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ようこそ冒険者ギルドへ! B面

 ライデント・ウルフ。

 雷が走ったような体毛が特徴の狼。実際には魔獣に属さないので魔力を持たないため、電気が走っているわけではありません。見た目だけでいえば、特徴はそれだけのただの狼。


 特異な点が一つ。森や山一帯を締める大規模な群です。数に勝るものはなく、迂闊にも彼らの縄張りに入ってしまえば、森を抜けるまで永遠と追い回され餌食になってしまう狡猾な獣です。


 しかし、所詮は狼。いくら頭数を揃えてようが武装した人間には勝てません。鉄をかみ砕く顎がなければ鋭い牙も刃こぼれをするだけです。また鎧を着こんでいなくとも、冒険者の方いわく「剣があればどうとでもなる」だそうです。

 つまりは、ライデント・ウルフの群れを退治できるのは群青に匹敵する実力です。


 ただ……ライデント・ウルフの本当の脅威は学習能力。それは野生動物の中でもどの種をも凌ぐといわれております。

 勝てないと判断をすれば即座に撤退するのは冒険者ギルドでは当然の常識です。あまつさえ、人の顔を覚えてるとさえいわれてますし、行商人はライデント・ウルフに餌をやって護衛すらしてもらえてますし、一部の村落ではお供え物すらあるぐらいですから、共存しているといっても過言ではないです。


 そもそも、ライデント・ウルフは倒せない敵を襲いません。

 なにより四等級である常盤(ときわ)以上の方から襲われたという報告は一切ありません。


 彼はどう見繕っても下から二番目――六等級の群青(ぐんじょう)にしか上げられないのです。


「ライデント・ウルフを五匹倒しちゃった冒険者さんいらっしゃいましたけど、仮に等級を付与しますが、群青でよろしいでしょうか?」


 冒険者の方には待ってもらうとして――裏には完璧超人のユア先輩がいたので正しいのかどうか聞いてみました。


「ええ、その通りよ。初歩的な質問を交えなくともお話なら聞いてあげるわよ」

「すみません、一応、冒険者の登録ってはじめてでして……」

「ああ、そうなのね。登録手続きがはじめてってのもなんだか面白わね」

「ええ、まあ、そうですね……ハハハ」


 失敗する姿が想像できないユア先輩は優雅に笑う余裕はあったものの、当事者の私としては苦笑いを禁じえませんでした。


 受付嬢の要求水準はやたら高く読み書きできない時点で論外です。自衛の一環として人を殺せる魔法を行使することも条件付けられております。受付嬢になるまでの教育はなかなかに大変でしたけど、それ以上に教育後が一番大変でした。


 何故か、私が当番の日に仕事が集中する始末。私が村を壊滅させた経緯を知っている先輩方は私のことを「不吉の窓口」だの、「死神」だのと好き勝手に呼ぶ。

 でも責め立てるつもりも毛頭ないです。落ち着いている今でならわかります。


 あの一ヶ月前が異常だった、と。おかげさまで大抵のことなら任せられるぐらいには成長しましたけど、もう少しゆっくりと受付嬢の道を歩みたかったです。


「この箱から取って、渡せばいいんですよね」

「その通り。書類は確認したけれど問題はなかったから続けてちょうだい」


 受付のときに書き留めた書類に不備はないそうです。

 最初は雑然としているように思えた執務室でも、今では見慣れた風景。もう自分の部屋も同然です。


 一角にある小箱が昇級試験用の持ち札だ。ヒモでくくられた番いの小さな板には同じ管理番号が掘ってありまして、一つは冒険者の方へ。もう一つはギルドで保管します。

 予定用の箱に一枚戻して、手に持った物は渡すだけです。ずさんに見える管理ですけど、これは試験の時間を見積もりたいギルド側の事情なのでぶっちゃけ無くされてもいいです。


「リリィ、担当の方が依頼を持ってきたわよ」

「はーい行きます。あとリリネットです」


 伝えたら終わりましたと素知らぬ顔して戻ってしまったニミニ先輩。

 私の名前はリリネットなんですけど、みんなが「長い」との苦言を呈して、勝手に省力されてしまうのがもう当たり前になってますが、私は負けていません。


「まず、こちらをお渡し致します。さきにも説明申し上げましたが、現在の等級は仮ですので、正式な審査を受けていただくようにお願いします。試験は再来週に実施する予定でございますので、この札を受付へ渡していただければ滞りなく手続き致します。それでは、お持ちいただいた依頼内容を確認させていただきます」


「あの、試験っていうのは何をするんだ?」


 ――知らないっての。

 受付嬢は昇級試験の手続きはしますが、内容に関しては全く関与しません。確かに新人さんと比べたら受付嬢の私たちの方が知識では勝ってますが、知識だけで冒険者稼業で食べていけませんし、実践に通ずるかどうかの判断は難しいです。

 というか、受付の仕事を若干超えていますからね。


「内容については当日試験官からご説明があるかと思います。筆記は一切ありませんので文字を書けなくても問題ございませんよ? 実技です。死にませんし、ケガもさせません。歩いて帰れることは確約します」


