出会い―どんな魔法より強いマグナム―
「ここは……どこだ? 草原か?」
ぼんやりと見えていた光景は、今やハッキリと目に映っている。空を見上げれば月が浮かんでいて、草木は手入れされることなく伸びきっている。
さて、どうしたものか。何かをしなくてはならないのだが、あまりにも大雑把で、どうすればいいのかわからない。
しばらくそのまま考え込んでいると、地震の様に地面が揺れた。震度六弱ほどだろうか。とにかくいきなりのことに身をかがめれば、背後からゲームに出てくるような化け物の咆哮が轟いた。
瞬時に何事かと振り返れば、建物二階分ほどの一つ目の巨人が、こん棒を振り回している。それを華麗に飛び回りながら回避している女の子も見えた。
女の子は、宙を舞いながら、杖先から雷や炎を生み出し、攻撃しているようだ。
だが効いているようには見えず、遠目で見ても、女の子は肩で息をしており、疲労困憊といった具合だった。
『あの子を助けて』
突然、くぐもっているが、お帰りと口にした声が聞こえた。周りを見渡してみても、巨人と女の子しかいない。
なら、今の声はなんだ?
いや、今は考えるより先に、あの子を救うべきだ。
巨人はこん棒を振り上げると、地に膝を付いた女の子へと振り下ろしている。女の子は両手をかざして、半透明なバリアのような物を作りだした。
巨人はそれを壊そうと、何度もこん棒を叩きつけている。女の子もジリジリと後退しており、あのバリアが壊されるのは時間の問題だろう。
「どうしたものか……こんなファンタジーなこと、想定外だぞ」
うーんと考えても、生身で勝てる相手ではない。あんな魔法等使えないし――
「あ、こいつがあるか」
黒光りするPYTHON 357マグナムをホルスターから取り出し、シリンダーを見れば、六発の357マグナム弾が装填されている。ライオンどころか、像ですら仕留めるマグナムは、博物館物の代物だが、礼二なりに改造してあるのだ。この世に砕けない物などない威力に。
弾は六発。練習してきたとはいえ、暴れ回っている頭をぶち抜くのは、少々難しい。
だからといって、図体を貫くのは、分厚すぎて無理だろう。
つまり正確に顔面を狙う必要があるのだ。頭を撃ちぬかれて生きていられる生き物などいない。
ということは、まず、動きを止めればいい。バリアの破壊に注意が向いている間に近寄ると、こん棒を握る右手の肘に狙いをつけた。
「狙い撃たせてもらうぜ」
照準に狂いはなく、磨いてきた銃の撃ち方で放つと、巨人の右肘に風穴が開いた。
なにがどうなっているのか。巨人と女の子も含めて理解していないようだったが、続けざまに右足の膝を撃ち、巨人はバランスを崩した。立ち上がることはできないだろう。
そのまま左側へと回り込み、左手の肘と左足の膝を撃てば、巨人は砂煙と共に倒れた。
「クラシックが一番だ」
ガンスピンをしてホルスターにしまうと、残されたのは、うめき声を上げる一つ目の巨人と、先端に青い結晶のついた杖を持つ、小柄なフードを被る女の子だ。
謎の声は、この子を救えと言った。なぜか言葉が通じるか怪しかったが、一応大丈夫かと声をかける。
その声にハッとしたかのように我に返ると、震える指先で、倒れた一つ目の巨人を指差した。
「あ、あなたが倒したのですか?」
静かだがよく透き通る声で、女の子は驚いている。見たところ、歳は同じくらいだろう。金色の双眸がフードの下からこちらを見ている。
「どうにも、あんたを助けないといけないようでな。純粋な人助けだと思ってくれ」
「純粋な人助けで、サイクロプスを倒すのですか……多くの国が災害認定している魔物ですよ? 土砂崩れや地割れと同等の脅威です。それをどうやって……」
「六回限りの魔法、とでも例えればいいか。それとも武器か? ……まあとにかく、この化け物は仕留めたぜ」
ガッツポーズをしていると、そんなわけないじゃないですかと否定された。
「サイクロプスは、その魔力で傷を回復させます! ずいぶんと大きな穴が開いているようですが、数分もすれば立ち上がって、襲われます!」
「え、マジで?」
どうしよう。動けなくすれば問題解決だと勝手に解釈していただけに、頭が真っ白になる。
いや、落ち着け。平均以上には頭がいいのだから、こんなファンタジーな応用問題も解くのだ。
女の子は逃げましょうと手を取ろうとするが、閃いた。こんな馬鹿デカイ化け物が傷を治して追ってきたら、残りの二発では動きを止められないし、逃げ切るのは不可能だ。
「逃げないで、ここで仕留めるぞ」
ホルスターからマグナムを抜くが、無理ですと女の子は止めた。
「サイクロプスの頭部は、数百年を生きたハイエルフの弓でも、エルダードワーフの大斧でも破壊出来ません! 人間が一人でどうこうできる相手じゃ……」
「なら賭けるか? こいつの頭ぶち抜いたら、あんたに道案内をしてもらう。ぶち抜けなかったら……その時は、その時だ」
自信ないじゃないですか! 女の子は騒ぎ立てるも、マグナムをサイクロプスとやらの頭部に向ける。
どうみても異世界なこの場所で、災害扱いされている化け物と、人間の英知の結晶。どちらが勝つか。
「そらよっ!」
マグナムの衝撃を腕で逃がしつつ、弾丸はサイクロプスの頭部に食い込むと、そのまま脳みそをグチャグチャにして、頭蓋骨を貫通した。
弾丸は彼方へと飛んでいき、サイクロプスはうめき声も止んで、地に付した。
「おー、マジでできちゃったよ――ま、一件落着ってことで。はい、俺の勝ち」
正直不安だったが、やはり頭を撃ちぬかれて生きていられる生き物などいない。ホルスターに残弾一発のマグナムをしまうと、ドヤ顔で女の子に視線を向ける。
