第六話 手続的正当性と小さき勇者(終)
遅くなって申し訳ありません。書いてみたら、なかなか思った通りに書けなくて、時間をかけすぎちゃいました。できるだけ、12時の前にもう一話をアップしますが、読んでくれた方々は真似しないように早めに寝てください。
今回は少し長めですので、よろしくお願いします。
法廷の壇上に待機していたのは、黒いロープで身体を包まれた背の高い二人の副裁判官と、一直線に並んだテーブルの真ん中に、その二人に挟まれた形で座っていた同じ黒いロープを着た少女だった。
見た目的には、この場にいて凄まじい違和感しかない彼女だが、今回の裁判長を務めている。お察しの通り、その少女は「普通」と自称する村娘のシーナである。
「それでは、審判をはじめます。」
シュールだなあ。
シーナが裁判開始宣言を合図に、審判を見に来た誰もが彼女に視線を注いで、一斉にそう思った。中でも彼女が裁判官であると知ってなお、これから労働改造を言い渡されるだろう元強盗たちまでそう思っていた。
三人の裁判官が入室したとき、シーナは後ろの二人より頭一つ以上背が低かったせいで、この場にいる全員が彼女を小柄に見えたかもしれない。実際、成人女性においても平均値以上の身長をもつ彼女にとって理不尽な発想だった。
身長のギャップもひどかった。しかし、真の原因はそれではなかった。日常的によく見かけるシーナの銀髪を覆い隠したロールの白いカツラがシュールと感じさせる元凶であった。まぎれもなく。
私はときにお花畑のような頭がほしい。今の私は地中海を抱えるおじさんと同じくらい、周りの視線によって拷問されている。「これで、私も社会的に死んだんじゃないか」的な拷問だ。
そこ!ジェフさん、あんたのことよ!笑いを隠す努力くらいして!気づけば私の副裁判官たちも笑いに耐え切れず震えておるし、ジェフさんよりましなのは、この場に絶対的少数派と理解した時点で、なんか頭にきた。
「静粛に!検察官、公判の起訴状の読みあげをお願いします。」
検査官は凛とした雰囲気が漂っている頭が切れる女性だった。私と司法の「極込む」をテーマにした真っ黒のロープと異なり、彼女の身に纏うロープは検察が行政の一環と示すように、鷹の淡い青色(HTMLCOLOR[HEX]#D2CCE6)がメインで、重厚な橙色(HTMLCOLOR[HEX]#AC6A00)の花模様で飾られた「見極める」を基調にしたデザインである。それが彼女の腰まで伸ばした黒髪との色合いにバランスがよくとれており、かっこいい印象を与えてくれる女性である。
私の話が終わってすぐ、水のマナが躍動し始めた。検査官が出したのはノートでもファイルでもなく、魔法の杖なんだ。羽ペンと同じくらいの長さで、彫った形跡がない。どこかの木の枝でも折れてきたと誤解させるような品物で、中級品のなかでも上の方と思う。
彼女がそれを空で軽く振って、耳をつんざく瀑声と同時に水でできたキャンバスが法廷の中央に現れた。腕利きな魔法使いと思われるほど鮮やかな手捌きに、その真実を知る者は少ないゆえ、民に国の威厳が伝わるのだ。
杖は検察官のものに間違いない。ただ、杖を使って法廷の地下に埋められた水の魔導石と繋げて、アクティベートを行ったに過ぎなかった。それに映った情報も事前に入力してあったもので、ちょっとしたトリックである。
認証システムの技術が使用されているため、悪用や秘密漏洩のリスクを心配することはないし、力を示す点には、凶手の疑いのある人に対して見せしめの意味も含まれるだろう。
元々労働改造させるつもりだった男たちに対する審判はすぐ終わった。その自白について、調査ではっきりしたため、先日私の判断を変える必要もなく、私の牧場で観察し、観察期間が無事に終われば、村の仕事に手伝ってもらう予定だ。
「一旦ここで休憩にする。三十分後次の審判に移る。」
この時間を使って、私がケイル君を連れてきた。薬屋の仕事は忙しくないようだが、あとでお詫びに手土産でも持っていこう。かつて見た勇者の面影が垣間見えるケイル君に、次の審判を見て、考えさせるのが目的だ。
10年前表に出された勇者と重ねてみえた私のエゴだとわかってる。彼から見て、罪深い人への処罰はどう映すんだろう。
強盗、強姦、殺人等、彼らはその実行犯である。証拠が揃えられたから、法に則って死刑に処す。私が、その場で彼らを空間の狭間に捨てた。魔法も使えない悪党が生きることは不可能だろう。
その後、法廷が解散し、私がケイル君だけを裁判長の事務室へと連れて中に入った。事務室だからといって、書類の棚が一つ、四角いテーブルに木椅子、粗末なところだ。私的にはつつましやかでいいと思う。
その椅子にケイル君を座らせ、私は彼の少し離れたところで語り始めた。
「さて、ケイル君、あなたの感想を聞く前に、勇者の話を触れておくべきと思う。」
「おう!例の勇者の話だな。なんでそれを言うのはいまいちわかんねえけど、シーナさんの話なら寒い話だって聞くさ。」
「フッ、なにそれ、寒い話って。」
思ったことをそのまま口に出す馬鹿正直なケイル君をみて、不意に笑ってしまった。
「まあいいわ。先にケイル君の知っている勇者ってどんなもの?」
「えっと。強いやつ?詳しく知らんけど、なんか元国王?その真祖とやらを倒したと聞いたぐらいだな。それ以外は知らねえ。」
「そうか」
あのときの出来事が今こういうふうに伝われていたんだ。
「強いか弱いかのどちらかというと、強い方かな。私がケイル君に知ってほしいのは、まず、勇者とは何か。今はそのままでいい。これからは覚えてね?」
ケイル君は真剣な表情で頷いた。
「文字通り、勇ましきものが勇者である。勇気を持つんじゃなくて、民の心の赴くままに行動する存在、全ての手段・策略を尽くしてまで、必ずその目的を果たそうとするゆるぎない信念を持つ者は勇者である。」
「じゃ俺もなれるってことか。」
真剣そのもののケイル君の発言に私が思わず首を傾げた。想像もつかない返事に、私がそのままぼうっとして、すぐ我に返ってその意味を確かめた。
「だって、ポリスさんのようにリーダーのことをやればいいんだろ?そもそもシーナさんの言う勇者ってきっと馬鹿だな。あれが自分の思考を捨てた人形じゃねえか?勇者だって同じ人間だろ?人間だったら私欲ぐらいあるさ。
民のこころの……複雑な話は知らないけど、この村の連中らにとって、よく食って寝る。それさえできれば、望むことはねえ。まあ、なんだ。女なら、多少おしゃれなんかに興味あるかもよ。それでも衣食住に比べりゃ、二の次のもんだし、大体その話って、大層すぎて人間離れしてるぞ。」
そこで、ケイル君は恥ずかしがるように頬を赤らめ、間をおいて続けた。
「俺がキャシーのやつを庇ったとき、もっと勇者してると思うぞ。」
結局、ケイル君に思い知らされたのが私の方だった。10年も過ぎて、私は到底人間離れのままだと。