第三話 手続的正当性と小さき勇者②
「真祖がいなくなっても変わってないんじゃない!」
目の前の人間を見て、思わずふんと鼻を鳴らした。これは私の悪い癖で、怒ったときに十中八九やってしまう。まあ、王女だったとき、王家の威厳を保つため、なんて理由じゃないけど、母様にはしたないと怒られないように自制はしていた。今になって治す気などないし、母様に怒られたいと思ったことも……
おっと、話をそらした。
10年前、国際情勢と国の現状から得られた結論に基づき、人間に意思決定の権力を譲ってやったのに、盗賊がでるほど国勢が悪化しているのは今、この目で確認した事実である。人間の創造性は我が一族全員で素晴らしいと認めたものだが、こういう創造は感心しないな。
というわけで、怒らずにはいられるか!
「嬢ちゃん、俺たちはひどい真似をする気はねえ。その格好からすりゃ、あんたがいいところの生まれってことはわかる。金さえよこせば見逃してやる。」
本で見たへらへらと笑うような一目でわかる極悪非道なやつではないことに安堵した。探知のとき、ケイル君たちが追われて洞窟の中に逃げた痕跡を何箇所見つけて、ここの連中か向こうの連中かのどっちの仕業と思った。
この森の魔物には私の顔が通せたはず、逃げた狩人に纏わりつくことはないだろう。もちろん、公平と言えないが、弱肉強食ってことで、どっちの仲間入りはせぬ。
とにかく、ケイルたちを追うのが人間である。で、こやつらの嘘の可能性はない。
魔眼に近いものの、ただマナを目に集中すればわかる。一般な魔法使いにできないかもしれないことくらい、この私ができないわけなかろう。自慢でもない我が誇りなのだ。これは我が家族の絆であり、私のこころの慰めでもあるのだ。
故に人間の感情などを看過することはない。
強いて言えば、我ながら人間色に染められてきたものだからな。気づいてないなんて言わせないよ?私と我が混ざっているではないか。商売するときだけヘマが出ない自信はある!
以上の考察によって、もう一組の仕業と確定した。探知で全てを把握できなかったのは理由がある。両方の距離がそう離れておらず、今でも探知をオンにしているから、両方どもうろうろしているに過ぎず、遠距離で分別を付けるなんて無理。
見た様子からすると、ナワバリでも決めてあったのではないかな。
それより重要な話だけど、脳のどこかに留めておくとよい。魔法はツールであり、それ以上でもそれ以下でもない。便利だけど、万能ではない。以上。
「あなたたちを見て、なんとなく母が恋しくなっちゃった。」
誤解させる話だけど、私が本気で言っている。
「ははは、何?俺らが怖くて『ママ、助けて』とでも言うのか!」
私の話を聞いて爆笑する人が一人、微笑ましい表情になったのが三人、難しそうにしていたのが最初金を要求してきた男一人、ほかの人は痛ましそうな悔しそうな顔をしていた。
この反応は私の予想通りだった。彼らの服装は農民か町の貧民に近く、ボロボロだ。武器らしき武器がなく、農具の鍬とかを持っているし、刀は見当たらない。盗賊や強盗より、自衛する難民にすら見えた。行為自体は強盗だけど。
「私の話を聞いてから、決めるがよい。まず、自首してもらう。近くの村で裁判を受けて労働改造させて、その分の給料をやる。もちろん、全額で払うわけがなく、減給して強盗してた罪を償ってもらう。この国の法律では、自首を鑑みて、せいぜい3年から5年と言いたいところだが、あんたたちのやったことを全て聞いてから決まる。
労働改造の期間が終われば、実家に帰ってもよく、そこで働くのもよい。家族との連絡はさせてあげてもよいし、労働改造の期間中に衣食住に心配することもないし、給料を家族に寄付することも許す。良い働きを見せたら、減刑も可能。」
そういって、懐からある徽章を彼らに見せた。金属製の簡易バッチに見えるかもしれない徽章だが、はかりの模様が彫り刻まれている。
「私、こう見えてもれっきとした裁判官だよ。地方裁判所の裁判官だけど。」
この国が議会内閣制にかわったといえども、政商分離が原則とされていないから、司法の者で牧場を営むことは可能だ。これが腐敗の原因ではないかと、私がそう考えている……
……
そういう目で私をみるでない!自白するから!目の届く範囲内なら節介を焼く可能性を否定しないと言いたかっただけだ。この国に思い出がある!元とはいえ、私の受けた教育で、民が苦しむのは心苦しい。
「正直、うまい話だ。もし嬢ちゃんが見逃してやるとでも言ったなら、絶対その話に乗らない!寛大な心遣い、感謝する。だが、確たる証拠が欲しいんだ!俺たちがやったのは強盗、この国では重罪、命の保障などない!図々しいって承知してるけど、俺らが囚われ、処刑でもされたら、家族まで命を落としちまう!」
そう言うと思った。乗る気があれば何とかなる。
「証拠もなにも、まず、地方裁判所の判決が裁判官、つまり私の判断に従う。次いで、我が国が採用するのは判例法、といっても建国わずか10年、判例が少ない。別の国の案件を参考することもあるが、地方の場合、主に現地の慣習に準ずる。これで安心できるかどうかは知らないけど、あんたたちが直接村を害したことはまだないから、私の話は村人で構成する陪審員たちが受け入れてくれると思うよ」
私の話が終わって、盗賊の男たちがお互いに顔を見合わせてしばらく黙っていた。数分待つ間に、ケイルたちの様子を見つつ、私も何も言わなかった。
静寂が森に訪れようとするが、小鳥のさえずりがそうとさせなかった。木漏れ日の熱くらい、暖かくて暑くはないから、とても気持ちよかった。
最後、リーダーの男が代表として私の提示した案を呑んだことで、彼らに方向を教えて、牧場の前に待機させた。
私が欠伸をして気を叩き直す。
では、もうひと頑張りしようか!