その小さな口は開きっぱなしで、現実を受け止めきれていない。
「おい、倒したぞ。おーい、聞いてるのか?」
開かれている瞳の前で手を振れば、また、ハッと我に返った。
「な、なんなのですか今のは。聞いたことのないすごい音がしましたし、一瞬ですけれど、鉄の塊がありえない速さで飛んでいったように見えたのですが」
「あんた、目がいいな。まあ、細かいことはいいだろ。おかげで助かったんだからよ」
「それはそうですが……あっ、その、申し遅れました。私は猫耳族のステラ・シャーノと申します」
丁寧なお辞儀をするが、自己紹介だけで、ここが元いた世界でないと理解する。
それにしても、
「猫耳族、だったか? 見たところ、普通の耳をしているが、コスプレか?」
「コス、プレ? 聞いたことのない言葉ですね」
フードの下から見える金色の髪の横には、人間の耳がそのままついている。この疑問に、ステラは違和感を抱いていた。
「ええと、こちらの耳は飾りみたいなものでして。音を聞いているのはこっちです」
茶色いフードを取った先には、金髪のボブカットのてっぺんに、猫耳が二つ付いている。
ピクピクと、本物の猫のように動いているそれは、コスプレではない。ファンタジーすぎて理解が追いつかなかった。
「えーと、勢いに任せてこんなところに来ちまったわけだが、なんだっけ? エルフやらドワーフ、それに猫耳族? ……頭痛がしてきた」
こめかみを押さえる礼二に、ステラを名乗った女の子は、難しい顔をしている。
「色々と聞きたいのですが、まずあなたの名前は何というのでしょうか」
「ああ、すまん、忘れてた。俺は柊礼二だ」
「ヒイラギレイジ? ずいぶんと変わった名前ですね」
「違う違う! 柊と礼二で別れているんだよ」
「そうですか。でも、そんな名前初めて聞きました。それに、サイクロプスもそうですが、エルフやドワーフを知らないような口ぶりですが」
正直に暴露するか、秘密はクールに秘めておくか。少し迷ったが、この先『何かを成す』ためにも、この世界について詳しく知らなくてはならない。
「俺は……例えるなら、とんでもなく遠くから来た身でな。そこには、あんたが使っていた魔法みたいなものは一切ないし、エルフもドワーフもいないし、魔物も一匹もいない。代わりに、人間が人間を襲っているがな。とにかく、そんな遠くの地で育ったのが俺で、そこで作られたのが、このPYTHON 357マグナムだ。ちょっとした都合から、ついさっきこの近くに……飛んできた、ようなもんだ」
異世界人相手に元の世界について語るのがこんなにも難しいとは。しかし、ステラは猫耳をピクピクとさせながら、肩からかけていた小さなカバンを開ける。
「きっと疲れているのでしょうね。猫耳族の里で作られた砂糖菓子です。食べれば落ち着きますよ」
完全に信じられていない。痛い子を見る目だ。
「わかったよ! 誤魔化さず言うよ! 俺は、こことは違う世界から来た! こいつはそこで作られた武器で、俺はその世界で二十三年間生きてきた! それで、この世界にやってきたんだよ!」
だから、エルフもドワーフも知らない。全部ぶちまけてみると、ステラはクンクンと礼二を嗅いだ。
「確かに、嗅いだことのない臭いですね。それに、魔力もほとんどありません。ですが、違う世界ですか」
ステラは何度か頷くと、礼二を見据えて頭を下げた。
「命の恩人を疑ってしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、こっちも信じろってのが無理な話だったからな。お相子ってことにしよう」
とりあえず信じてはもらえた。聞きたいことは山の様にあるので、何から問おうかと両手を組んだ時、ふと、気がかりなことがあった。
「なんで、あんな化け物を相手に一人で戦ってたんだ?」
災害レベルとかいう化け物に、たった一人で挑むのは無謀すぎる。そこら辺を聞くと、囮ですと俯いた。
「ここから西へ行った先に、小さな街があります。偶然私は居合わせたのですが、街にいる占い師さんがゴブリンの群れが近づいているだとか、サイクロプスが攻めてきているとか言い出しまして……半信半疑でパーティーを組んでここまでやってきたのですが、まさか本当にいるとは思わず、仲間を逃がすために囮になりました」
「囮って……パーティーとやらが俺の知っている騎士だとか魔法使いの集まりなら、もっと勇敢な男はいなかったのか」
パーティーの定義は知っているのですね。ステラはそう口にしたが、そのパーティーの中で、サイクロプスの足止めができるのは自分しかいなかったらしい。
「猫耳族は生まれもって魔力が高く、俊敏に動けます。私は族長の娘でして、覚えられるスキルも人並み外れて多く、一応名が知れ渡っているのです」
「スキルね。ゲームの世界だな……ああいや、なんでもない。それにしても、あんな化け物を女の子一人に押し付けるのは情けねぇな」
それはともかく、これまでの経緯とこちらについては知れたし、知ってもらえたので、今度はこっちが助けてもらう番だ。
「ここは俺にとっては右も左もわからない世界だ。恩着せがましいとは思うが、道案内と、この世界の常識を教えてはくれないか?」
両手を合わせて頼みこむと、ステラは苦笑いを浮かべていた。
「それを断ったら、先祖や里の仲間に顔向けできませんよ」
かくして、異世界転移は成功した。道案内と常識も、西にあるという街まで歩くついでに教えてくれるという。いったい、誰が何をさせたいのかは分からないままだが、違う世界でくらい、前向きに生きよう。




