第十九話
「それではこれより、魔術師認定試験━━討論会を執り行う」
第五班として集められた人員は総勢八名。
僕たちは教室の中央で円形に並ぶように席についた。
「君たちの班の試験官はこの私、エルベアト・ラザフォードが務める。他の教室でも、今頃同じように試験が始まっていることだろう」
試験官のエルベアト・ラザフォードが少し離れた位置で試験概要を説明する。
「ここに集まった君たちにはこれから、“空間魔術”の実現可能性について意見をまとめてもらう。討論会が始まれば、後は自由に進めてもらって構わない。私はここで発言内容、所作、討論の進行等を総合的に判断して合否を決定する。だがその前に、互いの名前くらいは知っておいた方が良いだろう。簡単に自己紹介を行ってくれ。もちろん、これは試験の評価には影響しない」
円形に並んでいるため、誰から発言するべきか一瞬皆が見合う。そこで試験官から見て一番近い席にいた少年が名乗りをあげる。
「皆さんはじめまして。僕はローランド・ガストです。よろしくお願いします」
明るい茶髪。人好きのする笑顔。爽やかな声。平均的な身長の少年。
彼が名乗りをあげたことで、順番に自己紹介がはじまった。
「皆様はじめまして。私はクラウディア・ボーデヴィヒと申します。よろしくお願いいたします」
綺麗に編み込みをした金髪を後ろで纏め。良く通る声と、自信に溢れた立ち振舞いの少女。
「はじめまして。自分はテオ・ミュラーです。よろしくお願いします」
知らない人物ばかりではなく、寮で同室のテオも第五班だ。
「えーと、ソフィア・ギルベルトでーす。よろしくおねがいしますー」
独特の間と甘い声。常に目を細めた笑顔。短めの水色髪の少女。
「俺はウルツ・ディーツェ。よろしくたのむ」
眼光鋭い、焦げ茶色髪の少年。無愛想。腕組みをして周りを良く観察している様子。僕との相性は悪いかもしれない。
「わたくしはオティリエ・エーレンフェストです。皆さま、どうぞよろしくお願いします」
一面の花畑を思わせる可憐な黄色髪をした少女が柔らかく微笑む。
「皆さんはじめまして。僕はヴィクトール・シュミットです。よろしくお願いします」
僕の番が回ってきたので、無難な挨拶を済ませる。
「皆さんはじめまして。と言っても、入学式のあいさつで知ってたかもね。わたしはエミリア・ノイマンです。よろしくお願いします」
こうして明るく振る舞うエミリアの姿を見ると、意外と上手く成りきっているものだなと、妙な感心をしてしまう。
彼女が同じ班にいたのは想定外だが、大人しくしていてくれることを祈ろう。
「時間も限られていることだ。この時計の二つ目の円にある針、これが240分を指したら試験開始だ。360分になった時点で試験終了とする」
四つの円を組み合わせた時計と呼ばれる魔法道具。
それぞれの円の中心から伸びる針が、時間の経過と共に回転することで、今の時刻を知ることが出来る。一つ一つの円を順番に針が回り、四つの円全部で針が一周すると一日となる。
創造神が生み出し世界に広めたものは魔法で動くので正確に時を刻む。後に職人が模倣して作り出したものは魔術道具であり、しばしば調整が必要となる。
精巧な細工や、纏う魔力は人の手によるものとは思えない。あれは本物だろう。
「━━それでは時間だ。討論を開始してくれ」
そうして、試験が始まった。
「皆さん、僕から発言しても良いでしょうか?」
早速、ローランドが声をあげる。自己紹介の順番からも、彼の積極性がうかがえる。このまま討論の中心で仕切ってもらえればありがたい。
反対するものは誰もいない。彼がそのまま話を続ける。
「━━ありがとうございます。今回の議題についてですけれど、空間魔術というのはあまりにも抽象的だと思いませんか? その全てを議論しようとするには時間も足りないですし、中途半端になるでしょう。そこで考えたのですが、例えば、想像しやすいように、こういったペンを収納するための空間魔術について考えるのはどうでしょう?」
それは良い切り口だ。
ここで議論すべきは、実現可能性。収納のための魔術なら日常的に使われるだろうから一般受けについては問題ない。誰もが具体的に想像できる。はじめの空間魔術として組み立てるには良い題材だ。
「それなら魔術でなくとも、ペンケースを使えばすむんじゃないかな?」
そこでエミリアが意見を言う。正直、彼女が何を考えているのかはわからない。
「だったら、魔術らしいペンケースを作ればいい。いくらでも収納できるものか、持ち運びせずにどこからでも出し入れできるもの。どちらが実現可能だと思う?」
「持ち運びしなくてすむなんて、夢があるよね」
ウルツの鋭い切り返しにも、のらりくらりとまともに返さない。
