どうやら、この世界はハードモードのようだ
草原を歩く事、一時間程。世界のすべてを知るには時間がなさすぎるので、ステラについて聞いた。
まず、ステラの様な魔法使いや剣で戦う騎士は、基本的に冒険者になるという。これから行く街でも冒険者ギルドとやらがあるそうで、そこで貰うことのできるスキルカードに、スロットとやらがあるらしい。
何度か聞き直して頭に入れた情報によると、スロットは人や種族によって数が異なるが、基本的に十か二十程だそうだ。スロットに様々なスキルを装備するわけで、例えば手から炎を出すスキルを装備したりする。他にも裁縫や鍛冶など、戦う以外の目的で、スキルカードを貰う人もいるようだ。
だが、ステラは何百種類とスキルを覚えているらしい。所謂天才というやつで、万物を操る『魔法』にカテゴライズされるものを多く覚えているので、マジックキャットだとか呼ばれているようだ。
礼二も、ギルドでスキルカードを貰うことができれば、スキルを覚えられるという。スロットの数には限りがあり、一度装備してしまうと外すことはできないようだが、ゲームのように魔物を倒せば経験値が手入り、スキルポイントと交換して、スキルがレベルアップするようだ。サイクロプスを倒したのは礼二なので、結構溜まっているだろうと、ステラは教えてくれた。
その他にも様々な職業があるらしいが、異世界転移してまでデスクワークは嫌なので、冒険者になることに決めた。幸い、ステラはしばらくの間、面倒を見てくれることになった。どうせなら、ライトノベルの様に一流の冒険者になって、依頼とやらをこなして、酒場で酒を飲む生活をしたい……が、やることはある。まだ影もつかめていない、この世界でやるべき事。それを知るまで、冒険者として働いていよう。お金は必要なのだから。
「それで、ここがスエルという街です」
夜明け前だったのか、日差しが登りながらたどり着いた街は、なんの外壁もなく、家屋が街の外から見える。
てっきり市壁に囲まれて、魔物から守っていると思っていたばかり、拍子抜けを食らった。
しかし朝日が眩しいと、手で影を作っていたら、ちょっとした疑問が浮かんだ。
「俺はさっきまで昼間の世界にいたからいいんだが、あんたは寝なくていいのか?」
そう聞くと、なぜか頬を膨らませた。
「呼ぶときはあんたではなくステラと呼んでください。偉大なるお母さまから頂いた名前ですので」
「お、おう、そうか。ならステラ、眠くないのか?」
聞き直せば、ステラはない胸を張って自慢するように話した。猫耳族は夜行性かつ、他の種族と違って、どこでも眠れて、ほんの少しの睡眠で事足りると。
なるほど、昔飼っていた猫は、ベッドだろうが廊下の隅だろうが好きに寝ていた。ちょっとした物音で目覚めていたあたり、深い睡眠もとらなくていいのだろう。
「しかし、ギルド、だったか? そこの連中は起きてるのか?」
「冒険者は昼も夜も問わず働きますから。夜勤の方がいると思います」
異世界で夜勤などというブラックな単語を聞くとは思いもしなかったが、早速スキルとやらを試せるわけだ。
そうして、人々が起き始めた朝方に、冒険者ギルドと看板の出ている建物に到着した。大きさは三階建てのマンション程だろうか。木製の扉を開ければ、まだ早いというのに、長机に座ってソワソワしている男たちがいた。
その中の一人がステラを見ると、歓喜の声をあげながら、他の連中を連れて詰め寄ってきた。
「無事だったんですね!」
「いや、その、まぁ」
「流石はステラさんだ! マジックキャットの名は伊達じゃないぜ!」
あっという間に囲まれたステラに置いてきぼりをくらいながら、こいつらが、ステラを囮にした連中だと、容易に察しがついた。
「それで、サイクロプスは倒せたのですか!」
一人のずんぐりむっくりとしている髭を生やした男――ゲームとかで見たドワーフだろうか。ステラにそんなことを問いかけると、こちらに視線を向けてくる。
「あの方が、倒しました」
そう言われるのは分かっていただけに、この後どうするかと、頭を悩ませた。
なにせ、災害レベルの化け物を倒したのだから、どうやったのか聞かれるだろう。案の定、ステラを囲んでいた見たこともないような種族の人々は礼二を見ると、寄って……こない。むしろ首を傾げていた。
「銀髪の兄ちゃんからは魔力がほとんど感じられませんね」
「でも、丸腰ですぜ? 着ている服も見たことないですし」
「人間にしては鍛えているようですが……どうやったら、あなたがサイクロプスを倒せるのですか?」
