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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第三章 風砂の国

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30/65

01:出発


 まだ陽も昇り切っていない早朝、涼しい空気に包まれた領主邸の玄関前には――十数名ほどの冒険者組合の人間が出迎えに集まっていた。


 整然と列を成す組合の者たち――おそらく大半が魔術師だろう――の先頭で、代表らしき男がこちらに(うやうや)しく一礼をする。


「“大討伐(だいとうばつ)”の遠征に際してお迎えに参りました。冒険者組合の支部長、シュレッサです。この度は我々の協力要請に応じて下さって感謝いたします、ルドヴィック殿」

「当然さ、ボクも冒険者の一人だからね」


 尊大(そんだい)な口調で答えるルドヴィック。

 いつもの大きな黒眼鏡(サングラス)に加えて、今日は遠征用の上等な装備品の数々を身に付けているせいか、青年が持つふてぶてしさも更なる磨きが掛かって見えた。


 オレは後方で、フェリスとともにその様子を眺めていた。


「あの人たちも全員、参加するんでしょうか?」


 冒険者組合の集団に視線を向けながら、小声でオレに尋ねるフェリス。――頭だけではなく、首や口元をくまなく布で覆った完全防備で並び立つ少女の格好にオレはあえて触れず、その質問に答えた。


「あいつらは複合詠唱の要員として集められた魔術師だろうな。空間魔術の発動に必要な頭数とだいたい合致している。まあ、メリザンシヤの魔封具(まほうぐ)が使えるなら用のない連中だ」

「今回もメリザンシヤ様の魔封具を使うんですね」

「いや、使わない」

「え?」


 オレの返答に、見上げる少女の青い瞳が驚きに揺れた。


「メリザンシヤに限らず、魔術師は部外者に自身の魔封具を使われることをひどく嫌う生き物だからな。今回ばかりは、同じリディヴィーヌの弟子という特権でメリザンシヤの怒りを避けることは難しいだろう。下手をすればオレの上半身と下半身が永別しかねない。まったく、面倒な連中だと思わないか?」

「な、なるほど……」


 砂塵対策の装いで表情は(うかが)えないが、少女が苦笑いを浮かべているのがはっきりと分かった。


 魔術師にとって、魔封具は自身が生涯を掛けて(つちか)った経験の集大成みたいなものだ。

 研鑽(けんさん)を積み重ねた魔術と、相応の圧縮技術による結晶化の両立を達成させなければ、そも形作ることすら不可能な一級の工芸品である。

 工房などの潤沢な設備も必要なために、並の魔術師では到底作ることが叶わない――故に、それそのものこそが一流の魔術師の証明とされてきた。


(そんなものを身内以外にほいほいと使わせる放縦(ほうじゅう)な魔術師はあまりいないだろうな)


 錬金術の国エンピレオが大陸の覇者だった頃ならいざ知らず、かの時代に現れた三大魔術師が大陸全土の魔術師を束ねてから今日に至るまで、〈禁忌(きんき)〉という名の規律が無分別な魔術の共有を良しとしなかったことも要因として大きい。


 シュレッサと名乗る男とルドヴィックが言葉を交わす最中、背後に控えていたルドヴィックの側近らしき男が不安そうな声で問う。


「ルドヴィック様……本当に向かわれるのですか、あのような騒動が起きたばかりだというのに」

「何度も言わせるな。僕のこの眼は〈先見者(せんけんしゃ)〉としての役目を果たすために生まれ持った“力”だ、今日使わずしていつ使う?」

「…………」


 ルドヴィックの答えに、側近の男が暗い面持ちで沈黙した。

 貴族ではなく、あくまでも冒険者としての責務を述べる青年に――それを聞いていたシュレッサが拍手を送った。


「素晴らしいお考えだ。その勇敢な心構えに深く敬意を表します」


 そう言って、スッと目を細めるシュレッサ。

 用心棒であるユーゴの体格に勝るとも劣らぬ大柄な男だった。

 ユーゴが大剣使いであるのに対して、見ればこちらは腰に添えた片手剣が一本のみ。


 (いかめ)しい顔に付けられた古傷を敗者の傷と(とら)えるか、または歴戦の証と捉えるか……どちらにせよ、所作の一つ一つに滲む戦士の気配に、冒険者組合の支部長という肩書きがただの権力の飾りではないことが窺え知れた。

