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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第三章 風砂の国

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12:背徳者


「うおおおおおっっしゃああああああ!!」


 歓喜の声が上がるとともに、その場にいる全員が顔を見合わせた。


 ――大討伐(だいとうばつ)の達成。

 その事実を噛み締めるように、大蠍(おおさそり)亡骸(なきがら)を振り返る冒険者たち。

 静けさを取り戻した砂漠の上に倒れ伏す巨大な魔獣を見上げて、自分たちが成し遂げた任務の困難さを実感しているのだろう。


 そんな中、ウォーラトが真っ先に『()の集い』の二人のもとへと飛び出した。


 未だに呆然と立ち尽くすティメオとジゼルの前を飛び跳ねて、子供のように勝利を喜び始めた。


「やった、やったぜ二人とも!! 俺たち『黄の集い』が“勇者”パーティだ!!」

「……本当にやっちゃった」


 信じられないと言わんばかりに、脱力しながら(つぶや)くジゼル。


「二人とも、お疲れ様でした。……あなたたちとパーティを組めて、本当に良かった」


 笑みを浮かべるティメオが、感極まった声で団員二人を(ねぎら)う。


「ティメオ団長……!」

「うおおおおお!! 俺も同じ気持ちだ団長ううう!!」


 ジゼルとウォーラトの二人もまた、感極まって涙声になりながら、力強く頷き返していた。

 そして、ティメオがユーゴを振り向く。


「……やったな、ティメオ」

「……はい、やりました。ユーゴさん」


 視線を合わせて、短い言葉を交わす元団長と現団長の二人。

 静かにティメオが差し向けた大盾に、ユーゴが大剣の刃を軽く突き当てて音を鳴らす。


 ――そんな風に互いの勝利を祝福する冒険者たちを横目に、コーデルロスがどかっとその場に座り込んだ。


「はぁ……疲れた」


 先の戦闘で大量の魔力を消費した風の魔術師が、恨みがましい視線をオレに向ける。


「さっきのアレ、お前が魔術を唱えればいいだろ、ベルトラン。何で俺がお前の代わりになって、魔力を使い果たさないといけないんだ」

「そう怒るな。お前の新しい武勇伝を作ってやったんだ、むしろありがたいと思うべきだろ?」

「……はぁ、まあいい。ありがとうな、ベルトラン」


 ため息と同時に立ち上がり、コーデルロスは笑って片手を差し出す。

 やや面倒に思いつつ、オレはそれを握った。


「そっちの弓使いのお嬢さんも」

「え、……はい!」


 自分も握手を求められると思ってなかった様子のフェリスが、満面の笑みで嬉しそうに手を握り返す。


 続いて、いつの間にか猫に戻っていたマリリーズが、フェリスの足元で気持ち良さそうに鳴く。


「にゃあ」

「あはは、マリリーズちゃんもお疲れさま」


 そうして、各々(おのおの)が大討伐の勝利を肌身に感じ、喜びを分かち合う賑やかな空間で……ルドヴィックが一人、苛立たしげにこちらを見ていた。


「お前ら、浮かれるのはいいが“勝負”のことは忘れてないよなぁ?」

「………………?」


 ウォーラトが首を(かし)げてルドヴィックを見る。


「おい!? お前が一番忘れちゃダメだろ、本当に本当の間抜けか!?」

「あー、そういえばそんなやり取りあったね……」


 思い出した様子のジゼルが、憂鬱(ゆううつ)そうに目を逸らす。


「大蠍を()ったのは誰だ? ――そう、ボクの用心棒であるユーゴさ。つまり、勝負はボクたちの勝ちってことだ」

「はあ」

「おいそこの間抜け剣士!? 何でどうでもよさそうなんだよ!」

「いや、何かもう本当にどうでもよくて……」

