鈍らの矜持
そのパーティーが受けたクエストは、水辺に潜む大蜥蜴、通称ネロリザードの討伐だった。平原の川辺で目撃証言があり、その個体を何事もなく討伐した。
すべてにおいて順調。何の問題も無く、そのクエストを達成し帰還するはずだった。
――――――あれが現れるまでは。
「クソッ、斬っても斬ってもゴブリンが湧いてきやがる!エル!風の魔法はもう撃てねえのか!?」
「うっさい!こっちは術式組んでんの!詠唱するから邪魔すんな!」
長剣を振るう男、ダインが叫ぶ。焦燥に駆られるのも当然だ。先ほどから20を超えるゴブリンを一刀両断している。しかし、同胞が減るたびに奥で控える王が吠える。
吠える度、虚空からゴブリンが現れる。完全な無から、無限の歩兵が現れる。まさに悪夢といって差し支えなかった。
「細切れろ!『アネモス・フィロ』!」
エルと呼ばれた女が魔法を放つ。ゴブリンキングに向かうその風の刃は、それに届くまでにゴブリンの壁に阻まれる。
「そんな・・・!?」
自らの魔法が消される光景を認識し、一瞬動きが止まる。その一瞬を新たに背後に現れたゴブリンがつき、手にした棍棒で眼前の頭をたたき割る。その一撃は防具に阻まれ致命傷に至らなかったが、意識を刈り取ることには成功した。
気絶させればこっちのものだと、倒れた女に近寄るゴブリン。
「エル!・・・クソが、『鋳造』!」
ダインが、剣の初級奇跡により手元に短剣を創造し、エルに触れようとしているゴブリンに投擲する。短剣はゴブリンの喉元に刺さり、そのゴブリンは絶命した。
しかし、その一連の過程によりダインは前方から目を離さざる終えない。すぐにダインは、ゴブリンキングがいた場所を確認する。
「グッ!?」
ダインが確認した時に、その姿は消えていた。ダインの死角に移動したゴブリンキングの一閃、ダインはそれを辛うじて受け止めるが、剣が砕け吹き飛ばされる。
『剣の神の加護』は剣を持っている限り持続し、所有者の身体能力を増大させる加護だ。初級奇跡『鋳造』による剣の創造も相まって、戦闘においては強力な加護である。才能に恵まれたダインならば、この加護により上位の冒険者になることも夢ではないはずであった。
しかし、既に剣は砕かれた。『鋳造』の奇跡も、使っている間に殺される。確実な死が、ダインに迫っていた。
(畜生が・・・!俺が、俺がここで終わりだと!?)
ゴブリンキングはその周到さを持って、同胞達へとダインに止めをさすよう命じた。十数匹のゴブリンがダインへ同時に襲いかかる。
「―――待てよ。」
瞬間、ロックがダインの前に立ち全てを叩き落とす。体全てに纏うは『鋼』の闘気。目前に悠然と立つロックに向けて、ダインが口を開く。
「なまくらが、何しに来やがった。」
「お前を助けに来た。」
「死体を増やしに来たの間違いだろ。アレはなまくら刀じゃあ刃が通らねえし、斬っても斬っても再生しやがる。それに、お前に助けられる義理もねえ。」
そう言うと、ダインは立ち上がり剣を創造する。
「おちびちゃんに約束したんだ。人を助けるってな。」
「ちび言うな!それと負傷者は確保した、離脱する!ロック、出力は5%で維持しておくぞ!」
「無理すんなよ!」
ヒイロが倒れたエルを抱きかかえ、身体能力を上げて離脱する。辛うじてロックが視認できる場所まで距離を取ると、そのまま力を調節する。
新たな敵に警戒していたゴブリンキングは、業を煮やして更にゴブリンを出現させ、突撃させる。無数の歩兵によってロック達の視界が埋め尽くされるが、ロックは拳を、ダインが大剣を振るい全て薙ぎ払う。
そしてロックが距離を詰めようとするも、消えた次の瞬間にはゴブリンが出現し、常にまとわりついてくる。
(マジで無限かよ、あんな能力聞いたことねえぞ・・・!?それに、標的との間に敵が多すぎる。蹴散らしながら進んだら、包囲されて潰される・・・!。)
「なまくら、このままじゃあ埒があかねえ!お前、力はまだあるか!」
「あるが、何をする気だ!?」
「剣を空中で固定するから、柄を殴ってぶっ飛ばせ。特製のやつを作るから、少し時間を稼げ!」
「分かった!」
空気が変わったことを認識したゴブリンキングは、更に大きく咆哮し同胞を召喚する。何十、何百というゴブリンが二人の周囲に犇めく。それを、ダインから受け取った大剣でたたき切るロック。このまま維持すれば、時間は稼げる。
二人がそう考えた時、遠くで咆哮をしていたゴブリンキングが唐突にその動きを止める。
(何だ、何をするつもりだ・・・?)