「もってなくていいなら、わすれもののしんぱいがなくなるねー」
のんびりとした口調のソフィアがそれに続く。
「色々な意見が出るのは良いことです。━━クラウディアさんはどう思いますか?」
ローランドはどんな意見も否定しない。
「持ち運ばないとして、それはここに置いたままのペンを離れた場所から取り出すのかしら。それとも、手に持たないだけで、位相のずれた空間にでもしまっておくのかしら」
「位相のずれた空間にしまう、と言うのは、あまり現実的ではありませんよね」
「ああ、まず魔力がもたない」
このままではローランドとウルツだけで、ほとんどの意見を検証されて終わりそうだ。僕も少しは発言しておいた方が良いだろう。
「寝ている間は魔術の制御ができないというのも問題ですよね」
位相のずれた空間にものを置いておく。それが可能ならば、無数に広がり隣にある可能性の世界にいくらでもものを置くことが出来る。しかし、世界の距離が離れないように維持せねばならないし、隣の世界でものを使用もしくは移動されてしまえば二度と戻らない。その維持には魔力を使い続けることになるだろうし、寝ている間に魔術が使えないのなら、それは実用化されない。
「一つよろしいですか?」
と発言するのは、オティリエ。
「こちらから別位相の空間に干渉できるなら、あちらからも干渉できる、と考えてもよいのでしょうか?」
「当然そうなるでしょうね」
現状空間魔術が実用化されていない原因の一つは、そこにある。
「あの、それって、既存の鍵とか防犯技術が全て意味無くなるってことっすよね」
控えめにテオが意見を述べる。
離れた場所に干渉するにしても、別位相の空間に干渉するにしても、一方通行ではない。どこにでもどこからでも干渉できるなら、盗みや侵入に使い放題。危険なのだ。
「ええ。空間魔術に対抗する防犯技術が確立されていない現状で、無制限の空間魔術を実現するのは倫理的に不可能と言えるでしょう」
「となると、市販のペンケースの収納空間を拡張する、といった魔術が現実的に可能な範囲か?」
というウルツの言葉から、なんとなく、この議論の終着点が見えてきた。
「無限に広がる空間を作る、というのはやはり必要魔力が膨大になりますよね。ならば、ペンケースと同じ大きさの空間を積層的に無数に作ってしまう。複数あるポケットのような形ならどうでしょうか?」
確かな形を与えれば、魔術で生み出したものは消えてなくならない。小さなものなら消費する魔素も、使用する魔力も少なくて済む。これが僕の答えだ。
「ペンケースという形に限定してしまえば、可能性の分岐は少なくなりますね。位相差のコントロールも比較的簡単そうに思えます」
「外から見たら一つのペンケース。中には無限にペンケースがある。面白いかもな」
ローランドとウルツからは賛同を得られた。
「形を限定してしまえば、それ以上の大きさのものは入りません。裏を返せば、向こうから出てくることもないと言えます。また、誰でも開けられるけど、無限に数ある部屋の中から、目当ての一つを見つけ出す。そんな労力のかかる盗みを働く犯罪者がいるでしょうか?」
「えー、めんどくさそう」
と、本当にめんどくさそうな顔でソフィアは言う。
「犯罪者心理まではわからないっすけど、確かに面倒だなとは思いますね」
テオからも反対するような言葉は出ない。
「誤って異界の扉を開くような事態にならなければ、それは人類の発展に生かされる良い魔術ですね」
視点が違うようにも思えるが、ひとまずオティリエも納得しているようだ。
「利便性はなくなってしまうわね」
「クラウディアさんの言うように、ペンが何本も入るだけのペンケースでは、今一利便性が低いとは思います。手持ちの鞄くらいまでなら、同じ考えで拡張できるでしょうけど、どこにでもどこからでもという訳にはいかないですよね」
「そうね。とはいえ、私も今以上の案は出せないわ。それなら現実的に実現できると思うもの」
後は、エミリア━━
「━━ねえ、わたし、考えたんだけどね。“今”という瞬間、この空間は何もしなくとも存在しているよね。そこを維持する魔素も魔力も世界が負担するから、魔術で干渉する必要もなく。これを少し先の新しい“今”という空間から手を伸ばし、過去の“今”からものを取り出す。これが可能なら、劣化することも、消費することもなく“今”に保存したものを、いつでもどこでもどこからでも出せる。そんな魔術が出来たらいいな、って。ね、夢があるでしょ?」
━━そこから先は、エミリアの独壇場だった。
どんな議論にも意味はなく。あることないことペラペラと独自の理論で語り。その全ては夢がある話で。
結論を言えば、僕達は空間魔術は実現可能だと言う意見に纏まった。




