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コーヒーと羊皮紙

 冬の寒さも終わりを告げ、ほがらかな陽気が街を照らす中、礼二はギルドの長机で、この世界で取れたコーヒー豆から作られたコーヒーを口にしていた。

 大学受験の時、嫌というほどブラックコーヒーを飲んでいたが、あんな自販機の安物よりも、深みとコクがあって、ここ最近の相棒だ。

 コーヒーと共に机に並ぶのは、この前の賞金で買った羊皮紙と羽ペンだ。一千万貰えると聞いてはしゃいでいたが、あとになって受付のエルフが申し訳なさそうに告げた。「三人で山分け」だと。それに加えて、ジャスティにとどめを刺したのはウルビスなので、経験値はウルビスの独り占めだ。グレンデルの経験値は頂いたのだが、スキルポイントに換算すると十五ポイントと、サイクロプスより少ない。

それに、スキルは複製の一つしかないので、十五ポイント全て割り降るしかない。これでスキルレベルが三十を超えたので、今までよりも、大量かつ正確な弾丸が作れるが、実のところ、今までとあまり変わった気はしない。

 とにかくギルドの長机にはコーヒーと羊皮紙があり、この世界について知ったことをメモしている。

一千万全部あれば家も買えたのだが、三人で割った三百万と三十万では足りず、ステラかウルビスの家に厄介になっている毎日だ。

 だが、一日中入り浸るのも悪いので、こうしていちいちギルドへ来ては、コーヒーと共に、勉強の毎日だ。

「相変わらず、勉強熱心だな」

 この前の戦いから二週間ほどが経ち、すっかり回復したウルビスが向かい側に座った。人間のメイドには相変わらず水を頼んでおり、両腕を組んで礼二の手元を見ていた。

「遠方から来たと聞いてはいたが、ずいぶんと知らないことが多いのだな。俺でよければ、教えてもいいぞ」

「悪いけど、遠慮しておくよ。何事も、楽な道を行くよりも、険しい道を行った方が力になるからな。知らないことを教えてもらうよりも自分で気づけた方が実になる。俺のいた国では、六歳くらいからそういう風に勉強をしていたんだ」

「六歳だと? まだ分別のつかない子供じゃないか。そんな歳から、勉学に取り組んでいたのか?」

「文字の読み方から四則計算。それから近代史と歴史。時には海を越えた先の言葉まで学ばされたよ」

「文字や歴史はともかく、四則計算か。冒険者を引退しても、商人として食っていけそうだな。なかなか、足し算と引き算以外を知らない商人なら多いからな」

 それもまたメモしておく。しかし、こうしてウルビスとフランクに接することができるようになったのは、大きな進歩だ。

異世界については秘密だが、ステラ以外に友人が増えたのは、心の支えになってくれる。

「それにしても、街の大通りが最近賑やかだけど。なにかあるのか?」

「ハイランドの中央にある首都から、大騎士団長とやらが視察に来るらしい。用があるのは俺たちのようだがな。魔王軍幹部を倒した冒険者の力量がどうとか、首都で話題になっているらしい」

 まったく迷惑で面倒な話だ。ウルビスは水を飲み干すと、明日には視察に来ると残したが、野暮用があるので、この後街を出るという。

三人とも強いので、依頼を一人で受けようがパーティーのメンバーを連れていこうが勝手なのだが、依頼ではないらしい。

「ここ数週間、連絡がつかない奴らがいてな。馬で半日もすれば着くから、見てくることにした」

 となると、今晩はステラの家に厄介になるしかない。正直、彼女いない歴=年齢の童貞なので、同じ年頃の女と一つ屋根の下で過ごすのには抵抗がある。それでも毎晩宿をとっていては、金がいくらあっても足りない。

 野宿も考えたが、まだ冬が終わり切っていない。そういうわけで、羊皮紙を纏めると、ステラの家へと向かう。マジックキャットだとか天才と呼ばれるだけあって、住んでいるのは豪邸――だと思っていたのだが、質素な煉瓦造りの一軒家だ。ステラ曰く、一定以上の金や財産は見栄でしかないという。

 わがままを言わず、奥ゆかしく敬語を使い、優しさに溢れている。元の日本には全くいないタイプだ。もちろん、いい意味で。

 そうして大通りを横切って一般市民の住む住宅街にやってくると、一階建ての家の扉をノックする。中からはパタパタと寄ってくる音が聞こえ、開けられると、やはり礼二かと、肩をすかしていた。

「悪いが、今日一晩泊まってもいいか?」

 もう何度もこうして聞いているので必要がないように感じるが、親しい仲にも礼儀ありだ。それに、ステラならいつでも迎え入れてくれると信じている。今も、笑顔で答えてくれた。狭い家だけれど、どうぞと。




 ステラが鼻歌を歌いながら裁縫をしている。礼二は羊皮紙にメモをしている。とても穏やかな時間が流れていた。

 そんな時に、ふと、ステラとウルビスの関係が気になった。ステラはウルビスと会えたことを喜んでいたし、ウルビスもステラには信頼を寄せていた。それを聞いてみると、懐かしい過去へ想いを馳せるように、遠くを見る目つきになった。

「この前の礼二さんの様に、大型の魔物と戦っていましたら、偶然ウルビスさんが通りかかりまして。私のスキルとウルビスさんの剣術で難を逃れたのですが、その時にウルビスさんが私を認めてくれたのです。以来、お互いに友人となっていきました」

