プロローグ
夢を見ている。それだけは確信が持てた。目の前には魔王がおり、勇者となった礼二が、仲間たちと共に戦っている。
しかし、魔王は敗北を認めたのか、空間を歪ませた。波の様に歪んでいる中へ、魔王は逃げていく。
逃がしてなるものか。礼二は夢の中で、魔王が逃げていった歪みの中へ飛びこんだ。
そこは、どちらが上で下なのか分からない空間で、魔王は追ってきた礼二に舌打ちをうつ。だが傷ついた魔王は襲い掛かってくるわけではなく、空間の中を逃げ、別の歪みへと飛びこんだ。
礼二はそれを追った。そこでたどり着いたのは――
朝が来て、小鳥のさえずりが聞こえてくる。窓から差し込んだ優しげな朝日は、柊礼二を照らして、あくびをしながらも起き上がった。
また、あの夢を見ていた。礼二が勇者になって、弓や斧、魔法の杖を持つ仲間たちと共に、魔王城へ乗り込んで戦う夢。正直、レム睡眠だと寝た気がしないので、勘弁してほしい。礼二はノンレム睡眠で、ゆっくりと長く寝ていたいのだ。
この、ニート生活の間くらいは。
今年で二十三になる礼二は、背も高く、顔もロシア人の血を引いているので整っていて、銀髪だ。それに瞳は澄んだ青色をしている。運動神経も勉強も平均以上にこなしてきて、一流の大学へと進学した。
人生が順風満帆。大学の講義室で自己紹介をして、興味が同じ――映画好きの友達もたくさんできた。
しかし、そこからが、ダメだった。
始めこそハーフだからと、言い寄ってくる女や男友達もいたが、礼二の器用貧乏ならぬ、器用金持ちとも呼べる能力から、妬みを抱かれるようになったのだ。
この、ジェームズ・ボンドを演じたダニエル・クレイグと同じ百八十ほどの身長やしまった体重。どんなテーマでも数十分で論文を書き終える礼二に、人は次第に離れていった。
気が付けば、ボッチだった。まさか自分がこんな目に合うとは夢にも思っていなかったので、現実を受け止めるのに時間がかかった。
しかし、ボッチはやがて嘲笑の的となり、小学生の様ないじめが始まった。丁度、大学の二年生になる頃だ。
いくら外側が優れていても、内側までとはいかない。やがて礼二は耐え切れなくなり、引きこもりになった。それから二年ほどした今では、大学も辞めて、ニートになってしまった。
とは言っても、両親の経営する店の手伝いで活躍はしていたのだが。
「護身用ですと、こちらがおすすめになります」
スーパーの野菜売り場の様に、火器が陳列されている。拳銃にライフル、ロケットランチャーに狙撃銃がこれでもかと並んでおり、小奇麗に着飾った客は一つ一つ吟味していた。
『火器取扱店』。日本にアメリカが受け入れられなくなったメキシコの移民を無理やり引き入れ、他にも感染症から逃げるために中国や韓国からも移民者は相次ぎ、今やアメリカに次ぐ移民大国となった。
そうなると、当然治安は悪化するわけで、銃や麻薬の密輸も行われていた。つまり、移民者が銃器と麻薬を持って武装したのだ。
まるで、日本を征服するかのように増加した武装移民に対し、日本政府は苦渋の決断で、一般人にも銃器の所持を認めた。
ここは、そんな人を殺すために人が作った武器を売る店。
礼二も暇なので、手伝いがてら、裏にある射撃場で撃ち方を学んでいた。
元々興味はあったので、知識として様々な拳銃の特性を知り、弾丸の構造を学び、今では客にお勧めの品を提供できるようになった。
給料は払われない手伝いなので、ニートのようで、ニートでない生活を、礼二は過ごしていた。
とはいえ、なんだろうか。あの夢に出てくるファンタジー世界で、魔王を相手に戦う夢は。どういうわけだか、日に日にリアルになっていく。
「ゲームをやりすぎたか?」
ニート生活は暇なのでゲームをして、ライトノベルを呼んでいたので、その影響かもしれない。それにしては奇妙な現実味があるが。
考えてもしょうがない。所詮夢なのだから。
「ライニング行くか」
後ろ向きばかりではいけないと、いつからかランニングを始めていた。桜も散った初夏の暖かさの中、ランニングシューズに履き替えると、忘れないようにホルスターを腰に巻く。そこへどっしりと重いPYTHON 357マグナムを入れる。
この重みは、人の命の重さなのだろうか。
なんとなく詩的なことが頭に浮かんだ礼二は、頬を叩いて目を覚ますと、ジャージ姿で家の外へ出る。
今や、どこから移民者に襲われても文句を言えないので、警戒しながらも、閑静な住宅街にまで走る。ここなら、移民者も浮浪者もいない。
川も流れているので、それに沿って走り出した。いつものペースで、呼吸を整えながら走る。
なんてことない、いつもの事だった。このまま帰って夕飯まで手伝いをして、風呂に入って寝る。そんな当たり前な未来が待っているはずだった。
だが、礼二は思わず走るのを止めて、目の前の光景に言葉を失う。
「魔王が逃げた、歪み?」
目の前には、丁度人間一人分ほどの大きさで、波うつように空間が歪んでいる。その先に、草原らしきものを映しながら。
こんなもの、夢だ。白昼夢というやつだろう。真面目に考えるだけ無駄だ。
――そう割り切ろうとしても、無意識に歪みへと歩を進めてしまう。この先に行かなくてはならないと、全身の血液が叫んでいるようだ。
『約束だよ、必ず戻ってきてね』
『ああ、約束だ』
誰かと、もう一つ――自分の声が聞こえたかと思う頃には、歪みの先へと足を踏み入れていた。
この先で、何かをしなくてはならない。そんな確信を心に抱いて、歪みを抜けて行く。
『お帰り』
誰かの――中性的な女性の声がして、歪みを通り抜けた。




