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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第三章 風砂の国

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15:怠惰の行く先に


 ――リディヴィーヌならば、きっと数秒で片を付けていたのだろう。


 メリザンシヤなら数十秒、エドメも同等、ミリオールならば一分ちょっと。シャルロッテはまだ幼いから、数分は掛かるだろう。


 では、二番弟子であるオレは――いったいここで何をしている?


「…………」


 (まぶた)を開き、目の前で起きている光景を認識して、オレは息を吐く。


 ……近くでフェリスが倒れていた。弓を折られたまま、放り飛ばされたであろう形跡を砂地に残して、気絶していた。


 少し先では、ユーゴが血だらけになりながら元勇者であるテレーズと剣を交えている。その後ろではティメオ、ウォーラトが倒れ伏していて、治療術士のジゼルが顔面を真っ青にしながら、ひたすらと治療魔術を唱え続けていた。


 シュレッサとコーデルロスもまた、ジゼルの治療下に置かれているようだった。そこから離れた位置では、マリリーズが白虎(びゃっこ)の形態に変化したまま、脚を負傷させて横転していた。その口元には、地面に横たわるルドヴィックの姿があった。どうやら、マリリーズが横転した際の落下の衝撃で気を失ったらしい。


「…………はあ」


 あれから、たった二分で――こんなにも状況は激変するのか。


 数分前、大討伐の達成を祝い合っていた連中の騒々(そうぞう)しいほどの姿は、今や記憶の中にしか残っていない。

 まるで砂上の楼閣(ろうかく)のように、それは一瞬で現実味を失い、(はかな)くも崩れ去っていった。


「…………」


 ゆっくりと立ち上がり、周辺以外の変化も確認する。

 遠くを振り向けば、オレたちがいる空間から距離を置いて、信奉者(しんぽうしゃ)の男女二人がこちらを(うかが)っている様子が見て取れた。


 その一人である黒衣の少女の隣では、白い男が倒れ込んでいる。


 オレに意識掌握(しょうあく)の魔術を唱えた瞬間から、(いま)だ目覚めていないのか、仲間らしき巨漢に守られるようにしてフォルトゥナは眠っていた。

 オレを意識の領域に閉じ込めたあの魔術は、それほどの消耗(しょうもう)を強いられる上位の魔術だったのだろうか。

 …………


「……っ」


 歩き出そうとして、頭に割れるような痛みが走る。

 フォルトゥナの魔術の影響がまだ身体に残っているようだった。頭蓋を刺す痛みと、全身を(まと)わりつく疲労感に、オレはたまらず舌打ちを漏らす。


「――()()()()()()()()とダメか」


 懐中時計を服の上から触り、その存在を確かめた後、オレはユーゴの方へ歩き始めた。

 砂を踏む足音に、戦闘中のユーゴが眼を血走らせながら、こっちを向いた。


「〈遅延(レンテ)〉」


 オレが遅延魔術を放った先は、そのユーゴだった。


 途端(とたん)に動きを緩慢(かんまん)にさせる敵対者の様子に、テレーズが眉を(ひそ)めてオレを見る。

 女は不満げに口を尖らせながら、大剣を下げて、実につまらなさそうに問い掛けてきた。


「何してるの、今、面白いところだったのにさァ。……片腕無くしてからもっと強くなるなんてそんな稀有(けう)な相手、そうそう戦えないんだよ?」


 遅延状態の大男を指差して、テレーズは言った。


 ――そのユーゴの表情は、あらん限りの憎悪(ぞうお)に満ちていた。この瞬間、世界の全てが許容できないのだと、瞳に刻まれた苦痛がそう叫んでいた。

 武器を握る隻腕(せきわん)を真っ赤に濡らし、額から流れた血を涙のようにして両眼から(したた)らせる形相(ぎょうそう)は、あたかも狂気に駆られた悪鬼(あっき)のようだった。


