冒険者ギルドにて
「ヒイロ、冒険者登録をする前にいくつか注意点がある。」
「注意とは?」
「神であることは余り外で言わない方がいい。当たり前だが、神核は超高値で売れるし、使い道も多い。国も教会も個人も喉から手が出るほど欲しがってる。最悪殺されて解剖されかねん。」
少し脅すようにそう言うと、ヒイロは顔を真っ青にしてうなずく。解剖という言葉がよほど怖かったらしい。
「我は人間、我は人間、我は人間・・・」
歩きながら念仏のように唱えているが、ここまで意識すれば大丈夫だろう。若干の不安を感じるが、仕方ない。こいつを守るためだ。神であることに誇りを持っている様だが、ここは我慢をしてもらおう。
という訳で、午後一番で本日2度目の冒険者ギルドだ。相変わらず、俺が入ってくると近くの奴らが陰口をたたき始める。朝のあとでまたダインがあることないこと言いふらしたんだろう。そんな奴らを無視して受け付けへ向かう。
「こんにちは。」
「あら、ロックさん。朝ぶりですね。どうされたんですか?」
「いや、この子が冒険者になりたいと言うので・・・登録は可能ですか?」
「えっ・・・この子ですか?」
そう言うと、マインさんはヒイロをじっと見る。すると晴れやかな笑顔を浮かべ、ヒイロに話しかける。
「お嬢ちゃん、何で冒険者になろうと思ったのかな?」
「我は人間・・・じゃなくて、人助けができると聞いたからな!それと、ロックがパーティーを組んでくれると言ったのだ!いや我は人間だぞ!」
途中で肘でつついて止めさせたが、多少不自然だな。というか、
(その言い方は不味い…!俺が孤独に堪えかねて、幼女を騙してパーティーメンバーにしようとしてると捉えられかねん。…ロリコンどころじゃねぇ!控え目に言って人間の屑だそれは!)
「ロックさん・・・?」
「待って下さいマインさん。まだこいつの熱意が伝わっていません!」
いけ!ヒイロ!神であることを隠しても、お前の覚悟と情熱は伝わるはずだ!
「我の命はもう我一人の命ではないのだ!我が近くにいなければ、ロックが死んでしまう!」
(オイイイイイイ!その言い方は更にまずい!何がまずいって何もかもまずい!騎士団をクビになって2ヶ月でとんぼ返り(犯罪者)になるのはまずい!)
「ロックさん、少しお話があるんですけど。お嬢ちゃんは、このお金でお菓子食べててね~。」
「分かった!」
マインさんの背後に鬼が見えるぞ。視線で人が殺せるとはこのことか。この女神の精神年齢を高く見積もり過ぎたかもしれん。精神年齢が見た目相応じゃねえか女神。
「・・・という訳でして。」
「はあ、なるほど。本当に、あの子に手を出した訳じゃないんですね。」
「神に誓ってやってません。マジで。」
騎士団時代に培った言いくるめ技能は伊達じゃないぜ。グラン隊長からの雑用回避のために鍛えておいて正解だった。ありがとうグラン隊長。まだ若干根に持ってるけど。
「まあ、普段の様子からそんなことをする人ではないと分かっていましたから・・・」
(やさしい、めっちゃ優しい・・・)
「一応、冒険者登録に年齢制限はありません。しかし、冒険者生活にはもちろん危険が伴います。十分な力が無いと・・・」
そこまでマインさんが言いかけると、後ろで騒ぎが起こる。その位置は、ちょうどヒイロがお菓子を食べていたところのようだ。
「おいおいおい、お前ロックの連れ合いか?」
(この声は、ダインだな。あいつ今日は依頼受けなかったのか・・・。ヒイロに絡むとか暇すぎるだろ。)
「おおそうだ。今日は冒険者登録をしにきたのだ。」
ヒイロがそう言うと、ダインらとともにヒイロを取り囲む連中が爆笑する。あのメンツは、いつも俺の陰口を叩いている連中だな。
「何で笑っているのだ?」
「いいか、お嬢ちゃん。冒険者ってのは自由だが、自由を通すのにも力がいるんだぜ?せめてアイツを倒せるくらいじゃねぇとなあ。」
そう言ってこちらを指差してまた笑う。おい、そっちを見ているマインさんの目がやばいぞ、気付けダイン。あとなにげに良いこと言ってんじゃねぇ。
「ロックは我より強いから無理だぞ。」
「確かに、そりゃそうだ。おちびちゃんに負けてる様じゃあ冒険者を名乗るのをやめた方が良い。」
あ、今ヒイロがキレた音が聞こえた。こめかみに青筋を立てて、今にも殴りかかりそうだ。『ちんちくりん』や『ちび』という言葉はどうやら禁句らしい。『お嬢ちゃん』はセーフなのか?
