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5話 レナル伯爵家の使者

 本を読んだりポーションを作ったり、使用人が焼いてくれたお菓子を食べたりなど。


 学園の卒業パーティーでの苦い思い出も半ば頭から離れつつあり、楽しくのんびりと暮らし始めた頃。


「システィーナお嬢様。お客様がお越しになっております」


「お客様? どなたですか?」


 学園の友達が来てくれたのなら嬉しいな。


 そう思いつつ来客を報せてくれた使用人、アンナに尋ねれば、彼女は顔を曇らせた。


「その……大変申し上げにくいのですが、レナル伯爵家の使者のようでして。システィーナお嬢様にお会いしたいと申しております」


「レナル伯爵家……?」


 学園一の聖女ことエリーゼの実家だ。


 となれば使者はエリーゼの使いと考えるのが自然だろう。


 私がエリーゼなら──他人の婚約者を奪うなんて馬鹿な真似は万に一つもしないけれど──あんな騒ぎを起こした後では使者など送る気にもなれないだろう。


 使者を通しての謝罪の可能性もあるが、堂々とイオを奪った彼女がそんなふうに筋を通すとも思えない。


 それにこんな昼間に堂々とこちらへ使者を送れば、レナル伯爵家にとってもよからぬ噂話の種を作るようなものだ。


 こちらを刺激しないという意味でも、卒業パーティーに関する噂話を沈静化させるという意味でも、大恥をかいたエリーゼ側だってしばらくは目立った行動は避けたいはず。


 イオが認めるのなら、エリーゼは今も彼の婚約者であり未来の皇后なのだから、無駄な騒ぎは起こさないのが道理だ。


 ともかく何故このタイミングでこちらへ接触してきたのか、意図が全く分からなかった。


「お嬢様。いかがいたしましょう。今は旦那様も留守中でございますし……僭越ながら、少しでも迷いがあればお会いにならない方がよろしいかと存じますが」


 アンナは私を気遣い、そう助言してくれた。


 思えば彼女は私が幼い頃からこの屋敷に仕えてくれていた。


 昔から困った時などはよくこうして気遣ってくれたものだったし、今もそれをありがたく思う。


 けれど……。


「いいえ、当然会います。向こうが直接こちらへ乗り込んできたのですから。私はカイレース家の娘。ここで尻込みするようであれば、カイレースの名が廃ります」


 向こうから接触してきた以上、真正面から受けて立つのみ。


 謝罪ならいいが、他の要件であれば弱みを見せずに乗り切る。


 力を込めて頷けば、アンナは「かしこまりました」と頭を下げた。


 そうして私はレナル伯爵家の使者と会うこととなった。


 客間に向かえば、そこには使者の男性がどっかりと座っていた。


 ……仮にも揉め合った他家での、使者の振る舞いではない。


 アンナは服の裾を握りしめて震えていたが、私は後ろ手に「大丈夫」と合図を送った。


 私が幼い頃から付き合いのあるアンナにのみ通じる合図だ。


 アンナは小さく頷いて表面上は落ち着いた様子に戻った。


 ……後少し遅ければ「無礼者!」とアンナから使者へ怒声が飛んでいたに違いない。


 けれど私としてはことを荒立てるより、向こうの出方を見たかった。


 使者はこちらに気付くと、一応は立ち上がって大袈裟に一礼した。


「これはこれは、お会いできて光栄でございます。私はレナル伯爵家に仕えております、カインと申します。システィーナ様、ご機嫌麗しゅうございますでしょうか?」


「……」


 正直、かなり呆れてしまった。


 理由は当然、使者……カインが分かりやすくこちらを煽ってきたからだ。


 レナル伯爵家のエリーゼが私の婚約者を奪ったくせに、その使者がご機嫌麗しゅうとは何ごとだろうか。


「ご足労いただきありがとうございます。私はシスティーナ・カイレースと申します」


 機嫌については触れずにスルーし、短く挨拶を済ませる。


 そのままカインの向かい側に座れば、彼は早速と言わんばかりに口を開いた。


「システィーナ様。私は本日、当家のエリーゼ様の使者として参りました。……こちらを預かって参りましたので、お読みくださいませ」


 カインが取り出し机の上に置いたのは、手紙のようだった。


 裏返すとレナル伯爵家の印で封がしてあった。


 一応は正式な手紙のように思える。


「エリーゼ様はシスティーナ様に必ずこのお手紙を読んでいただきたいと、可能なら私の前でこのお手紙を読んでいただきたい……とも仰っていました。聞き入れていただけますでしょうか」


