牢の男
インシェネツキーはプリブレジヌイの革命軍の陣から帝国首都アリーグラードに二日かけて一旦戻った。
街は完全に革命軍の支配下となっていた。
金持ちや貴族のいた地域は住民たちの略奪や放火にあってひどい状態となっていた。あちこちから煙が上がっている。
城は、人民革命政府のリーダーたちと北部の住民が占拠している。街中よりはましだったが、ここも略奪が行われ、皇帝の持っていた財産などが奪われていた。
広場では大きな炎が上がっていた。人々が秘密警察の持っていた大量の資料を焼却しているらしい。住民の中には秘密警察に連行され拷問を受けた者も少なからずいる。恨みも深かった。
広場には、あちこちに灰や燃え残った紙が散乱している。
インシェネツキーは、城の大広間に間に向かう。
ここでは首都の留守を任されている革命政府のリーダーたちが集まっていた。
リーダーたちは、彼の急な帰還に驚いていたがまず、プリブレジヌイの状況を話した。
革命軍の数は帝国軍に比べ兵の数は多いが、戦い慣れしていないため、プリブレジヌイの帝国軍の攻撃に手も足も出ない状況だと。そこで、ナタンソーンと相談して、牢にいる帝国軍の指揮官だったものを出す許可を得たと伝えた。
早速、インシェネツキーは城の地下にある牢に降りる。
インシェネツキー自身もここで政治犯として数か月捕えられていた。それで帝国の元司令官が捕えられているのを知っていたのだ。彼が捕えられていた牢の正面に居たのが、確か帝国軍の司令官だった者だ。
その牢の扉の前に立ち、扉を激しく叩く。
扉の中の人物が大声で返事をした。
「なんだ?!」
そして、牢の扉の小さく開いた窓からのぞいた。
その人物は四十歳代中盤ぐらい、背は高く、長めの黒髪を後ろでまとめ、大きく見開いた目が印象的な男。
「誰だ?」
「革命が起きるまで正面の牢にいた者です」。
「ああ、なんとなく覚えている。確か政治犯だったな。君が自由なのが羨ましいよ」。男は嫌味を言う。「君らが革命を起こしてから、牢番が居なくなったので、一日中食事出ない日があったぞ! 今も、ちゃんと三度出ない! 何とかできんのか?」
城を革命軍が掌握してから、牢の管理が全然できていないようだった。
「わかりました。改善するように伝えます」。
インシェネツキーは静かに答えた。
それを聞いて、安心したのか牢の男は大きなため息をついた。そして、インシェネツキーに尋ねた。
「それで、なにか用なのか?」。
「実は、協力をしてほしいことがあります」。
「協力?」
「今、我々革命軍は帝国軍と戦っていますが、軍を指揮できるものがおらず苦戦しております。そこで、あなたに指揮をお願いできないかと」。
「私は、帝国軍の者だ。君らに協力はできん」。
「もし、協力していただければ、この戦いの後も革命軍の指揮官として厚遇します」。
「厚遇とは?」
「最高司令官でも、好きな地位を約束します。しかし…」。インシェネツキーは低い声で言った。「協力いただけないなら、あなたは帝国軍の司令官ということで処刑するような命令が出ております」。
「なんだと?」。
「既に、何人もの士官を処刑しました」。
「なるほど…」。男は、そういってしばらく黙り込んだ。そして、話を続けた。「革命軍が戦っている帝国軍の司令官の名前はわかるか?」
「わかりません。プリブレジヌイにいた軍隊と首都から逃げ出した部隊がいます」。
「今、戦闘が起こっているのか?」
「はい」
「戦場はどこだ?」
「プリブレジヌイです」。
「そうすると、指揮官はおそらくペシェハノフだな。ここから逃げ出した軍の指揮官の名前もわからないのか?」。
「わかりません」。
捕えられてからは、当然、軍の人事についての情報は知らない。捕えられる前は、自分とソローキンが首都で指揮を執っていた。自分たちがいなくなった後、推測するに首都で指揮を執っているのは、スミルノワ、イェブツシェンコ、ルツコイのいずれかあたりが順当だろう。
スミルノワとルツコイは特に戦いが上手い。
「協力してもいいだろう。しかし、部隊や装備は私の好きなようさせてくれ」。
「いいでしょう」。インシェネツキーは牢のカギを開けた。「まずは、我々のリーダーと話をしてください。司令官」。
男は牢の扉を開け尋ねた。
「“司令官”と呼ばれるのも久しぶりだな」。男は、すこし笑って見せた。「そういえば、君の名前は何だったかな?」
「インシェネツキーです。司令官は確か…」。
「セルゲイ・キーシンだ」。




