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第八話

人々の生活を豊かにするための魔術というのは、非常に幅広い範囲を指す。日用品に代わるもの、危険から身を守るもの、具体例を挙げればきりがない。


そんな中で、全ての魔術師が必ず最初に学ぶのが、身体能力強化の魔術だ。


体内の魔素と体外の魔素を同時に魔力によって制御する技法。


体内の魔素により、身体のつくりそのものの強化を行い。体外の魔素により、活動する空間を最適化する。


体の使い方そのものは個人の能力に依存するが、身体能力強化さえ出来れば、多少無茶したところで体が壊れることはなくなる。単純に肉体労働で重宝するため、広く応用のきく魔術だ。


あらゆる魔術の基礎。しかし、身体能力強化の魔術に求められる技術は多岐に渡り、その術理を完全に修得できれば、他の魔術を使う必要はないとまで言われるほど奥深い。


体内の魔素の操作においては、体の細胞、血液、骨格、筋肉など膨大な量の情報を一度に処理して強化しなければならない。


体外に至っては、皮膚に触れる範囲ならまだしも、より広い空間を最適化しようとすれば、世界のかたちそのものに干渉するため、大量の魔素を操作することになるため効率が悪い。


広く浅く強化するか、狭く深く強化するか、そういったバランス感覚も重要となる。


「これから体力測定を行う。種目は三つ。最初は走力だ。まずはこちらで名前を呼んだものから順番に身体能力強化の魔術を使い、演習場内を一周走って戻ってくるように」


一年三組の面々の前に立つ一人の教師がそう言った。


ここは学園に複数ある演習場の一つ。四十人が自由に走り回っても余裕のある広さだ。


次々に名前を呼ばれた生徒たちが走り出す。


学園の入学試験に合格しただけあって、基礎である身体能力強化の魔術をつかうだけなら皆できるようだ。


その技量に個人差はあるが、普通の人間では到達できない速さで演習場内を走破する。


「次はヴィクトール・シュミット」


「はい」


あっという間に僕の番だ。


体幹を中心に、上半身を、続けて腰から爪先まで、体全体に最低限の強化をする。


━━地面を蹴る。一瞬で視界が変わる。


より速く走るには背筋を伸ばし、腕をしっかり前後に振り、地面からの反発力を利用することが重要だ。


ならばより強く踏み込み、爪先が触れた地面の反発力を強化すればいい。


その上で、体の表面に感じる空気抵抗を出来るだけ少なくする。


景色は流れ、走り出した位置に戻る。


「とてもきれいな走りでしたね」


「そういうリーゼロッテさんも上手でしたよ」


僕よりも順番の後だったリーゼロッテが走り終えて隣にくる。


実際彼女の魔術には無駄がなかった。


僕の技術は全てレイさんとの訓練で体得したもので、魔術においては魔力が見える目に助けられている部分が大きい。通常、感覚で制御しなければならない魔力を、視覚で捉えられるのは利点だ。


そのため、僕の前に走った人の動きを見て、平均値よりも少し上の速さに止めるのは容易かった。


見た限り、彼女はクラスでも上位の速さだった。まだまだ余裕を感じさせる表情のため、本気も出してなさそうだ。


「私なんてアレクシスに比べたら大したことありませんよ」


「魔剣使いとでは比較にならないでしょう」


比較対象が首席では、誰でも大したことない方になってしまう。


「それもそうですね。……それでは、残りの二種目で勝負をしませんか?」


「勝負ですか?」


「私、学園に来るまではあまりそういう機会がなくて、少し憧れていたもので」


「……僕ではリーゼロッテさんの相手としては不足かも知れませんが、受けて立ちましょう」


王女の周りに本気の勝負をしてくれる相手などいなかったのだろう。護衛とではそんな話にならないだろうし、周りの同世代との人間では勝った負けたで立場上問題が起きる可能性もある。


学友となら、試験の結果で競い会うなんて、普通にできる。


これならば堂々と彼女の力量を測ることもできるだろう。


まさか体力測定で王女と勝負することになるとは思いもしなかったが、悪くない。


面白くなってきた。

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