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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第三章 風砂の国

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10:休憩


 最初の魔獣の襲撃から五度の戦闘を()て、すっかり空の色は夕焼けに染まりつつあった。

 空を見上げたシュレッサが立ち止まり、一同に向けて呼び掛けるように声を張る。


「もうじき日が沈む。大討伐(だいとうばつ)といえど、夜に行動するのは得策ではない。ここらで休憩としよう」


 そう言って、シュレッサが(ふところ)から何かを取り出した。

 見れば、水晶のような見た目と形をした結晶体――魔封具(まほうぐ)が二つほど握られていた。


「こちらで防御結界と幻影魔術の魔封具を用意した。知っている者もいるだろうが、これらは常に展開し続けることができない。見張り役と同様に、交替(こうたい)で使用する必要があることは留意(りゅうい)しておいてほしい。それでは各自、野営(やえい)の準備をしてくれ」

「うぃーっす。じゃあ、休憩としますかー」


 話半分に、ウォーラトがドカッとその場に座り込んだ。

 それを見たジゼルが、顔に笑みを貼り付けながらウォーラトの首根っこを掴む。


「……野営の準備するって言ってるでしょ? 幕の設置、あんたも手伝って、ね?」

「わ、分かったから、首を引っ張るな!」


 二人のやり取りを横目に、黙々と荷物の袋から道具と食料を取り出すティメオ。『黄の集い』は冒険者なだけあって、当然だが野営は慣れている様子だった。

 そんな中――


「……私、外で寝泊りするの初めてです」


 隣ではフェリスが緊張した面持(おもも)ちで、野営の準備をする面々を(なが)めていた。その準備を手伝おうと足を前に踏み出すも、何をすればいいのか分からずに、結局、出した一歩を元の位置に戻すという謎の動きを繰り返していた。傍目(はため)には踊っているようにも見える。


「安心しろ。文明人である立派な証拠だ。むしろ、外で寝泊りができる方がおかしいからな」

「え、そうなんですか?」

「おいおい、ベルトラン……さすがにそれは冗談が過ぎねえか」


 準備に(ともな)う力仕事を手伝っていたユーゴが、呆れた顔でオレを見る。


 すると、横で聞いていたルドヴィックがすかさずこちらを向いた。口元を厭味(いやみ)ったらしく歪めながら。


「――お前が昔、ボクのパーティに泣きながら野営の同宿(どうしゅく)を頼んだこと、忘れてないよなぁ?」

「忘れようがないだろ、存在しない記憶のことなんて。夢の中の話なら朝起きた時にまた聞かせてくれ」


 オレの返しに、ルドヴィックがすぐさま眉を吊り上げる。まだ皮肉の十分の一も返してないというのに、こいつには効き目充分だったようだ。


 イライラでズレた黒眼鏡を持ち上げながら、再度、声を大にして主張する。


「存在した! 間抜けなお前が覚えてなくてもボクは覚えてるぞ! ボクのパーティの連中に偉そうな講釈(こうしゃく)()れながら、あまつさえ、このボクに恥を……ぐぐう!!」

「そんなことあったか? ……ああいや、お前に恥を()かせてしまったことだけ今思い出したぞ」


 オレがリディヴィーヌのお節介(せっかい)によって、冒険者組合に加入していた頃の話だ。


 ルドヴィックが言っているのは、あの日、討伐任務に同行していた他の冒険者が負傷して、それを〈転送(ミッテレ)〉――自分以外の対象のみに限定した空間魔術――で街まで送り返した夜のことだろう。

 野宿用の携行品(けいこうひん)を持参しておらず、街まで歩いて帰ろうとしていたオレがたまたま森で出くわしたのが、野営中のルドヴィック(ひき)いる冒険者パーティだったのだ。


