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第十話

「三種目目は筋力の測定だ。やることは至極単純、あの岩を持ち上げろ。自分が持ち上げられると思う大きさに挑戦すればいいからな」


そう言った教師の視線の先には、人一人が丁度腕を回せそうな大きさから、人が五人程抱き着けそうな大きさまで、五つの岩があった。


普通の人が持ち上げるのは不可能だろう。


以前の種目と同様の手順で進み、岩を持ち上げられるものもいれば、持ち上げられないものもいる。そうして、僕の番がやってくる。


これは筋力、持久力、バランス感覚など、複合的な力を求められる測定内容だ。まさか最後にこんな種目がくるとはな。


これではやる前から勝負の結果が見えてしまう。


━━それでも、全力を尽くそう。


僕は一番大きな岩の前で深呼吸し、一旦しゃがむ。体全体に強化を施したところで、大岩を掴み、力一杯持ち上げる。


僕が岩を持ち上げたことを教師が確認したので、元の場所に下ろす。


僕が種目を終えて戻ると、すぐにリーゼロッテの番がやってきた。


彼女は気負った様子もなく、一番大きな岩の前に向かう。


そのまま表情一つ変えずに片手で大岩を掴むと、軽々持ち上げて見せた。


その姿に、流石にクラスの皆も驚きを隠せないようで、そこかしこで声が上がる。僕は内容を聞いた瞬間に、こうなると思っていたけれど。


重力の制御を行えるのならば、この結果は当然のものだ。


「どうですか? これは私の勝ちですよね!」


測定を終えたリーゼロッテが僕のそばに駆け寄り、自慢気に言ってくる。


「ええ。これは僕の負けですね」


今回ばかりは素直に負けを認めるしかない。彼女と同じことをやれと言われても、僕には出来ない。


「つまり、一勝一引き分けで、私の勝利ですね! 約束は忘れていませんよね?」


「もちろん。あまり難しいお願いをされると困りますけど」


負けてしまった以上は仕方ない。彼女のお願いが優しいものであることを祈るのみだ。


ややあって、体力測定に挑む時ですら見せなかった緊張した面持ちで、リーゼロッテは口を開いた。


「━━あの、私とお友達になってくれませんか?」


予想外の申し出に、一瞬返答に困る。その間を勘違いしたのか、みるみる彼女の表情が曇っていく。そこに僕は追い討ちをかけた。


「残念ながら、そのお願いは叶えられないです」


彼女はますます悲しげな顔を見せる。


「……そう、ですか。すみません。急にこんなことを言われても迷惑━━」


「━━いや、もうとっくに僕たちは友達ですから。あらためてお願いされるまでもありませんよ」


少しからかいすぎたかもしれない。勝負に負けたことが、思ったより悔しかったようだ。


「……ありがとう、ございます……」


僕の言葉を聞いた彼女は、驚いたような、嬉しそうな、いくつもの感情の入り交じった顔を見せて、ついには泣き出してしまった。


「……私、お友達ができたのがはじめてで……」


それはそうだろう。


この世界で創造神は絶対。


それに準ずる王族は言わずもがな。そんな人間を友達呼ばわりするなんて、正気の沙汰ではない。


想像にすぎないが、今まで彼女の周りにいたのは、彼女を神聖視する人たちばかりだったのだろう。いくら彼女自信が望もうと、植え付けられた価値観を壊すのは容易ではない。


しかし、この学園には様々な価値観の人間が入学している。ここでも創造神信仰は変わらないが、同じ魔道を歩むものとして、共に学園生活を送り徐々に仲良くなっていけば、いくらでも友達はできるだろう。それくらい彼女の人柄には魅力が溢れている。実際、クラスの皆からは、彼女と友達になりたがっている様子を感じられる。後は時間の問題だろう。


その中で最初の友達になれたのはとても喜ばしいことだ。


彼女から見て僕は、護衛の中で一番の実力者であるアレクシスと面識があり、初めて自分と対等の勝負に応えてくれた人物で、初めての友達。出会ったばかりの人間にここまで心を許すのを見ると少々心配になるが、僕にとっては好都合。


「━━この学園でなら、これからたくさん友達ができますよ。リーゼロッテさんといるのはとても楽しいですから」


「私にも、たくさんお友達ができるでしょうか」


「もちろん。僕が保証しますよ」


「ありがとうございます」


「だから、今回の勝利のご褒美は、何か別のお願いを思いつくまでとっておいてください。僕にできることなら何でも叶えますから」


「はい」


そうして、彼女は今日一番の笑顔を見せた。

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