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Cafe Shelly

Cafe Shelly アフタークリスマス

作者: 日向ひなた

 クリスマスイブ、十二月二十四日。私はこの日が大嫌い。どうしてかって? 理由は二つある。

 一つ目の理由、それはこの日が私の誕生日だから。小さい頃はクリスマスと誕生日のパーティーが一緒だったので盛大にお祝いしてもらえたからうれしかった。けれど小学三年生の時に両親が離婚して、お母さんがクリスマスイブの日も仕事に出るようになってから、クリスマスパーティーも誕生日パーティーも一気に失ってしまった。それ以来、私は姉と二人だけでこの日を過ごすようになった。だからクリスマスイブは嫌い。

 もう一つの理由、それは今の仕事にある。私の仕事はパティシエ。もちろん望んで就いた仕事。子どもの頃からお菓子作りが大好きで、将来の夢は私が生まれ育った街に小さくていいからみんなに愛されるケーキ屋さんをつくることだった。しかし私が高校を卒業して就いた仕事は事務職。そのころは現実を見るようになり、地元で普通の暮らしをしていた。けれどケーキ屋さんの夢を捨てきれず、二十六の時に思い切って仕事を辞め、お菓子作りの専門学校に入学。二十八で卒業し、縁あって地元から遠く離れたこの土地の有名なケーキ店に就職。そして今年、三十三の誕生日を迎える。

 で、どうしてクリスマスイブが嫌いなのか。パティシエの仕事、一年で一番忙しいのがこの日。世間ではケーキを買ってはしゃぐ日。私たちはそのためのケーキを一日中つくり、売る日。だからこの仕事に就いてからは、誕生日なんて誰にも祝ってもらったことがない。それどころか、忙しさのあまりに罵声を浴びせられる一日になる。

 私のいるお店は、業界でも有名なパティシエの神無月さんのお店。神無月さんはパティシエの本場フランスで修行し、有名な賞もとっている。また雑誌やテレビの取材もたくさん受けて、超人気有名店として地元でも評価が高い。このお店に就職できただけでも奇跡に近い。よほど私が優秀なパティシエに思うかもしれない。

 が、事実はまったく逆。そもそも二十六でこの世界に足を踏み入れたことで、人よりも遅れているのがわかる。普通は高校を卒業してから専門学校に入る。だから周りの人よりも八年遅れている。

 さらに私の作業は人よりも遅い。しかもセンスがイマイチ。中学校時代の美術なんて3以上をとったことはない。運と思い切りだけでここまで生きてきたようなもの。

 そして今年もクリスマスの季節が訪れようとしている。私の嫌いな日がやってくる。

「由紀恵、イチゴはまだかっ!」

「はいっ、もうすぐです」

 クリスマスじゃなくても毎日が戦争のような職場。けれどそれを望んでここにやってきたのは私。私に命令をしているのはセカンドの河原さん。年齢は私とそんなに変わらない。がっちりとした体型の、いかにも体育会系といった人。その体つきからどうやったらあの繊細なデコレーションが生み出せるのか、これが私たちの中では七不思議の一つにあげられている。

 私はいつも河原さんの使いっ走りような仕事ばかりさせられている。今も河原さんに言われてイチゴの下ごしらえをしているところ。でも、こんな簡単な仕事はもっと若い人にやらせるべきなのに。そう思いながらもセカンドには逆らえない。そういう業界なのだから。

 隣では私より年下の子がスポンジに生クリームを塗っている。年下、といっても経験は私より二年ほど上だけれど。

「由紀恵さん、もうちょっと向こうでやってくれますか?」

 なによっ、私の方が先にここで仕事をしていたのに。そう思いつつも無言で場所を移動する私。ここのスタッフの中じゃ年齢は上の方なんだけど。いつもこんな感じで立場は下になってしまう。でも、自分の夢のためにはがんばらなきゃ。

「由紀恵さん、今夜どうします?」

 今夜、というのは忘年会のこと。クリスマスを控えた十二月、この店では年末以外では明日が休みとなる。そのため、その前日に忘年会をやるのが恒例になっている。しかしこれは強制参加ではない。家族のいる人は、クリスマス前の最後の休みということでゆっくりしたいという声もある。そのため希望者だけの忘年会。まぁ私は独身だからもちろん参加するつもり。

「じゃぁ八時に喜楽屋ですから。よろしくお願いします」

 八時か。この日ばかりはみんな気合いを入れてお店を早く終了させる。閉店は七時。喜楽屋はお店からすぐ近く。だからそろっていくことになるが、中には残って仕事を終わらせてから来る人もいる。私はそんなことしたことはないけれど。だが今年は事態が変わった。

