第十六話
『第五班
ヴィクトール・シュミット
〈“空間魔術”の実現可能性について意見をまとめよ〉』
誰が同じ班にいるのかは明記されていなないが、各人に討論会の議題が通達された。口外することは禁止されていないので、誰が同じ班か調べようと思えば調べられるのだが、それをしたところで別段意味はない。
僕の個人的な意見だが、空間魔術は実現可能だ。
空間魔法という概念は既に存在する。
王国の特別な式典などで、国王の隣に創造神が並ぶ場面がある。その時、創造神は実際にはそこにいない。隣に並んでいるかのように見えるだけだ。空間魔法の一側面。ある場所と離れた別の場所を繋ぐこと。
あるいは、魔剣にも、空間魔法は応用されている。一見鞘に収まるはずのない大きさの剣を収納する方法などに。
それらは未だに魔術で再現されていないが、その思想、概念がこの世に生まれたからには、いずれ実現することだろう。
空間魔法には、移動、収納、拡張など、複数の側面がある。
空間魔術を論理的に構成しようとした時に、まずはどの分野を扱うかで考えが別れる。また、それらを具体的に説明する上で、新たな空間を生み出すのか、位相の異なる空間を活用するのか、といった問題も発生する。
時間もあることだ。手当たり次第に資料を調べて、どんな討論になっても対応出来るようにしておくべきだろう。
そうして僕は、学園の図書館へと足を運んだ。
この学園にはあらゆる魔道の知識が集う。探すのは一苦労かもしれないが、どこかに目当ての資料はあるはずだ。
━━本が歩いている。
正確には、頭が隠れるほどに積み上げた本を抱えた誰か。
図書館でそれは最初に目に入った。
滑りやすい外装の本が中にあったのだろう。運悪く、中程から本の山が崩れだす。
バサバサと音をたてて散らばった本を、あわてた様子で小柄な少女が拾い集める。
僕のそばにも数冊落ちていたので、手を貸すことにした。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。一人で運ぶのは大変そうだから、よかったら僕が手伝いますよ」
「助かります。読みたい本がたくさんありすぎて、ついこんな状態になってしまって」
と、ゆるくふんわりとしたウェーブのかかった白金髪の少女は、照れ笑いを浮かべた。
ひとまず、彼女が抱えていた本の山を、読書用のスペースに運ぶこととした。
「もしかして貴女も討論会のための調べものですか?」
本の種類は雑多だが、内容には共通点があるように見える。
「〈“雷電魔術”を有効的に活用できるのは一週間の中で何日か意見をまとめよ〉……いつだと思いますか?」
「難しい問題ですね」
七柱の神が互いに影響し合って世界は運営される。
火魔術なら赤日。水魔術なら青日といった風に。どんな魔術にも効果が最大化する日がある。その中で、雷電魔術はどの神から最も恩恵を受けるだろうか。その論争にはなかなか決着がつかない。
僕の班以外も、無理難題を出されているようだな。
「ですよね。だから、雷電に関する記述がありそうな本を読んでみようかと思いまして」
「この恋愛小説も?」
目に留まった一冊を手に取る。
「そ、それは趣味で……。でも……ここ、悲しい夜を濡らす雨の情景の中に雷が描写されています!」
僕の手から引ったくるようにして本を奪い取り、パラパラとページをめくると、ある部分を指差す。それはまるで本の内容を暗記しているかのように、迷わずページを開いていたが。
「へえ、そうなんですね」
「ところで、貴方はどんな議題だったのですか?」
「〈“空間魔術”の実現可能性について意見をまとめよ〉魔術師協会もなかなか面白い議題を考えると思いませんか?」
「どちらも魔術に関する知識量と問題の捉え方で答えが変化する議題ですよね。でも試験で問われるのは正しい心。一体何が正解なのでしょう?」
「それに近付くためにも、今は本でも読みましょうか」
「それなら、あっちの棚に空間魔法について書かれている本がありましたよ!」
「ありがとうございます。よければ他にもおすすめの本があれば教えてくれませんか?」
「ぜひとも! 本のことならまかせてください。だてに入り浸ってませんから」
「助かります。……そういえば、まだ名乗ってなかったですね。僕はヴィクトール・シュミットです」
「わたしはアイリス・ファーレンハイトです。ヴィクトールさん、よろしくお願いします」
そう言って彼女ははにかんだ。
「よろしくお願いします」
思いがけないところでよい巡り合わせもあるものだ。
僕一人では、これほど早く資料を見つけられなかっただろう。