 なるほど、強い者同士が手を組んだのか。魔物からすれば、いい迷惑だろう。

「では、少し買い物に行ってきますので、待っていてください」

 玄関からステラは出ていったが、女の家に男一人というのも、人によっては興奮するのだろうか。礼二は気にせずにお茶を飲みながら、マグナムを磨く。こいつも大事な相棒なのだ。




 夜も更けてきた頃、リビングでステラと葡萄酒を飲みながら談笑していたら、明日に訪れる大騎士団長についての疑問が上がった。

「大騎士団長の、大ってなんだ?」

 騎士団長ではだめなのか。それとも、より高い役職なのか。疑問をぶつければ、気になりますよねと困った様な笑顔だ。

「首都の騎士団長、エリアル・マックダフは、その、なんというか……一言で言うのなら、弱いのです」

 弱い? と聞き返せば、事情があるという。

「一度首都で聞いた話なのですが、父親は数々の武勇が語られる、正真正銘、ローリアン地方一の騎士でした。母親は長年にわたり、王女様の侍女を務めてきた大魔導師です。ですが、一人息子のエリアルには剣の才能はなく、スキルスロットも十個あるかどうかです。親が親なので、父親は伝説の金属オリハルコンで打たれた剣と盾を与えて、母親は常に身を守る防御の祝福をかけました」

早い話、親の七光りというわけだ。大とつけたのも、見栄からだろう。

「そんな奴に、頭下げなきゃいけないのか」

「冒険者は自由な職業ですから、大丈夫だと思います。それに、魔王軍の幹部も倒しましたし」

 その話について、根掘り葉掘り聞かれるのだろう。あまりそういう場に慣れていないので、面倒だ。

夜も更けてきたので、そろそろ寝るかと客室に布団を敷いた。ステラはベッドを買うと言ってくれたが、礼二は寝相がひどく悪いのだ。何度自宅のベッドから落ちたのか、数えればきりがない。

 そういうわけで、客間の布団に包まって横になると、うつらうつらとしながら、明日はどうするかとぼんやり考えていた。親の七光りで騎士団長を名乗るエリアルとはどんな人物なのか。そこまで考える頃には意識が眠りに落ちており、頭の中は記憶の整理を開始した。




 寝ぼけ眼で起こされて、ステラの家に泊まった際は、必ず礼拝にいくという約束から、今日も教会へとやってきた。もう真冬の寒さはないが、朝はやはり冷える。赤いロングコートの下に何枚か着こんで、三人の勇者と一匹の竜へ両手を合わせて祈りを捧げる。

「……やっぱり、違うのか?」

 ステラの礼拝が終わるまで待つ間、三人の勇者と一匹の竜の伝承について黙考していた。

 どうにも、違和感があるのだ。人間の魔導師は死に、勇者は相打ちとなり、ハイエルフは人間社会に溶け込んだ。それ自体が真実かどうかは、数千年の時を生きるハイエルフしか知らない。そのハイエルフも世捨て人となり、出会うことはない。

 しかし礼二は、どうしても接点があると考えてしまうのだ。この世界に来た時の歪みと、夢で見た魔王が逃げた歪みが同じなことに。

 もしも、魔王と勇者が相打ちではなく、逃げていれば、あの夢の通りになる。その真相を知るには、人間社会に溶けこんだハイエルフを探すしかないのだが、手がかりはない。

「お待たせしました」

「ん? ああ、終わったのか」

「どうしました? 心ここにあらずの様に見えましたが」

「いや、なんでもないよ。そろそろ大騎士団長様とやらが来るから、あとで会う前に顔だけでも見ておこう」

 そうですね。ステラは横に並ぶと、教会のある静かな一角から、賑わっているお通りへとやってきた。だが、人が多すぎで、背の高い礼二でも見えなかった。背の低いステラなら尚更だ。必死に背伸びしている姿は可愛らしいが、諦めたのか引っ込む。だが、ステラは指をふり、近くに来てくれと呼ぶ。

「こういう時は、視点を変えるのです」

 青い結晶が光ると、シュタイゲンと唱えた。すると、二人の身が浮いて、並んでいる建物の屋上へと運ばれた。

「おお、これは便利だな。流石はスロットが百を超えるだけある。こんなスキルまで覚えていたとは」

「背が小さいのが、その、なんといいますか、コンプレックスでしたので。後衛として戦おうと決める前から、このスキルは覚えていました」

「俺の世界では、むしろ背が小さい方が好まれる場合もあるがな」

「それは、一度は行ってみたいですね……あ! 来ましたよ!」

 指の差す方向には、隊列を組んだ青いマントの騎士たちが大通りを歩き、ハイランドの町長の屋敷へと向かっている。

その中で神輿のように担ぎあげられている台座に座る偉そうな男を見て、すぐにエリアルだと理解した。その横に、犬耳族の少女を二人つれて。

「おいおい、まだ十代の半ばくらいの女の子に首輪しているぞ。あんなロリコン野郎が許されるのか?」

「権力だけでしたら、国王に次ぎますからね。そんな地位に分別のつかないお坊ちゃんがいれば、ああなってしまうのです」

 嫌な話だ。まるで日本の政府のようだ。ため息を吐きながら眺めていれば、エリアルは町長の屋敷へと運ばれていく。

「それで、この後俺たちに声がかかるわけか」

「ですね。粗相のないようにお願いしますよ?」

「俺の出身国は、礼儀だけはいいから心配するな」

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