「うそっ!」

 閉店間際、あさってのためのクッキー生地を確認したところ、なんと冷蔵庫がいつの間にか故障している。

「今日は誰の担当だ?」

 セカンドの河原さんが叫ぶ。クッキー生地の担当は毎日交代制でやっている。よりによって今日の担当は私。

「はい…」

 恐る恐る名乗り出た。

「ったく、何やってんだ!」

「す、すいませんっ。でも、まさか冷蔵庫が故障だなんて…」

「言い訳するなっ! とにかく、今日中に生地の仕込みをやり直せよっ!」

 ってことは残業になるのか…。

「由紀恵さん、手伝いましょうか?」

 今年入ったばかりの若い男性スタッフ、三池君が声をかけてくれた。

「ううん、大丈夫。今年は三池君の歓迎も兼ねているんだから、気にせずに忘年会の方に行ってね」

 三池君の言葉はありがたかった。が、その気持ちを持つのも今年限りだろう。なぜなら、ここのスタッフは仲間でもあるけれどライバルでもあるから。次のセカンドは誰になるのか。それを狙っているからだ。

 実は今のセカンドの河原さんは来年の春に独立することが決まっている。自分の店を持つそうだ。そのため、次のセカンド争いが繰り広げられている状況。まぁ私は論外だから気にしてないけれど。

 で、結局通常の仕事が終わった後、私は一人残ってクッキー生地の仕込みに入った。普段は人が多くて狭く感じる厨房。けれど一人になるとこんなにも寂しいんだ。その中で黙々と仕事を続ける私。

 冷蔵庫の故障、私のミスならともかく不可抗力じゃない。なんでこんな思いをしなきゃいけないんだろう。そう思ったらだんだん悲しくなってきた。悲しくて悲しくて。目から涙がこぼれ落ちた。

「おい、泣いてたらクッキーが塩味になるだろうがっ」

 突然声をかけられびっくりした。そこに現れたのは河原さん。

「ど、どうして?」

 でもすぐに理由はわかった。河原さんの後ろには作業着を着た男性が工具箱を持って立っていた。そうか、冷蔵庫の修理に来たんだ。

「由紀恵、さっさと作業を進めろ。じゃないと忘年会が終わってしまうぞ」

 河原さんはぶっきらぼうにそう言う。そして修理工の人に怖い顔であれこれ指図。私は黙って作業の続きを行った。時計の針は九時を回っている。急げば二次会くらいには間に合うかな。けれど、河原さんがそばにいると緊張して思ったように作業が進まない。

「あぁ、ブレーカーが故障していましたね。これを取り替えたからもう大丈夫です」

 どうやら修理は終わったようだ。修理工の人はぺこぺこ頭を下げながら帰っていった。これで河原さんも帰るんだろうな。そう思っていたのだが。

「由紀恵、あとどのくらいかかりそうなんだ?」

「えっ、あ、あと形を作れば終わりです」

「そうか」

 そう言って河原さんは手を洗い、白衣を着て私のそばに来た。

「おまえは作業が遅いからな」

 河原さん、今まで私が立っていたところを陣取り、私の作業を横取りした。私は河原さんの作業を隣でじっと見つめている。その手際の良さ、そして技術の高さ。さすがセカンドなだけのものを持っている。あっという間に作業が完了。そして修理したての冷蔵庫へと生地が保管された。

「あ、ありがとうございます」

「バカ野郎、お前のためにやったんじゃねぇ。作業があまりのろいと味に響くだろうが。丁寧にやればいいってもんじゃないんだ」

 また叱られた。河原さんにはいつもそうだ。けれど私は河原さんの技術はオーナーの神無月さんよりも上だと思っている。だからとても尊敬をしている。その言葉には愛情を感じるし。