残弾を持ってくるべきだった。二、三発撃ってやれば、嫌でも納得するだろうに。
デザートイーグルにしておくべきだったか……三発しか変わらないか。
「とにかく、とてつもなくめんどくさい説明をするのは御免だから、ステラ、早くスキルカードとやらをくれ」
それすら持っていないのかと馬鹿にされたが、今に見ていろ。この平均以上の頭脳と、おそらくこの世界では学ばれていない多くの知識で、最善なスキルを手に入れて、サイクロプスを倒した分のスキルポイントで、目にもの見せてやる。
「では、登録料は私が払いますから、ちょっと待っていてください」
ステラは受付の様な所に駆けていくと、囲んでいた連中の視線が痛い。ステラを顎で使っているとでも思っているのだろう。正直、否定できないので、心が痛む。
そんな痛みに苛まれていたら、ステラが戻ってきて、クレジットカード程の紙きれが渡される。触った感触はプラスチックのようで、意外と鋭利だ。
「まずは名前を書かないといけませんね――あ、その、字は書けますか?」
周りの連中は尚更馬鹿を見る目で見てくるが、ステラは知っているからこそ聞いたのだ。異世界から来たので、この世界の文字が分かるのかと。
正直、礼二も不安でいっぱいだった。
「ちょっと、見せてくれ」
言葉が通じたのだから文字も通じる――と、ダメもとで見てみると、不思議と理解できる。自分の名前も、この世界の文字で書くことができる。
ご都合主義か? なんとなく頭の奥から湧き上がる理解という感覚に迷いながら、羽ペンを渡された。ステラが覗き込むと、しっかりと書けているようだった
本当にご都合主義、というやつだろうか。それにしては出来過ぎな気もするが、書けずに一から学ぶより全然いい。
「それで、次は……」
名前が書けたことに驚いているステラに、次はどうするのかと問えば、スキルカードから取得可能なスキルとスロットが浮き出るらしい。
視線を戻せば、ホログラムの様に文字が浮かび上がり、火の玉だとか、凍結などの魔法っぽいものや、居合と連続切りといった、剣を使う騎士が覚えるようなものも浮かび上がっている。
触れると概要が表示され、どれをどう組み合わせるかと頭にしわを刻もうとしたら、一番下にあるスロットの欄に目を丸くした。
「……なあ、スロットって、十か二十はあるんだよな」
「えっ、ああ、そうですね。平均的にはそれくらいです」
「その、増やす事とかって、できるのか?」
「厳しい鍛錬を一年間も積めば増やせると聞いたことはありますが、どうしたのですか?」
「いや、その、ないんだよ」
えっ。ステラも含めたこの場にいる一同がフリーズした。いや、一番フリーズしているのは、礼二の頭だ。
「スロットが、一つしかない」
ああ、そうか。これは悪い夢だ。サイクロプスからここまで、全部悪夢だろう。
「お休み」
ギルドの床に寝転んだ。夢の中で眠れば目が覚めるとも言うので、眠ろう。ついでに夢の続きでも思考しながら。
「もしもこの夢でスキルが使えたら? クールに凍結系スキルを覚えてみるか? いや、そういう魔法みたいなものなら、炎が鉄板だろうな。ああ、パーティーメンバーの諸君、料理は任せてくれ。俺の炎でバーベキューだ。釣った魚を焼いてもいいかな」
――現実逃避するのは、やめよう。
「一つって、いくらなんでもハードモードすぎるだろ……」
一芸がなんとやらとことわざがあるが、組み合わせを考えていたのだ。水浸しにした相手に雷を浴びせるとか、居合で斬った斬撃を衝撃波みたいに飛ばすとか。
一つでは、どうにもならない。ステラも周りの連中も、反応に困っている。
「その、スキルカードだけ取って職人になる方もいらっしゃいますから、その……」
ステラも言葉を失っていた。
ちくしょう。ただそれだけを頭に浮かべて、仕方なく立ち上がった。
「とりあえず、腹ごしらえだ」
腹が膨れれば、何か妙案が浮かぶかもしれない。そんな淡い期待を寄せていると、ステラだけではなくとりまきたちも元気づけるように接してくれた。
だけど、そんな優しさが辛い。
グデーッと、ギルドの長机にうつ伏せになるように座りながら、スキル一覧に目を通す。どうやら近接用、遠距離用などの戦う冒険者用のカテゴリがあり、それ以外に、錬金術だとか鍛冶だとかのスキルもある。カテゴリはいくつにも分かれており、全ての概要を見るのは大変だ。
「ファイアーボール、スキルレベルに応じて大きさと数の異なる炎の球を投げつける……アイスボルト、氷柱を何本も放つ。これもスキルレベルに応じて変化する……はぁ……」