 とはいえ……


(敬意を表しているようには見えないがな)


 (うやま)っているわけでも、軽んじているわけでもない。表情に一切の変化なく、シュレッサはルドヴィックに向き合っていた。


 形式的な立場上、ルドヴィックは冒険者組合に所属する冒険者であり、シュレッサはその管理を行う上司ということになるわけだから、立ち回りが特殊になるのも仕方ないと言えば仕方ないが。


 と、オレたちの近くで同じく雇い主を見守っていた用心棒――ユーゴがこちらに声を掛けてきた。


「いよいよだな」


 その声には初対面の頃の明るい調子はなく、どこか張り詰めたような、気の重たそうな響きがあった。


「緊張してるのか?」

「ん? ……ああ、まあな。今の俺に坊ちゃんの護衛が務まるか、ちょいとばかり不安ではあるぜ」


 素直に認めて、大男は短く刈られた黒髪をガシガシと掻く。


 この男にしては珍しいな――などと意外に思っている間に、シュレッサが挨拶を終えてここに集う全員を見回した。

 朝の清涼な空気に包まれた玄関前に、男の低い声が反響する。


「――では、“大討伐”に向かう前にもう一度だけ確認する。我々の空間魔術で転移地点に移動できる人数は最大七人までだ。通知したとおり、同行者は私と帰還要員の魔術師の計二人。残りの五名――ルドヴィック殿を入れた四名の人選は、すでに決まっているだろうか?」


 シュレッサの視線が一巡する。

 ルドヴィックと側近の男を除いて、ここに立っていたのはちょうど護衛に雇われた四人だった。

 正確には言えば、フェリスはオレに付いて来ただけなので雇われているわけではないし、もう一人に至っては……


「……ところで、そこの猫は?」

「にゃあ」

「おい……マリリーズ、今は変身を解いておけ」


 ユーゴの注意を受けて、フェリスの足元にごろんと(うずくま)っていた猫が顔を上げる。


 次の瞬間、猫の身体が青白い煙に包まれて、数秒も経たぬ内に煙の中から人影が出現する。

 冒険者組合員が一斉に警戒を示す中、霧散する煙の内から姿を見せたのは、大きな黒のとんがり帽子を被る魔術師の少女だった。


「すみませんにゃ……ごほん、すみませんでした」


 ぺこりとお辞儀をして、灰色に似た青の髪を揺らす少女に、しかし、シュレッサは動じる様子もなく無表情に頷いた。


「なるほど。その四名でよろしいですか、ルドヴィック殿」

「ああ、問題ない。……ユーゴとマリリーズはともかく、この二人が役に立ってくれるかは疑問だけどね」


 ルドヴィックの棘のある声に、オレは肩をすくめて応える。

 フェリスは生真面目(きまじめ)に、「絶対にお守りします」と拳を胸の前に持ち上げて意気込みを見せるが、青年はそれに一瞥(いちべつ)もくれず、鼻を鳴らすだけだった。


 ――お前が指名したから、オレはこの面倒な任務に付き合う羽目になったんだが。そう毒づこうとしたが止めておいた。朝っぱらから面倒な奴と口論するのはオレとしても気が滅入る。


 そうして、シュレッサがもう一度、オレたちを見定めるように視線を巡らせると、背後に控える十数人ほどの組合員たちに詠唱の準備を命じた。

 その命令を受け取って迅速に陣形を作る組合員たちを背に、シュレッサが威風堂々とした佇まいでこちらを振り向く。


「では、そろそろ出発いたしましょう」

「――なあ、岩壁(がんぺき)の国からも勇者候補は出向くんだよな?」


 支部長である男の(おごそ)かな態度とは裏腹に、覇気のない声音で問い掛けるユーゴ。


 その様子は明らかに何かを怖れているように見えた。大討伐に参加すること自体を忌避(きひ)しているかのような、消極的な態度が隠し切れていない。

 シュレッサはそんな用心棒の男に毅然(きぜん)とした振る舞いで答える。


「そちらはすでに現地に到着している。ユーゴ、君は驚くだろうな」

「…………」


 用心棒の男をユーゴと呼び捨てている辺り、どうやら両者は顔見知りのようだ。

 シュレッサの返答に眉を(ひそ)めつつ、とりあえずは言葉を飲み込んで、それ以上の追求を止めるユーゴ。


(……こいつは何を案じているんだ?)


