災いを齎すもの 【月夜譚No.211】
賢者の石は、この世にあってはならない代物だ。広く知られてはいないが、古文書にも世の災いを齎すものと記されている。
しかし、賢者の石そのものが災いを起こすのではない。それを手にした人間が傲慢と欲望に魅入られて戦を起こし、人類を破滅に導いていくという。
そもそもは、御伽噺に登場するもの。多くの人間はそれが実在するなど思ってもみない。
――だというのに。
彼はポケットの中の硬い感触に、重い溜め息を吐いた。
先日、とある病の治療法を見出す為に各地域の魔法使い達が王都に集められた。そこでは様々な魔法を組み合わせて実験し、病の治療に繋がる手はないかと話し合いが行われた。
結局は良い案が何も出ず、次回に持ち越しとなったのだが、その実験の最中に生まれてしまったのだ。
――この世にあってはならないものが。
幸い、その存在に気づいたのは彼だけだった。彼自身も最初はまさかと思っていたのだが、持ち帰って調べてみたら、どうやら本物に間違いはなさそうだった。
話に聞いていた賢者の石はキラキラと黄金に輝く姿をしているそうだが、実際はそこいらに落ちている石となんら変わりない、地味な色合いののっぺりとしたものだった。
誰かに言ったり使ったりしなければ、存在が漏れることはないだろう。しかし、これは彼の手に余り過ぎる代物だ。
どうしたものか。彼は頭を抱えたまま、途方もなく散歩道を歩いた。