第十三話
「━━そうして、勇者様の魔剣が闇を切り裂いたのだ」
「へえ。何度聞いても面白いな」
「……すみません。もう流石に聞き飽きましたよね」
黒い扉探しの夜が明け、いつもと変わらぬ授業を受けた日の昼食で。アレクシスから、いくら聞いても興味の尽きない勇者の話を聞いていた。
あの体力測定の日から、毎日という訳ではないが、度々リーゼロッテたちと食事を共にするようになっていた。
話題は決まってアレクシスの勇者語り。
実際、聞くたびに新たな発見があって面白い。僕とは比べ物にならないほどこの話を聞かされているであろうリーゼロッテには悪いが、貴重な情報収集を止めるつもりはない。
「ところでヴィクトールさんは、もうどこかの研究会に参加されていますか? それか、これから入る予定があるとか」
「いえ、まだどこにも入っていないですね。今のところどこにも参加する予定はないです」
「そうなんですね! 今、私たちで新しい研究会を立ち上げようと考えていまして。ぜひ、ヴィクトールさんにも参加していただけないかと」
僕の話を聞いていなかったのだろうか。
この学園には研究会と呼ばれる集まりがある。
それは授業とは別に、生徒が自主的に様々な研究を行うものだ。魔術に限らず、運動競技、武術、科学、文学、歴史、人物、芸術、その他何の研究を行おうと自由。学園からの援助も受けられる。ただし、最低五人でグループを作らなければならない。
大抵の場合、既存の研究会に入れば満足いく研究を行える。既に多岐にわたる研究会が存在しているからだ。
それでも新しく立ち上げようと考えているからには、今までにない分野ということか。
王女様の一声があれば、人数問題は簡単に解決するだろう。
なら、どうして僕を誘ったのか。
「ちなみに、どんな研究会を始めるつもりですか」
「……古の女神の研究です」
リーゼロッテが声を潜めて告げたのは、予想外の答えだった。
「それだけはやめた方が」
「わかっています。それでも、私はどうしても知りたいのです」
真っ直ぐな瞳で、彼女は言い切った。
━━古の女神。
聞こえの良い言葉で繕っているが、それは邪神を指すものだ。黒き女神、ミーネ様のことを。
歴史上は邪神として扱われているが、世界を創造した神と共に、世界を運営していた偉大な神である側面は完全に否定できない。そのため、一部の物好きな歴史家の間では、創造神との対立以前を古の女神と言い表す動きがあった。
しかしそれは、一歩間違えば邪神崇拝ととられてもおかしくないもの。
十年前に勇者の手によって邪教は殲滅された。だからこそ、邪教徒と判断されるような事柄からは皆距離を置いている。
世間的には、もはや語られることすらない存在なのだ。
それを創造神側である王族が研究しようだなどと。そんな事をしても誰も良い思いなどしないだろうに。
この様子では、放っておけば、リーゼロッテは一人でも研究を始めるかも知れない。そうなると、知られてはならない真実に辿り着く可能性も否定できない。
心配しすぎかもしれないが、近くで監視するのが得策か。
それに、上手く使えば、僕の役に立ちそうな状況とも考えられる。
「表向きは、歴代勇者の研究とかにした方が良いと思いますよ。それなら僕も参加したいです」
「ヴィクトールさん、ありがとうございます!」
「流石ヴィクトール君は目の付け所が違う。彼の神と勇者様の関係は切っても切れないものだ。これ程有意義な研究は他にない」
「それでは、古の女神改め勇者研究会の発足に向けて一歩前進ですね!」
嬉しそうにしているところに悪いが、まだ研究会を作る条件を満たしていないと思うのだが。
「会員は五人必要だと思いますけど。僕とリーゼロッテさんとアレクシスで三人。後二人の枠にあてはありますか?」
「それについては心配無用です。ご紹介したい人がいますので、今日の放課後、お時間をいただいてもよろしいですか?」
「ええ。問題ないです」
こんな危険な研究に手を出そうとする人物には興味がある。是非ともお会いしたい。




