6話 カイレースの騎士たち
レナル伯爵家の使者が来たことやエリーゼの手紙を渡されたことなど、ひとまずは当主である父の耳に入れねばならない。
そんな訳で、夕暮れ時に父が屋敷に戻った際、私は諸々を父に話していた。
……その結果。
「ほうほう……伯爵家とその娘風情が調子に乗りおって。私が不在の間に、我が愛娘へ配下を使って仕掛けてくるとは……」
父は机の上に置いた手をバキバキと鳴らし「くっくっく……」と低く笑った。
「しかしシスティーナも災難だったが、よくやった。その『手紙』はかなり効きそうだな」
「はい。私もやられっぱなしというのは性に合いませんから。何より私の誇りにかけて、エリーゼに弱みを見せたくはありませんでした」
「うむ、よいよい。大胆不敵に踏み込んできた相手を上手く捌いたものだ。流石は我が愛娘よ。……とはいえ今回の一件、どのようにすべきか少々考える必要がある。カイレース家の面子もある以上、こちらからレナル伯爵家へはお咎めなしという訳にもいかん。……方針が固まったらまた話す。今は休むといい」
父はそう、どこか穏やかな様子で言った。
……実を言えば、この場で逆上して「奴らは決して許さぬッ! レナルの連中に目にもの見せてくれるわ!!!」などと言い出すものと思っていた。
とはいえ冷静にことを進められるなら、それに越したことはない。
父も歴史あるカイレース家の当主、そこまで考えなしではないのだろう。
「ありがとうございます、お父様。失礼いたします」
ひとまず父が方針を固めるまで待つということで、私は父の部屋から退室した。
***
……システィーナが退室した後。
カイレース家当主、ジェームズ・ラクス・カイレースは使用人にシスティーナが自室に籠ったことを確認させ、素早く騎士たちを招集した。
場所は屋敷付近に建てられた騎士団の訓練所内だ。
そこへアレックスやヘンリーを始めとした第一騎士団、第二騎士団、さらに第五まである騎士団のメンバー、加えて騎士見習いの若人までを素早く集めきった。
当主直々の呼び出しにこれは何事かと、騎士全員が背筋を伸ばし、顔を強張らせていた。
そんな彼らへと……ジェームズは語った。
レナル伯爵家の令嬢、エリーゼの横暴を。
今日愛娘に降り注いだ、レナル伯爵家からの挑発を。
すると次第にジェームズの声音は平坦なものから怒りを帯びたものに変貌していき、騎士たちの表情も強張ったものから怒りのそれへと変貌していった。
ジェームズの怒声は、ここが屋敷の中であればシスティーナに聞かれていたかもしれないほどであった。
「……そういう訳だ。奴らは決して許さぬッ! レナルの連中に目にもの見せてくれるわ!!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
システィーナが先ほど想像した通りのジェームズの言葉に続き、騎士たちから咆哮が上がった。
この瞬間、カイレースの当主と騎士たちの心は一つになっていった。
まずカイレース家当主、ジェームズ。
彼に至っては先ほどの話をシスティーナから聞いた瞬間、執務用の机を叩き割る勢いで内心では怒り狂っていた。
システィーナのためとはいえ、こちらが波風立てずに様子を窺っていれば、レナル伯爵家の行動は何事であるのかと。
けれど愛娘の手前、彼は全てを押さえ込んで穏やかでいるよう努めた。
婚約破棄の原因となった相手に挑発され、最も怒りに燃え悲しんでいるのは……ジェームズではなく、システィーナ本人であると理解していたためだ。
愛娘が平静を装って父に話をしに来てくれたのに、それを聞く自身がその場で怒り狂ってどうするのかと。
まずは娘の話を冷静に聞き、受け止めようと考える程度には、ジェームズという男は”父親”であったのだ。
されど……この場においては話は別。
彼は当主として、カイレース家を舐めてかかった敵を。
父として、娘を侮った者らを。