 ようやく思い出したオレに、フェリスが苦笑しつつ、水の容器と包みに入った干し肉を手渡してきた。


「どうぞ、ベルトランさん。良ければ、皆さんの分もありますよ」

「おお、ありがてぇ。こっちはパンと野菜あるぞー」


 手を振って呼び掛けるウォーラトの近くでは、焚き火とともに焼かれた食材が香ばしい匂いを(ただよ)わせていた。


 その手前ではコーデルロスが、他の食材を器用に一口の大きさに調理している姿もあった。――風の魔術で。


「ちなみに硬い実の殻なんかを潰すこともできる」


 手品の(ごと)く、片手に乗せた野菜を触れることなく切り刻むコーデルロスに、集まった面々が拍手を送る。


「凄いですね……戦闘でも生活面でも重宝(ちょうほう)する、素晴らしい能力です」


 野営の準備を終えたティメオが感心して称賛(しょうさん)の言葉を述べる。ちなみに、ティメオが背負っていた大盾は現在、寝床の隣で旗印(はたじるし)のように突き立てられていた。


 コーデルロスが切り終えた野菜を順に焼いていくジゼルと、焼き上がった食材に塩を振るウォーラト。

 そうして、夜の気配に染まりつつある空の下、砂漠のど真ん中で――焚き火を囲みながらの食事が始まった。




「風砂の国の冒険者って聞いたけど、アンタ一人だけなのか?」


 硬いパンをそのまま犬歯(けんし)で噛み千切(ちぎ)って食べていたウォーラトが、コーデルロスにそう(たず)ねた。

 隣で聞いていたジゼルが質問に驚き、跳ねるように()き込む。


「ちょっと、ウォーラト……! 無遠慮すぎだって!」

「いやいや気になるじゃん。つーか、そんな変な質問じゃなくね?」


 なあコーデルロスさん、と気軽に話題を振ってくるウォーラトに対して、当の本人は愉快そうに頷いた。


「くくっ、そうだな。たしかに冒険者をやってる風砂の国の人間は、俺一人だけさ。生き延びた他の民はほぼ全員、〈神聖なる霊森(れいしん)〉という土地で移民として密やかに生活している」


 (はる)か頭上に点滅する星空を(あお)ぎ見ながら、コーデルロスが懐かしむ声音で(つぶや)く。


 ――〈神聖なる霊森〉は、大陸の中央に位置するフェルゲッタ森林のそのまた中央、“森の民”と呼ばれる民族が暮らす区域のことだ。

 弟弟子(おとうとでし)であるミリオール・ヘイスティがそこの頭領(とうりょう)の護衛を務めている関係から、“森の民”が辛気臭(しんきくさ)い連中、ということだけは記憶にあった。


 ウォーラトの質問から始まったコーデルロスの話に、全員が食事をしながら耳を傾ける。


「だからこそ、今回の大討伐は本当に嬉しかった。四大禁獣(よんだいきんじゅう)の討伐は、俺一人では成し()げられない難題(なんだい)だからだ。大討伐ならば、たとえ明日に辿り着く目的地に“大蠍(おおさそり)”が現れずとも、他の班の冒険者が討伐を達成してくれると信じることができる……これは風砂の国の復興(ふっこう)に近付く、大きな一歩だよ」

「…………」


 情感の込められた言葉が夜の静寂に流れる。

 こいつはこいつなりに、色々な苦難を経て今日まで生きてきたのだろうか。


 しんみりとする空気の中……しかし、焚き火に照らされたコーデルロスの表情が、不意に鋭い色を帯びた。一瞬、猛烈(もうれつ)な殺意を瞳の中に宿して、男は言葉を続けた。


「だからこそ……だからこそ、だ。祖国を裏切ったあの女――テレーズ・アヴァロが(ゆる)せない。もしも、こいつを殺すことができるならば、俺は何を犠牲にしても叶えるだろうな。最悪、この命に代えても…………っと、すまない、食事の場に相応(ふさわ)しくない話をしてしまった」


 隠し切れない怒りと憎悪の(にじ)む声が、短い間を置いて、いつもの調子へと戻る。


(……なるほどな)


