第二話 シン
家の前では白髪の少年が木刀を振っていた。すると白髪の少年がコウたちに気づき近づいてきた。
「師匠、遅いですよ!」
「そんなに遅かったか」
「そうですよ。僕、もう素振り6919回もしたんですよ。」
白髪の少年はイチイに文句を言ったが、イチイはそっけなく答えると少年はさらに文句を言った。
「禅さん、久しぶりですね」
「あぁ、久しぶりだなシン」
少年が禅に挨拶をし、コウへと視線を向ける。
「君がコウ?」
「…そう」
「僕はシン、よろしく」
穢れを知らないかのような白髪にまるで宝石のような綺麗な碧眼、顔立ちは、神が作り出したかのように整っている。少年は、シンと名乗った。シンはコウと同じくらいの身長で細身であるが体は筋肉質だ。
「へ~、君の目左右で色が違うんだ。」
そう言うと、シンがコウに顔を近づけて目をのぞき込む。そうコウの目は、右目が黒で左目は紅色だ。いわゆるオッドアイという目だ。シンは、コウの瞳が珍しく興味を持った。コウはシンが急に近づいてきて警戒しすぐにシンから逃げるように離れた。
「あっ、ごめん。驚かせちゃった」
シンはコウが驚いたと思いすぐに離れて謝った。
「シン、コウを驚かせるでない」
「は~い」
その光景を見ていたのか、千が遅れて来て言った。そして、イチイがコウたちの方へ向く。
「コウ、お前には今二つの選択肢がある。一つは、ここで記憶が戻るまで静かに俺たちと一緒に暮らすか、もしくは俺の弟子となり修行をするか。どっちにする?」
「しゅ…ぎょう?」
「おい、イチイ説明不足だろ」
「そうですよ師匠」
イチイが唐突にコウへ二つの選択肢を出してきたがコウにはイチイの言った言葉の意味が分からなかった。
「あぁ、すまない。修行っていうのはなお前が自分で戦えるようにするってことだ」
「たた…かう?」
「あぁそうだ。この世界じゃ俺たちにかかわった時点でやつらとはいずれ戦うことになってしまう」
コウはイチイが言ったやつらが誰のことか分からなかったが、不思議なことに戦うと聞いた時体中の血が騒いだ。
「コウはさっきまで病院のベッドで寝ていたのじゃぞ。急にそんなこと言ってもすぐに決められることでは「やる」そう、やる…んっ?!」
千はコウのことを考え文句を言おうとしたら、コウが思いもよらぬことをいったので驚いて固まってしまった。
それもそのはずだ。病院ではずっとコウの看病をしており、会話もとぎれとぎれで食事も大した量を食べれず弱弱しいコウが戦うための修行をすると言い出したからだ。千はその弱弱しい姿を見て母性本能をくすぐられコウが起きた日から今日まで毎日世話をしていた。
「千さんだいじょうぶですか?」
シンが固まっている千の前で手を振りながら尋ねると、動き出した。
「今一瞬、悪い夢を見とった。コウがイチイの弟子になると―」
「幻条さん夢じゃないですよ」
禅が千にあきれたように言った。禅も千がコウのこと溺愛しているのを知っていた。
「コウ、考え直せ、イチイの弟子になるなど何も持たずにコンクリートの島に行くようなものじゃ!」
「おいロリババア、今の発言は聞きづてられないぞ。」
「悪いことは言わぬ。今からでも家で暮らさんか?」
イチイが反発すると、言ったことを聞いていなかったのか無視してコウに言った。するとコウは千へと顔を向けた。
「だい…じょ、ぶ。や、りたい」
言葉はやはりとぎれとぎれだったがその言葉にはたしかな決意が感じられた。シン以外は、このコウの言葉に目を見開いて驚いた。千ほどではないがイチイたちもコウと接している。
コウは入院している間自分の意見を言ったことがない。こちらの話を聞いているだけ何を考えているのか分からなかった。そのコウが今自分の意志を伝えたのだ。
