腕試しの時! ではなかった
ぼうっとするのも仕事の内です。
当たり前ですが受付嬢なので基本的に受け身です。だからお客様いなければ特にやることはありません。下っ端の私は特に暇を持て余して雑用に取り組むことがままあります。
しかし、今日ばかりは雑用すらありません。
受付嬢はカウンターの外へ出るな。
と、厳命されておりますのでお掃除などの雑用すらできず、執務室でお仕事の見学をしようにも書類仕事が溜まっているらしく、中には既に三人と満員状態。付け入る隙がありません。
では何をするか? 簡単です。
――優雅に佇む。
私は人々の目を奪う、絶世の美女。
リリネットです。確かに先輩方は大人の女性。十代が私とジェチリャの二人しかいません。そう……きっと十代だからです。
いずれ立派な女性になりますとも。だから何人にも口を挟まれたくありません。
冒険者たちに田舎臭いだの、緊張しないから楽だの、舐めた口を聞けなくさせます。
『将来性無し』と判断した仕立て屋に胸を張って言いたいです。
「キツイので仕立て直してください」と。
なんなら胸を張りたくても張れないほどでもいいです。
でもブリドミネさんは大きくても困ると仰ってました。
だからグリ姉ほど――
「お、おい、ちょっとそこの受付さんや」
「はい? リリネットですが」
いつの間にか現れた彼。
拙い言葉だけれど、こちらを卑下するものではないため、致し方なく返事をしてあげました。
「オレだよ、オレ。あんたにギルドの手続きをしてもらって定期巡回に入れてもらった……」
「ああ、ライデント・ウルフの方ですよね?」
「そうそう――じゃないぞ恥かいたぞ! ライデント・ウルフは弱いやつしか襲わないなんて巡回組でいい笑い者だ、どうして教えてくれないんだ?」
「聞かれなかったので」
――ついでに面白そうだと思いましたので。
と付け加えると、彼は盛大に落胆してみせた。
小娘のイタズラに怒りもしないなんて、素行は悪くないのは確かでしょうね。
この人は、以前ギルドに登録しに来たカガタ様。
路銀の工面に苦労していたので私が無理やり巡回組にねじ込んだ人です。
最近までは仮の冒険者として活動していらっしゃいましたが、昇級試験を経て無事に群青の五等級に正式認定された方です。
同じ片田舎の生まれということですが、受付嬢の戯れはここまでにしますか。
真面目な話をすると、正直者は好かれるのですよ。
長年冒険者をやっている方からはですが。
彼らは小難しいことで頭を使うことを不得手と豪語する、腕っぷしに任せた勝ち負けが世界の住人なのです。
冒険者ギルド設立の背景にも関係ありまして、小難しいことはできる人間に任せる。つまり受付嬢が書類仕事を全部やれ、怪物等を倒すのは冒険者だ、と分業したのが成り立ちです。
実際にはそういう手合いの多さを私は痛感しましたね。
右も左ももわからなければ聞いてしまうのも冒険者の処世術です。
巡回組は療養もかねた方々もいらっしゃったりしますので、素直に聞くと案外助言をしてくださる方もおります。そうやって冒険者同士での仲を深め、知識もより深まるというものです。
なかには背中で語る方もいますが、今は人情味のある方ばかりですので問題はないはずです。
「た、確かに、色々と世話になってるな。お古の剣や篭手ももらっているし」
彼の恰好も、立派とは表現にしにくいながらもそれなりの冒険者ですかね。
最初は、岩肌や茂みに擦り付ければ破けてしまいそうな簡素な服でしたが、革製品が見受けられます。有ると無いとでは断然違うと言われてましても私にはさっぱりですけど、様になってますね。
「では、ご用件はお済ですよね?」
「や! すまない……そこまで考えてのことだとは思わなかった」
「はい、素直が受付としても嬉しい限りです。それでご用件の方ですが、そろそろ巡回組にも慣れたし、腕試しでもする予定……だとか?」
「そう、それだ! よくわかったな……」
驚き、そして感心して頷く彼。
非常に申し上げにくいですが、受付嬢になった際に読まされた新人冒険者の末路を綴った読物と全く一緒の道筋を、彼は歩もうとしています。依頼が、彼の命運を分けるといっても過言ではありません。
早い話が、調子に乗って受付の話を聞かずに死ぬのです。
しかしです。
意欲は高めであるものの経験者の意見にはしっかりと耳を傾ける。礼儀作法を知らないだけで受付嬢を卑下する態度もない彼は、私たちがしっかりと説明をすれば依頼の受注を辞退してくれるでしょう。