「はい、ありがとうございます」

「ったく、由紀恵はその素直なところだけはほめられるんだがな。で、今から行くのか?」

「えっ、あ、忘年会ですね。はい、行きます」

「そうか。じゃぁ一緒に行くか」

「えっ、河原さんと?」

「なんだよ、オレじゃ不満か?」

「いえ、とんでもありません…」

 なんだか急に緊張してきた。河原さんとは職場では当たり前に一緒にいるが、そこを離れたところで二人だけでいるなんてことは初めてだし。

「とにかく急いで行くぞ。早く支度しろよ」

「はいっ」

 なんだか妙に緊張してきちゃった。とにかく急がなきゃ。

 遅れていった忘年会。場はすでに終焉を迎えていた。結局喜楽屋では何も口にすることができずにそのまま二次会のカラオケへ。お腹空いたなー。

「お前ら、そのままカラオケに行くんだろう。オレと由紀恵はメシ食ってないから遅れていく」

 河原さん、私に何も言わずに強引に決めてしまう。まぁありがたいけれど。

「由紀恵、メシつきあえ」

 だから、順番が逆でしょ。そう思いながらもハイと返事をして河原さんについていく私。

「ラーメンでいいか?」

「はい」

 結局みんなから離れて、また河原さんと二人きり。

「由紀恵、お前いつかは田舎に帰って店を持ちたいんだったよな」

「えっ、えぇ…」

 いきなりその話題か。

「店を持つとなると、誰かを雇うことになるだろうな」

 そんなところまでまだ考えていない。今は目の前のことをこなすのに必死だし。

「でも、今のお前の技術じゃまだまだ店を持つなんて無理だ」

 それはわかってるわよ。河原さんって悪い人じゃないんだけど、どうも言葉がきついのよね。私はハイとしか返事ができなかった。

「ここのラーメン屋がうまいんだ。入るぞ」

 河原さんの後に続いてラーメン屋に入ると、再びさっきの話の続き。

「由紀恵、お前には足りないものがある」

 河原さん、ホント唐突だ。

「お前のデコレーション、見た目はきれいになった」

 これは正直自信がある。神無月さんや河原さんには及ばないけれど、他のスタッフの誰よりもその技術は高いと思っている。けれど、なぜか私にはその機会がなかなか与えられない。これは不満だった。

「だがな、きれいなだけじゃだめなんだよ」

 ずっと黙って聞いていたが、ここだけはちょっと反論。

「どうしてですか? デコレーションって見た目のきれいさじゃないですか。なのにどうして私にそれをやらせてくれないんですか?」

「お前のは見た目だけなんだよ。伝わるものが何もない」

 伝わるものって何よ? 私が黙っているとラーメンが運ばれてきた。

「とりあえず食え」

 そのラーメン、それこそ見た目はあまりきれいじゃない。なんか乱雑に乗せられた具。でもおいしそう。お腹が空いているからかな。

「いただきます」

 河原さんが言うように、確かにここのラーメンはおいしい。

「由紀恵、うまいだろう」

「はい」

 食べている間に交わした会話はそれだけ。河原さんってこれだけぶっきらぼうなんだから、彼女なんていないんだろうな。私もあまり彼氏にはしたくないタイプ。頑固で一方的で、会話がつまらない。食べ終わってから、河原さんは私をじっとにらんでいる。

「な、なんですか…?」

 その視線にたじろぐ私。

「由紀恵、今お前に足りないもの、何かわかるか?」

「足りないものって…そりゃ私はまだパティシエとしての技術は未熟です。でも、気持ちだけは誰にも負けません。作業が人よりも遅いのは自覚しています。これにスピードがついていけばとは思っていますけど」

 すると河原さん、また私をじっとにらむ。しばしの沈黙の後、業を煮やして言葉を出したのは私。

「あの…河原さんは私に何が足りないと言うんですか? デコレーションの技術なら負けていないと思うんです。ただ時間はかかるけど。それにさっき言った伝わるものがないっていう、この意味がよくわからないんです」

「わからない、か。こればかりはオレがおまえに教えるわけにはいかないんだよ。そうだな…」

 そう言って河原さんはメモ帳を取り出し何かを書き出した。

「明日の休み、ここに行ってこい」

 手渡されたメモ。そこには地図が書かれてあった。そして行き先は「CafeShelly」と書かれてある。

「オレの知り合いがやっている喫茶店だ。そこに行けばお前も何かに気づくだろう。さ、そろそろ行くとするか」

 結局この日の二次会のカラオケは、私一人盛り上がることができずに終了。私をこんな状態に陥らせた河原さんは、十八番のアリスのチャンピオンを思いっきり熱唱してはいたが。解散してから再度河原さんは私にこう言った。

「明日、必ずカフェ・シェリーに行くんだぞ。わかったな」

 半分は聞いたふりしようかと思ったけれど、あそこまで言われて行かなかったら後が怖いな。確か河原さんの友達がやっているって言ってたし。河原さんのことだから必ず後で確認をとるはずだ。仕方ない、明日は言うとおりにして行くとするか。

 そして翌日、起きたのは十時過ぎ。ここまでゆっくり寝たのは久しぶりだな。ふと携帯を見るとメールが入ってる。誰だろう?

「由紀恵、必ずカフェ・シェリーに行くんだぞ」

 河原さんだ。もう、しつこいんだから。ここまでやるなんて、絶対あの人彼女にふられるタイプだな。仕方ない、どうせやることないんだから行ってみるか。身支度をしてお昼には出かけることに。喫茶店だから食べるものもあるだろうし。河原さんからもらった地図を頼りにでかけてみた。よく考えたら、私この街に来てこんなにゆっくりと歩いたことなかったな。

「へぇ、こんな通りがあるんだ」

 パステル色で明るく彩られた道。両脇にはブロックでできた花壇。道幅は車が一台通るほど狭いけれど、その分にぎやかさを感じさせる。私は通りにある雑貨屋やブティックをきょろきょろ見ながら、地図に書いてある喫茶店を探した。

「あ、ここの二階だ」

 通りに喫茶店、カフェ・シェリーの黒板の看板を見つけた。二階に駆け上がりドアを開く。

カラン、コロン、カラン

 心地よいカウベルの音とともに聞こえるいらっしゃいませの声。かわいらしい女性の声だ。ほとんど同時にカウンターから低くて渋い男性のいらっしゃいませの声も。

 店内は驚くほど狭い。奥の窓際の席は四人がけ。真ん中に三人がけの丸テーブル。両方ともお昼時のせいかお客さんが座っている。

「こちらへどうぞ」

 私が案内されたのはカウンター席。ここもすでに男性客が二人座って、残りの二席の端の方に座ることになった。見たところ何の変哲もない喫茶店。ここで私は何かに気づくことなんかできるんだろうか?

