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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第二章 岩壁の国

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13:エピローグ 〈祈りし者〉


 ――目の前に(たたず)む教会を見上げながら、背後に展開していた虚空の渦を閉ざした。


 宙に浮かんだままの魔封具(まほうぐ)を回収し、改めて、その教会に足を向ける。

 視界に飛び込んできたのは、陽に照らされて燦然(さんぜん)ときらめく白銀の外観と、その周囲を咲き誇る色鮮やかな花畑。

 掲げられた装飾から見て、この場所はおそらく――マナ教の礼拝施設なのだろう。


「……まるで、誰かの夢に出てくる景色だ」


 ぽつりと呟き、そのまま扉を押し開いて……教会の中へと足を踏み入れた。




「おや……どこに行っていたのかね、ディオメッド君」


 入ってすぐに自分を出迎えたのは――老紳士風の男だった。

 清浄な空気に包まれた教会の中で、男は会衆席(かいしゅうせき)に腰を下ろしたままこちらを振り向いた。


「“首刈り”に(たわむ)れるのは結構なことだが、我々が有する貴重な魔封具の一つを無断で持ち出すのは、いささか感心しないものだね」


 穏やかで低い声が、祭壇の向こう側まで反響する。

 豪奢(ごうしゃ)な衣服の上から赤い外套(がいとう)を羽織り、ギラつく黄金色(こがねいろ)の髪を束ねた初老の男――リームスの質問に、俺は笑って返答する。


「ごめんごめん。これから始まる愉しみの前に、一つやるべきことをやってきたんだ」

「ふむ……」


 リームスは(うな)りながら目を閉じて、次には何かを静聴するように、ひた、と身動きをしなくなった。


 紳士然とした居住まいはそのままに、突いている杖の持ち手を愛おしそうに撫でて、しばしの無言が空間を流れた。

 やがて、


「……ならば、致し方あるまい。悩みの種は純粋な(たの)しみに(かげ)りを差すものだからね」


 初老の男は口髭を片手にさすって、実に愉快そうな声でそう言った。


「感謝するよ」


 俺は礼を述べて、教会の中をぐるりと見回す。


「彼は――フォルトゥナはどこに?」

「ふむ、彼は地下だ」

「地下?」


 初老の男が指差した一角を振り向く。

 そこは、祭壇の隣に開かれた通路の入り口だった。




 地下に続く階段を下りていくと、暗がりの先に小さな両開きの扉を見つけた。

 教会内の清らかな雰囲気と打って変わって、その扉はひどく錆び付いているようだった。


 ギィ、と音を立てる扉を押して、地下室に入る。

 そして、


「――――」


 地下室の中に見えた光景に、ほんの一瞬だけ息をすることを忘れてしまった。


 美しい花畑が広がっていた。


 手狭(てぜま)な地下空間であるはずのその場所は、見上げれば青空が澄み渡り、下はどこまでも続く無数の花々が地面を覆い尽くしていた。

 満ちる陽光と花畑の香りが鼻腔(びこう)をくすぐって、口を開けば土の味すらしそうなほどの豊かな景色。


 奇妙だ。

 いや、奇妙というには、あまりに現実味がない。

 …………思えば最初からそうだっただろうか。ああそうだ、この教会自体が――


「ふふっ」


 聞こえた声に視線を向ければ、花畑の中心で一人の女が微笑(ほほえ)んでいた。

 子犬を両手で抱えながら、(いつく)しむような柔らかい笑みを浮かべている。


「…………」


 全く知らない女だった。

 知らないのに、子犬を撫でる手つきと見守る眼差(まなざ)しが、何を語らずともその人となりを伝えていた。


 おそらく、とても心優しい人なのだろう。

 花に囲まれていても決して(かす)まない温かな光を、その女は放っていた。

 ――だからこそ。


「……やあ、フォルトゥナ」


 俺の背後にいる、何色も持たない空虚(くうきょ)な男の存在が、どこまでも際立って感じることができた。


「…………」


 男にそう声を掛けた瞬間、世界のひび割れる音が聞こえたような気がした。


 (まばた)き一つ、たったそれだけの空白で――さっきまでたしかに目の前を広がっていたはずの花畑が、中心にいた女が、今はもうどこにも見当たらない。

 ここにあるのは、薄暗い地下の一室だった。

 最低限の蝋燭(ろうそく)(とも)された火が、室内をやんわりと照らしている。


「……私に用ですか、バンジャミン」


 落ち着いた声音が耳朶(じだ)を打った。

 振り返れば、入り口の脇に置かれた長椅子にいつの間にか腰を下ろす男がいた。


 雪を思わす白銀の髪と、白を基調とした聖職衣を身に纏う、真っ白な男――フォルトゥナ・パルーフェ。

 大魔術師リディヴィーヌの三番弟子にして、マナ教の信徒だった男。


「貴方の兄弟子に会ったよ。挨拶してきたけど良かったかな」

「……ええ、構いませんよ。彼は元気そうでしたか」


 色のない気配、静かで熱のない口調、どこまでも……虚しさを感じずにはいられない茫洋(ぼうよう)とした瞳が、部屋の中央を眺めていた。


「さあ、見た感じは元気そうだったけど」


 俺は肩をすくめながら答えて、すぐに「ところで」と話を切り替えた。


「残りの〈先見者(せんけんしゃ)〉はどう? 一応、“白幻(はくげん)の国”の橋渡し役としては進捗を聞いておかないとなんだけど」

「……そちらに」


 長い指がしなやかに伸びて、地下室の隅をゆるりと示した。

 そうして、ふと、その床に落ちている丸い形状の何かを目視し――俺は思わず、


「――へえ、スゴい」


 と、歯を()いて笑ってしまった。


 床には――()()()()()が三つ、綺麗な列になって並べられていたのだ。

 瞼は閉ざされたままに、あたかも眠っているだけのような、穏やかな表情で時を止めた死顔が……文字通り床に落ちていた。


「…………」


 俺は一頻(ひとしき)り、それを観察して。


「……間違いない。岩壁(がんぺき)の国の〈先見者〉だ」


 彼の魔術――“意識掌握”による幻想ではないと確信を得てから、フォルトゥナに向き直った。

 懐から取り出した物を、彼の手元にひょいと投げる。


「これで二つ目、ということだね」


 彼らが〈銀の欠片(ミスリル)〉と呼ぶそれを――長方形に加工された鉱石のような物体をフォルトゥナへと渡す。

 彼らが必要としているモノであり、ある“魔術装置”を起動するために不可欠らしいモノ。


「ねえ、俺にも教えてくれないかな。君たちは一体、何をしようとしているんだ?」


 俺の素朴(そぼく)な疑問に、フォルトゥナがゆっくりと顔を上げて。

 物憂(ものう)げそうな淡い瞳が、こちらを覗き込んだ。


「――魔女の遺志を継ぎ、新たな“錬金術の国”を作り出す。それが我々――〈祈りし者〉の目的ですよ」


ここまで続けて読んでくださった方、ありがとうございます。

更新が遅延状態ですみません、次回の投稿はもう少し書き貯めてから投稿したいなと思ってます。

次章では各国の勇者候補の冒険者パーティが集まり行われる『大討伐』に同行する最中、ついに敵である信奉者の一団とベルトランが対峙する予定です。

ベルトランの寿命がなぜ短いのか、その出自にも触れたり、新たに登場するキャラとの掛け合いも考えつつ遅くならない程度に書き切りたいです。


面白いと思ってくださった方は、良ければ評価などよろしくお願いします。

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