 用心棒としての役目も、元団長としての責任も、全てを守り切れなかった男の(かな)しい末路。


「〈遅延の檻(レンテ・カルケレム)〉」


 そんなユーゴを通り過ぎて、オレは戦場と化した空間の中心に(たたず)み、続けて魔術を唱えた。


「ん?」


 テレーズが首を(かし)げる。

 数分前に加速魔術を受けて相殺(そうさい)の効果を得たテレーズと信奉者たちを除いて、ここにいる全員が、オレの魔術によってたちまちの内に遅延状態へと変じた。


 元勇者の女が目を細めてオレを見る。何がしたいの、そう声に出さずとも視線が疑問を(てい)していた。


 オレの口から、ため息がこぼれ落ちる。


「やるなら、最初からこうすれば良かったか。……こいつらの馬鹿さ加減に、もしかすれば――どうにかなるかもしれないなんて、期待していた俺が一番馬鹿だったな」

「…………へえ」


 オレの態度から、何かを察したテレーズが大剣を身構えた。


「〈転送(ミッテレ)〉」


 続けざまに空間魔術を唱えて、オレ以外の九人を合流地点へ転移させる。

 おそらく、合流地点にいる冒険者組合の人間ならば、事情を()んで怪我人たちの対処を急いでくれるはずだろう。


 静寂(せいじゃく)を取り戻した砂漠の一端で、テレーズへと向き直る。


「最低最悪の魔術師が相手してやるから、それで大人しく満足して、死んでくれ」


 全身を巡り始める魔力の波と、同時にいや増していく激痛を抱えながら、オレは女にそう吐き捨てた。


「君、戦えるんだ? 遅延魔術しか使えないんじゃなかったの?」


 アッハハ、と(わら)う元勇者。その目を見れば、決してオレの通り名に騙されてなどいないと分かる。

 (ゆえ)に、オレもまた皮肉で返す。


「使えないんじゃない、使わなかったんだよ、鈍間(ノロマ)


 そう言って、片腕を引いた。


「ッ!?」


 オレの動きに寸分(すんぶん)(たが)わず、ほんの一瞬のズレもなく、テレーズの全身がこちらに引き寄せられた。

 一切の回避行動も、少しの防御姿勢を取る暇も与えずに、急接近する女の腹部に目掛けて――足蹴りを食らわせる。


「かッ――」


 ただの一蹴(いっしゅう)を受けて、歴戦の冒険者である女の顔が苦痛に歪んだ。


 それもそのはずだ、幾重(いくえ)(ほどこ)した強化魔術によって、オレの現在の肉体は鋼鉄に勝る強度を得ているのだから。


 踏み止まり、すぐさま転回して攻勢に動くテレーズ――その足を魔術で固める。


「!!」


 無詠唱による妨害魔術の連続。


 そんな戦闘を予想していなかったのか、不意打ちに眼を見開くテレーズの腹へもう一度、足蹴りを加える。

 今度は身体強化による運動能力の上昇、その数倍の威力を上乗せして。


「お、ぐッ――!!」


 テレーズの強靭(きょうじん)な肉体をくの字に折らせて、そのまま(はる)か後方に吹き飛ばす。

 飛んでいった先は、信奉者の三人がいる辺りだった。


(ちょうど良いか)


 視線の向こうで吹き飛びながらも、砂の地面に大剣を突き刺すことで体勢の制御を成功させたテレーズを見やる。


 顔を上げて、獰猛(どうもう)な笑みに口の端を吊り上げる黒髪の女。

 その周囲一帯を――太陽すら(しの)ぐほどの光が(おお)い尽くした。


「弾き飛べ」


 直後、オレの言葉を合図に、地表から音が消えた。

 中心に向かって吸い寄せられる空気が、刹那(せつな)、外側に押し返されて――爆発が一帯を蹂躙(じゅうりん)する。


 網膜(もうまく)を焦がすほどの閃光と、空気が()(ただ)れるほどの熱量が、砂漠の大地を一瞬で吹き抜けていった。


 激しく揺らぐ空間の()只中(ただなか)で、展開した結界の内側からそれらを観察して……オレは顔をしかめる。


(逃がしたか)


 衝撃に巻き上がる砂塵(さじん)の向こう側で、ただ一人の戦闘狂を残して、先ほどまでいた三人の気配が消失したのを感じ取ったのだ。


 この一瞬で空間魔術を唱えて、爆発から逃れたのだとすれば。


(加速魔術による高速詠唱か、または魔封具(まほうぐ)か……どちらにせよ、加速魔術の対策もしておかないとな)


 しばらくの間、一面に広がる砂と煙に視界を塞がれながらも、オレは中央だけを見据(みす)え続ける。

 そして、次第に薄れていく煙の中心で、なおも立ち(おお)せている女――テレーズの存在を(とら)えた。


「アハッ、……イカレてるねェ、君」


 その嗤いも声も、蒸発したように(かす)れていた。


 見れば、テレーズの全身はぐるりと巻き付く刃片の螺旋(らせん)によって覆い隠されていた。大剣が縦に分割し、伸張(しんちょう)する鋼糸(こうし)の動きに合わせてそうなっているのだと理解する。


 おそらく……錬金術の国の遺産、か。

 構造を観察するに――その武器は魔術を無効化するのではなく、魔術の構築を“喰らう”ことで、〈竜鱗(りゅうりん)〉と似た効果を発揮しているのだろう。


 それでも。

 引き延ばされた大剣が元の形状に収束すると、見えた女の全身は、火傷(やけど)に覆われていた。


「アッハハ、本当にただの魔術師? ……いや違うなァ、リディヴィーヌの弟子? だっけ……」


 普通ならば致命傷のはずの怪我を負いながら、依然(いぜん)として、戦意を(たぎ)らせたまま大剣を構えるテレーズ。

 そんなたがの外れた視線を受け止めたまま、オレははっきりと答えた。


「お前は、自分を殺す相手と剣を交えたいんだったか。残念だったな――その相手が魔術師で」


 テレーズに照準(しょうじゅん)を合わせて、オレは手のひらを突き出す。

 こいつが次に取る行動はもう、とっくに予習済みだった。


「魔術師って、強いんだ。そっか……じゃあ、最初から――君たちと戦えば良かったんだァ!!」


 喜悦(きえつ)の叫びとともに、テレーズの姿が掻き消える。


 先のコーデルロスとの戦闘でも見せた、一足一刀による、瞬殺の一撃。

 たとえ剣戟(けんげき)の間合いとは程遠い距離にあっても、それを強引に脚力のみで刹那の間隔(かんかく)()じ込める、およそ人間離れした剣技の最奥(さいおう)