「!? おまっ、ふざけ☆%▲!$*○■!!」


 怒りのあまり、何を言ってるか分からない叫びを吐き出すルドヴィック。

 例のごとく憤慨(ふんがい)黒眼鏡(サングラス)をズラしながら、勝者の余裕など微塵(みじん)もない地団駄(じだんだ)を晒す。


 そんな青年の醜態(しゅうたい)に呆れ果てる一同の背後で、岩壁(がんぺき)の国の冒険者支部長であるシュレッサが拍手を送った。


「おめでとう。君たちは勇者候補から――正式に勇者となった」

「!!」


 全員の視線がシュレッサへと集まる。


 男はゆっくりとオレたちの前に進み出て、今こそ監督官としての責務を果たさんと――(おごそ)かな雰囲気を(まと)い、言葉を続けた。


「我々の調査不足か……情報とは大きく異なる目標を、咄嗟(とっさ)の判断で倒し切る豪胆(ごうたん)さと団結力は見事という他なかった。恥ずかしい限りだが、この討伐で私は何の貢献もできていない」


 ふと、悔しそうに落としかけた視線をすぐに持ち直し、シュレッサは再び、手を叩いて一同を祝福した。 

 無表情だった男の目元に、優しい表情が宿る。


「勇者たちよ。どうか、五年前の過ちを繰り返さぬように誓ってほしい。どうか、人類の希望となって――ごがごぐおぶッが」

「………………………………え」


 静まり返った場に、間の抜けた声が漏れる。


 ……オレたちの目の前には相変わらず、シュレッサが立っていた。しかし、奇妙なことに……腹からは巨大な刃を飛び出させながら、口からはしとどに血を垂れ流していた。


 あまりにも突然のことに、全員が身動きを取れずにいた。

 そして。


「――――ごめんねェ、人類の()()になっちゃってさァ」


 アッハハ、と(わら)う女の声で初めて、その存在に気付く。


(こいつは――)


 血を吐くシュレッサの背後から、黒髪の女が顔を覗かせた。

 まるで悪戯(いたずら)をした童女(どうじょ)のように、一切の警戒もなく嗤うその女の両手には、真っ赤に染まる大剣の(つか)が握られていた。


「――!! てめえ!!」


 気配を感じ取ってからすぐに武器を構える他の面々に先んじて、ウォーラトが地を蹴った。


 そのまま一瞬で女の横合いに移動し、下段から斬り上げる速攻の一撃。

 強化魔術が無くとも、意表を突くには十分すぎる速さの一振りは、しかし――


「よっと」

「! ――がはっ!」


 大きく踏み込んだウォーラトの剣先が、女の片足によって呆気なく軌道を狂わされる。


 それどころか、入れ替わりに軽々と突き出したもう一方の片足が、ウォーラトの鳩尾(みぞおち)を正確に射抜(いぬ)く。それは剣士の青年自身の勢いも加わることで、より強烈な一蹴(いっしゅう)となって――青年を容易(たやす)く弾き飛ばした。


「ウォーラト……!!」

「これ、返すねー」


 そう言って、片手で握っていた大剣を(かか)げる黒髪の女。

 シュレッサの身体ごと高々と刀身を持ち上げて、そのまま、払うように大剣を振るう。


「!!」


 剣先から放り出されて宙を(ひるがえ)る、大柄の男。


 投げ飛ばされた先は、オレたちの目の前だった。二転、三転と砂の地面を跳ねながら、弾けた果実のごとく血を散らすシュレッサを見て、ティメオが叫ぶ。


「っ、ジゼル!!」

「は、はい――〈傷を癒したまえ(サナーレ・ウルネラ)〉!」


 かろうじて苦悶(くもん)の息を漏らすシュレッサに、治療魔術を唱えるジゼル。


 同じく大剣を構えて、相手の動きを警戒しながら護衛に(てっ)するユーゴ。その横で、コーデルロスだけが(いま)だ、呆然と女を見ていた。


 ――黒髪に赤の装束(しょうぞく)を纏い、耳に銀の飾りを付けた冒険者風の女だった。片手に軽々と握られた大剣は、いくつもの刃片が連結して剣状を形作っているような、見たこともない奇怪な剣だ。


