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7話 レナル伯爵家当主、メイソンの心境

「カ、カイレース家当主、ジェームズ・ラクス・カイレースからの手紙だと……ッ!?」


 レナル伯爵家の当主、メイソン・エナ・レナルは使用人から渡された手紙を見て、恐れ慄いていた。


 顔は青ざめ、脂汗が滲んでいる。


 ……それもそのはず。


 ジェームズ自身は己の武勇について大して周囲の人間に語らないが、その逸話は貴族社会の間では有名であった。


 かつて先代カイレース家当主が病床に伏せた際、それを見計らってか、隣のグラウス領から攻め入られた事件があった。


 当主が病床に臥せっていた影響と突如グラウス領に攻め入られたことで、当時のカイレース領は混乱状態に陥り防御網にも大穴が開くほどだったとか。


 その一方で、

「攻め入る口実など、混乱に乗じていくらでも仕立て上げられる。王国一広大かつ肥沃なカイレース領をこの機会に一部でもこの手に収められれば、膨大な利益となるであろう」

 ……当時のグラウス領主はそんな思惑だったらしい。


 けれどそこで立ち上がったのが、当時長男として家督を継ぐ予定だった……「ラクス」の名を継承する以前のジェームズ・カイレースだった。


 父が病に伏せたとの報を受け、各地を回っての修業から帰還したばかりだったジェームズは、数人の騎士を引き連れ、報復と言わんばかりにグラウス侯爵家の屋敷へ奇襲を仕掛けた。


 戦力差は数十倍から百倍近く。


 普通に考えればジェームズに勝ち目は万に一つもありはしないだろう。


 だが剣を握ったジェームズは正に鬼神の如き強さであり、グラウス侯爵家を守護する騎士を次々に撃破。


 その末、グラウス侯爵家当主を捕縛し、カイレース領に攻め入っていたグラウス領勢力はあっという間に総崩れになったのだ。


 ……これが伝説の始まりとなり、ジェームズはカイレース公爵家に歯向かう者には尽く鉄槌を下し、破滅させてきた。


 そう……貴族社会においてジェームズ・ラクス・カイレースの名は、破滅そのものとして恐れられているのだ。


 故に、レナル伯爵家当主のメイソンは激しく恐怖する。


 生きる天災の如きジェームズ直々の手紙を受けて。


「……ま、まさか……いいや、遂にと言うべきか……」


 実を言えば、メイソンには思い当たる節が大いにあった。


 娘エリーゼが、ジェームズの娘であるシスティーナから、皇太子イオを奪い去った件だ。


 王立学園の卒業パーティーでイオとエリーゼがあのような失態を犯すまで、実はメイソンはそのような事実を一切把握していなかった。


 ……当然である。


 エリーゼが勝手に動き、イオと恋に落ちた結果であるし、そもそもメイソンがこの件について前もって知っていれば娘の頬を叩いてでも止めただろう。


 馬鹿な真似はよせ、お前はジェームズ率いるカイレースの恐ろしさを知らぬからそんなことができるのだと。


 だが……事態は動いてしまった後だ。


 イオはシスティーナとの婚約破棄をパーティーの場で堂々と発表し、エリーゼと婚約すると明言してしまった。


 ……娘も多少は恥をかいたようだが、それよりもメイソンはカイレース家からの報復を恐れていた。


 ここ最近は寝る間も惜しんでレナル家の今後の財政を検討しつつ、どれだけの財をカイレース家へ詫びとして貢ぐべきか、どれだけの財を貢げばジェームズの怒りが収まるか……そればかりを家臣たちと考えていた。


 エリーゼが未来の皇后である今、カイレースも少しは攻めるのをためらうだろうが、ジェームズの性格では時間の問題……メイソンとしてはそのような認識だった。


 しかしながら、遂に来てしまった破滅の手紙。


 恐らくはジェームズ・ラクス・カイレースからの宣戦布告の一筆。


 手紙を寄越したカイレース家の騎士さえも、使用人曰く怒気を隠し切れていなかったとのことだった。


 メイソンは肩を落としつつ、自嘲気味に笑った。


「婚約を結んでいた皇太子を娘が奪った時点で、カイレース家とその騎士たちが全力でレナル家を滅ぼしに来るものと身構えていたが……いいや。向こうが少しばかりの猶予を与えてくれただけましと言ったところか。詫びが遅れたこちらの不手際でもある」


 そう、皇太子との婚約を台無しにされた時点で、カイレース家は十分にレナル家に攻め入る口実を得ていたのだから。


 遅かれ早かれこうなっていたのだろうと思いつつ、メイソンは震える手で手紙の封を切る。


 そうして中身を確認した途端……メイソンの顔が恐怖の青白さから怒りの赤へと変貌していった。


 メイソンは激情のままに執務用の机へ拳を振り下ろした。


「あの、馬鹿娘が……! カイレース家が思いの他寛容と思いきや、まさかこんな愚かな真似を密かに……! おいっ! 誰かいるかっ!」


 メイソンの言葉を受け、部屋の外で待機していた使用人が大急ぎで部屋に入る。


「メイソン様、どうなされたのですか」


「エリーゼ! エリーゼはどうした! おかしな真似をせぬよう今も自室に閉じ込めて、静かにさせているのだろうな?」


「はい。言いつけ通りに。ただ……」


 口籠った使用人に対し、メイソンは「何だ?」と有無を言わさぬ口調で問う。


 使用人はどこか言いにくそうな表情で口を開いた。


「エリーゼ様は先日、外から戻ったカインとお会いしてから様子がおかしいようでして。それまで静かでしたのに、今は部屋で時折、カイレース家のシスティーナ様のお名前を叫んで物を投げている様子でして……」


 その言葉だけで、ジェームズからの手紙の内容……エリーゼがカインと手紙を使ってシスティーナに無礼を働いた件が、真実であるとメイソンは確信した。


 その瞬間、メイソンは怒声を張り上げた。


「今すぐエリーゼとカインを連れて来い! あの愚か者共めが。自分が何をしているのかまるで理解しておらんっ!」


 一歩間違えればレナル伯爵家の歴史は数日以内に幕を閉じるだろう。


 今やそのような危機的状況であると、メイソンは再認識したのだった。


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