1:冒険者組合
第二章です
「ウキャァァァァゥッ!」
「せいっ!」
飛びかかってくる〈鉄絲猴〉の彩り豊かな顔面に丸盾をぶつけてその軌道を逸らせた勇者様は、無防備になった胴体に片手斧の刃を叩き込みます。
「ギャウンッ!」
大きく斬り裂かれた腹から臓物を飛び出させ、地面に転がり落ちた〈鉄絲猴〉を一瞥した勇者様は、次の敵を見据えます。
しかし――
〈鉄絲猴〉 分類:猛獣
猿猴目に属する猿。
地域によって異なるが、パーソレイ地方に生息する個体の場合、体長一六〇センチ、体高九〇センチ、体重五〇キロ。一般的に雌は雄よりも二割ほど小さい。
名前の由来は毛皮が硬いことからだが、実際に鉄ほどの硬度は有していない。
体色は黒が多く、稀に銀色や赤褐色の場合もある。顔と尻には毛がなく、尻ダコがある。
性格は凶暴。食性は肉食。十数頭の群れをつくり、連携して狩りを行う性質がある。
角鹿車を背にした私たちを半円状に取り囲む形で、残り一〇頭の〈鉄絲猴〉が拳を地に付ける歩き方でじりじりと包囲を狭めて来ます。
勇者様と共に前衛を支えているのは大戦斧を構えた筋肉質な中年の男性。顎髭を伸ばしたお爺さんと大きなお胸のお姉さんが、二人に庇われるように角鹿車に背を預けています。
私は角鹿車を牽引する〈巨大角鹿〉の上空で投石器の狙いを付けながら、周囲へ警戒を向けています。視界の外でも全体図を把握できる〈闇翼人〉の反響定位よって、敵の不意打ちに備えるためです。
「勇者様、テイワさん、あと五秒です!」
「わかった。出る!」
「ここは任せて!」
「ウッキャァァァァア!」
私の上げた大声に猛獣たちが視線を向けます。反響定位を使っているとつい声が大きくなってしまいますね。けどそれも好都合です。
これまで散発的に襲いかかってくる〈鉄絲猴〉への対処に専念していた前衛二人が、この隙を突くべく動きを変えました。
中年の戦士は構えた戦斧を横に一閃。駆け出した勇者様を追い越す勢いで、威力の篭もった斬撃を飛ばして先頭にいた〈鉄絲猴〉に浅くない傷を負わせます。追いついた勇者様の片手斧を脳天に受けて、その一体は崩れ落ちました。
その光景に色めき立つ獣の群れでしたが正面に意識を向けた集団に、その真横から茶色の塊が突き刺さります。この一行の最後の一人、〈軍猪〉に跨った少年が長剣を振り回しながら〈騎獣突撃〉をかけたのでした。
包囲陣形を崩された猛獣の群れを縦横無尽に切り裂く猪騎兵。盾で身を守りながら一体一体手堅く倒していく勇者様。後衛を守りながら斬撃を飛ばし続ける中年戦士。 前衛の動きを聴界に収めて援護の機会を測りながら、この状況に至るまでを、私は思い出していました。
*
村を発った私たちが一路向かったのは、〈パーソレイ公国〉の〈公都キノケファルス〉でした。
〈風谷郷〉に比べると人も建物も多く、様々な店が立ち並ぶ公都はまさしく大都会! とテンション上がる私とは裏腹に、勇者様は
「〈風谷郷〉の方が人が多かった気がするぞ?」
と言ってましたが、あの賑やかさは勇者祭りだからこそ、ですからね? 周辺の集落からほぼ全員が押し寄せた結果なのです。
〈風谷郷〉には冒険者養成校の分校があったので、私たち村の若者はその分校で冒険者としての技術を学びます。なので、初めて見る都会の光景に内心では観光したくてたまりませんでしたが、そこはぐっと我慢してまっすぐ養成校に向かいました。
冒険者養成校には職能に対応した十二の普通学科と一つの特別学科があります。
その特別学科が「勇者科」で、受講資格は冒険者資格を持つ介添人がいることです。
介添人として必要な技術を底上げするため、私も一緒に受講しました。
一週間の受講期間で冒険に必須といえる基本的な技能を叩き込まれます。
一日目は獣知識。獣の名前、分類、危険度、特徴、弱点など、について学びました。戦う相手を見極め、時には戦わないためにも必要な技能です。
二日目は探知。隠された物を探し出すための技能です。隠し扉や仕掛け、秘密の財宝や落とし物を探す際にも使われる技能ですね。