 先ほどからずっと様子のおかしいユーゴに、オレ以外の三人もどうしたのかと気にしている雰囲気だった。

 ……いや、ルドヴィックとマリリーズの二人は何か事情を知っているのか、ユーゴに向ける視線がやや同情的にも見える。

 やはり、この男がかつては勇者候補だったことが関係しているのだろうか。


「魔術師班、準備はできたか」

「はい、すでに詠唱の用意は整っております」


 シュレッサの問いに組合員の一人が答える。

 オレたちの目の前で、虚空を包囲するように配置された魔術師たちが一斉に両腕を突き出した。魔術発動の座標を前方に固定するための動作だ。

 片手を挙げるシュレッサの合図とともに、魔術師たちの――空間魔術の複合詠唱が開始された。


「――――――」


 十数人の魔術師たちが息を揃えて、滔々(とうとう)と紡がれていく詠唱の文言。


 地面に現れた青白い光の方陣と、溢れ出す魔術の輝きによって視界がその一色に染め上げられる。

 ただ一人の持てる魔力では(まかな)えず、複数人の魔術師が魔力を補い合って完成する大規模魔術の一種が今、この場において発動の瞬間を迎えようとしていた。


(……やはり、遅いな)


 一般的な魔術師であれば上等の部類に入ると、理屈では分かっている。


 それでも――メリザンシヤという突き抜けた空間魔術の使い手を知っている者からすれば、やはり、精度も詠唱速度も何もかも、見劣りしてしまう。

 あの女はこれをたった一人で、数秒も掛からず、人数の制限さえ取っ払って転移させることが可能だった。

 大人数で詠唱を行うことが前提の空間魔術を簡略化した上で軽々と実行しているのだから、端的に言って化け物だろう。

 多くの魔術を無詠唱で発動できた以前のオレでも、空間魔術だけは論外だった。


「…………」


 黙って成り行きを眺めていると、やがて、魔術師たちが囲う空間に黒い亀裂がひた走る。

 それは周囲を(むしば)むかのごとく大きさを広げ始めて、次第に見慣れた虚空の渦へと形を変容させていった。


 詠唱が最後の一文を唱え終えると同時、人一人分を飲み込めるほどの異形に広がった空間の歪みに、少女二人が感嘆の声を上げる。


「転移の門、開通が完了しました」

「ご苦労――さて」


 シュレッサが腰に帯びた剣に手を掛けながら、現れた漆黒の渦の入り口に立った。

 鋭い視線をこちらに向けて、宣言するように声を上げた。


「これより討伐する魔獣は――四大禁獣が一種、“大蠍(おおさそり)”だ。かの小国、“風砂(ふうさ)の国”を滅亡させた()まわしき毒虫の司令塔を討つこと、それが今回の大討伐の最終目的である。ここから先は――くれぐれも警戒を怠らぬように」


 釘を刺す言葉とともに、一番に迷いなく身体を潜らせるシュレッサ。


「…………」


 続けて組合員の一人が渦に入っていき、その後を(いぶか)しみながらルドヴィックが進み、ユーゴ、マリリーズと順番に虚空の渦の中を通っていく。


「こ、これ、途中で閉じちゃったりしないですよね?」


 フェリスが揺らぐ渦を見つめながら小声で不安げに言う。


「この前の赤竜(せきりゅう)みたく、首だけ向こう側に転移するかもな」

「うぅ、怖いこと言わないでください!」


 そんなことを言っていると、冒険者組合の魔術師たちがギロリとこちらを睨んだ。


「す、すみません、行きます!」


 慌ててフェリスが虚空の渦へと進み、列の最後になったオレは首を振りながら、深遠が覗く向こう側に足を踏み入れる。


(――“大蠍”か。オレが相手する魔獣はどうしてこうも……面倒な標的ばかりなんだ?)


 記憶にある魔獣の厄介な特徴を思い出して、オレはため息とともに――虚空の渦に身を投じた。



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