第二十話
人は一人では生きられない。皆で支え合って困難に立ち向かうのだ。
そういった考えには賛同できる。
しかし、一人ではないからこそ、どうしてそういった事態になっているのか、把握できないままに巻き込まれることもある。
僕は、どうしてそうなったかわからないまま、魔術師認定試験の合格証━━魔術師認定証を受け取った。
喜ばしい結果なのに、納得がいかない。水を注いだ器をひっくり返したのに、器の中に満杯の水があるのを見せられたような。言い表せない不快感。
「アイツは何なんだ?」
「同じ人間とは思えないですね」
班毎に行われた合格発表と許可証の授与。第五班は全員合格という結果。
解散してその場を去るエミリアの背中を見ながらウルツに話しかけられた言葉に、僕はそう答えるのが精一杯だった。
僕の方が知りたいくらいだ。
魔術を超えて、魔法にすら届きそうな思想。それはエミリアの資質か、吸血鬼アシュレイの持つものか。
考えたところで答えは出ない。しかし、あの場で七人を相手取り、どんな言葉も自分の都合良く利用して、ぐちゃぐちゃに状況を掻き回して、自分の思想を押し付け、それでも最良の結果を残した。
完敗だ。
だとしても、最期に僕が勝てば良い。彼女から魔剣を奪えれば、それで良い。
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「せっかく許可証がもらえたのに、王都で外出自粛命令が出てるなんてあんまりだよな」
その夜、寮の部屋ではギャランが不満をもらしていた。
「仕方ないですよ、吸血鬼が出たらしいっすから」
「流石に殺人種と戦ったらボクたちに勝ち目なんてないからね」
テオとユーリが二人でギャランをなだめる。
先ほど、学園の全生徒に向けて、王都での吸血鬼による殺人事件と、それに伴う外出自粛命令が知らされた。
許可証を取得して、やっと外出できると楽しみにしていた一年生にとっては不満もある話だ。
僕にとっては、非常に興味深い話ではある。
吸血鬼は殺した人間に成り代わる。
ならば、どうして殺人事件になったのだろうか。現行犯か自白でもなければ、何も起きたことにはならない。事件にすらならないのだ。エミリアが良い例だろう。
それが今回は事件として取り上げられた。しかも、吸血鬼の犯行であると明言されて。
王都で一体何が起きたのだろうか。
調べようにも、外に出るのは容易ではない。学園で得られる情報は限りがある。
本番前に吸血鬼の弱点を調査する良い機会とも思ったが、何の情報も無しに、この広い王都を逃げ回る一個人を見つけ出すのは困難だ。
現状、大人しくしているしかないか。
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一夜明け。昼休み。
「……まったく、どうして私が疑われなくてはならないわけ?」
紅い瞳は吸血鬼の特徴。
今でこそないが、吸血鬼狩りと称した紅い瞳の人間の大量殺人が行われた時代もあった。
何しろ、吸血鬼は人類の敵。見分ける術は瞳の色のみ。それすらも、世界に神の愛し子がいる以上、不確かな手段でしかない。疑わしきを手当たり次第に殺してしまえ。そう思うものが多くいた時期もあったということ。
不合理だ。
「どの口がそれを言うのか」
エミリアに呼び出され、人気のない校舎の片隅へ来ていた。
吸血鬼アシュレイが成りすましている身でありながら、よくもまあ堂々としていられたものだ。
「今回の事件、私はやってないわよ」
素直に信じられない。
「約束はまだ有効ってことでいいのかな」
「私の我慢が続く限りは。でもね、それを邪魔したいやつもいるのよ」
王女と魔剣を交換する。この学園にいる限りは余計な殺人はしない。その話はまだ生きてる。
「何が言いたい?」
「言ったでしょう? 私は吸血鬼の女王なの。大方、ふらふらと遊び回る女王を連れ戻しに来た、というところかしら」
「仲間が王都に来ていると。そいつが殺人事件を起こしたのか」
「たぶんそう。私へ向けた意思表示でしょうね。でも、私はまだ戻るつもりはない。私が戻らなければ人間が次々死んであなたたちも困るでしょうね。どう? 私と協力しない?」
エミリアは妖しく微笑み、僕に協力を持ちかけた。




