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消えたウルビス

 幾つも並ぶ長机の一つに、三人だけが座っている。ステラは旅の疲れが出たのか背もたれに寄りかかっていて、ウルビスは両手を組んだまま黙っている。そこに、あの大盾に風穴を開けた礼二がいれば、どんな種族も近寄ろうとしない。だが、

「あ、あの~、注文の方は……」

 久しぶりに見た純粋なメイド服姿の人間は、仕事柄、近寄らなくてはならない。同じ人間同士、その恐怖は分かる。

「えと、私は蜂蜜入りの暖かいミルクを」

「俺は水でいい」

 二人が速攻で決めると、礼二の番となる。机を見渡しても、どこにも品が載っていない。きょろきょろしていると、ウルビスは顎で上を向くように促した。

 そこには、ラーメン屋の様に品物の名が並んでいる。


 葡萄酒は、ワインだよな。蜂蜜酒とか苺酒とかあるが、昼間から飲むのは、日本人として恥ずかしい気がする。


「早くしろ」

 ウルビスがそう急かすので、ステラと同じ物で、と、咄嗟に口にした。

「どうやら冒険者になりたてのようだが、質問は飲み物が届いてからだ」

 厳格、というより鋭い言葉に縮こまりつつ、頼んだ品が来ると、甘い香りが鼻孔をくすぐる。ためしに一口飲んでみれば、長旅の疲れも吹っ飛んだ。

「それで、お前とステラはどんな関係だ」

 まるで娘の結婚相手が来たかのような雰囲気で、間柄を聞かれた。一応パーティーを組んでいるが、関係と言われてもパッと出てこない。それを見てか、ステラが助け舟を出した。

「私がサイクロプスに襲われていたところを助けていただいたのです」

「サイクロプスか……なるほど、ステラがそう言うのなら、そうなのだろうな」

 サイクロプスの話を出すたびに驚かれていたので、新鮮な感覚だ。

「まあ、あの威力ならば仕留められるだろうな。連射もきくとか言っていたが、弓のようにつがえないのか?」

「ええと、ここに穴が開いていてな」

 マグナムのシリンダーを開いて見せる。空の薬莢を捨てると、丁度先程の一発分穴が開いていた。

「そこに、この弾丸を入れて、なんというか、このハンマーという部分がぶつかった衝撃で、爆発して飛んでいった。そんなところだ」

「むぅ……よく分からんが、あれだけの力があってステラに認められているのなら、俺たちは平等だ」

 そう言われても、恐ろしい顔つきをしている。そうしてちびちび飲んでいたら、ステラが忘れていたと、ウルビスを見上げた。

「紹介が遅れました。ウルビスさんは、狼耳族の一人で、この街に冒険者の妹さんと住んでいます」

「まだ殻のついたひよっこだがな。今日も一人で依頼をこなしているだろう」

「ひよっこが、一人で? 危ないんじゃないのか?」

「お前はずいぶんと世間に疎いようだな」

 知らないことがまだあったか。どうするかとステラに目をやれば、把握していた。

「とても、それはもうとても遠いところからの旅人だそうでして。ローリアン地方どころか、聞いたことのない場所から来たようなのです」

「遠い場所か。名前はなんだ」

 ステラも痛い所を突かれたと顔に出ていた。礼二はしばし考えた後、そのままを伝えた。

「日本という国の、東京という大都市から来た」

 今度はこちらがステラに目くばせすれば、そうでしたと思い返したように反応してくれた。

「確かに、俺の二十五年の人生では聞いたことがないな。嘘をついているようにも見えないし、聞こえない。ならば話そう、俺の妹のシエルは……」

 そう言いかけた時、受付でスキルカードのチェックを行っていたエルフの女性が、大変ですとウルビスを呼んだ。

「妹のシエルさんが魔物に捕まったと、書状が届きました!」

「!」

「差出人は、インキュバスのブレアリーです!」

 悲劇です。ステラはそれを聞くが否や、顔に影を落としていた。

「かせ」

 ウルビスはそれだけ口にして書状とやらを受け取り読み終えると、立ち上がって宙に投げた。

「ふんっ」

 目にも止まらぬ斬撃とは、今のことを指すのだろう。ウルビスは一瞬の間に書状を細切れにすると、鞘に納め、すぐに出ると言いだした。

「ちょっと待てよ! インキュバスがどんな奴なのかは知らねぇが、ここは冒険者ギルドだろうが! パーティ―を組んで行くのが常識じゃないのか!」

 聞く耳持たない。ウルビスの背中はそう語っていた。追いかけようとしたが、ステラが止めた。

「狼実族は、他の種族と共に戦うことを禁忌としています。止めようとしても行くでしょうし、誰も連れていきません。それに、相手はインキュバスです……女性の尊厳を奪う、卑劣な種族です。ですが、ウルビスさんの敵ではありません」

