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英雄の種火


 左手が俺の腹を貫いたまま、オーガが事切れる。


(オーガに抱きつかれたまま死ぬのはごめんだ。)


 オーガを足で引きはがすと、俺は仰向きに倒れる。地面は、俺とオーガの血で真っ赤に染まっている。

 俺の腹からなお血は溢れ出て、身体が冷めていくのが分かる。


(死にたくねえ。あの夢を見て、昔の気持ちを思い出せたってのに…)


 『誰かを、守れる人』か。まあ、あの少女を助けられただけ、マシか。


(最後に顔が見たいが、逃げてくれたならもういないか。)


 そう思った瞬間、顔が覗きこまれる。ぼやけた視界に移るのは、美しい黒髪。どうやら、俺が助けた少女が戻ってきたらしい。


「は、やく、帰れ…」


「だから、大丈夫って聞いたのに…」


「いきて、帰るつもり、だったんだ。」


 息も絶え絶えになりながら答える。

 顔に、数滴雫が当たる。少女は、どうやら泣いているらしい。

 声も、震えている。

 …心に傷を負わせてしまったみたいだ。申し訳ねえ。


「君が、助かったなら…」


 そこまで言いかけて血を吐く。少女は、その血を避ける素振りもせず、口を開く。


「生きたい?」


 当たり前だ。まだ、できてないことがいっぱいある。

 どうせなら、マインさんに会って、愛想いい対応のお礼を言いたい。その後、冒険者を続けたい。

 こんな風に人の命を助けられるなら、冒険者も悪くない。・・・少しは、夢で見た男の姿に近づけるだろうからな。


 少女の問いかけに、目線で応じる。もう、声を出すこともできない。


 それを見ると少女は、どこからともなく黒い何かを取り出す。大きさは、男性の手のひらよりも一回り大きい程度。黒いその身の先端には穴があき、少女の人差し指は何かしらの()()()にかかっている。

 恐らくあれを引くと、先端から何かが出るんだろう、との予想ができる。


「そうか。ではお前、我の『英雄』になれ。」


 そう言い、少女は、その黒い物体を俺の頭に押し当て、人差し指を押し込んだ。








―――私のようになるんじゃない。君は、誰かを守れる人になれ。


 その言葉を聞いてから、必死に努力した。それでも、実力はつかなかった。

 グラン隊長曰わく、生まれ持った神秘が少ないらしい。強くなれるかなれないかが生まれる前から決まってるなんて、馬鹿らしいことだ。その言葉を聞いた日の夜は、酒を浴びるように呑んで寝た気がする。


 けれど弱い俺でも、任務で守れた命もあった。

 ゴブリンを、オーガを仲間とともに討伐し、笑顔で礼を言われたこともあった。お礼は嬉しいものだったが、どこか足りなかった。


 死んだ今なら分かる。本当は、俺は―――









―――どこからともなく、焚き火の音がする。パチパチと、小気味のいい音が周囲に響いている。


 身体を起こし、周囲を見渡す。どうやら、もうすっかり太陽は落ち、夜になってしまったらしい。

 しかも、目の前にはすうすうと寝ている少女。

 美しい黒髪と、来ている服装から、先程の少女だと分かるが、その年齢は違うようだった。背は縮み、14かそこらに見えていた容貌は8歳程度まで幼くなっている。

 その容姿が整っているのも相まって、人形が寝かされているような印象を受ける。


 ふと、右腕を見る。途中から断裂し、肉が見えていた腕は完治しているようだ。また、腹に穿たれた穴もふさがっている。


(この子がやったのか…?普通の子にしか見えないが…)


 周囲の気配を探ると、近くに魔物の気配はないようだ。夜ともなれば、夜行性の魔物が活発化するはずだが…

 ひとまず、この子を起こして町に帰らなければ。


「むにゃ…!?」


 体を揺らして起こすと、少女は目を見開いて飛び起きた。


「か、神の体に許可無く触れるとは、不敬だぞ!びっくりするではないか!」


「か、神?」


「そう、我は神!神々の大戦争の生き残りにして、人を救う使命を帯びた女神、それが我である!」


 少女は胸に手を当て、誇るように口上を紡ぐ。その仕草、その口振りからはそこはかとない残念臭がする。

 …しかし、神とは。


「頭を打ったのか、かわいそうに。」


「打ってないわ!儚げな目を向けるんじゃない!

