第一話 記憶をなくした少年
とある病院の一室で千は、豪華なソファに座り本を読みながらお茶を飲んでいた。部屋には、豪華な装飾が施されており花束が飾られてある。
そんな中少年は静かに目を覚ました。
少年は、周りを見て混乱した様子を見せる。
「ここは…どこ」
「おっ、目を覚ましたか小僧」
少年は、声を出そうとしたがうまく声が出なかった。千は、本を読むのをやめソファから立ち上がり少年の下に近づきながら話しかけた。
「ここは、病院の部屋じゃ。おぬしは、研究所の建物の下敷きにされていて気を失ってたようじゃ、覚えとらんか」
「けんきゅうじょ…」
「その様子じゃと覚えとらんようじゃな」
千は、スマホを取り出し電話を掛けた。少年は、千の行動を見て警戒し始める。
千は、話し終えると電話を切りスマホをしまうと少年に警戒されているのに気が付いた。
「そう警戒せんでも大丈夫じゃ。なんもせん」
千が、優しい笑みを浮かべると少年は警戒を少しだけ緩める。千は、これ以上刺激しないようにソファに戻りお茶を飲み始める。
それからしばらくしてドアが開き中にイチイと禅が入ってきた。
「目が覚めたって連絡は聞いてきたが研究所の事は分かってなかったんだな」
「そうじゃ」
病室にいきなり二人の男が入ってきたことで少年が警戒を強める。イチイは、少年に近づくと少年はイチイからどこか近寄りがたい雰囲気を感じさらに警戒を強める。
「おい、少年自分の名前は分かるか」
「な…まえ?…⁉」
少年は自分の名前を思い出そうとしたが、その時頭に強い痛みがはしった。そして、いつその光景を見たのかわからないがその時の光景が頭に浮かんでくる。
周りの物は見えず真っ白な空間に目の前にいる子供しか見えない。しかし、子供も顔が霧がかっており、全身の色は白黒だった。
(あなたの名前は?)
黒い靄がかかっているが声からして女の子であろう子供が少年に名前を聞いている。だが少年は自分でなんて答えたか分からない。
(そう、あなた自分の名前が分からないのね。う~ん...あっ、じゃコウってどう、あなたの片方の目がきれいな紅色しているからコウ、いい名前でしょ)
そう言って女の子の声は笑っていた。
「…コウ」
「コウっていうのか。俺は神藤イチイだ。他に自分の事で分かることがあったら、言ってみろ」
コウは、思い出そうとするがあの女の子との会話しか思い出すことができない。
「分から……ない」
「そうか」
そういうとイチイは、腕を組み何か考え始める。
「コウ、自分の家の場所はとかも覚えてないんだな」
「お…ぼえて、ない」
コウは記憶喪失だった。どうしてあの場所にいたのか、自分が何者なのか思い出すことができない。
またイチイは、何か考えだした。イチイが考えてるのを見て禅が近づいてきた。コウは、禅の巨体と少し怖い顔を見て警戒を強める。
「おいイチイ、何を考えてる」
「ん…いや、自分の考えてる場所が分からないならうちで預かるのもありかなって思ってな」
イチイは考えるのをやめ禅の方へ振り向いた。
「おぬし、子供を預かるといっても、家事を全くできんじゃろ。しかも、もう、一人弟子をとっているだじゃろ、この前久しぶりに見に行ったら弟子と一緒に飢え死にしかけていただろ」
「え…」
千がそんなことを口にしたためコウは急に不安になってしまう。
「ああ、そんなこともあったが大丈夫だろ」
イチイは、あっけらんとした態度で答える。コウはますます不安になる。
「ほれ見ろ。コウも震えておるじゃろ、私が預かろう」
千の言葉を聞いてコウは、自分の手を見ると少し震えていた。
「いやいや婆さんの家、格式高くてコウも過ごしずらいだろ」
コウは、イチイの言葉を聞いて驚いた。それもそうだろう自分よりも少しだけ年上に見える少女に向かって婆さんと言ったのだ。
「いや、たぶん孫と同い年くらいじゃから仲良くなれるじゃろ。あと私の事はちゃんと名前で呼べと言っておるじゃろ」
千には孫がおり年齢的にはもうお婆ちゃんなのだ。
「千さんのところの孫、女だろ。それに比べてうちの弟子は男だ。だから同性のほうが話しやすいだろ。」
「むっ、それもそうか…分かった、コウはイチイに預ける。じゃが、私もたまに見に行くからな」
「すきにすればいいんじゃないのか」
千は、仕方なくコウの事をイチイに預けることにした。