 だから待ちましょう。ウルビスを信用しているのか、蜂蜜入りのミルクを飲み、立ち上がった。

「久しぶりに、ベッドで眠りましょう」

 それは最高だ。礼二も立ち上がると、ステラが会計をして戻ってきた。

 ベッドの感触を楽しみに、ウルビスのことがひっかかりながらも、宿屋を探しにいった。




 その翌日。ギルドへ訪れて依頼についての説明を受けていた。とはいっても簡単なもので、黒板ほどの掲示板へ羊皮紙に目的と報酬と名前を記入して貼っておけばいい。

 あとは依頼を受けてもらい、達成されれば、ギルドから報酬が支払われる。

「インプが農場を荒らしているから、退治してほしい。報酬はエーベル銀貨三枚。オーガが森の中で暴れている。退治したらエーベル銀貨八枚」

 ようやく礼二の頭が覚えた貨幣価値を日本に戻すと、ボトム銅貨は百円で、アルト銅貨は五百円。エーベル銀貨は一万円で、アリオーヌ金貨が十万円ほどだ

 そう覚えてから依頼に目を通せば、いくらでもこなせる依頼はあった。ステラの説明のおかげで、インプは羽の生えたゴブリンであり、オーガは小柄なサイクロプスの仲間だと知れた。

 どうするか。悩んでいると、ステラがソワソワとしている。

「どうした。落ち着きがないけど」

 周囲を見回していたステラは、礼二の声に反応する。その顔には、戸惑いかあった。

「ウルビスさんが帰ってきていないのです」

 冒険者でいっぱいのギルドの中だと、礼二ではいるかいないかの区別がつかない。ステラは背が低くて見えないが、魔力が感じ取れないらしく、今までこんなことはなかったと、声は小さくなっていった。

「剣を振るえば、ローリアン地方で、一、二位を争うほどのウルビスさんです。インキュバス程度、片手間で倒せます。それで帰ってこないのは、心配で……」

「一人で乗りこむからそんなはめになる。命と禁忌に触れることを天秤にかけて、あいつは禁忌に傾いた」

「……助けたいと、思わないのですか?」

「人助けは大切だが、どこに行ったのかすら分からないしなぁ」

 仕方のないことだ。礼二は掲示板からいったん離れる。すると、頭の中に頭痛にも似た感覚を感じた。それは声となり、礼二の頭の中で、あの声が響く。「ウルビスを助けろ」と。

「どうしたのですか」

 ステラの制止も無視して、歩きだす。ウルビスがどこにいて、どんな状態なのか分からないというのに、自らが行く先だけが頭の中で理解している。奇妙な感覚のまま、ギルドを出た。

「待ってくださいよ!」

 ステラは追いかけてくると、なにがあったのか問い詰めてくる。説明しがたい事情だけに、言葉が見つからない。

「ちょっと来てくれ」

 ステラは戸惑いながらも礼二ついていくと、露店や商店が立ち並ぶ大通りを抜けて、薄暗い裏路地にやってきた。

建物の陰で日は届かず薄暗いが奇妙な感覚はおさまった。そして目の前には、あの占い師がいた。

「奇遇だね。またこうして会うことかできるなんて」

 水晶に手をかざす占い師に、問い詰めた。ここに呼んだのかと。

「さあ? 身に覚えがないなぁ」

 はぐらかされている。奇妙な感覚はもう御免なので胸倉を掴もうとしたら、落ち着いてくれと口にした。

「ボクは占い師だからね。未来が見えて当然なのさ。それで、大事な話なんだけれど、このあと一日ほど経つと、冒険者のウルビスと妹のシエルは死ぬよ」

 それが、ここに来た理由なのか? どうして、冒険者一人に、謎の声はここを指定したのか。

 それにしても、ステラが非常に困惑している。

「ウルビスさんが、死ぬのですか! ならば、ウルビスさんはどこですか!」

 考えられない事態なのか、酷く驚きながら、占い師へ詰め寄る。

「どこにいるのですか! ウルビスさんとシエルちゃんは、どこに!」

「教えてあげてもいいけれど、こっちもお金貰わないとね。この前のゴブリンとサイクロプスの時もあわせてね」

「お前、人の生死がかかっているのに――」

 これだけあればいいでしょう! ステラは礼二の声を遮って、鞄から財布を取り出し、アリオーヌ金貨を二枚も支払った。二十万円ほどだ。

「金払いのいい客を嫌いになる理由はないからね。教えてあげるよ」

 占い師は懐にアリオーヌ金貨をしまうと、不敵に笑った。

「エリンの森だよ。でも行くのなら気を付けてね。狭くて動きが取りにくいから。大人数だと、不利かもしれないね」

 それでも行きます。ステラは杖を握りしめて覚悟を決めたようだ。しかし礼二を見上げた金色の瞳は、言葉に困っている。だから、先に口にした。

「俺も行く。どんな化け物でも殺せる俺がいれば、なにが待っていようが、問題にはならないだろうからな」

 ありがとうございます。ステラは頭を下げた。この丁寧なお辞儀は、族長とやらから教わったのだろうか。

「で、そのエリンの森とやらはどっちだ?」

「北門から抜けて、半日とかからずに着きます。ウルビスさんもそう簡単に死ぬ人ではないので、急ぎましょう!」

 急ぎますよ。急かすステラについて行こうとしたら、いつの間にか占い師は、また消えている。


 この前もだが、一瞬の間に、どうやって……


「礼二さん! 行きますよ!」

 また、考える暇もなく事は進む。ステラは召喚魔術とやらで、真っ白い巨馬を魔方陣から呼び出した。二人で乗っても、余裕で走ってくれるだろう。

 まさにその通りで、ステラは飛び乗ると、礼二に後ろへ座らせるように促した。情けないがゆっくり乗ると、ステラは容赦なく馬を走らせた。


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