魅力的というが、実に魅力的なファンタジーのスキルが並んでいるというのに、お試しで使うことすらできない。一度装備すれば外せないので、安々と決めることもできないのだ。
何かを成すために異世界へ来たというのに、そのための力が伴わない。悶々と悩みながら、結局は決めることができずにため息を吐くと、隣に座っていたステラが元気づけようと、言葉を探している。
「いいよ、気にしなくて。所詮俺は、何もできないニートだったわけなんだから」
すっかり卑屈になってしまった自分が恥ずかしいが、異世界に来たというのに、こんな仕打ちでは、前向きになどなれない。
「そ、その、サイクロプスを倒した魔法は使えないのですか?」
「ああ、これね」
ホルスターからマグナムを取り出して、ステラに見せてやる。
「なんだか、火薬の匂いがしますね。それさえあれば、スキルなどなくてもいいのではないのですか?」
礼二はぼんやりと思い返す。ギルドへ来るまでに見た、赤茶色の煉瓦造りの建物が続く道のりや、通行の邪魔にならないように端で露店の準備をしている様子を。
どう見ても中世ほどの世界観で、ステラにマグナムの構造を教えて意味はあるだろうか。
考えてはみたが、どうせ一度は見せているのだ。スイングアウトして空の薬莢を捨てると、最後の一発を手にした。
「簡単に説明すると、指を引っ掛けられるトリガーを引く。そうすると、このハンマーっていう部分が、弾丸――この小さな鉄の塊を叩いて、爆発しながら飛んでく、とでも説明すれば、分かるか?」
ステラは、眉間にしわをよせて、深く考え込んでいる。そうして三十秒ほど経つと、あと一回しか使えない、ということは分かってもらえたようだ。
「一発は切り札ってことにして、なんとか最良のスキルを選ぶよ。しかし、あらかたスキルには目を通したが、どれもパッとしねぇなぁ……」
「スキルのレベルが上がれば、例えばファイアーボールでも、大岩の様に巨大になり、連続して放てますよ? サイクロプスを倒した経験値がスキルポイントに変わっているのでしたら、いっそのこと、何か一つを極めればどうですか?」
「ああ、まあスキルポイントとやらは二十ポイント溜まっているんだが、ファイアーボールを覚えるのに三ポイント使うわけで、そこから先は、サイクロプス一匹分じゃたかが知れているだろう」
他の冒険者にも聞いたことだが、戦闘用のスキルはスキルポイントが三十や四十ほどなければ大した威力にならず、少なければ牽制に使えるくらいにしか用途はないらしい。この小さな街にいる冒険者たちは、そこら辺を組み合わせて補っているらしいが、礼二には、その組み合わせができない。
「山籠もりでもして、スロットを増やすか? コンクリートジャングルで育ってきたシティーボーイの俺が」
無理だ。万策尽きて机に突っ伏すと、ステラは優しげに語りかけてきた。
「異世界だとか、そういうのは、まだ実感が沸きませんが、礼二さんは命の恩人です。せめて一人で生きられるまでは、付き合いますよ。それに、せっかく異世界とやらに来たのでしたら、街を回ってみてはどうでしょうか」
長いことギルドの机にいたので、まだ外のことは詳しく知らない。気分が紛れるかと思い、立ち上がって伸びをする。ステラは案内すると、礼二の手を取った。
「おいおい、子ども扱いはよしてくれ。それにデートじゃないんだから、手を繋がなくてもいいだろ」
「デー、ト? それは異世界の言葉ですか? 分からないので教えてください」
「あー、その、好きあう男女が手を繋いで仲良く買い物に出たりするのがデートだ」
ステラの頭の中で情報が整理されるのを待つこと数秒、顔を真っ赤にして身を退いた。
「れ、礼二さんには恩がありますが、いきなりそんな関係にはなれません!」
「いやまあ、こっちとしても、出会ったばかりの異世界人とデートだなんて馬鹿げていると思うが、案内はしてくれないか? 友達として」
「友達として、ですか。それなら、構いませんが」
しかし、手は繋がれなかった。ほんの少し残念だ。ステラはお世辞抜きでも美人――いや、かわいい系だろう。背も小さく、少し大きめの茶色いブーツとジャケットを身に纏っている。小柄なステラに合うものは、肩から下げている鞄と、青い結晶のついた杖だろうか。
「とにかく行きましょう。小さな街とはいえ、人通りはそれなりにありますからはぐれないでくださいね」
そうして、昼の太陽がてっぺんに登った暖かさの中、スエルの街並みへと出ていった。