「そ、そうか……」


 にっこり笑顔で安心させてあげるつもりで言いました。

 きっと不安にさせてしまったのでしょう。彼の表情にはやや青くなってしまいました。言葉って難しい。


「んー……」


 持って来られた依頼を見た感想は、なんだがなって感じでした。


 内容は下水道の安全確認。依頼の適正は群青なので申し分ないです。ですけど、ある意味実力不足。書類には見えない条件があるんですよね。

 載せればいいだろ、と最初に私も思いました。けど細々と記載をするのは紙もインクもバカになりませんし、何より冒険者の方が読めないのでこれ以上の記載は不要といわれ、納得したんですよね。


 下水道の安全確認は名前の通りで危害は滅多にないです。むしろあった場合は即時撤退即時報告です。なにより安全確認で最も重要なのは速やかな撤収です。

 迷子になった場合は、行方不明として扱われ非常態勢を一時的に敷かれてる大事になってしまいます。ただ、危険が伴わないので群青でも受けられるというだけ。


 初仕事としては難ありです。

 それに、この方……


「この街は初めてでいらっしゃいますよね?」

「……ああ、そうだ」


 無理。

 それに私の嗅覚が告げています。

 ――この方は私と同じ田舎者だと。


 この街に辿り着くまでにライデント・ウルフに襲われたということは、どの方角から歩いてきたのか容易に想像がつきます。少なくとも街道を通ったわけじゃなさそうです。

 着古した服もそうです。この軽装は腕っぷし自慢でもありません。道中の危険を視野に入れない無鉄砲さが田舎者の証拠です。


 そういえば鞘のまま剣持ってますし、腰掛けくらい買ったらどうなの。いくらなんでも冒険者ギルドに武器片手に入るのはまずいでしょうに。

 よくいざこざ無く入って来れましたね。


 あーもういいかな。

 面倒くさいので口車に乗せて巡回組に入れて差し上げましょう。


 冒険者の方を気持ち良くさせるのも受付の務めだと教わりました。

 ――違う意味だとは思いますけど。誰にいわれたんでしたっけ?


「下水道の安全確認なのですが……確かにお受けはできますが、あまりおすすめはできませんね」

「ダメ、か?」

「……どちらかといえば、服に臭いついてしまうので替えがないと宿泊先が……」

「あ、ああー、そうか………そうなるか」


 ふむ。察しが悪いわけではないらしい。たまに一から十まで全部を言わないと納得しない方がいらっしゃるんですよね。


 要は――下水道での仕事は可能ですよ?

 でも一張羅で仕事をなさると宿泊拒否されますけど本当に大丈夫ですか?

 というわけです。


 受付嬢をする上で様々な格言を学ばせてもらいましたがその一つにありました。


 気遣いをするものではありません。させるのです。

 すると後々楽できる。以上。

 ――違いますね、コレ。んー、品行方正の受付嬢たちの中にとんだ反面教師もいたもんです。いや、下の句が夜当番のモルルナに支配されているだけでそんなことをいわれた記憶がなきにしろあらず。


 とりあえず、気遣いをするのはいい。ただ、それは都合の良い女がやることです。

 気遣いを相手にわからせるまでするのができる女であると。

 ――唐突の恋愛講座に発展してきましたね。もういいので閑話休題です。


 仕事を断るとき。

 あなたには出来ないの受けさせません――といって納得する方はだいぶ限られた優良人材です。稀です。

 なので服が汚れてしまって宿泊拒否されてはそちらが大変ではないですか? そういう気遣いを装って断ることで、相手もしっかり自分のことを考えてくれるだな、と感心して、ようやく、ようやーーく話を聞いてくれるようになるのです。

 その気遣いがないと話はいつまで経っても平行線をなぞるわなぞるわで……。


「これぐらいの報酬があるものはないかな?」


 と、こんな感じで頼ってくれるわけです。

 言葉って便利ですよね。一ヶ月前まではその言葉を首元に突き付けられ辟易してましたけど。


「でしたら定期巡回などはいかがですか?」

「定期巡回?」


「はい。内容としては名前の通り、所定の街道を定期的に見回りをするだけでございます。最低二名以上と協調の方をしていただいての見回りです。非常時には担当またはギルドへ即時報告するのみですので、初めての方でもご安心していただけます。

 道中での魔獣等(モンスター)討伐に関しても討伐された際は安全の確保ということで相場価格に上乗せした金額もお支払いしますし、周辺の道も覚えられますし、程よい経験を積め、また同じく冒険者の方も同伴しておりますので経験者の背中を見て学ぶのも大切なものですよ?

 どうですか?」


「そうだな………」


 いまいち踏ん切りがつかないといったご様子。

 おそらく、想像している冒険者とはかけ離れているせいですかね。その渋面はあと一押しあればころっと笑顔に変わるはず。


「報酬はどのぐらいになるんだろうか」

「あー……確かに下水道の安全確認には劣ってしまうんですけれども……」

「けれども?」


 ひょういひょいっと手招きをして、こっそりと耳打ちをしてあげた。


「宿舎とお食事がついておりますので節制には適ったりですよ」


 ふふふ、どうですか。

 貴族生まれが大半を占める受付嬢の中でも庶民筆頭リリネット・バッチは毎日の食事と寝床のありがたみはわかっているのですよ。


「お願い、する」

「はい!」


 さて、新人さんをご案内したところでめでたしめでたし、ではないんですよね。

 残念ながら巡回組が満員なのでそちらの根回しもしなければなりません。


 一緒に着いていくことになりそうですね。


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