三日目は話術。売買の際の値切り交渉や聞き込みなどで使われる技能です。一番多く使われるのは依頼を締結するときでしょうね。
四日目は応急処置。気絶した人を救助する技能です。気付けや止血といった応急的な手当について学びます。
五日目は水泳。水中で行動する技能です。武装したまま水に飛び込み、水中で敵と戦い、急流や時化た海で戦うことも想定した訓練です。
六日目は騎乗。必要最低限の騎乗技術と乗騎の扱いについて学びます。騎乗戦闘や障害走、安全に落馬する方法も含まれます。
七日目は魔法。実技を中心に、魔法の使い方と、魔法をかけられた時の抵抗の仕方を練習しました。
「もっと語学や歴史、自然科学みたいなことを勉強させられるのかと思ってたな」
「普通に冒険者資格を取る場合はそこからスタートになりますね。けど、その場合は一週間じゃとても無理なので、介添人がいる場合は省くことにしてるんですよ」
「だから、ポムも一緒に授業受けてたのか」
「はい。お互いに何が得意で苦手なのか、把握しておく必要がありますから」
勇者様は着衣のまま水に入った経験があまりなく、水中での活動はあまり得意ではないようでした。体温の調節が苦手な勇者様にとって水中での戦闘は、体温の上昇を抑えながら長期戦を狙えると考えていたのですが、逆に体温の低下に気付かず徐々に身動きが取れなくなっていました。
性格が素直だからか、交渉にまつわる駆け引きも苦手としているようでした。これに関しては私も勇者様以上に苦手な自覚があるので、何処かで交渉の得意な仲間を見つけた方が良さそうです。
早々に改善するべき点が見つかったことは僥倖と言えるでしょう。
そんなこんなで、無事に一週間の訓練課程を消化し、勇者様は〈冒険者〉の資格を取得しました。
この一週間、私と勇者様の宿泊と食事は訓練校の方で用意してくださったのですが、卒業したとなるともう一人前の冒険者。いつまでも好意に甘えてばかりではいられません。
集落から餞別にいただいた祭の売り上げも残ってはいますが、これも無駄に使うわけにはいかないので、早速仕事を探すことになりました。
訓練校に併設されていた宿屋兼酒場。〈冒険者ギルド〉と提携したお店で、訓練期間中の宿泊と食事に利用していた施設です。こういった酒場には〈冒険者〉が集まり、〈冒険者〉を当てにした依頼人も集まります。
つまり、私達もこの酒場で仕事を斡旋してもらおうと思ったのです。
訓練校に併設された酒場ということもあって、資格を取得したばかりの新米〈冒険者〉がたちの悪い依頼人に引っ掛からないよう、ギルドの職員が目を光らせてくれているので、他の場所よりも安心して仕事を受けられる点が嬉しいです。
ワンドリンクを注文し、〈勇者〉と〈治癒術士〉の二人組、人探しの旅が目的、といった私達の情報を伝えて待つことしばし。隊商の護衛を斡旋されて出会った依頼人も、男女の二人組でした。
「あら、可愛い護衛ちゃんね。嬉しいわ。アタシはマー・テイワ。『テイワ武装商会』の会長をしているの。よろしくネ」
「会長に弟子入りしている商人見習いのメリーと申します。よろしくです」
「卯月 鰆だ。よろしくな」
「ポムクルスです。よろしくお願いします」
見事なウインクを決めたのは、黒髪も髭も丁寧に刈り込まれ、肌ツヤの良い筋肉質の中年男性。その横で弟子を名乗ったのは、控えめな態度と裏腹に主張の激しいお胸を持つ美人のお姉さんです。
挨拶に続いて早速依頼の話になりました。流石に商人さんは話が早いです。
「この街で契約の切れた護衛ちゃんがいて、追加で入ってくれる人を探してたのよ。良いタイミングで応募があって助かったわ」
「依頼内容はひとまず〈ノース・キティ公国〉の〈公都エクウス〉まで隊商の護衛をお願いします。他の護衛二名には、後で引き合わせますね」
隊商の護衛という仕事は私達の旅の目的、勇者様の転移してきたかもしれないご友人『ミキ』さんを探すという目的に合致していました。
勇者様と軽く意見を交わし、私達はこの依頼を受けることにしたのでした。