「アッハハ、どうしたのさ、戦わないの? もしかしてビビっ――」

「〈遅延(レンテ)〉」


 その女が(あざけ)りの言葉を言い終える前に、オレは遅延魔術を唱えた。


 放たれた青白い光が女を(とら)えるとともに、時が止まったかと見まがう速度に変化するそいつを見て、固唾(かたず)()んでいた数人が息を吐く。

 しかし、


「〈加速(フェスティナーレ)〉」

「……!!」

「――ちゃったの? ……、……あれ、もしかして今、私に魔術を唱えた?」


 ほんの数秒の間を置いて、時を引き延ばされていたはずの黒髪の女が……正常な速度で動き出した。


(この魔術は――)


 横から介入してきた異質な一節の詠唱を辿(たど)って、即座に振り向く。


 ――横たわる大蠍の(しかばね)の背に、三人の男女が立っていた。


 黒衣に全身を包み込む少女らしき人影と、傷だらけの肌を晒す巨漢。

 その中央では……白銀の髪、白の聖職衣を身に纏った、どこまでも真っ白な男がこちらを見ていた。


「フォルトゥナ……!」


 茫洋(ぼうよう)とした視線を受けて、オレは一際強く、そいつを睨み付ける。


 そうしていなければ――瞬く間に()()()()しまうほど、その男の存在感は異様に(はかな)かったのだ。


 この前の暗殺者が見せた気配の遮断(しゃだん)とは違う、存在そのものにあるはずの輪郭(りんかく)不明瞭(ふめいりょう)さ。

 色も熱も感情も、全てを根こそぎ捨てたような空虚(くうきょ)な声が、砂漠の大地を静かに流れる。


「……ご苦労様です、皆さん。私の〈意識掌握〉では生きた魔獣は操れないので、助かりました」


 遅れて男の存在に気付くいくつもの視線を受けながら、フォルトゥナはそう言って、穿(うが)たれた大蠍の背に片腕を突っ込んだ。


 ぐちゃり、と生々しい異音が広がると同時、引き抜かれた男の手の中には――細長い鉱石のような物体が握られていた。

 それは見たこともない物体だったが、しかし、正体には一切の迷いもない。


「〈銀の欠片(ミスリル)〉――!」


 その時、オレの横合いから何かが一直線に飛来する。


 フェリスの放った矢だった。空気の弾かれる音とともに、狙い()まされた一矢がフォルトゥナに向かってひた走り――その額を貫く寸前、


「ン」


 隣に立つ巨漢が、パシッと矢を掴んだ。


「う、そ……」


 あまりに呆気なく射撃を防がれて、愕然(がくぜん)と呟くフェリス。

 背後では、ルドヴィックが喉を()らしながら三人を凝視(ぎょうし)していた。


「魔術で姿を隠していたのか? どうやって――ボクの眼をすり抜けた!?」


 〈先見者(せんけんしゃ)〉にとって、それは最大の恐怖だろう。

 相手が魔術を持たない伏兵(ふくへい)の類ならばいざ知らず、堂々と魔術を唱えていながら、ルドヴィックはそれを察知することができなかったのだ。


 どんな魔獣を前にした時よりも、青年の眼は(おび)えに揺れていた。


「意識掌握の魔術――〈認識阻害(そがい)〉だ」


 フォルトゥナの得意とする意識掌握の魔術、その一種。

 周囲の人間の認知から逃れることができる上位の“透明化”であり、〈先見者〉の眼すら(あざむ)く強力な魔術。


(だが……さっきの加速魔術はフォルトゥナのものではなかった。ということは、隣の……)