 誰が生き返らせたと思ってるの!」


(偉そうな口調でキャラ作ってたんだな…)


女神(自称)の自己紹介兼問答は続く。俺は随分と寝ていたらしく、もう空は段々と明るくなりつつある。


「そう言えば、何で俺は生きてるんだ?あの傷だったら、今頃死んでただろう。…不本意だが。」


 俺がその質問を口にすると、少女は待ってましたとばかりに口を開く。


「それはな、お前に我の神核を分け与えたからなのだ!」


「神核って…ダンジョンにあると言われてるあれか?」


「知っているなら話が早い。神の存在の核にして、その権能の集合体。死んだ神の神核は神殿に戻るが、生きている神は神核をその体の核としている。我はそれを、お前に分け与えたのだ。」


「じゃあ、お前は命を削って、俺にくれたってのか?」


「まあ、そういうことになる…が、本当ならこんなことをする必要はなかったのだ。だって我、()()()()()()()()()()。」


「…え?」


「我はあの時、咆哮で倒れたように見せかけて後ずさり、猿が油断したところを、この銃で撃って殺そうとしていたのだ。」


(こんな小さな娘と同じことやったのか俺…いや、神と同じことやったのはいいことなのか…? 待て待て、ひょっとすると俺の死って…犬死に?)


 俺の百面相をしり目に、少女は右手に、先程俺の頭に押し当てていた黒い何か…銃を出現させた。


「…っと、それが銃か?」


「そうだ。まあ、この引き金を引くと、銃口から弾が出て相手を殺せる武器だ。他に使ってる者を見たことがないから、分からないのも無理はないがな。」


 少女は得意気に銃口を上に向けると、引き金を引く。その瞬間、周囲に特大の破裂音が鳴り響く。


「音デカっ!」


「これが弱点なのだ…何度やっても慣れん…」


 そう言うと、少女は耳を叩き、治そうとしている。かく言う俺も、至近距離で聞いたら耳が麻痺するだろう。


(…ん?ちょっと待て)


「お前、それ俺の頭に撃たなかった?」


「撃って神核を与えたのだ。弾にはいろんなものを込められる。基本神秘を込めて、攻撃として撃ち出すがな。」


「なるほど…」


 俺がそう納得した瞬間、周囲から獣の息づかいが聞こえてくる。どうやら、魔狼が先程の爆音でこちらに気付いたらしい。


(話に夢中になって、すっかり逃げようとしていたことを忘れてた…)


 幸い、夜はもう明けかけている。少し粘ればいなくなるだろう。…心なしか身体が軽いし。


「丁度いい。お前、ちょっと攻撃してみよ。」


「…分かった。」


 体の中で神秘を練り、魔狼の攻撃を待つ。

 そうするとすぐに、炎を恐れていた魔狼が、痺れをきらして突っ込んでくる。

 その攻撃が届きそうになった瞬間に、神秘を纏った拳で攻撃を放つ。


(今だ!…え?)


 俺の放った一撃で、魔狼の、()()()()()()()()()()。しかも、纏った神秘の色は『鋼』ではなく『青銅』。

 5年間『鋼』止まりで、死ぬ間際にやっと『青銅』。それを、少し気を練っただけで出せてしまうとは。

(す、すげえ…っと!)


