「まさかリディヴィーヌ、貴女も子供がほしいなんて言わないわよね」


 もう一方で、別の女性がまたも会話に割り込んでくる。

 今度は緩い巻き毛の少女だ。美しさよりも可憐(かれん)さの方が勝る、愛らしい顔の女の子。


「表情はルグリオ、顔はアダムそっくり……かわいそうに」

「失敬な……他人ならともかく、姉の貴女には言われたくないですよ、エヴァ」


 (あわ)れむ声に、呆れながら反駁(はんばく)する声。

 大の大人たちが幼い私を取り囲み、がやがやと話し合いに笑い合う、騒々しくも生き生きとする新鮮な感情の応酬(おうしゅう)


 たくさんの色がそこにはあった。暖かな空気が包み込む、友人たちだけの賑やかな空間。

 母が魔術師でなければきっと――こんな繋がりを持つことはなかったのだろう。


「…………」


 この空間が、ずっと続くならば。

 この平和で、この穏やかな居場所を守れるというならば。

 私も魔術師に――


「■■■■■■■■■■」

「おや、君も来るなんて……珍しいものだね、アリギエイヌス」

「■■■■」


 ふと、赤い瞳がこちらを覗く。

 女は一言、私に向かって何かを囁き――そして、その場を後にした。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「………………アダムが信奉者(しんぽうしゃ)によって殺されました」

「例の子供の信奉者……――」

「あの方にお話を……――」



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「連絡が取れません」

「水の魔術を唱えて捜索を行っていますが……――」

「討伐作戦の(かなめ)だというのに……――」


「……ご報告があります、ルグリオ様が……行方不明となりました」



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「…………」


 数年後。

 アリギエイヌス討伐(とうばつ)作戦がついぞ成功を果たし、多くの民が待ち望む終戦の時を迎えてから数日のことだった。


 リディヴィーヌ様を師と(あお)ぎ、一番弟子として魔術の鍛錬(たんれん)を続けていた昼下がり。

 師匠に呼ばれて部屋の扉を開けると、眼前には見知らぬ少年の姿があった。


「――彼の名はベルトラン。今日から二番弟子として魔術を教わることになった……あなたの弟弟子(おとうとでし)です」

「…………」


 リディヴィーヌ様の隣に立つ少年の虚ろな眼差しが、私を見る。

 鳶色(とびいろ)の髪を無造作に伸ばし、奈落のような黒の瞳を地面に向けて彷徨(さまよ)わせる、一切の生気が感じられない子供。


 これが……弟弟子。


「どうか、親しく接してあげてください。同じ魔術師として――同じ師を持つ者として」

「…………」


 優しく語り掛けるリディヴィーヌ様の言葉に、私は反応することができなかった。

 こちらを呆然(ぼうぜん)と見る少年の瞳を、私もまた呆然と見返すことしかできずにいた。


(……ああ、こいつか)


 直感だった。

 この少年が――ベルトランが、私の父を殺した信奉者なのだと、感覚がそう強く主張していた。


 言葉にならない根拠……経験則とも違う知の領域で、この少年との因果(いんが)を感じたのだ。


 感情とも、理性とも無縁の(ところ)からもたらされる、超越した認知による答え。私はそれを信じた。


「…………」


 ゆるりと、前方に手を伸ばす。 

 距離にして数歩先に立つ少年のその首を、目測で(とら)えるようにして片手を突き出す。


(……今、空間魔術を使えば、リディヴィーヌ様に妨害されることなく、こいつの息の根を止められる)


 一度唱えれば、即座にあらゆる距離と障害を無視して、少年の首をへし折ることは可能だろう。

 その後にどんな懲罰(ちょうばつ)や制裁が待ち受けていようとも、特段に困ることもない。


 私が守りたかった居場所はもう、この世界には――


「…………」


 伸ばした手と、開き掛けた唇が止まる。


「……」


 私を見るリディヴィーヌ様の気遣う声が聞こえてきたが、それに返す言葉はなかった。

 今、自分がどんな顔をしているのか。どんな感情を()って、この少年を見つめているのか。


「……メリザンシヤだ。よろしく」


 ――そんな些細(ささい)なものはどうでもいいと思えるほどに、少年の瞳が映す闇の深さは尋常(じんじょう)ではなかった。


 生と死のどちらかに区分しろと云うならば、その眼はまさしく死んでいた。

 どうしようもない絶望と、生まれ持った空虚だけを内に宿す、救われないモノの眼。


 私がここで何をしたところで、結果は変わらない。

 こいつは――もう、死んでいるも同然だ。


「…………私はこれで」


 リディヴィーヌ様に背を向けて、招かれた部屋を後にする。

 冷たさと静けさだけが残る廊下に立ち尽くし、背後の扉を振り返った。


(……どうせ、長生きはしないだろう。あの無価値な生き様では)