お暇な巡回組からのお話を聞く限りでは、素行に問題なし。無知ではあるが無謀ではないとのことです。気位や自尊心の高い方は他人の意見に一切耳を貸さないのですが、彼にはそういった節はありません。さっきも確認しましたしね。
己が無知であり、己が未熟である。それを認められるのが本物の強さ。
だとか某有名冒険者の受け売りでありました。
巡回組からいただいた、『平凡』『才能無し』『普通』との評価は、リリネットが墓場まで持っていくとして。経験を積み重ね生き残った冒険者は有力な戦力です。
育てるまではいかないものの、私の裁量で適切な依頼を回してあげるという手もあります。
「ええ、まあ、ちょっと失礼しますね。ちょっと探してきますのでお待ちください」
そう言い残して、私は執務室に逃げた。
適切な依頼を回すこと自体に抵抗があるわけではありません。
そもそも適切な依頼自体が現在ないのです。群青で受けられる依頼はありますが、一人で行かせるのは忍びないですかね。
ちら。話し合いは落ち着いており、筆が走り、紙がめくれ、足音が響く執務室で、救いを求める視線を飛ばしてみる。
「リリネット、相談?」
「あっ、グリ姉! そこまでの相談っていうわけじゃないんですけど……いいですが?」
「ええ、それで?」
これが、今日の昼当番はグリ姉と一緒なのですよ。
冒険者ギルドは年中無休。受付嬢の仕事は昼当番と夜当番が交代して行っており、新人の私は補充要員で、昼と夜を兼任。代わりにですけど、休みがみんなより多め。とどのつまり、グリ姉と話す機会が最近は全然なかったのです。
私が村を全滅させて叔母の家に預かられたときは、冒険者ギルドで四六時中グリ姉と話してましたが、新人教育ではニミニ先輩にしっかりみっちり粘着されてしまったので、こうやって話すのも久しぶりの感じがします。
ちょっとくっついときますか。
「あの、今群青の方が来てるんですけど、今ある依頼だと一人ではさすがに厳しいですかね?」
「それはわかりかねるわね。経験としてはどのぐらいかしら?」
「ライデント・ウルフなら蹴散らせるレベルですかね」
「そうね。それだと死ぬわね」
「死にますか……」
じゃあ死んでもらいますか! なんちゃって。
素直であることを褒め称えた私が素直になることを否定してどうしますか。正直に喋りましょう。
ないものはないと。
グリ姉にお礼を言って、受付に戻ろうとしたとき、呼び止めたのはやはりグリ姉でした。
「リリネット。ずいぶんと思い入れしているのね、その冒険者に」
「へ? いや別にですけど……まあ、ここにいるとどうしても田舎者には、こう、優しくなってしまうんですよ」
「だからあなたは自分に甘いのね」
――と、外野から野次が飛んできましたがそれはそれ。
「どのみち、一人では限界があるわ。群青には圧倒的に実戦での経験が不足しているの。だから熊だって殺せるか怪しいものよ。狼のような群れで襲う四足獣とは別格だから」
「そうだな。人は立っているだろう? だから犬みたいな四足獣は小さく見えるからなんとかなるように思える。けれどな、熊みたいな自分よりも大きい猛獣といざ対峙してしまうとな、やはり自分より大きいと委縮してやられてしまうんだよ。あと、一般の感覚に合わせるなら熊を剣で殺すおすすめしない。急所を外せば反撃であっさり逝く」
「へぇー」
今日は珍しく朝からいるマスター(ドレッサ)が解説を加えてくれたので参考にはなりますが聞きたいのは熊の脅威では断じてありません。てかなんで狼を犬扱いするかな、この人は。
グリ姉の言いかけていたことを意訳しますと、仲間を作るように勧めろってことですよね。それだと巡回組に入れたことが仇になりましたか。だいたいは暇した経験者と兵士にしか顔を合わせないため、独り身で出てきた彼には縁がまるでない。
私にもないです。
この場合は男との縁ではなくて、冒険者を紹介する伝手ですから。
「ごねるなら戻ってらっしゃい」
「ええ、それは大丈夫だと思います。ごねたらごねたで被害の少ないものを紹介しますよ」
私が戻るや否や、彼はすぐ様駆け寄ってくる。それはまるで飼い犬のようで、ちょっと面白いです。
「ごめんなさい、今確認したんですけれど、あいにく、適切な依頼がないようで。それで巡回をこなしながら定期的にギルドへ足を運んでもらえませんか? 相応しいものがあれば抑えておきますので」
「本当か!?」
「ええ、もちろんですとも」
「そ、そんなに長く待たせないでくれよ?」