「そうかそうか。だが我はお前より強い。」
不適な笑みを浮かべ、ダインにそう告げるヒイロ。ヒイロは馬鹿だが、一応神様だ。恐らく、何かしらの考えがあるのだろう。
「あ?おちびちゃん、調子に乗ってんのか?妄想の中じゃあおちびちゃんは神様かもしれないが、現実とごっちゃにしちゃいけないぜ。」
(いえ、リアル神様です。)
ものすごい速度でフラグを立てていくダインに突っ込まざるを得ない。これ、負けた時にダイン暴れ出すんじゃないだろうか。いざとなったら止めに入ろう。
「つべこべ言わずに試せばよかろう。」
そう言うとヒイロは片腕を出し、机の上に肘を乗せる。あの体勢は・・・
「由緒正しき腕相撲だ。我の力を見るがいい。」
周囲がどよめく。見た目8歳の少女が、筋骨隆々のダインに勝負を挑んだのだ。誰もがヒイロの腕が叩きつけられるのを幻視したに違いない。
「ロックさん、これは止めた方が・・・」
「いえ、すこし様子を見てみましょう。そうだ、ここでヒイロが勝てば冒険者登録するのに足る力があるということでよろしいですか?」
「い、いやまあ、Cランクに勝つというのなら、実力は十分ですが・・・」
「大丈夫ですよ。もしものことがあったら止めに入りますから。」
「は、はあ・・・」
俺がマインさんとそんなことを言っている内に、既に戦う直前にまでなっているようだ。陰口を叩いていたグループだけではなく、野次馬も周囲に集まっている。ヒイロの自信満々な態度に賭けも始まり、みんなダインの方へ賭けている。ヒイロのレート半端ないだろうな。
「いくぞおちび。俺は手を抜かない主義なんでな。負けて泣くなよ?」
「望む所だ。」
ちびを言われるたびに青筋立ててるよヒイロ。顔は笑っているが、めちゃくちゃ引きつっている。よほど腸が煮えくりかえっているらしい。
「では、始め!」「フンッ!」
あ、汚え!始めの合図が入るか入らないかの所で力を入れやがった。フライングじみた技を少女に使うとか、マジで手を抜くつもりはないようだ。大人げないことこの上ない。
「ははは!勝てば官軍よ!大人しく負けろ・・・は?」
「おい、その程度か?」
す、すげえ、ピクリとも手が動かない。・・・思えば、森の中から寝てる俺を運んだのはヒイロだったな。起きた川辺は結構森から遠かったし、成人男性の体を楽々持てるくらいの力はあるのだろう。さすが神様だ。
「おいおいダイン、ふざけてんのか?」「お嬢ちゃんに気を使わなくていいんだぞー。」
(黙れ、こっちは全力で腕に力入れてんだよボケどもが・・・!クソ、動く気がしねえ!こいつ、化け物か・・・!)
「終わりか?では、こちらも力を入れるぞ。」
そう言うと、ヒイロの手がブレる。瞬間、ダインの手が机に叩き付けられる。ダインの手から力が抜ける一瞬を見極め、腕が壊れないタイミングで力を入れたのかダインの腕は無事だ。・・・叩き付けられた以外は。
「すげえええ!」「おいダイン、冒険者辞めるんだろ?」「大もうけだぜ!ありがとよ嬢ちゃん!」
周囲からはダインを罵倒する声や、賭けに勝ったことを喜ぶ声が飛ぶ。ヒイロに賭けた奴は中々の勝負師だな。
・・・自分の腕を押さえているダインが震えている。当然だろう、あれだけ大口を叩いた上少女に負けたのだ。怒りに震えても仕方がない。
(一応、神秘を練っておこう。今回はヒイロが近くにいるから大丈夫なはずだ。)
「このクソガキがぁッ・・・!」
案の定、ダインが怒り狂ってヒイロに殴りかかろうとする。練った神秘を放出し、一瞬でヒイロの隣に立って拳を受け止める。
「そこまでだ、ダイン。わざわざそれ以上名を落とすことはねぇ。コイツは生まれつき神秘の量が多くてな。この年でも相当強いんだ。」
「ぐ、く・・・ち、畜生・・・!覚えてろよこの野郎!」
そう言うと、ダインは尻尾を巻いて退散する。一応、ヒイロが神だとバレないようにフォローしておいたが、我ながらうまく話を作ったものだ。嘘を言っている訳ではないしな。
「おうロック。勝ったぞ。」
「ああ、マインさんも冒険者登録を認めてくれるらしい。これでパーティーを組めるな。」
個人的に朝の仕返しをできたので、家に帰ったらまたお菓子をやろう。それにしても、昨日あんなに辛そうにしていたとは思えないな。
二人でマインさんのところへ戻り、冒険者登録をする。
「マインさん、ありがとうございます。」
「いえ、私も胸がすきましたので。それでも、十分に注意してください。パーティー登録もしておきますが、あと一人か二人パーティーに加えた方がいいと思いますよ。」
「分かりました。ある程度慣れたら考えようと思います。」
「ありがとうマイン!やはり、化粧のうまい女性は仕事もできるのだな!」
ヒイロがその言葉を口に出した瞬間、マインさんの動きが止まる。この言葉は駄目だ、女性に言ってはいけない言葉のかなり上位に入るぞ。
「おい、お前そんな言葉どこで覚えた。」
「女性にはこう言うと喜ぶと教わったのだ。実際マインは化粧がうまいしな!」
「その教えは今すぐ忘れろ。さもないと・・・」
「駄目よ、ヒイロちゃん。そういうことを言うと、傷つく人もいるのよ?ヒイロちゃん、このお金でまたお菓子を食べててね。・・・ちょっとロックさん、お話しましょうか。」
「さもないと俺が死ぬからな・・・ってもう買いに行きやがった。」
「ロックさん、どういう教育してるんですか!」
「俺のせいじゃないです!」
500年前はあれが褒め言葉だったのか?後でしっかり教えないと・・・
結局、その日はこってり絞られた。
ロック「お前、他に常識と思ってることある?ていうかどこで身につけたの?」
ヒイロ「神代の頃はあれが常識だったはずなのだ!他には…女性への挨拶として、スカートをめくるとかか?」
ロック「お前絶対それやんなよ。絶対だぞ。」
ヒイロ「分かってる分かってる、それはフリというのだろう?」
ロック「何でそんな知識だけ…!」
今回も拙文を読了して頂きありがとうございます。宜しければ評価の方もお願いいたします。次回はヒイロの初クエストです。若干のシリアスもあるかも…?
次話は明日12時投稿予定です!