「――――――つぶ、セ。」
ぞわりと、二人の背中に怖気が走る。今、何が聞こえた?耳に何が入ってきた?
――――――まさか。
「まさか、アイツは。」
「上か、ラつぶセ。」
「言語と、戦い方を学びやがったのか・・・!?」
覚え立ての言葉で同胞に命令を下す王。その瞬間、まばらに出現していたゴブリン達に、指向性が与えられた。背後や前方ではない。上空、上空に何十匹というゴブリンが出現する。
「ダイン、掴まれ!」
ロックは足に『鋼』の闘気を纏わせ、上空に現れた分手薄になった空間に避ける。だが、もう二度は通用しない。これが最後の安全地帯、視界の全てをゴブリンが埋め尽くしている。
「まだか、ダイン!次来たらヤバい!」
「『鋳造』――――――できたぜ、『鋳造』の5重掛けだ。もう砕けねえ。」
そう言って、特大剣をゴブリンキングに向けて空中に創造する。それは、貫き穿つことのみを考え、刀身が極限まで研ぎ澄まされた刀剣。推進力が加われば、何物も止められはしない。
「いけ、なまくら。俺の名剣だ、努々外すんじゃねえぞ。」
「ああ。」
ロックは、その右手に神秘を集中させ振りかぶる。右手に纏うは『青銅』の闘気。最大限に練られた神秘が、その特大剣に叩き付けられ―――――無数のゴブリンを貫いた果てに、終に王に穴を穿った。
「――――鈍らでも、芯は通せるさ。」
「グ、ァ・・・!」
だが、王はまだ止まらない。体中の神秘を集中させ、その穴を塞ごうとする。
「これで終わりだ。」
しかし今度こそ、一瞬でロックが頭を潰す。ロックが一度相打ったオーガは、切り落とした腕をそのままつなげて見せた。その結果として、ロックは土手っ腹に穴を開けられたのだ。必ずこいつもそうすると、予想を立てるのは容易であった。
ロックの追撃により、ゴブリンキングは地に伏せた。すると、周囲のゴブリンは跡形もなく消え去る。完全にゴブリンキングが死んだと判断したダインは、ため息とともにその遺骸に近づく。
「―――あれは、これが原因かよ。」
そう言って遺骸から取り出したのは、2つの欠片。通常、魔物の体に欠片は1つ。しかも、一つはとても大きく、また後から入れられたのか首の位置から現れた。
「何かが、コイツを弄ったのか・・・?」
「さあ、新種かもな。」
(いや、遺骸は確認しなかったが、もしかしてあのオーガもこのせいで・・・?)
ロックがそんなことを考えていると、ダインが2つの欠片をロックに投げ渡す。
「良いのか?」
「とどめを刺したのはお前だ、持ってけ。・・・それより、何で助けに来やがった。日頃から散々お前を馬鹿にしてた奴をよ。」
「俺はヒイロの代理だ。理由はヒイロに聞いてみろ。」
そう言って、ロックは遠くから走りよってくるヒイロの方を見る。エルも意識を取り戻したのか、丘の上に座りこんでいる。
「ロックー!かっこよかったぞ!ダインもな!」
「おう!そうだヒイロ、ダインが聞きたいことがあるってよ。」
「あー、ヒイロ。お前らは、何で助けに来たんだ?」
そうダインが聞くと、ヒイロは、どうしてそんなことを聞くのか分からない、といった様にキョトンとした顔をする。
「人を助けるのは当たり前だろう。」
「当たり前、当たり前ね!こいつぁ傑作だぜ!なるほどな!」
ヒイロの返答を聞いたダインは、目に涙を浮かべながら笑う。
「な、ダイン、すごいだろ?」
「ああ、コイツは馬鹿だ、大馬鹿だぜ!まさか、真顔でそんなことを言うとは!」
「馬鹿ではない!今のに笑う要素はないだろう!」
「ク、ククッ…そうだな、すまんヒイロ。お前はすごい奴だよ、礼を言うぜ。・・・っと、増援が来たようだ。遅えっての。」
丘の上には騎士団の兵士が数名到着し、エルの手当をしている。
「そう言えばロック、あの時腕に纏ったのは『青銅』か?」
「ああ。」
「じゃあなまくらはもう呼べねえな。なまくらから、ロリコン野郎に昇格だ。」
「なお悪いわ!」
そんな軽口を叩きながら、3人は丘の方へ歩いて行った。
ストーク「あっれ俺走り損!?」
ダイン「まあ一応助けが来たしいいじゃねぇか。」
感想、評価よろしくお願いします!次回は新パーティーメンバーを迎える話の予定です。明日12時投稿予定です。