 今の話を聞いて、昼間にコーデルロスが見せたあの怒りの片鱗(へんりん)が、かつての“勇者”テレーズを指して向けられたものだったことを理解する。


 コーデルロスの胸の内を渦巻く、数年の歳月が過ぎても未だ(おとろ)えない怨嗟(えんさ)(たぎ)り――それを治める方法はもはや、復讐以外にはないのだろう。


 ふと、ウォーラトが干し肉を咀嚼(そしゃく)しながら、考えているのか考えていないのか、まるで分からない顔で(うな)るように頷いた。


「うーん、復讐かー、叶うといいなぁ、んぐっ」

「……アホウォーラト、ちゃんと飲み込んでから喋ってよ」

「くくっ、君たちも絶対に許せない相手くらい、いるんじゃないか?」


 切り替えたように、カラッとした態度で話題を振り返すコーデルロスに、ウォーラトが明るい調子で答える。


「ユーゴ前団長っスね」

「……――!?」


 それまで静かに食事していたジゼル、ティメオが揃ってハッとした顔で剣士の青年を振り向く。


 どうしてそんなことを、と口に出さずとも伝わってくるほどの迫真の表情と動作で、二人がウォーラトに詰め寄る。

 一方で、


「…………」


 ユーゴは焚き火を見つめて黙したまま、大剣の手入れを終えて軽い食事を続けていた。


 再び猫状態になったマリリーズの場違いな欠伸(あくび)の声が、フェリスの膝元から小さく聞こえてくる。


「えーと、それはなぜかな?」


 さすがにさっきの答えは予想していなかったのか、珍しく戸惑った様子で理由を問うコーデルロス。

 すると突然、立ち上がったウォーラトが声を大にして唱えた。


「もちろん――ティメオ団長の()()()()無下(むげ)にしたからに決まってるっスよ。さすがにあれは、団員として許せねえ……!」

「………………な」


 力強く言い放つウォーラトのすぐ近くで、ぼとりと何かが落ちる音が聞こえた。

 見れば、開いた口が(ふさ)がらないとばかりに唖然(あぜん)とするティメオが、……焚き火に照らされていてなお、真っ赤だと分かるほどに紅潮(こうちょう)した顔で固まっていた。


 ――ウォーラトが言っているのはおそらく、『団長の座に戻ってほしい』とユーゴに打ち明けた数時間前のやり取りのことだろう。


 手に持つパンをそのまま落としてしまうくらいの動揺(どうよう)を見せながら、ティメオの口元がわなわなと震える。


「たしかに」

「!?」


 今度は隣から、神妙(しんみょう)な顔つきに変じたジゼルがウォーラトの意見に同意。

 驚愕(きょうがく)を極めた様子でガバッと振り向くティメオに、目の合った治療術士の少女が「あっ」と声を漏らす。


 そんな一連のやり取りを前にして各自、笑ったり、鼻を鳴らしたり、微笑(ほほえ)ましそうに眺めたりと色々な反応があった。


「……何のことだ?」


 ただ一人、気付いていない様子のユーゴだけが、眉を寄せて『黄の集い』の面々を交互に見ていた。


 しばらくして……石になったかのように全身を硬直させていたティメオが、ゆっくりと……剣士の青年の方へ身体の向きをずらす。


 オレの位置からは見えないが、おそらく、()()を浮かべているのだろう。ティメオの表情を正面から見たウォーラトが、悲鳴に近い声を上げた。

 そして、


「……、ウォーラト…………報酬減額、決定です」

「な、なんでだあああ!?」


 と、実に()頓狂(とんきょう)な叫び声を響かせた。

 助けを求めるように、ウォーラトの視線がこちらを向く。


「なあ、そっちの魔術師の人! 助けて!」

「……オレか? まあ、自業自得(じごうじとく)だな、甘んじて受け入れた方がいいぞ」

「ひでぇ!?」


 即座に切り捨てるオレの言葉に、取り付く島を無くしたウォーラトが頭を抱えながら叫ぶ。


 そんなやり取りの隣で――フェリスが、小さな笑みを(こぼ)した。

 振り向けば、少女の青い瞳が無邪気にオレを見上げていた。


「冒険者の方々も悪い人ばかりじゃないみたいですよ、ベルトランさん」

「……こいつらはただの馬鹿だろ」


 揺れる焚き火の柔らかな光に、フェリスの屈託(くったく)ない笑顔が照らされていた。

 その輝きから目を逸らして……オレは星の(またた)く夜空を仰ぐ。

 …………


『――ベルトラン。あなたが人を避けるのは、自分と関わりを持った相手を不幸にさせないため……違いますか?』


「…………」


 ふと、弟弟子の言葉を思い出して、ゆるりと頭を振る。

 おそらく明日には着くであろう目標地点、その巣の主――大蠍に意識を切り替えて、オレはさっさと食事を終わらせた。


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