 自分で自分に驚いている間に、まとめて突っ込んできた魔狼を殲滅する。…少し粘れればなんて考えていたのに、まさか全滅できるとは。


 周りに敵影がいなくなったところで、少女が口を開く。


「気分はどうだ?」


「…正直、驚いてる。これが神核の力なのか。」


 神核の一部を体に入れてこれだけの力ということは、そのすべてを扱える神様の強さは想像もつかない。そして、その加護を大いに受けているだろう高位の冒険者もまたそうだ。

 …あの人も、何かしらの加護を受けていたのだろうか。


「ああ、それは、良かった。喜んで貰えたならいい。」


 そう言う少女の顔色は、起きた時に比べて悪くなっていた。そして、汗を多くかき、息が上がって辛そうにしている。


「大丈夫か?」


「大丈夫だ。これは、神核を与えたことによるものだ。…ところでお前、名前は何という?」


「ロックだ。」


「では、ロック。一つ頼みがある。」


「ああ。言ってくれ。命を削ってまで俺を助けてくれたんだ、大抵の頼みは聞くぞ。」


「助かる…では、お前、我の英雄になってくれ。」


 英雄。その言葉を聞いた瞬間、あの夢の光景が目に浮かぶ。あれは、まさしく英雄と呼ぶにふさわしい姿。…俺が、目指したいと思った姿だ。


「どういうことだ?」


「神は、その神核を人に分け与え、英雄としてその代行者にする。…我は、このままだと、近いうちに、体を維持できず死んでしまう。危険を承知で頼む。我の為に、我の代行者として、我を、そして人を、助けてくれ。」


 そう言うと、少女はその瞳で俺を見据える。その瞳からは、強い意志が感じられる。更に汗をかき、もう話すのも辛いという感じだ。

 先ほどまでの、元気いっぱいで虚勢を張っていた姿は見る影もない。


「何で、俺を助けたんだ。自分がそうなるって分かってたんじゃないのか。」


 オーガを撒いて、逃げる目算があった俺とは違う。()()()()()()()()()()ことを覚悟した行為。人間と神の命を引き換える覚悟を、この子は決めたっていうのか。


「お前が、人間だったからだ。…恥ずかしいことに、我は、生まれてこの方人を救ったことがない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、頼む…!我は、神として、人を助けたいのだ!」


 絶句する。人を救わぬ神は存在意義がない?そんなことを吐くやつは今まで聞いたことがない。それに、それを神自身が言うのか。人を救わぬ自分は、存在する意義がないと。


 少女は、涙を流しながら懇願する。恥も外聞もなく、神様が人間に頭を下げている。


(俺は、この少女の力になれるのだろうか。いや、俺が人であるという理由で命をかける神様に、報いるだけになれるのだろうか。) 


 幾ばくかの逡巡が頭の中を駆け巡る。

 たかが5年、才能がないというだけで挫折しかけていた俺が、彼女の求める英雄になれるのか。

 神頼みだなどと、ふざけていた俺が、あの日見た様になれるのか。


 …答えは、決まっていた。


「すまないが、今の俺は、お前の英雄になれそうにない。」


「そこを、どうか…!」


「だから俺が強くなって、お前が完全に回復したら、そのときお前が決めてくれ。俺がお前の英雄でいいのかどうかを。」


「では!」


「それまで、俺はお前の()()だ。何、もう俺は迷わない。一緒に頑張ろうぜ。」


 もう、強くなれるかなんて迷うのはやめだ。絶対に、こいつの覚悟に見合うくらい強くなる。命を捨てる覚悟に足る英雄に。


「ありがとう!」


 そう言うと、少女は俺に抱きついてきた。口調が崩れるほどうれしかったのだろう。


「そう言えば、お前の名前はなんて言うんだ?」


「ん、我はヒイロだ。よろしく頼む…ぞ…。」


 抱きついたまま、俺にもたれかかって寝てしまった。安心したせいか、先ほどまでの苦しそうな呼吸から安定している。よほど、気を張っていたのだろう。


「よろしくな、ヒイロ。」


 そのままヒイロを背中に担ぎ、すでに明るくなった平原を町に向かって歩き出す。

 照りつける朝日が、道行きを応援してくれている気がした。

ロック「リ・ボーン!」

ヒイロ「ちゃおっす・・・じゃないぞ。」

ロック「すいませんでした。」


申し訳ありません、予約投稿ミスりました。次話は明日12時投稿予定です。

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