「よし、そうと決まったら家に行くか」
「え?うわっ⁉」
突然イチイがコウのうでを引っ張り背中に背負って、病室から出ようとする。コウは突然のことで驚いてしまう。そんな様子を見ていた千がこちらに近づいてくる。
「イチイ、コウをどこに連れて行く気じゃ」
「えっ?家だけど?」
「馬鹿かおぬしは!コウはまだ起きたばかりで絶対安静と言われておるじゃろ!おぬしはいつもそうじゃ―」
イチイから聞いた言葉にありえないと怒りガミガミとイチイに説教をし始めた。コウはいまだにイチイに背負われていたが禅に脇の間に手を入れられ抱き上げられた。コウが不思議に思い、男の方に目を向けると、
「悪いな。幻条さんが怒り出すと時間がかかるからな、うん?あぁまだ俺の名前言ってなかったな俺の名前は鬼川禅だ。よろしくな」
「…コウ」
「あぁ知っているよ」
そういうと、禅はコウのことをベッドまで運びなでた。コウは禅の大きな手で頭をなでられ気持ちよさそうにする。コウはこんな風に大きな手で撫でられるのがどこか懐かしいような気がした。
その後、イチイは千に3時間説教をされていた。
それから3日後コウは、病院を退院することになり病室にイチイたちが迎えに来た。
「じゃ、今から俺のうちに行くか」
「うん」
コウは、イチイから渡された子供服に着替えると病室の外に出た。
「うわぁ」
コウは、目の前の光景を見てとても驚いた。周りにはビルが沢山建ち並んでおり、道路には大量の車が走っている。この光景は、コウにとって初めて見る物ばかりだ。
「コウ、おぬし車やビルを見るのははじめてかの?」
「くるま、びる?」
「本当に見たことがないようじゃの、今時車やビルを見たことがないなど一体どこで暮らしておったんじゃ」
ふつうは皆知っているのだがコウには全く分かっていなかった。コウの住んでいた場所には車やビルはなかったのかもしくは、車やビルのことを完全に忘れているだけかもしれない。
「何話してんだ、行くぞ」
イチイが車のドアを開けながらこちらに向かって叫んでいた。車に乗って家に向かう。コウたちは車に乗り出発した。
「おぉ~」
車の窓から外を見てみるとどんどん景色が変わっていてコウは外を見て笑ってはいないがとても楽しそうにしている。そう思っているとビル群から景色が変わり小さな建物が増えてきてそこに目立つくらいの大きな建物たちが塀に囲まれ固まって並んでいた。コウたちが乗っている車がその塀にある門の中に入っていき建物の中で唯一、木で作られた小さな建物の前に止まった。
「着いたぞ」
車から降りると目の前にそびえたっている木造の建物から不思議な気配がした。
「...祠?」
「ん?祠、違うぞこれは、入り口だ。裏世界へのな」
そう答えたのは禅だった。コウはこの建物に既視感を覚えたが思い出すことができない。この場所は、裏世界と呼ばれる別世界への入り口だ。コウたちは木造の建物の中へ入っていった。中にはふすまがあり中から光があふれていた。
「これが裏世界への入り口だ。」
ふすまを開けたその先には光る玉が浮かんでいた。入口などどこにあるんだと思いコウは、周りをキョロキョロ見渡していると、
「コウ、この浮かんでいる玉が裏世界への入り口だ。」
なんとこの浮かんでいる玉が入り口なのだ。
「こんな風に手を玉に触れると―」
「え?」
イチイが玉に触れた瞬間目の前から消えたのだ。コウが目の前で起きていた光景に驚いて警戒する。
「大丈夫じゃ、ただ裏世界に行っただけじゃ。ほれ、触ってみぃ」
千にそくされ恐る恐る玉に近づいていき触れると玉がさらに光り輝きコウは反射的に目をつぶってしまった。しばらくしてから目を開けると、
「わぁ~」
「ピー――」
「グオォォォォー」
目の前に広がる光景に見惚れた、目の前の一本道がありまわりに木々や花たちが咲きほこり空には雲一つなく晴れている。鳥たちが飛び鳴いている。さらには、巨大なドラゴンが飛び叫んでいた。
「おい、なに呆けてやがる早くこっちに来い」
「ほら行くぞ」
コウが景色に見惚れていると、イチイがこちらに早く来るよう呼んでいる。コウは禅と一緒にイチイのもとに向かった。
「ほらあれが俺の家だ」
イチイが指をさした先には広い空間が広がっておりその奥に平屋の木造の家が建っていた。そして、その家の前で白髪の少年が木刀を振っていた。