第四話 手続的正当性と小さき勇者③
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今回はケイルの視点です。
俺んちは薬屋。いつものように、薬草をとるために森に入る準備を整って裏門を出たところ、隣に住んでる俺の幼馴染のキャシーがそこで待っていた。ああ、思い出した。今日、キャシーのやつをおふくろに頼まれた。
今朝ひそひそと話してたと思ったら、早速面倒な役を押しかけてきやがって。大体、女を森に連れて行くなんて、足手まとい以外なんでもないっつーの。
「本当についてくる気?言っとくけど、森ってやべえところだぞ!魔物とか襲ってきたらあんたを置いて逃げるからさ!」
ち、怖がらせるのは無理か。キャシーのやつ、何ニヤニヤしやがって!
「まったく、牧場のシーナさんでも学んだら?俺、お淑やかな女が好きだぜ。」
ああもう!嫌がらせも無理。この女、絶対どっかおかしい!
時間が惜しい。とっとと終わらせておばさんに文句つけてやる!こいつのことだ、ほっといても勝手についてくるに決まってる。てか、子どものときからずっと後ろについてきたような……好きにしろ!
二人が大通りに沿って南方向の森へと向かったのはいいが、いつもなら、ケイルがシーナのところに挨拶するはずだった。今回ばかり行かないのは、言うまでもなく、キャシーを連れまわすところをシーナに見せたくなかったからだ。
いっそのこと、牧場の前を通らないで、その近くの小道を使って顔を合わせるリスクを最低限に抑えるか、とケイルが考えた。
それで、四六時中探知網を張らないシーナが、ケイルたちの行方を知る由もないわけだ。
前にも説明したが、この森はシーナの影響で、まず凶暴な魔物がいない。狩人たちの目標は常に動物の類なので、魔物との衝突が少ない。故に、ケイルのように、何度も森の深部に潜っても、逃げれば魔物に追い回されることはなかった。それに気づいた薬草採取によく森に通うケイルが、あっちこっち回った結果、森全体の6割くらいを熟知している。
森に入ってしばらく、裏庭と同じくらい森での行動に馴染んでいるケイルが、静かになりすぎた森に違和感を覚えた。後ろに振り向いて、キャシーに声を出さないように指示し、ケイルが合口を出してから、警戒しながら進むことにした。
環境や地形に熟知したことで、ケイルが自分ひとりできたのと違うことに対する不安を脳によぎってはいたが、自信のほうが勝ったので、あえて無視した。そして、キャシーが幼馴染で長い付き合いだった。彼女の身体能力や運動能力を信じたのも、偵察に決めた理由のひとつである。
そう、ケイルは何があっても二人で逃げられると思ったからだ。
声を出さないようにするということは、足音もできるだけ消すべきと、二人の呼吸がぴったり合っている。ケイルがキョロキョロしつつ、すぐ枝が数本折れた低木に目をやった。
キャシーにここで待つようにと指示し、背を低くして低木に近づいていく。近くに低木の様子を見たら、悪予感が的中したのだ。
傍らから見れば数本折れた枝だけど、その上の部分は明らかに何人かでここを通らなければ、自然になりえない状態になっている。しかし、最近薬屋は彼一人しか森に通わなくなって、狩人だったら、獲物を追うときしかこういう乱暴なやり方をしない。
ケイルが折れた枝の葉っぱを摘んで、目の前でじっくりと観察した。どう見ても新鮮な緑色の葉だった。ポリスのおじさんがケガして、彼抜きで狩りに出る狩人はいない。キャシーの兄も、ジェフの兄さんも狩人見習いだから。
やばい連中じゃなけりゃいいんだが。
とりあえず、冷静になったケイルがここで適切な判断を下した。キャシーを連れ帰って、村のみんなに警戒するように知らせると。
少なくとも、今日のケイルの運が良いとは言い難い。踵を引き返そうとしたころで、低木の向こうから人の姿が映ったのだ。それに、きた者がよりにもよって真っ先に彼を見つけてしまった。
ケイルを見つけたのは、強盗だった。森の中で適当に回ったら、子どもを見つけたじゃないか。子どもに金なんか求めてねえ、村の子どもに大金を持ち合わせるバカなんぞ、世の中が甘くはない。だが、子供が捕まって身代金を要求すれば金が入る。
強盗たちがこの森に入った理由がある。塗炭の苦しみの中にある彼らと違って、ここの奴らがのんびりと暮らしているなんて噂を聞き飽きたくらい、彼らは嫉妬して、八つ当たりでもしようと、ここを目指してきたのだ。