04:勇者
「あの女、テレーズは故郷である風砂の国で〈真理の器〉を起動し、そして大蠍を都市に放った」
遠い眼差しを砂漠の向こうに投げながら、シュレッサは低い声で言い放った。
四大禁獣の一種、大蠍。
かつて、砂時計や日時計などから“時計”という概念を作った風砂の国――その王都を一瞬で壊滅させた魔獣だ。
その生態は未だ不明なところが多い。それでも、風砂の国が壊滅させられた原因だけははっきりと言い伝えられていた。
「まさか、地中に潜って――地盤から都市を粉々にするとはな」
どういう原理かは分からない。だが、大蠍はどんな場所ですら潜り込み――地面の下から容赦なく地上の人間を襲うという。
上に建つ街並みごと人間を生き埋めにして、形あるもの全てを破壊し尽くした結果、風砂の国は名の由来をなぞるように……砂漠の一部と成り果ててしまった。
そんな怪物を解き放った元凶こそが、シュレッサ曰く、最初に“勇者”の称号を授かった冒険者の女らしい。
「どうして、そんなこと……」
フェリスが信じられないといった表情で呟く。
「何が目的かは分からない、何がしたかったのか。テレーズは勇者となった数日後に、それを実行した」
ずっと無感動だったシュレッサの声音に、僅かな感情の揺れが聞こえてきた。
冒険者組合の役員としては複雑な心持ちだろう。何せ、冒険者組合が主体となって、人類の安寧のために作り出した英雄が――まさか真逆の、人類に仇なす存在へと堕ちるとは予想できなかったはずだ。
組織としての面子は当然、各国で築き上げてきた功績や信頼といった何もかもが危うくなるほどの大事件が、冒険者組合の支部長であるシュレッサの立場に響かないわけがない。
「……“革命の剣”とまで呼ばれていたそうだ。彼女こそが人類の切り札だと、あの時まで我々は確信していた」
「今や冒険者組合の最優先追討対象らしいぜ」
「そりゃ、そうだろうな」
ユーゴの補足に、オレは肩をすくめて苦笑した。
最優先追討対象は、言わば指名手配の大陸全土版といったところだ。一般的な指名手配と違う点は、冒険者が対象と接触した場合は生死を問わず、対象の身柄を引き渡すための行動――大体は情報提供だが――が義務付けられていることである。一昨日に襲撃してきた暗殺者――バンジャミン・ディオメッドもまた、その対象の一人だ。
「巡りめぐって、オレたちはアンタらの尻拭いをさせられてるってわけか、笑える話だな。……で、今度の勇者候補の冒険者たちが、大蠍に勝てる見込みはあるのか?」
苦言もそこそこに実情を問う。対して、シュレッサは力強く頷いた。
「ああ。今回、大討伐を実行に移せたのは大蠍の習性や“子蠍”の群れの数と行動を十全に観測し、討伐できると判断したからだ」
「子蠍……?」
おそらく大蠍と関連する魔獣の一種らしい、初めて耳にする名にフェリスが小首を傾げる。
しかし、シュレッサはその疑問には答えずに、
「四大禁獣と称されるに至った厄介さが、これから嫌というほど分かる。覚悟してほしい」
と、それだけを告げて、歩きながら前方を指差した。
「着いたぞ。あれが合流地点だ」
男の指先に、オレを含めた全員が釣られて視線を向ける。
緩やかな傾斜の先、高台となっている丘の上には――数十人ほどの冒険者たちが集まっていた。
それは選りすぐりと名高い、財と名誉に戦意を滾らせた冒険者の集団――勇者候補たちだった。