「あの、失礼ですが佐倉由紀恵さんですか?」

 カウンターのマスターらしき人が私に話しかけてきた。

「えっ、どうして私の名前を?」

「いえ、河原に今日佐倉さんがいらっしゃるからよろしくと言われたもので」

 河原さん、どこまで手回しがいいのよ。これじゃあの人から逃げられないなぁ。

「もしよろしければこちらを召し上がりませんか?」

 マスターから紹介されたのは「シェリーランチ」。一日二十食限定となっている。内容はホットサンドとコーヒー、そしてデザートとなっている。

「このデザートってどういうものですか?」

「あ、それは私の妹がつくるケーキなんです。妹は前にケーキ屋をやっていてですね、それでお願いしているんですよ」

「へぇ、ケーキ屋さんですか。私もいつか自分のお店を持ちたいと思っているんですよ」

「それで今は河原と同じお店で修行をしているんですか」

「はい、今は河原さんにいろいろと指導をいただいています。それで今日はここに行けと言われて来たんです。私に足りないものがわかるから、と言われて…」

 ここでマスターは何かを悟ったみたい。にっこりと笑ってこう言ってくれた。

「なるほど、河原らしいな。じゃぁちょっとおまけを付けてあげましょう」

 そう言ってマスターはランチの準備を始めた。私はそれをぼーっと眺める。すると今度は後ろから声をかけられた。

「あの、河原さんと同じ職場にいらっしゃるということはパティシエなんですよね」

「え、あ、はい」

 声をかけてきたのは店員の女性。すごくかわいらしいな。

「もしよかったら教えて欲しいことがあるんですよ。私、ここでクッキーを焼いているんですけど、どうしても見た目がうまくいかないんです。何かコツがあるんですか?」

 クッキーか。私はケーキのデコレーションは得意技。でも河原さんはそれに何かが足りないと言ってたな。クッキーのコツは知ってはいるけど、あまり積極的にやろうとは思っていない。でも、せっかく尋ねられたんだから答えてあげなきゃ。

「どんなクッキーを焼いているんですか?」

「あ、それならランチのおまけにつけてあげるからもう少し待ってて」

 横からマスターがそう言ってきた。

「はい、ホットサンドと特製コーヒー。デザートはもう少し待っててくださいね。マイ、デザートの方よろしく」

 マスターがカウンター越しに渡してくれた。コーヒーのいい香りがする。まずはそのコーヒーを口に含む。そのとき、なぜか私のふるさとのイメージが頭に浮かんできた。なつかしい香り。ちょっと田舎町だけど、ほのぼのとした雰囲気がある。そしてそこに一軒のケーキ屋さんがある。そんなに洒落たものじゃない。けれどそこには笑顔と愛情がたっぷりと注がれている。そしてそのお店に立っているのは私。そう、私はこんなケーキ屋さんがやってみたいんだ。ふとそんな空想を思い描いていた。

「おいしいコーヒーですね。なんだか私のふるさとの香りがします」

「へぇ、それはいいですね。他に何か感じたものはありますか?」

 感じたこと、それはさっき空想で描いた未来のケーキ屋さん。明るい笑顔と愛情に包まれた私の店。でも、これを口にするのはさすがにはずかしい。だって、コーヒーを飲んでそんな空想を思い描いただなんてさすがに言えない。私は愛想笑いで場をにごし、ホットサンドにかぶりついた。

 しばらくするとさっきの女性、確かマイさんって言ってたな、がケーキを運んできた。さらにクッキーも付け合わせでのっている。

「これが私の作ったクッキーなんです。そしてケーキのデコレーションも私がやったんですよ。あまり見た目がきれいじゃないけど」

 ケーキとクッキー、確かにどちらも見た目は素人っぽさが出ている。神無月の店でこんなものを出したらこっぴどく叱られるのは目に見えている。でもここではそんなことは言えない。

「わぁ、おいしそうじゃないですか。いただきまーす」

 私は先にクッキーを口にした。続けてコーヒーを飲む。そのとき、一瞬にして私は別世界へと足を踏み入れた。

 そこはクリスマスの飾りに彩られた世界。そんな中、楽しそうにパーティーをしている人たちがいる。

「あ、主役が来た!」

 誰かがそう言う。その瞬間、クラッカーが鳴り響く。それは私に向けられたもの。

「お誕生日おめでとー」

 そうか、今日は二十四日、クリスマスイブであり私の誕生日なんだ。今までこんなふうに祝ってもらったことはない。そのパーティーの輪の中で私は楽しそうにはしゃいでいる。そっか、クリスマスイブってこんなに楽しいものだったんだ。