真正面から相手取り倒すと心に決めたのだった。
……つまるところ、極度の親馬鹿である。
「父上! 貴族社会において体面は時に命以上に重く、守るべきという風潮は未だ根強く残っております。古臭い考えながら、今回においては攻め入る口実として十分かと。このアレックス率いる第一騎士団にお任せください!」
「いいえ。ここは真正面からではなく、策を弄して確実にレナル伯爵家の連中を追い込むべきかと。このヘンリー率いる第二騎士団にお任せを!」
次にシスティーナの兄であるアレックスとヘンリー。
彼らは幼少の頃より父であるジェームズに厳しく躾けられ、しごかれてきた。
それはもう大人である王国兵でさえ裸足で逃げ出すほどに辛い鍛錬を積み重ねてきたのだ。
文字通りに血が滲むなど日常茶飯事だった。
──当主である父の教育方針とはいえ、流石にこれは耐えられない……いつか殺される前に二人で逃げよう。
二人揃って屋敷から逃げ出そうと本気で考え、実行に移したことさえある。
……結局、父直々に捕まってより一層鍛錬は厳しくなったが……転機が訪れたのは妹であるシスティーナが生まれてからだった。
今のシスティーナは美しいが、幼少のシスティーナは「天使か」「こんなに可愛らしい子がいるのか」と二人に言わしめるほどに愛らしかった。
それからというもの、二人の生活においては妹が癒しになっていった。
どんなに厳しい鍛錬の後でも妹の顔を見られるから頑張れるのだと。
さらにシスティーナが生まれて父が少し丸くなったのも、二人にとっては救いであった。
何より……母の死に際、騎士になりたてだったアレックスとヘンリーは誓ったのだ。
あなたがいなくなってしまう分まで、必ず妹を二人で守ると。
騎士の誓いは一生不変。
故に破ることは許されず、二人もそれを望まない。
アレックスとヘンリーはここに、全身全霊を込めてシスティーナの敵であるレナル伯爵家に目にものを見せてやると心に決めた。
……つまるところ、重度のシスコンである。
「ジェームズ様! 我ら第三から第五の騎士団にも命じていただきたい! 敵を、レナル伯爵家の愚か者共を討てと!」
長年カイレース家に仕えてきた騎士たちもまた、大切に守ってきたシスティーナを傷つけられたとして激怒していた。
彼らもまた、厳しい騎士としての生活について、システィーナを癒しとして過ごしてきた身なのだ。
疲労が溜まって辛い時、幾度となくポーションを届けてくれたシスティーナに対し、騎士たちは恩義を強く感じていた。
……また、システィーナが三年間も屋敷を離れて学園の寮で暮らすと知った時は、当時の騎士たちは約半数が膝から崩れ落ちたものだ。
これから一体、何を癒しにすればよいのかと。
つまるところ、彼らはシスティーナの大ファンであった。
「そうです! 俺たち見習いも全てを懸けて戦います! システィーナお嬢様のためにも!」
先日システィーナに救われた騎士見習いたちも負けてはいない。
剣技や体力はともかく、事実上システィーナのファンである彼らの熱量は、決して一人前の騎士にも劣ってはいなかった。
……この場に集った全員が極度の親馬鹿、重度のシスコン、大ファンという混沌。
されど彼らの目的はシスティーナの安寧。
目的が一致している以上、その団結は何より固く結びつき、魂をも繋ぐほどだった。
「レナル伯爵家の間抜け共に伝えよ。我が娘、システィーナに誠心誠意詫びよと! さもなくば我が娘への挑発は婚約破棄の件も含めて敵対行為と見なし、レナル伯爵家との戦も辞さぬと!」
騎士、それは守るもののために戦う武人。
彼らはシスティーナを守り、これ以上傷つけぬよう、レナル伯爵家と戦う覚悟があることを今この場で全員が互いに共有し合ったのだった。
……王国最強と名高きカイレースの騎士たちが立ち上がる意思を見せた今。
システィーナに不要な挑発を行ったレナル伯爵家とエリーゼの命運は定まったも同然であった。