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第五話

「ヴィクトール・シュミットです。試験での成績は中間でしたが、魔力操作には自信があります。よろしくお願いします」


学園での入学時の教室分けは、試験の成績によって決まる。


と言っても、上位は上位、下位は下位、と分かれるのではなく、全体が平均的になるように振り分けられる。


そんな一年三組の教室の中。

初日は説明を聞くだけで終わったため、学園生活二日目の今日、自己紹介が行われていた。


他の人と何ら変わりない、当たり障りない自己紹介をしたつもりだ。


しかし、僕が名乗ったとたんに、周囲がざわめきだした。


まあ、ある程度そういう反応があることは予想していたけれど。


シュミット、という姓はもともとありふれたものだった。変化が訪れたのは300年ほど昔のこと。


どこにでもいる鍜冶師の一人であった、アルバート・シュミット。彼が魔剣を生み出したのだ。その生涯で作り出した数は100本。その一つ一つが、魔法の域に達していた。


それ以降、彼と彼の魔剣への畏怖、崇拝、畏敬様々な念が積み重なり、シュミットを名乗るものは徐々に減っていった。


今でも好き好んで名乗っているのは、アルバート直系の子孫くらいのもの。


そんなシュミットを名乗る僕も、レイさんから借りているだけに過ぎない。


事情を知らない他人から見れば、アルバートに縁のある人物と思われても仕方ない。


僕の黒髪黒目を気にしている人も多いかもしれないけれど。


「━━私はリーゼロッテ・アデルハイト・フォルテシアです」


周囲のざわめきをよそに、僕の隣に着席していた女子が自己紹介を始めた。


瞬間、教室はしんと静まりかえる。


「皆さんご存知でしょうが、私はこの国の第三王女です。この国では王女という立場ですが、皆さんと同じ学園に通う一人の生徒として、ここでは対等な立場で過ごせたらと思います。よろしくお願いします」


聞くものを惹き付ける美しい声。

日の光に照らされ煌めく白髪。

見るものを虜にする美貌。


言葉通り、彼女は学園内で皆との対等な関係を望んでいるのだろう。


はじめはぎこちないかもしれないが、これから3年間の学園生活を送る中で、徐々に仲良くなっていけばいい。


━━創造神の代行者たる王族。

たったそれだけで、僕とは永遠に相容れないが。


その後の自己紹介も問題なく終わり、この教室に集まる40人は互いに顔と名前を覚えた。早速周囲の人たちで集まって話をしているグループがいくつか出来上がっている。それは隣の王女様も例外ではない。


次の授業までは休憩時間となるようなので、一旦教室を抜け出す。


気分転換に散策でもしよう。


この学園は相当広い。


生徒が授業を受ける教室は当然として、魔術の研究に使用する部屋、様々な記録や本が集められた部屋、体を動かし戦闘技術を体得するための部屋など例を挙げればきりがない。


だからこそ、人目につかない場所も多くある。


「ブスが調子にのるなよ!」


「田舎者の癖に筆記試験首席とかあり得ない。どんな不正をしたのよ!」


「……わたしは何も……」


いじめもここまで露骨ならいっそ清々しい。


通常の教室がある通路から外れた、あまり使われていないであろう備品置き場のような一室で。


数人の女子にエミリアが囲まれていた。


何度も同じことはしたくないけれど、見過ごすこともできない。


「エミリア、こんなところにいたんだ。探したよ」


「誰だよお前。今あたしらが話してるんだけど」


「皆さんはじめまして。僕はヴィクトール・シュミットです」


「別に名前は聞いてない」


面倒くさい。


それでも、できれば穏便に済ませたい。


右手を差し出し、手の平に集中する。


世界を構成するのは魔素。

魔力によって、魔素に干渉。━━静止させる。

魔素の振動を熱と呼ぶのなら、完全に静止した時に世界は凍結する。


手の平の上、凍結した世界で、魔素を物質化させる想像をし、創造する。


それこそが魔術。


次の瞬間、僕の手には、一輪の氷の花が握られていた。


「お近づきのしるしにどうぞ」


僕に話しかけてきた女子に、花を渡す。


「え?」


人は想定外のことが起きると咄嗟に対応できないものだ。


彼女はエミリアをいじめることしか考えていなかったから、僕が氷の花を作って渡してくるなんて想像していなかっただろう。そこに一瞬の隙が生まれる。


「じゃあ、僕たちはこれで」


エミリアの手を引き、足早にその場を離れる。


彼女たちが状況を飲み込んだ時には、僕たちは距離をとれているだろうし、追ってくることもないだろう。一時しのぎにしかならないが、今はそれでいい。


「あの後どうするつもりだったの?」


周囲に人がいないことを確認して、問いかける。


「あなたたち人間からしたら、悪い人がいなくなっても困らないんじゃないの?」


「僕はそうは思わない。限られた人しかいない学園で失踪者が出れば騒ぎにもなる。君は確実に疑われる」


悪い人だろうと善い人だろうと、いなくなれば問題だ。


「面倒なことね。まあ安心しなさい。私がこの学園で殺すのは二人だけと決めているから」


「二人?」


「ねえ、ヴィクトール。神様に愛された人間の血は、どんな味なのかしら?」


妖しく微笑んだエミリアの赤い瞳は、僕を捉えて離さない。

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