 (はや)い。それは恐ろしく疾い一撃だった。

 一秒にも満たない時間の中を、すでに差し迫ったテレーズの大剣が、オレの首筋へなぞるように流れていくのが見えた。


 大剣が振り抜かれれば、オレの()けだ。――果たして、振り抜けることができれば、だが。


「〈不壊の結界(アダマンテスタ)〉」

「アッハハ――…………ハハ、ハ…………?」


 ギギギ、と金属の(こす)れ合う異音が辺りに響く。

 狂笑を上げていた女の顔に、困惑の色が混ざる。


「……なに、これ……斬れない……?」


 ぽつりと(つぶや)きがこぼれた。


「防御結界と、物質操作による金属膜を組み合わせた複合魔術だ。……お前の握ってる遺物がどんなに優れものだろうと、ただの剣が金属を斬るのはおかしいだろ」


 魔術によって張力と剛性を付与された皮膜の内側で、オレはテレーズを見下ろす。

 女の表情には、まるで初めて魔術を見たかのような、純粋な驚きが広がっていた。


「……アッハハ、困ったな」


 今まで――この女と戦ってきた魔術師たちは、詠唱に生じた(すき)を突かれたか、または展開する防御結界を容易(ようい)に壊されていたのだろう。

 錬金術の国の遺産を手に入れてからは、さらにあらゆる魔術が結果を成す前に断ち斬られたに違いない。


 テレーズにとっては、こうして剣技が通用しない魔術に相対(あいたい)するのは、これが最初の出来事であり――最後の節目となる。


 己の脚がすでに魔術で固められて動かないことに気が付いた女が、本当に困ったように嗤った。

 オレはこめかみを軽く叩いて、女に目線を合わせる。


「冒険者の小さなお頭じゃ、もうお忘れかもしれないから教えてやる。魔術師は魔女の一件より以前、錬金術の国があった時代から()み避けられてきた存在だがな――戦場で一番強いのは、どう足掻(あが)いたって魔術師なんだよ」


 後ろに引いていた右手を、前に向かって緩やかに払う。


「ッ!!」


 瞬間、テレーズの瞳が大きく揺れた。

 その瞳の中をいっぱいに、殺到(さっとう)する象牙色(ぞうげいろ)の景色が映り込んだ。


 それは――壁のように立ち上がり、波の形を成して押し寄せる、巨大な砂の激流だった。


「お前の弱点は物質操作か。……単純だったな」

「――――」


 女の放った言葉が、震動と轟音(ごうおん)に掻き消される。

 やがて、空高くに膨れ上がった砂の波が覆い隠すようにテレーズを呑み込んで、全てを押し潰していった。


 逃げ場を与えない圧倒的な質量が、一帯の(ことごと)くを容赦なく埋め流す。

 ただ一人、オレだけを除いて。

 …………


「以上で終わりだ。楽しかったか?」


 しばらくして、静まり返った砂漠の上で、誰もいない虚空(こくう)に声を投げる。

 残された前方の大地には、先ほどまで無かった広大な砂丘(さきゅう)がずらりと出来上がっていた。


 その中心に向けて、片腕を引く動作を行う。

 すると、まるで釣り針に掛かった魚のように、砂丘の中からテレーズが引き()り出されて――オレの足元をだらりと転がった。


 女の身体は痙攣(けいれん)していた。両手足は歪に捻じ曲がり、片目は砂の圧迫によって眼球を失っている。


 そんな元勇者の無惨な姿を、オレは静かに見下ろした。


「……ア……ハハ……手も……足も……出なかった、や」

「リディヴィーヌの二番弟子だからな。一応」 


 瀕死にあってもなお、肩を揺らして嗤い続けるテレーズ。

 オレは(かが)み込んで、その心臓付近に軽く手を添えてやる。


「コーデルロスとはガキの頃からの付き合いでね、ユーゴやティメオたちとは顔見知りだ。何の借りもないが――ふと、こうしてやらないと気が済まない気分になった」


 テレーズの左胸が煌々(こうこう)とした(ひらめ)きを放つ。


「じゃあな、元勇者(テレーズ)

「……アハッ……楽し……かっ――」


 恍惚(こうこつ)とした呟きを最後に、テレーズ・アヴァロの姿は、空間を満ちる閃光に包まれた。


 膨れ上がる輝きとともに――何度目かの凄まじい衝撃が、砂漠の大地を焼き尽くした。

 

『第5回HJ小説大賞』にて一次選考を通過できました!

これからも頑張りたいと思います!

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