 白い男の隣に並び立つ、黒衣の少女を見やる。

 相貌(そうぼう)は確認できないが、背丈と体格からして年端(としは)のいかない女だということはすぐ判別できた。


 もう一方の巨漢は明らかに魔術師の資質を持っていない。となれば、やはり……この少女が“加速魔術”の使い手だというのか。


 やがて矢を握り潰す巨漢の隣で、フォルトゥナが落ち着いた声音で言葉を発した。


「我々は〈祈りし者〉。アリギエイヌスを信奉し……志を同じくする者たちの集いです。以後、お見知りおきを」


 ふと、オレと視線を合わせるフォルトゥナ。

 謀反(むほん)の表明であり――そして、かつての兄弟子(あにでし)であるオレへの明確な敵対宣言。


「くっ、()()()は俺が足止めする、お前らは逃げろ! コーデルロス、援護を! ……コーデルロス!」


 ユーゴが黒髪の女を見据(みす)えながら、コーデルロスに呼び掛ける。

 しかし、その叫びに応える声はなかった。

 代わりに、


「…………テレーズ・アヴァロ。答えろ、……どうして、風砂の国を滅ぼした?」


 ゆらゆらと、軸の安定しない歩みで進み出るコーデルロス。

 瞳には、抑え切れないとばかりに溢れる殺意が(くら)い光を(たた)えていた。


「? 何でって、これが答えだよ? “勇者”クン」


 黒髪の女――元勇者であるテレーズが首を傾げながら、大蠍の亡骸を大剣で指し示した。


「魔獣を倒すために多くの冒険者が成長する。それが私の答え」


 実に不思議そうな口調で答えるテレーズに、コーデルロスが睨みを利かせつつも困惑を浮かべる。


 問答の最中、いつの間にか復帰したウォーラトが視界の端で武器を構えて、大蠍から降りてきたフォルトゥナたちはテレーズの方へと合流を果たす。


 そんな戦況の変化には一切の興味を無くして、風の魔術師はなおも問いを続けた。


「冒険者を育てるために大蠍を放った……そう、言いたいのか?」

「んー、ちょっと違うかも。私はねェ、()()を終わらせたくなかったんだよ」

「……は?」


「常々思ってたんだ。私が魔獣を倒し続けて、〈真理の器(ヴェリテス・ノルム)〉を全て消し去った先の世界を。――つまらない、その世界はきっと途轍もなく、つまらない。戦争は無くならないかも知れないけど、きっと魔獣と向かい合うほど刺激はない。そんな世界じゃ、誰だって自分の限界を超えようとはしないでしょ?」


「……お前は何を、言ってるんだ」


 コーデルロスの眉根がいっそう深く寄せられる。


「人類のために戦ったからこそ分かるんだよ。人類に必要なのは平和なんかじゃない、永遠に終わらない戦いなんだって。その証拠にほら、冒険者は日々成長し続けている。――私はねェ、その進化をもっと肌で感じたいんだ。戦って強くなって、私を殺せるほどに成長した戦士たちと剣を交えたいんだよ」

「その結果……何人が、犠牲になったと思ってる?」

「さぁ? 五万人ほど? ――ん? ()()()()()()()()()()()でしょ?」


 そう続けて、屈託(くったく)ない笑みとともにテレーズが嗤う。


 ……同じ言語で語っているはずなのに、女の台詞はまるで異世界の言葉のように聞こえた。


「話が通じねえ、イカレてんのかよっ……」


 戦いこそが()り方の全てと(うた)う女を、ウォーラトが(さげす)みの目で睨む。


「アッハハ、よく言われるよ! 長々と話しちゃったし、そろそろ再開しようか――殺し合いを」


 テレーズが大剣を持ち直すと同時、


「……ふざけるな、貴様だけは――(ゆる)さない、赦せるわけがない!! その身勝手に!! 踏み(にじ)られた同胞たちの痛みと無念を知れテレーズゥゥ!!」

「!!」


 コーデルロスが両腕を突き出す――その手の平に、周囲の風がぎゅんと(ねじ)れ込んだ。


 獣の咆哮(ほうこう)のごとく鳴いた重音とともに、空間が歪んで見えるほどの空気が、コーデルロスの手の中に圧縮されていく。

 今までの風の魔術とは比べ物にならないほどの凄まじい密度で、暴風が球状を(かたど)る。


 明らかに烈風の砲弾を超えた颶風(ぐふう)の魔術が、テレーズを捉えて更に巨大化していった。


「アッハハ! いいね、いいよいいよォ!」


 もはや、撃たれれば最後……逃げ場などどこにもない砂漠の中央で、テレーズは嗤いながら大剣の先を差し向ける。

 その間も、ユーゴがティメオたちに撤退指示を叫んでいるが、風の音が(さえぎ)って上手く聞き取れなかった。


(チッ、出し惜しみしてる暇はないか――)