 そして出てきたケーキ。サンタの飾り付けと一緒に私への誕生日メッセージが書かれている。それを運んできたのは、なんとセカンドの河原さん。

「ほら、お前のための特製ケーキだぞ」

 口調はぶっきらぼうだけど、そこには愛情を感じることができる。私は思いきってろうそくを消す。あぁ、こんなにみんなにお祝いされてとても幸せ。この感動を形にしたい。もっと多くの人に分けてあげたい。

 そのとき、目の前がぱぁっと明るくなって、気がついたら現実に戻っていた。

「あ、あの…私…」

 今の世界が夢だったのか現実だったのか、なんだかぼんやりしてわからなくなった。

「なにか見えましたか?」

 マスターがにっこりと笑って微笑みながらそう言った。私が不思議そうな顔をすると、マスターはこんな解説をしてくれた。

「実はこのコーヒー、シェリー・ブレンドにはその人が欲しいと思っているものの味がするんです。さらに先ほど食べて頂いたクッキー。これとあわせると、人によっては自分が欲しいと思っているものの映像が見えることもあります」

 まさか、そう思った。が、確かに私が見たものはその通りだった。さっき見た光景。私は今まで誕生日をみんなから盛大に祝ってもらったことがない。それどころか当日は戦争。私ですら終わった後に誕生日がきたことを忘れてしまうほど。けれどやはり誕生日は祝って欲しい。あれっ、でもどうして誕生日ケーキを持ってきたのが河原さんなんだ? そんな願望、あるとは思えないんだけど。

「ケーキもよかったら召し上がってください」

 マイさんの声でまた我に返った。

「はい、ありがとうございます」

 見た目は素人っぽさが残るケーキ。それを口に入れる。

 あれっ、何この味? 口の中から何かがあふれ出る感じがする。なんだろう? あたりをキョロキョロしてみる。するとその感触がなんなのかがはっきりとわかった。私が感じたもの、それは目の前にいるマスターやマイさんの笑顔そのものだった。味と笑顔、これがどうしてつながるのかはわからない。けれどそこからにじみ出る愛情の感覚。それがとても共通していることに気づいた。

「あの…わたし…」

 何かを言おうとした。けれど何を言っていいのかわからない。言葉にならない自分の思い。けれど、それを察してくれたのかマスターがこう言ってくれた。

「河原のヤツから聞いています。佐倉さん、お誕生日がクリスマスイブなんですよね。そしてその日は全国のケーキ屋さんにとっては戦争のような日。だから今まで一度も誕生日を祝ってもらったことがない。だからクリスマスイブが嫌いだって」

 私、河原さんにそんな話をしたことあったかしら。でもマスターの言うとおり、私はクリスマスイブが嫌い。けれど本当は好きになりたい。さっき見た映像のように、みんなが私の誕生日を祝ってくれる。そして私もみんなに愛情のこもったケーキを…

「あ、そうか、そういうことなんだ」

 今はっきりとわかった。河原さんが言っていた、私に足りないものというのが。

「マスター、ありがとうございます。今わかったんです。私に足りないものというのが何なのか」

「それ、よかったら聞かせてもらおうか」

 えっ、何っ? 後ろを振り向くと、そこにいたのは河原さん。いつの間に…。

「おいおい、彼女を驚かすなよ。それに今日お前が来るなんて聞いてなかったぞ」

「そりゃそうだ、言ってなかったからな。それにコーヒーを飲みに来るのにわざわざお前に断らなきゃいけない義理はないからな。シェリー・ブレンド、頼むぞ。で由紀恵、何がわかったんだ?」

 突然の河原さんの登場に、まだ気持ちが動揺していた。黙り込んでいると、再び河原さんの声。

「おい、由紀恵、聞いてるのか?」

「あ、はい」

「で、何が足りないのかがわかったのか?」

「えっとですね、私に足りないもの、それはお客様への愛情です。本当においしいケーキを食べてもらいたい。その気持ちが足りていませんでした。私、形にこだわりすぎていました。きれいであれば、おいしそうに見えればそれでいいと思っていました」

 河原さんの目を見ると、催眠術にかかったように思っていた言葉が次々と飛び出してきた。自分でも、言いながら自分の思いが自覚していくのがよくわかった。

 河原さん、しばらく私をじっとにらんでいた。あれっ、間違いだったの? ひょっとして別のものだったのかな?