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 雪の降り積もる寒空(さむぞら)の夜。

 地面に落ちた雪をざくざくと踏み鳴らしながら、目的の場所へと足を進める。


 遠くからでも目視(もくし)できる、夜の(とばり)にさえ(にじ)み出すほどの灯火(とうか)の光を目印にして、私はその屋敷へと向かった。


 やがて、辿り着いた大きな門の前。

 人の出入りによって雪の散らされた地面の上を――鳶色の髪の少年が満身創痍(まんしんそうい)の状態で倒れているのが見えた。


 それはリディヴィーヌ様の二番弟子であり、私の弟弟子となった少年……ベルトラン・ハスクだった。


「……おい、起きろ」


 仰向けのまま、白くか細い息を吐くその少年の隣に立って声を掛ける。


「…………どうして、ここだと分かった」


 ぼろぼろになった衣服は赤黒く染まり、出血以外にも、折れ曲がった身体の形からいくつかの骨折が確認できた。

 怪我というにはあまりに重傷だが、少年はそれでも淡々(たんたん)とした声で私にそう問い掛ける。


「ここがルグリオと同盟(どうめい)関係にある魔術師一門の屋敷でなければ知ることもなかった。……リディヴィーヌ様の頼みだ、お前を回収しに来た」

「…………そうか」


 聞いているようで、聞いていない様子の(つぶや)きが少年から返ってくる。


 どれだけの時間をそこで転がっていたのか、見れば、全身が薄っすらとした雪の色に(おお)われていた。

 青褪(あおざ)めた顔には生気もなく、ただただ、白い息を吐くだけの絶命一歩手前の状態。


 だからこそ、疑問だった。

 ――どうしてその黒い瞳は、なおも尽きることのない渇望(かつぼう)の光を放っているのか。


「貴様は何がしたいんだ」


 無視してそのまま放置することもできたが、気付けば、私は少年のそばに立って問いを投げていた。


「……工房を借りたいと、頼み込んだ」

「なぜ」

「生きるために、必要だからだ」


 出会った当初とはまるで別人のように、はっきりと少年がそう告げる。


 息も絶え絶えでありながら、その眼の奥だけは一切の揺るぎなく“欲”を(たぎ)らせていた。

 生きるために、死に損なう。どんな経緯があったかは分からないが、こいつは明らかに狂っている。


「お前は何人の罪無き命を(あや)めてきた。何人の未来を奪って、“生きるため”などとほざいている」


 私の問いを聞いて、ゆっくりと視線をこちらに上向けるベルトラン。

 そして、(かす)かな吐息のまま、フッと笑うように口元を(しら)ませた。


「過去に……三十八人を、この手で殺した…………それでもオレは、……生きなきゃいけない」

「…………」

「“生きてほしい”と頼まれた。そいつの願いを叶えるのが、オレの……ただ一つの目的だ」


 犯した罪に悪びれた様子もなしに、当然の(ごと)くそう答える少年。


 誰かに頼まれているから生きている。

 誰かの願いを叶えるために生き続ける。


 魔術師の工房――それも反信奉者の過激派であるルグリオ派閥(はばつ)から、元信奉者という過去を持って借りたいと頼み込む、そんな無謀(むぼう)(おか)してまでも。

 ……やはり、イカれてしまったか。


「帰るぞ」

「……そうしたいのは、山々だが」


 言いながらゆっくりと右手を持ち上げて、ぼとっ、と力なく地面に落とす。


「できれば、……治療魔術をオレに掛けてくれないか」

「…………」


 図々しくそんなことを頼んでくる少年の顔を、私は静かに見下ろしつつ……仕方なく、治療魔術を唱えてやった。


 少しずつ塞がっていく少年の傷口を無感情に眺めながら、もう一方で、空間魔術を周辺に唱えておく。


「〈飛躍(ウォラレ)〉」


 詠唱に従い、近くに現れたのは真っ黒な虚空(こくう)の渦。

 人一人分を優に飲み込めるほどの大きさに広がったそこに向かって、私は少年の足を掴み、引き()るようにして渦の中へと進んだ。

 …………


「もうあの場所には行くな」

「そうはいかない。オレは――」

「…………私の工房に来い。一日だけ貸してやる」


更新が遅くなってしまいすみませんでした!

本章も更新がスローペースになってしまうと思いますが、なるべく早く投稿できるように努力するのでよろしくお願いします!

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