第九話
「次は投力を測定する。この球をむこうの的に向かって投げて当てる。自分が狙えると思う範囲でより遠くの的に当てるんだ。三回やって、一番遠い記録を採用する。もちろん、身体能力強化をして行う」
片手で掴める大きさの球。
等間隔に演習場の端まで並んだ的。
正確に的を捉えられる視力と距離感や、単純に球を投げる力を測るのだろう。
魔術を使っていくらでも能力の強化が出来る以上、体力測定に男女の差は生まれない。そこにあるのは純然たる実力差だけだ。
走力測定の時と同様に名前を呼ばれたものから順に球を投げていく。
「遠くの的に当てた方が勝ちですからね!」
「お互い全力を尽くしましょう」
妙に楽しそうなリーゼロッテに調子を合わせる。
「━━次」
「はい。では、お先に」
間もなく僕の順番が来たので、指定の位置につく。
一番近くの的は歩いて五歩くらいの位置にある。これならば誰でも当てられる。
そこから、五歩間隔くらいに的がずらりと並ぶ。一番遠くの的は、演習場の端。ここからでは点のようにしか見えない。
まずは視力を強化し、的を視界に捉える。
球を遠くに投げるには、下半身の体重移動により力を生み出し、腰から背中、肩から指先へ、その力を増幅しながら伝えていく必要がある。
魔術により、体全体を強化していく。
勝負である以上、全力で挑まねば失礼というもの。この学年で一番遠くの的に当てられる人がいない、ということもないだろう。ただの遠投で全力を出したところで問題はない。
軽くステップを踏み、全身の筋肉を使って生み出した力を右手の指先に集中。斜め上に向けて球を放つ。
綺麗な放物線を描いた球は狙い過たず、演習場端の的に命中した。
残りの二回も手加減せずに行い、成功を重ねる。
さて、お次はリーゼロッテのお手並み拝見といこうか。
指定位置に立つ彼女を見つめる。
自ら勝負を挑んできただけのことはある。僕の結果を見ても動揺した素振りはなく、非常に落ち着いている。
そうして、リーゼロッテの測定が始まった。
重心を低くし、指先まで魔力の充実した美しい横投げの投球動作で放たれた球は地面と水平に進み、どこまでも飛距離を伸ばす。ほどなく、リーゼロッテの投じた球は演習場端の的に命中した。
そういう方法で来たか。
身体能力強化の魔術は、体内と体外、二つの異なる強化を指す。
直接自身の肉体を強化する方法。
自身の活動領域を最適化し、間接的に肉体機能や行動結果を強化する方法。
僕は主に直接的な強化を行っている。自分から離れるほど、魔力制御は難しくなっていくからだ。効率や難易度の観点からも、世の主流は直接強化だ。
対してリーゼロッテは、直接の強化は最小限にして、空間の最適化に重点を置いていた。
放った球が通過する線上の空気抵抗と重力の影響をなくす。
言葉にするのは簡単だが、実際それを行うのは容易ではない。しかし、そのもたらす効果は直接強化とは一線を画す。間接強化の研究者が後を絶たないのは、その超常的結果に魅せられるものが多いからだ。
これが創造神の愛し子のなせる技か。
「……ふう。一時はどうなることかと思いましたが、投力勝負は引き分けですね!」
油断していた訳ではないが、認識を改めよう。彼女はただ守られるだけの王女様ではない。気を引きしめて当たるべき強敵だ。
「正直驚きましたよ。でも、次は僕が勝ちます」
「私も負けるつもりはありませんから。……あの、勝負に勝ったら、負けた方に何か一つお願いを聞いてもらえる、という条件を追加しても良いですか?」
「……いいですよ。俄然やる気が出て来ました」
「言いましたね。負けてからやっぱりなし、なんて通用しませんよ」
「それはお互い様ですよ」
そんな権利を目の前にしては、ますます負けられない勝負になった。僕が勝てれば、大いに利用価値のある条件だ。