「由紀恵、よく気づいたな」

 河原さん、今まで見たことのない顔で私に微笑みながらそういってくれた。河原さんが笑った顔なんて始めて見たような気がする。

「お前の丁寧な技術、これはオレも神無月さんも認めるところではある。確かに見た目はきれいだ。しかしどうしてもお前の商品からはおいしさが伝わらないんだよ。そこで思い出した。お前、クリスマスイブが嫌いだったよな」

「はい。誕生日がクリスマスイブで、今まで人にちゃんと祝ってもらったことがないから」

「だからだな。だからお前の作ったケーキからはぬくもりが伝わってこない。どこか冷たいんだよ。まぁケーキが温かくては食べられないがな」

 河原さん、そういうとにやりと笑った。ここでしばしの沈黙。

「河原、お前はいつまで経ってもジョークの腕が未熟だな。今のでみんな凍り付いてしまったぞ」

 あれっ、ここって笑うところだったの? 河原さんって冗談なんか言わない人だから、マスターの解説がなかったらどう反応していいのかわからなかった。

「ぷぷっ、はははっ」

 なんだか急に笑いがこみ上げて来ちゃった。だってあの河原さんが冗談を言うんだから。

「ったく、うるせぇっ。でも由紀恵、その笑顔がいいんだぞ」

 笑顔、か。後少しで始まるクリスマス戦争。笑顔なんて考える余裕もなかったな。私が目指すケーキ屋さん。そこには笑顔と愛情があふれている。そのためには、まず私自身が笑顔と愛情であふれなきゃ。

 そうなると後一つ欲しいものがあるのよねぇ。私だってもう三十路を過ぎたとはいえ、一人の女性。この季節、どうしても欲しくなるのが彼氏よね。どこかにいい人、いないかしら。

「由紀恵さん、もしよかったらケーキのデコレーションの方法、教えてもらってもいいですか?」

 マイさんから言われて思い出した。そうだった、それを教えることにしてたんだ。

「えぇ、いいわよ」

「じゃぁ、狭いですけどこちらへ」

 キッチンになっているところへ案内され、私はマイさんに生クリームのデコレーションのコツを教えることに。ここでは女二人の世界。ちょっと聞いてみるか。

「ねぇ、マイさんって彼氏はいるの?」

「えっ、私ですか。私、もう結婚しているんです」

「えぇっ、全然そんなふうには見えないわ。まだ大学生のアルバイトかと思ってた」

「そんなことないですよ」

「ダンナさんってどんな人?」

 その問いの答えとして、マイさんは照れくさそうにカウンターを見た。

「えっ、うそっ!」

 まさか、あの渋い中年のマスターがマイさんのダンナさんだなんて。聞けば、マスターはマイさんが高校時代の学校の先生だったとか。

「じゃぁ大恋愛なんですね」

「大恋愛ってほどじゃないけど。でも、愛情は年々深まっているって気がするんです」

「そうなるといつも一緒にいることになるんですよね。逆に息が詰まるなんてことないですか?」

「それはないかな。お互いにそれぞれの時間を大切にすることも忘れていないから」

「私なんか、あの河原さんと毎日顔をつきあわせてるでしょ。だからなんだか息がつまっちゃって。今日はやっと休日を過ごせると思ったのに、まさかここまで河原さんと顔をつきあわせることになるなんて」

 私はちょっと不満顔。

「あらぁ、河原さんって見た目はちょっと怖いけれど、結構かわいいところあるんですよ。ただ彼は不器用なだけなんですけどね」

「河原さんが不器用? ケーキに関してはあれほど繊細で器用な人はいないと思うけど…」

「ケーキに関しては、ね」

 マイさんは意味ありげな笑いを浮かべた。ケーキデコレーションのレクチャーも一通り終了。

「お疲れ様。これは私からのお礼です」

 そう言ってマスターはコーヒーを用意してくれていた。

「あれっ、河原さんは?」

 ふと見渡すと、河原さんの姿が見えない。

「あぁ、河原ならもう帰りましたよ。佐倉さんの姿を見たら安心したとか言って。ほんと、あいつは不器用なやつだからなぁ」

 マスターも河原さんのことを不器用だと言う。一体何が不器用なのだろうか? この日は結局閉店間際までカフェ・シェリーに居座ってしまった。マスターやマイさんとおしゃべりするのがとても楽しかった。

「じゃぁ、またお休みになったら伺います。今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。マイもこれでケーキの腕が上がるでしょう。河原のやつにもよろしく言っておいてください」

「はい。じゃぁまた」

 外の街はすっかりクリスマス。デパートの前にある大きなツリーがとてもきれい。いつ以来だろう、こんなにクリスマスシーズンに心がウキウキしているのは。

 河原さんが気づかせたかった、お客様への愛情。明日からそれを思い出してケーキ作りに励もう。さぁ、いよいよ戦争の突入だ。あ、戦争なんて思っちゃいけないな。もっと楽しみながらケーキを作らなきゃ。お客様がケーキを食べている時の笑顔をイメージしながらね。

 気がつくと笑顔でスキップをしている私がそこにいた。


 そして迎えたクリスマスイブ。うちのケーキ屋はそのずいぶん前から臨戦態勢に入っていた。朝から予約されたお客様の対応で店は大忙し。今年は河原さんの命令で結構重要なポジションを任された。

 カフェ・シェリーに行って以来、私の中で何かが変わった。ケーキに対しての愛情が前よりも深くなった気がする。そのおかげか、神無月さんにもほめられたし。ちょっと自信がついたな。

