第六話
身体的特徴は、親から子へ遺伝する。しかし、親にはない特徴を持った子が生まれることもある。
中でも特殊とされるのは、生まれながらにして特徴的な髪の色をしている子。
それを神の愛し子と呼ぶ。
七柱の神とそれぞれが司る七つの色。
最も神聖とされるのは白髪。創造神の司る白色だ。
逆に忌避されるのは黒髪。今や邪神とされる神の司る黒色である。
創造神の愛し子は王族からしか生まれないが、それ以外の神については気まぐれで選ばれる。
ここで重要なのは、ただ単に髪の色が特徴的なだけなら然程珍しい現象ではない、ということ。
黒髪こそまだ見ていないが、この学園に来てから様々な髪の色を目にしてきた。
それは、走るのが速いとか、勉強が良くできるとか、そういった程度の特徴。だから、髪の毛だけで露骨に対応が変わるということは少ない。
しかし、その中から、神の声が聞こえるものが稀に現れる。それこそが真の神の愛し子であり、時には神の代行者とも呼べる力を持つ。
「性格に問題のある神様だから、味の保証はしかねるけれど」
声が聞こえるかなんて本人にしかわからないことだが、アシュレイは王女様だけでなく、僕も真の神の愛し子であると気づいているのだろう。
人間ならまだしも、吸血鬼相手に隠すことでもないので、知られたところで問題ないけれど。
「珍しい食材がどれも美味しいとは限らないものね」
「好みは人それぞれだろうけど」
「私、好き嫌いはしないから大丈夫よ。残さず食べてあげる」
出会ったときからそうだが、人を食材としか思っていない吸血鬼とは話が合いそうにない。
相手の力量も測りきれていない状態で正面からやり合うのは得策ではないが、回りくどいやり方が通じるような相手でもないだろう。
「……この際だから、僕もはっきりと言っておく。君が僕の血を欲しがるように、僕も君が持つ魔剣に興味があるんだ」
「神様が教えてくれたの?」
「はじめに言ったよね。僕は魔力が見えるんだ。君の左足、隠しきれてないよ」
「変態」
どうしてそうなるのか。
彼女のスカートの中、左足に見える、研ぎ澄ました鋭利な魔力。間違いなく魔剣だ。
「━━そうね。どうしても、というなら、交換してあげてもいいわよ」
「交換? 何と?」
それは願ってもない申し出だ。
ニヤニヤと、こちらの反応を楽しむかのような彼女に主導権を握られているのは上手くないが、無理やり奪うよりは楽なはず━━
「王女様」
「え?」
「あなたと私、種族は違えども、住んでる世界は近そうだもの。意外と気が合いそう。でも、あの王女様はダメ」
「……僕はそうは思わない」
吸血鬼と同類にはなりたくないという、精一杯の抵抗。
だが、僕の心は既に決まっている。
「じゃあ、この話は無かったことにしましょ」
「いや、その話を受けよう。王女様を連れてくればいいんだね?」
「ええ。そうね、なるべく怪しまれない方法で連れてきて。後のことは、どうにでも誤魔化せるから」
人がいなくなれば問題だが、入れ替わればいいとでも考えているのか。どう考えても一人二役は難しいだろうに。
「わかった。僕は王女様を君の元へ連れてくる」
「私は交換に魔剣を差し出すわ」
「準備が整ったら伝えるよ」
「それまで楽しみに待っているわ。あんまり退屈させると、我慢できなくなっちゃうかもしれないけど」
そう言った彼女は、エミリアの教室に戻っていった。
そろそろ休憩も終わる時間だ。僕も足早に教室に戻る。
所詮は口約束。守られる保証はない。
それでも、魔剣を奪うということに変わりはない。王女様と仲良くなるつもりもないし、人類の敵である吸血鬼は殺す。
『弱いものに手を差しのべ、寄り添うこと』
その上、神様の教えは守らなくてはならない。
課題は山積みだが、全てこなしてみせよう。
僕の目的のためにも、こんなところで躓いている暇はないのだから。