「コウが自分の意志で初めてやりたいことを言ったんだ。やらせてやろうぜ」
「う~む…なら私が今から使う魔術を使えたらいいだろ。できなければ私の家で暮らしてもらう」
「幻条さん、さすがにそれはどうかと思いますよ」
「禅は黙っておれ」
イチイが千を説得しようとするが、千が納得いかないようで条件を出してきた。それを聞いて禅があきれて批判する。
「ま、じゅつ?」
「ほら、幻条さんコウは魔術を知らないんですよ。それなのに―」
「今から見せるぞ」
「聞いてないし」
コウは魔術というものが何なのか分からないことを禅が千にいったが無視して強引に進める。
「コウ、魔術っていうのはな、簡単に言うとこの世の神羅万象に干渉してある事柄を起こすことができる力のことだ。まぁ、後でもう少し詳しく教えてやる。」
イチイがコウに魔術がどのようなものか教えた。コウはそんなことを教えてもらっていると千から不思議な気配があふれだしてくる。すると千の目の前に魔術陣が浮かびあがってくる。
―コレクト―
千が言うと木々の間から小さな動物が3匹千へと近づいてきた。
「これができればイチイのところで修業してもよいじゃろ。」
「千さんそれは流石に大人げないですよ」
「うっ、いいんじゃ。これくらいできなければ修行などついていけないじゃろ」
「まぁそうですけど」
千が魔術を見せるとその魔術を見たシンが千に向けて軽蔑するような視線を向けた。今千が見せた魔術は、一般的な魔術だが今初めて魔術を見た子供にやらせる魔術ではない。千はコウを自分の家に連れて行きたいため、もっと簡単な魔術もある中、コウができないであろう魔術を選んだのだ。
「ほれ、コウやってみるんじゃ」
千は余裕の表情でコウにやるように促すが、周りから軽蔑の目を向けられる。
「コウ、できなくても大丈夫だ。あれは、幻条さんが大人げないだけだからな。」
コウは禅にそう言われたが自分にはできると思った。確信的な自信があるわけではなくなんとんくできるんじゃないかと思っただけだ。コウは木がある方ではなく何もない庭の中心へと歩いていきそして一言
「きて」
「これでコウは私の家で暮らしてもらうぞ」
千は、コウにはできないと確信していた。まず魔術を発動するときには術式と呼ばれるものが必要でコウは、それを知らないのだ。しかも魔力をこめずに、きて、と言っただけなので出来なかったと思い自分の家へ連れて行こうとコウの下へと向かおうとするが、
「グオォォォォ」
突然ドラゴンの叫び声が聞こえ、奥の方からドラゴンが飛んでくるのが分かった。そして、ドラゴンがコウの方へ突っ込んでいく。
「コウっ!」
すぐにイチイたちがコウを守ろうと飛び出す。
「なっ⁉」
その直後に目の前で起きた光景にその場にいる全員が目を見開く。なんと、飛んできたドラゴンがコウにむかって頭を下げて座っているのである。そのドラゴンの姿はまるで、主に平伏する従者そのものだ。ドラゴンが立ち上がると今度こそ危ないと思ったが
「グルルル~」
ドラゴンが甘えた鳴き声をしながらコウにすり寄っている。イチイたちはこの光景には声も出なかった。竜は基本的に気性が荒く初めて見る者には襲い掛かる。その竜をコウが手なずけているのだ。
「これで、い…いの?」
コウが聞いてくるがイチイたちは驚いて動けないでいた。なので、コウがイチイたちの下へ行くとやっと動き出した。禅がすごい形相でコウの肩をつかんだ。
「コウ、いまのはどうやったんだ!」
「ひっ」
禅の必至の様子に、体の大きさも併せてコウは、禅に対して恐怖した。
「グオォォォォォ」
