癒しの嫌味添え
――バタンと扉開き、尽かさずトタトタトタッ
そしてぺたりとカウンターに倒れこむ。
重要人物――特に一等級の方の特徴は予め説明を受けており、今回は二度目。平常心は保つことは受付素人の私でも造作もありませんでした。
『駆け足でやってきてカウンターに倒れこむ人はワーズルット様よ。覚えておきなさい』
と、事前の説明がありましたが、まさかそのままの通りで来るとは思いませんでしたけれど。
特殊な事情があるとは聞いております。
ワーズルット様は凄腕の魔術師とかで、一目置かれおります。しかも一等級の真紅。なんでもワーズルット様の名前を知らなければ魔術師ではないといわれるほどです。
有名な話では桜威という女性魔術師専門の共同体を管理しています。
桜威は魔術師の派遣を主に活動をしているもので、一人では食べていくのが難しい魔術師を、魔術師の手を借りたい人へ斡旋するのがメインです。ギルドとしては魔術師単品でしかも等級の低い方ですと、どうしても依頼を限定せざるを得ないため、良い試みではあると思います。
――まあ、冒険者ギルドとしてはあくまでも個人への依頼を、難度が高い場合でも複数での協調は認めますが、そういった共同体等の認可はしませんけど。高度な教育を受けている受付嬢ですら問題がないわけではないのですから、冒険者たちに一任した組織管理なんて身の毛がよだつほど恐ろしいさです。
それで桜威は魔術師に対して多大な影響力を及ぼします。なんでも桜威が派遣を拒否した場合、すなわちそれは女性魔術師にとっては劣悪な環境であったとされ、女性に限らず魔術師は金輪際拒否されるとらしいです。
そして、桜威の最高責任者がワーズルット様というわけです。
顔は艶のある極上の黒髪で隠されて確認はできません。ギルドへ来訪されても、すぐにカウンターへ突っ伏してしまうので見る暇すらありません。ただ、こんなことをするのはこの方しかいませんし、特注の黒ドレスは大枚叩いたであろう生地に輝きがあります。このプロポーションも含めてマネできる方はいないでしょう。
手のひらを見せて、バタバターと振り回す。
この愛らしいは決して媚びを売っているわけではありません。詠唱に関わるとのことで言葉を一切交わさないそうです。なので、ワーズルット様とのコミュニケーションは手のひらに文字を書きつ書かれつつになります。
『おかえり』
『ただいま』
「ふふ」
――指先で手のひらに文字を書かれるのはどうにもくすぐったい。
ワーズルット様は寛容な方……は聞いてませんけど、とにかく早く済ませろ! とご注意を受けているのでほぼ簡易なやり取りになっております。
ただ、ここまで簡易にしていいかは知りません。伺った話では誰にでもこのような話し方をするそうで、何を話しているか見た限りでは皆目見当つかないのです。
『用は?』
『グリティーレルに会いたい』
『いつもの部屋で』
――そういえば、グリ姉が担当してましたっけ。
厳密にいうなら冒険者個人に担当が付くようなことはしておりません。でも一等級の方ぐらいになると、受付嬢を選り好みするようになります。
言い方に悪意があるのは認めますが、それなりの理由もあったりします。大抵は好きな女と話したいという哀れなものなりますが、仕事の話がしやすいってのも理由に含まれます。
「この前の――」だとか、「例の――」や「前にやった――」とか、ふんわりした表現で通じるからです。実際問題、一人一人の過去に受けた依頼を全ての受付嬢が把握しているわけではないし、そもそも出来ませんし、やりたくない。
ので、仕事にかこつけて好きな女を選ぶそうです。私には縁のないことです。
おっと、待合室に通す前にしないといけない儀式がありました。
ワーズルット様の頭をぎゅーーっっと抱きしめる。
そして頭を好き勝手に撫でてあげる。
この髪は本当にスベスベ。冒険者稼業なんて肌も髪も荒れる一方なのに、どうしてこんなに綺麗なの。
ちょっといじわるで――くしゃくしゃっとかき混ぜても何事もなかったようにまっすぐ伸びる髪。指を間を通るこの感触も心地よい。ずっと撫でてられるわ。
――じゃなかった。ずっと撫でてはダメよリリネット。
でも今度来たときも触れせてもらいましょう。ついでにグリ姉から髪のお手入れの秘訣を根掘り葉掘り聞いてもらいましょうか。
――あ、グリ姉がそれを試せば私が四六時中撫でられるのではないでしょうか?