「由紀恵さん、なんだか今日楽しそうですね」

 年下のスタッフから突然そんな声もかけられた。

「えっ、そう?」

「だって、いつもはキツイ目でケーキをにらみながら作業していたのに。今日は、いやこのところずっと笑いながらやってるじゃないですか」

 それは自分でも気付かなかった。でも言われてみればそうかもしれない。特にこの日は不満を抱きながら作業をしていた気がする。なんで誰も私の誕生日を祝ってくれないのか。そのことが頭の片隅にあったのだろう。今年はそんなことを思うこともなく、どうやったらお客様に喜んでもらえるのか、笑ってケーキを食べてもらえるのか、そればかりを考えていた。

 そして怒涛のクリスマスイブもようやく終焉を見せた。後片付けも終り、スタッフ全員が集合。

「よーし、みんな今日はよくやってくれた。ご苦労だった」

 恒例の神無月さんからの一言。スタッフ全員の労をねぎらい、また明日からの仕事に備えて活力を入れてくれる時間だ。ここにいるスタッフ全員、神無月さんに憧れて入ってきた。その憧れの人からの言葉だから、疲れていても真剣に耳を傾けることができる。ただし、途中で入るオヤジギャクはいただけないが…。

「ま、なにはともあれご苦労様だったな。そしてみんなももう知っていると思うが。セカンドの河原とこのクリスマスを乗り切るのも今年が最後になる。河原は来年の四月には自分の店をもつ。じゃぁ河原からも一言みんなにお願いしよう」

 今度は河原さんが前に立った。河原さん、まずはコホンと咳払い。そしてみんなをジッと一通り見回し、おもむろにこう言い始めた。

「いきなりだが、オレは来年店をもつに当たって、一つ決めたことがある。それは、ここのスタッフを一人連れて行きたいと思っている。そいつにオレの右腕になってもらうつもりだ。このことは神無月さんも了承済みだ」

 あたりにざわめきが起こった。腕前では神無月さんを上回ると言われる河原さん。その河原さんが直々に右腕を指名するというのだから。

「河原さん、その方はもう決まっているんですか?」

 若手のパティシエから質問の声があがった。当然だろう。これでこの店でセカンドが一名、新しい河原さんの店でのセカンドが一名決定するのだから。この業界、セカンドまで勤めていないと転職するにも難しい。だからこそみんながこぞってその地位を奪いに行く。

「あぁ、オレの中では決まっている。それを今から発表する」

 緊張感が走る。でも私が選ばれることなんかないから。みんなの後ろで一人で周りの様子をうかがうことにした。中には拳を握りしめて河原さんをじっとにらむ人もいる。

「オレと一緒に来てもらいたいのは…」

 一瞬間が空く。そこで河原さんと目が合った。そのとき、河原さんは今までに職場では見たことのない笑顔を私に見せた。あ、カフェ・シェリーで見せたあのジョークを言ったときの河原さんの顔だ。それを思い出していたら、みんなの視線が急に私を向いた。

「えっ、なに?」

「おまえだよ、由紀恵。おまえに一緒に来てもらいたいんだよ」

 うそっ。私、昨日の河原さんの顔を思い出していたら肝心の言葉を聞き逃しちゃったんだ。でもホントに私なの?

 キョトンとする私の元へ、河原さんがゆっくりと歩いてきた。

「由紀恵、オレと一緒に来てくれないか」

 ようやく事態が把握出来た。つまり、私が河原さんに選ばれたってこと…だよね。

「だ、で、ど、どうして?」

 この言葉を吐くのがやっとだった。どうして私なの? 他にも優秀なスタッフはたくさんいるのに。すると神無月さんがやってきて、笑いながらこう言った。

「河原、もっと大事なことをはっきり言ってやったらどうなんだ? ったく、お前はケーキ作りに関しては器用なんだが、女のことになるとホント不器用なんだからなぁ」

「神無月さん、それは言わないで下さいよ」

 河原さんが照れ笑いしている。

「じゃぁあらためてハッキリ言うぞ。由紀恵、お前の夢は自分の地元でケーキ屋を開くことだったよな」

「はい」

「その夢、オレに手伝わせてくれないか。お前の夢をオレが叶えてやりたい。だから今回、神無月さんのところから独立することにした」

「だからぁ、そんな回りくどいこと言わねぇでさっさと肝心なことを言えっ!」

 神無月さんが河原さんの頭をどついた。

「いてっ。わかりました、ちゃんと言いますから。由紀恵…オレと、オレと…」

 ちょっ、ちょっと待って。いくらにぶちんの私でもさすがにわかったわよ。でも、こんなときに…。

「オレはずっとお前のことを見てた。お前が一人前になって、そして一緒にケーキ屋をずっとやっていくのがオレの願いだ。由紀恵、オレと一緒になってくれないかっ」

 河原さん、顔を真っ赤にしている。あの体育会系の人間がこんなふうになるなんて。なんだか急にかわいらしく見えた。

「あの…どうして、どうして私なんですか?」

 その質問の答は神無月さんがやってくれた。

「河原のヤツ、おまえがかわいくて仕方なかったんだよ。いい歳こいたOLさんがいきなりこの業界にきて、本気で自分の夢を叶えようとした。こいつはそこに心打たれたんだ。けどよ、何度もお前にアタックしようと思っても、つい技術指導の方が先になってな。口の方が先に出てしまって、肝心なことが言えなかったんだと。こいつ、これでもかなり悩んでたんだぞ」

