第二話
「━━あなたの血、とても美味しそうなのよ」
好物の料理を目の前にした時のように、楽しげに告げられる。
この世界に存在する七つの殺人種。
その一つである吸血鬼は、血を吸って殺した人間の容姿、能力、記憶を奪うことができる。
生きるために必要な行為ならば納得もできよう。
しかし、吸血鬼にとって殺人は単なる趣味でしかない。
それゆえに人類の敵。殺人種として認定されている。
「試しに吸ってみる?」
「やめておくわ。ただで吸わせる気もないでしょ」
「まあ僕も死にたくはないし。でも、正体を明かした以上は生かしておけないとか?」
「まさか。どんな人間を相手にしても私の方が強いのだから、わざわざ口封じする必要もないでしょ」
自分自身への絶対の自信。持って生まれた能力故か。はたまたそれだけの力を培ってきたからか。
彼女の力は未知数だが、吸血鬼という種に対して、並大抵の魔術師では相手にならないことだけは確かだ。
それよりも、今確かめておかなければならない事は他にある。
「その体はどうしたの?」
「あらまあ、淑女の体をジロジロ見るなんていやらしい」
「君の本当の姿を見せてほしい」
「真剣に迫られるのも悪い気はしないわね。でも秘密。今はまだ、ね。その代わり、この子の名前を教えてあげる」
そう言って彼女は立ち止まり、声の調子を整える仕草の後、自己紹介をはじめた。
「はじめまして。わたしはエミリア・ノイマン。学園に入学するために家族で引っ越してきたの。だから王都には来たばかりで。よろしくね」
そこにいたのは、アシュレイではなくエミリアだった。事実として、容姿、能力、記憶まで揃っていれば見分けなどつかないだろう。
本物との違いは心くらいのものだ。
いとも容易く他人に成り代わることができる。
悪趣味な能力。人類の敵とまで呼ばれるだけのことはある。
それからしばらく歩くと魔導学園の正門前にたどり着いた。
「じゃあ、ここでお別れね。楽しいひとときをありがとう。そうだ、あなたの名前は?」
「ヴィクトール・シュミット」
「……へえ。そうなんだ。覚えておくわ」
周りにいる学生たちと何一つ変わらない制服姿の彼女は楽しそうに告げ、正門をくぐって行った。
「━━また面倒事に首を突っ込んだか」
先に着いていたレイさんがこちらに気付き、歩いてくる。
「どこまで気付いてたのさ?」
「あれは吸血鬼だ。おそらくあの少女とその家族はもうこの世にいないだろうな」
「はあ……。じゃあ全部か。でもどうやって?」
レイさんは魔力も見えなければ、魔術師でもない。しかし、その職業柄、人を観察し、推理する能力に長けていた。
彼女が吸血鬼であること。魔術師見習いとして学園に入学する少女に成り済ましていること。この場にいない家族の安否まで、一体どのように推理したのか。
「学園の入学式は基本的に保護者同伴、その場に新入生が一人で来た。まあそこまでは珍しくない。だが、それにしては、身のこなしが不自然なほど隙だらけだった」
保護者の同伴は強制ではない。確かにこの場にも、一人でいる学生や学生だけのグループがちらほらとある。王都以外の遠方からの入学者や、事情があってここに来ることができない親もいることだろう。
その上で少女が一人、魔導学園の入学式に向かうとして。
普通なら警戒心をもって行動するはずだ。
学園に通えるだけでも、ある程度経済的に恵まれた環境にいる。王都にいる人々が全員同じ暮らしをしている訳ではない。
それだけで、たちの悪い人間に狙われる理由になる。
いくら魔術で身を守れるとは言え、隙だらけなんて、襲ってくれと言っているようなもの。
その隙は、絶対的強者の余裕か、自らを餌に獲物を釣るためだったのか。どちらもあったのだろう。
「確かに。でもそれならただ警戒心がないだけかもしれない」
「目、だよ。吸血鬼の目は赤い」
「吸血鬼でなくとも赤い目の人はいるよね」
「ああ。それでも、吸血鬼の瞳の美しさは誤魔化せない。他人の姿を借りた時でさえ」
言われてみれば、アシュレイの瞳も綺麗な赤色をしていた。
「家族については?」
「ここにいないのなら、もうどこにもいないだろうという憶測だよ。俺が彼女の立場だったとして、生かしておく理由がない」
アシュレイは、エミリアの家族の安否については明言していなかった。
冷淡な考えだが、レイさんの推理はおそらく正解なのだろう。
この広い王都で、それを確かめる術はない。