すると、竜がこちらに迫り、禅に体当たりしたのだ。禅は竜の巨体にぶつかったが1,2mほどしか飛ばされなかった。やはり竜が暴れだしたかと思ったが、竜はコウの恐怖を感じたのか、かばうように前に立ち禅に威嚇をしていた。
「これはすごいな。想像以上だ」
イチイが目の前で起きている光景に驚き半分関心半分といった状態で見ていた。
「想像以上とはどういうことじゃ」
イチイの発言に引っかかった千が訪ねる。
「あぁ、コウは俺と同じような存在だ。」
「なんじゃと!それならこの状況も納得できるが。そうなるとお主とは違い竜ということになるぞ」
「まぁそうだな」
イチイが自分と同じような存在だと言うと千は納得した。すると、シンがコウへと近づく。
「すごいよコウ!」
興奮した様子でコウに話しかけた。
「す、ごい?」
「そうだよすごいよ。初めて魔術を使って竜を呼び寄せるなんて、僕なんか初めてその魔術使ったとき誰も来てくれなかったから」
そんな風に会話をしていると竜が再び警戒をし始めた。
「コウ、すまなかった。少し興奮してしまって」
「そうですよ禅さん。禅さんの顔は怖いんですから。」
「そんなに怖いか」
禅がコウたちに近づいてきて謝ってきた。そしてシンが禅に向かって毒を吐き、禅がショックを受けているのを見てコウが警戒を解いたのと同時に竜も警戒をやめた。
「これで、いい?」
「しかたあるまい、コウ、イチイの下で修業してもいいぞ。そのかわり何かあったらすぐに私のところに来るのだぞ」
「うん、あ、りがと…せんさん」
千が渋々ながら許可をもらうとコウはお礼を言った。すると千は目の前で固まっていた。不思議に思っていると、シン以外固まっていた。
「コ、コウが笑いおった」
そうコウは今初めてみんなの前で笑ったのだ。満面の笑みとまではいかないが確かに笑ったのだ。
「コウはこれから俺たちと暮らしていくんだ。なんでも遠慮なく言え。」
「わ、かった。もう、もど、ていいよ」
イチイがそんな風に言うとコウは、安心することができた。そして元の場所に竜に戻るように指示する。
「それはいいとして、コウの戸籍はどうするんじゃ?」
「ちゃんと考えてるぞ。コウはシンと同じで俺の甥ということにするか、もしくは俺の弟にするかどちらかだな。」
コウはイチイの弟か甥という設定にする。こんな設定がなくともコウはここで暮らせるのならどちらでもよかった。そんなことを思っていると
「そしたら僕の叔父さんか兄弟になるってことか。でももう一つ選択肢がありますよ。」
「そんなのあるか?」
シンが他に選択肢があるというがその場にいる全員が分からなかったがシンから思いもよらない発言が出てくる。
「息子っていう選択し忘れてるじゃないですか。ほら同じ黒髪だし。僕、ずっと兄弟よりいとこが欲しかったんですよ」
なんとコウをイチイの息子にするという手段だった。
「おい、それはないだろ。シン、俺はまだ24だぞ。父親とか考えられねぇよ」
「そうじゃ!コウをイチイなどの息子にしてなるものか!それなら私の孫にするぞ!」
イチイがシンに反発するが、コウは別にそれでもいいと思った。イチイはべつに悪い人ではないし親子と言われれば目の色は違えど親子に見えなくはないのだ。
「コウもその方がいいんじゃない」
シンに賛同するよう言われるがコウは、どう答えていいのかわからず答えられない。
「コウが困っているだろ。もう、俺の弟ってことにするがそれでいいか?」
イチイの確認にコウがうなずく。
「年齢はどうするんだ?」
「シンと同じくらいの身長だし11歳ってことでいいだろ。」
コウは、シンと同い年ということになった。
「これからよろしく、コウ」
シンが笑顔でコウに言ってくる。
「うん、よろ、しく」
コウはこれから始まる新しい生活にワクワクして笑顔で答えた。