「ええ、構いませんわよ」


 わざわざ使者から直接手紙を渡させるとは、まさか本当に謝罪の手紙でも入っているのだろうか。


 しかし謝罪なら手紙以外にも、品を用意するのが基本だけれど……。


 そう思いつつ封を切って手紙を開くと、そこには。


『あなたを絶対に許さない。


 私とイオ殿下に公衆の面前で恥をかかせたあなたを。

 私たちの仲を妬んであんな行為に及んだあなたを。

 絶対に許しません。


 私はあなたのせいで彼の不貞を知った。

 知らなければ、彼を愛しながら皇后になれたのに。

 あの一件で周囲から笑いものにされるより、彼を心から愛せなくなったことが何より辛い。


 だから私は……あなたを絶対に許さない』


「……」


 使者から直接渡されたので必要ないとはいえ、宛名さえ書いていなかった。


 けれどこの筆跡は間違いなくエリーゼのものだった。


 ……そしてこれまでエリーゼの意図を読めなかった理由が分かった。


 はっきり言って、彼女のやることが馬鹿すぎて私にはまるで読めなかったのだ。


 まさかこの期に及んで恨み言を吐き、喧嘩を吹っ掛けてくるとは、エリーゼは闘鶏か何かなのだろうか。


「お読みになられましたか? システィーナ様」


 カインは表面上、静かな表情でいるつもりなのだろうが。


 その口の端が小さく持ち上がっているのを、私は見逃さなかった。


 向こうも手紙の中身を知っていたのだろう。


 けれど私は笑顔を作ったまま「ええ」と返事をする。


 ここで冷静さを欠き取り乱すようでは、カインはエリーゼに、私が動揺していたと報告するだろう。


 そのような屈辱、誇りあるカイレースの娘として断じて御免被る。


「エリーゼさんのお気持ちはよく分かりました。やっぱり……面白い方ですわね」


 ふふっと笑って見せれば、カインはぴくりと目の端を動かした。


 彼の反応を見る限りでは、あの手紙を読みこちらが一切動じなかったのは向こうとしては予想外……といったところだろうか。


 ──私が卒業パーティーの時のように怒るとでも? あなたのような使者に心の内を明かすほど、こちらも間抜けではないの。


 とはいえエリーゼに対しての怒りは心の中で燃え上がりつつあった。


「それと申し訳ございません。私、これから予定があるものでして。……他に用件はございますでしょうか?」


「い、いいえ。特にはございません。ご多忙のところ、お時間を割いていただき感謝申し上げます」


 カインはどこか慌てたような、あてが外れた様子で返事をした。


 大方、レナル伯爵家に戻ったらエリーゼに私の取り乱した様子を報告し、彼女のご機嫌を取ろうと今まで考えていたのだろう。


 けれどそれができなくなった今、どうしようかと困っているのがありありと分かった。


 当然、虚偽を報告してそれが露見すれば、謀反を疑われるのはカインである。


 けれど本当のところを報告すれば、エリーゼも面白くないといった反応をカインに見せて八つ当たり……恐らくはそんなところだろうか。


 そこで私は、カインやエリーゼに対してダメ押しの一手を打つことにした。


 恨むなら、内心が顔に出やすいあなたの性格を恨みなさい、そう思いながら。


「カインさん。最後に私からもエリーゼさんに一筆したためたく思います。必ずお渡しいただけますよね?」


「は、はい。それは勿論でございます……」


 向こうがこちらに手紙を読ませた以上、こちらの手紙も向こうは読まなければならない。


 読まなければそれはそれで、エリーゼは私から逃げたものと見做し、溜飲が下がるというもの。


 こちらもそんな根性なしを相手に生きるほど暇ではないのだ。


「アンナ」


「はい。こちらに」


 アンナは既に、ペンや紙などを準備してくれていた。


 そして私は、手紙に一言だけ書いた。


『エリーゼさん、ご機嫌麗しゅうございますでしょうか?』


 我ながら大分悪辣かつ、エリーゼのような性格の持ち主には効果覿面な手紙だと思う。


 要は「私はあなたのせいで気分最悪!」と伝えてきた相手に「ねぇ、それで今どんな気持ちかしら? 気分はいい?」とか改めて聞いているのだ。


 今回は仕返しなのでともかく、普通にやったら縁切りもあり得るほどの外道だ。


 手紙に封をする間、アンナが笑いを堪えて震えているのが分かった。


 なお、カインにも見えるよう机の上で書いたので、彼は顔面蒼白であった。


「それではエリーゼさんによろしくお伝えくださいませ」


「……承知いたしました。それでは、失礼いたします」


 そそくさと逃げ帰るように去っていくカイン。


 ……さて。


「アンナ」


「はい、お嬢様」


「とりあえずこのお手紙……お父様がお帰りになったら見せに行こうかしらね?」


 にっこり微笑んでそう言えば、アンナもにっこりと微笑んだ。


「ええ、それがよろしいかと。加えてアレックス様とヘンリー様にもお見せするのがよろしいかと」


 アンナと揃って笑みを浮かべながら、私は内心ではこう思う。


 ──エリーゼ、私こそあなたを許さないわ。こちらが静かにしてあげたのにこの始末とは。


 ここまで挑発してただで済むと思っているのならそれは大きな間違いだ。


 カイレース家の人間は受けた仇を必ず返すのだと、エリーゼに教えてあげなくては。

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