 オレもまた、全員がコーデルロスに意識を向けている内に“制約”を解除せんと、懐中時計を取り出す。


「――――っ」


 一瞬、フォルトゥナの目がオレを覗き見た――その直後、


「消えろ!! テレーズ・アヴァロォォ!!」


 コーデルロスの憤怒(ふんぬ)の叫びと、颶風の魔術が放たれたのは同時だった。


 広範囲の空間を穿ち、一帯の地面を深々と(えぐ)りながら、目に見えない怒涛(どとう)の衝撃が黒髪の女を襲い掛かった。


 音の速さを凌駕(りょうが)する速度と、桁違いの威力。

 あたかも、巨人の腕が振るわれたかと錯覚するほどに強烈な光景が、巻き上がる砂塵(さじん)によって掻き消される。


 数刻、遅れて――爆発音が大地を(とどろ)いた。


「ぐぅ……あっ!!」


 後方を吹き抜ける衝撃の余波に全員がよろめく。

 大討伐中に見たどんな攻撃よりも凄絶(せいぜつ)な一撃は、たしかに――テレーズを逃すことなく突き抜けていた。


 四大禁獣(よんだいきんじゅう)ならいざ知らず、ただの人間がそれを受けて、死なないわけがない。(いな)、死ぬなんて生ぬるい――身体の一片すらも残せるわけがなかった。


「……アッハハ」


 ない、はずだった。


「…………、あ、?」


 砂塵の薄くなった視線の先……大剣でその身を隠すテレーズが嗤っていた。

 コーデルロスの口から、(かす)れた声がこぼれる。

 そして、


「悪くないけどなァ、弱いね――」


 そう(ささや)いた瞬間、女の姿が消えた。


「!! コーデルロス――」


 咄嗟に振り向き、視界が捉えた光景に言葉を失う。


 立ち尽くすコーデルロスの身体から――大量の血飛沫(ちしぶき)()き出していた。


「がっ……!?」

「アッハハ!!」


 どれほどの速さか、いつの間にかコーデルロスの(ふところ)まで踏み込んだ黒髪の女が、その肩口に大剣を振り下ろしていたのだ。


 砂埃一つ巻き上げずに、ただの一跳躍(ちょうやく)、たったの一秒間で、それは起きていた。


 これが魔術ではないというならば、単純に、埒外(らちがい)な身体能力が()した技だというのか。

 常軌(じょうき)(いっ)した強さを前にして、もはや手段を選んでいる余裕は無かった。


「――――」


 嗤うテレーズを見据えて、オレが魔術を発動させようと構えた刹那(せつな)


「――〈共苦(ミセリコルディア)〉」


 被せるように滔々(とうとう)(つむ)がれたその魔術に、意識を奪われる。


「っ!!」


 次の瞬間、身体が独りでに動き出す。

 意識を奪われる。それは対象を意識するという意味ではなく、文字通り――()()()()()()()()()()()状態だった。


 オレの全身の感覚が強制的に、離れた位置に立つ男へと過集中状態に変移する。

 口も手足も思考の大部分さえ、白い男の動きに同調せんと、引き寄せられるように独立行動を始めた。


(チッ、意識掌握か――)


 祈りの聖句(せいく)に似て、しかし実態は真逆のおぞましい魔術を唱えられる者など、この場には一人しかいない。


()()()


 と、フォルトゥナの命令が脳裏(のうり)に響く。

 次の瞬間には、抵抗も空しく、オレの視界は断絶されたように暗くなっていった。


「!! ベルトランさん!!」


 倒れる寸前に見えた、フォルトゥナの崩れる様子と、近くから聞こえたフェリスの悲痛な叫び声を最後に――オレの意識は闇へと落とされた。


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