「努力はしますよ。それで、もし可能であれば、他の冒険者の方に同伴させていただくのはどうでしょうか? 依頼の幅が増えますよ」
見たまえ! これがリリネット特製極上の笑顔。これで冒険者はイチコロです。
特にお人好しの冒険者はきっと逆らえずに頷くこと間違いなしです。
「んー……だ、大丈夫か?」
はい、完全に笑い損でした。もう二度とやりません。
「まさか……人見知りするとかじゃないですよね? 冒険者が人見知りなんてしてたらやっていけませんよ」
「未開拓危険区域で先陣切って偵察をやらされたり、捨て駒にされたり……」
じっと見つめると、バツが悪そうな顔をして目を逸らす。
魔物よりも怖がるのは人ですか。
でもよく耳にするお話ですね。右も左もわからない冒険者見習いを生贄にしてしまう方はいないわけではない。時には安全だと吹聴されて危険地帯に先行させたり、時には人柱になってもらうために足を切る……など。
警戒心と冒険心の板挟みといったところですか。
――でもなぁ。実力も未熟で、経験もない素人が安全な依頼をこなして強くなる、なんてのは夢物語ですからね。せめてもう一人いれば話が違うんですけど。
私としては少しばかり痛い目に遭ったほうがいいと思うんですけどね。
しょうがない。
大仰にため息を吐いて、肩を落として、じとっとした目で見つめる。
「あのですね。それ言い出したら私が変な依頼を押し付ける可能性だってありますからね! キリないです! ここは安全に仕事をする場所じゃありません! 安全に暮らしたいなら里へ帰りなさい!」
「き、君はそんなことしないだろ。信頼してるさ」
「…………」
二回しか会ってないのにどこからその信頼は来るのかしら?
……まあ、そこまで言うなら便宜を計らわないほど器量でもありませんが。
「ふぅ。なら決まりですね。私の紹介を待つこと。場合によっては他の冒険者と顔合わせもありますのでご了承ください。そら、わかったんならもう帰ってください。受付の邪魔はご法度ですよ! 巡回組から色々と勉強してくださいね!」
「わ、わかった、それじゃ、頼むよ……」
このままずるずると話し合えば禅問答まっしぐらでした。彼の背中を押して、ギルドの外へ追いやる強引な交渉術によってこの場は丸く収まりました。カウンターから動かなければ話ができるなんて見え透いた考えに乗るつもりは毛頭ないです。
彼はやっぱり男って生き物なんですかね。危険な目に遭ったときには手遅れなんですけど、頼まれたことは成し遂げましょうか。不満があったらこぼしに来るでしょう。そのときは似合う依頼ない理由でお説教でもして、のらりくらりと交わしますか。もちろん、相応しい依頼があるに越したことはないですが。
彼の当面の課題としては経験不足を補えないところですかね。巡回中にうまいことそれなりの獲物に出会えれば僥倖なのですが、そうでない場合はやはり仲間が――最悪でも補充要員でも入れれば良い経験になるはず。
そして私の課題は彼の依頼をうんぬんかんぬんではなく、
静かにカウンターで佇むグリ姉でした。
「リリネット」
「はい……」
何事もなく仕切りをくぐり、何食わぬ顔でグリ姉の横に立つけれど、やはりお咎めなしとはいかず。幸いなのはそれほど怒ってないこと。不幸なのはそれほど怒ってないと思える程度には怒気を含むので、私の心臓は逃げる準備を始め出した。
「むやみにカウンターから出ないと教わらなかった?」
「はい、ごめんなさい。ちょっと訳ありでして……ああ、でもそこまで危ない人ではないので。全然! 全然問題ないです!」
「そう、ならいいわ。あの方が先程の群青の冒険者ってところね」
「そうなんです。新人の冒険者なんですけど腕試しがしたいそうで見繕ってくれとせがまれまして……一人なのは、話しましたね。グリ姉のところで群青の冒険者を紹介できたりしますかね?」
「当たってみてもいいわ。評判はどうなの? 確かあなたが巡回にねじ込んだ方でしょ?」
……少し安直に相談してしまったのかもしれないかも。
私の紹介でしくじった場合は矛先が私に向くのは当然ですのが構わない。けれどグリ姉が他の冒険者に仲介してもらった場合、失敗したときに信用を失うのがグリ姉だ。
踏み降ろさなかったとしてもこれは誤った一歩。いえ、結局、あのときみたいに何も考えなかったです。相も変わらず、一歩進めば二歩三歩と止まらず突き進む悪癖は直ってないのは少し落ち込みましたけど、反省は後回しだ。
「はい! 問題ないですのでよろしくお願いします!」
これで少しばかりは役に立つはずですかね。