 そんなこと、全く気がつかなかった。女性に不器用な河原さんに、そういったことに鈍い私。変なコンビだな。

「由紀恵さん、おめでとう」

 どこからともなくそんな声が。さらに拍手の音が鳴り出した。その音は次第に広がり、みんなが私と河原さんを祝福してくれた。

「河原、例のものを出せよ」

 神無月さんの言葉にうなずき、一旦奥へ引っ込む河原さん。なんだろう、そう思って待っていたら突然部屋の電気が消えた。一瞬あたりがざわめく。次の瞬間、現れたのは…

「ハッピバースデートゥーユー」

 ろうそくの灯りに照らされながら河原さん歌いながら登場。えっ、なに?

 よく見ると、河原さんが両手にろうそくのついた何かを持っている。それが何かはもうわかった。ケーキだ。しかもかなり大きい。

「由紀恵、こっちに来い」

 私はそのケーキの前に立つ。

「由紀恵、今日はお前の誕生日でもあったよな。オレはケーキ職人だ。お前にはこんなことくらいしかしてあげられない。だが、この先できれば毎年一緒にお前とこの日をお祝いしたい。こんなオレだが、ついてきてくれないか」

 そのとたん、胸の奥から込み上げてくるものがあった。声にならない、熱い思い。河原さんを今まで恋愛の対象として見ることはなかった。パティシエの先輩として、師匠として教えを請うだけの立場だった。尊敬はしていた。でも、今の瞬間私の心は大きく変化した。

 この人だったら大丈夫。この人だったら私の願いも叶う。この人だったら一生ついていける。そしてこの人だったらずっと一緒にやっていける。そんな思いが次々と溢れ出てきた。そして涙も溢れている。

「由紀恵、今お前の気持ちを知りたい。OKならこのろうそくを吹き消してくれ。ダメなら正直に言ってくれ」

 私は溢れる涙を手でぬぐうのに精一杯。そしてやっと声を搾り出すことができた。

「ほんっと、河原さんって自分勝手なんだから。それに、今ろうそくを吹き消さないと、ろうが垂れちゃってケーキが台無しになるじゃない」

 私はここでようやく笑うことができた。笑いながら河原さんの顔を見る。河原さん、あらためて見るととてもかわいい顔してる。いつもは眉間にシワを寄せて、厳しい顔しか見ることができなかったけれど。よし、決めたっ。私は大きく息を吸い込み、そして…

「ふぅ~っっっ」

 たくさん並んだろうそくを一気に吹き消した。

 一瞬あたりが真っ暗になる。その途端、周りからの拍手とおめでとうの声。すぐに部屋の明かりがつく。目の前には顔をクシャクシャにして涙を流す河原さんの姿。初めて見た、この人が泣くのを。その顔を見たら、また私も泣けてきちゃった。

 いままで体験したことのない、最高のクリスマスイブ。この先、毎年こんな気持をこの人と味わうことができるんだ。サンタさん、こんなプレゼントをありがとう。私、クリスマスイブが大好きになれそう。

 私にとっては奇跡のクリスマスイブ。


 それから一年後経った今日。

「由紀恵さん、もうすぐだね」

「はい、ありがとうございます」

 私は大きくなったおなかで忙しく笑顔をふりまきながらクリスマスケーキを売っている。

「由紀恵ちゃん、そっちはまかせて中の方を手伝ってくれる?」

「はーい」

 お店には私の母も手伝いに来てくれている。

 ここは私の地元。私は念願の自分のケーキ屋を開くことができた。正確に言えば、私と旦那さん二人のお店。一年前、私と河原さんは婚約をした。その後、河原さんから私の地元で店を開きたいということを聞いた。河原さんほどの腕ならば、都会で有名店を開くことだってできるはずなのに。そしたら河原さん、こんなことを言ってくれた。

「オレの本当の夢は、町の小さなケーキ屋さんなんだ。神無月さんにあこがれはしたけれど、あんなふうに忙しくしてお店にもなかなか顔を出せないようにはなりたくない。お客さんとゆっくり触れ合える、そんなお店が開きたいんだ」

 私と思いが同じ。だから話はトントン拍子に進んだ。おかげでお腹の子もちょっとだけ早くできちゃったけど。

 今なら言える。私、クリスマス大好き。

 みんなのために、メリークリスマス!


<アフタークリスマス 完>

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