でも私がやってたらみんな同じようにマネするんでしょうね。無しで。
「あ、はいはい。では待合室でお待ちください」
気付けばワーズルット様が足をバタバタしていたので、解放してあげると、そそくさと待合室の方へ行ってしまった。
全身黒づくめだけれど後ろ姿も美しい、なんて思いをはせながら見送る私。
「ちょっと――」
そしてもう一人。
実はワーズルット様の隣にずっと立っていましたが、見えなかったことにしてました。都合の悪いことは忘れろと教わったのでそれに従ったまでです。
「馴れ馴れしくない? アンタ、ワーズルットさんがどんだけ偉いかわかってンの」
――ハァ。この溜息を心にとどめたのは偉い判断です、リリネット。
やはり絡まれますか。ワーズルット様の手前、口を噤んでいたのでしょうね。その我慢が続かないのはなんででしょうね。全く。
この方はキートッツというここら周辺では珍しいエルフの方。
一言でいえば要注意人物です。
弓を専門にしていて格闘戦は不得手のはずなのにすぐに手が出る喧嘩っ早さ。
飛ばすのは矢が二割で煽り言葉に貶し言葉が八割と常に喧嘩腰で誰彼構わず気に入らない者にとくかく吠えまくり、冒険者からも苦情の嵐。
それもそのはずです。依頼の横取り紛いで冒険者間での問題を次々起こす。しらばっくれて数週間姿を消すのでギルドで補填する始末に至る経緯までありました。
本来であれば四等級の常盤に置くべき実力者ではあるが、信頼と実績の関係で五等級の紺碧に据え置き。態度を改めるように注意を促すもマスターの聞く耳持たず。挙句の果てに等級上げないのが悪いと悪態吐く胆力すら見せしめてしまう。
問答無用で冒険者の首を斬るマスターの忠告に平然と無視するその蛮勇は瞬く間に冒険者に広まり、一部では「あいつが一番の冒険をしている」と、まこと雅な冒険譚を轟かせています。
「あンた新人? どーせきったない野郎ども触れた小汚い手でワーズルットさん触んないでくんない? あー、あンたみたいな田舎者は相手にされないっか! でも貧乏くささはうつるから。だから触んな。受付は金と男の処理でも笑顔でやってろっての」
女エルフです。あと私とは、初対面です。
都合の悪いことは忘れるように教わりましたが、これを忘れるほど聖人ではありませんね。
――それにしても要注意なんてずいぶんと穏便な言い回しをされたことで……。
一応、受付からも顰蹙を買い買って在庫が切れてもキレないほどです。
これでも受付嬢最強のロッタちゃんにボッコボコにされて反省をしたらしいです。
「ご用件は何でしょうか?」
「話逸らすじゃないわよ。しかも用件を聞かないとわからないっての? 依頼終わったんだから報告に決まってるでしょ? これだからド三流の受付は男に媚びるしか能がないの?」
反省の色は一切伺えません。それどころか若干の怒気交じりに声を荒げます。
これは……すごい。冒険者の陰口を叩かない受付嬢の模範ともいえるニミニ先輩が唯一、愚痴をこぼすわけだ。
耐えなさい、リリネット。村を全滅に追いやったことに比べれば大したことないわ。帰り際――後ろからバッサリ切り捨てたい気持ちを割り切っていきましょう。
「地味なのは顔だけにしてほしいわー。顔も地味、頭も悪い田舎娘は大人しく村に帰ってイモでも掘って慎ましく生きるべきよ」
だから帰る村ないんだってば! 私のせいだけど!
「ほんと、どうしてこんな質の悪い女が受付嬢なんてものになれたのかしら? 田舎に帰ったら、あたしが代わりに受付嬢やったげるわよ?」
その笑みは明らかに見下したもので、だからつい、口が勝手に動いてしまった。
「無理ではないでしょうか。受付になるためには教養が必要ですから」
「――はぁ?」
――あ。またやってしまった。
内緒の話ではありますが、キートッツさんのお話を聞いた際に「あなたも大概よ。気をつけなさい」と真面目な注意を受けたリリネットです。
さきほどまでは本当にからかい半分だったのでしょう。
私の言葉で、目つきが変わりました。きっとその目は獲物を見つめる目。その凄みは一瞬の躊躇いを生むに違いありません。魔獣に追われたときに比べれば可愛いものですが、非力な私が彼女に蹂躙されるのは目に見ています。
脅迫に近いその目に、私は対処をあぐねいていたときです。
「ハッハハハ! それは違―ねぇ! 田舎娘にそれを言われちゃおしめーよ!」
「フフ、クスッ」
「フハハ」
「なっ!?」
居合わせていた冒険者たちが一斉に笑い出してしました。なにやら聞き捨てならないセリフもありましたが、悪化した事態に私は冷や汗で、少しばかり血の気が引き気味です。
これは恥をかかされたと因縁をつけられ、私に矛先が向かう。
でも待機している冒険者からすれば嫌いな奴を叩く絶好の機会。
売り言葉に買い言葉。そしてそのまま大乱闘――挙句の果てに殺し合い。
九分九厘死ぬのはキートッツさんでしょうけど、他の冒険者を人殺しにさせるのはまずい事態です。
そして、原因を作ったのが私。
だから怒られるのも私。
何よりもこの場で最も一番大事なのはそれ以外にないです!
まだ、挽回はできる――しないとまずい。
キートッツさんが笑われて赤面している今。ここでフォローをすれば、なんとか収められるはず! したくないけど! 嘘でも言葉を振り絞れ! リリネット!
「えっと……そんなことないですよ? キートッツさんは最近、ワーズルット様のもとで魔術を学んでおられて、とても勤勉な方ですし、お、お綺麗ですから、ね?」
「はぁ?! アンタ何言ってるの? はぁ! 何? なに!? べ、べつにそんなんじゃ……ハァー!? ちょっと意味わかんない!」
何ですかその反応は。嘘でしょ。
何をまんざらでもない素振りはなんですか。
ちょっと簡単すぎません?
――でも受付嬢になれる美貌にないにしても、認めるのは大変癪で業腹なんですけど、私よりもお綺麗な方なのは噓ではないです。あ、勤勉は真っ赤な大嘘です。
「もういい! 帰る!」
え? 帰るの? 止めませんけど。
え? 正式に報告を受けてないと報酬渡せないので再度冒険者ギルドにお越しいただくことになりますけど。止めませんけど。
本当にお帰りになってしまったキートッツさん。
しかしこれを皮切りに、私がキートッツさんの担当(もとい面倒な人間を押し付ける悪習慣)になってしまったのを知るのは、外堀が埋まった後の話でした。