7:無茶
「わぁ~ これが勇者様の故郷の味、オコノミヤキですかぁ。むぐ。幸せな味れふ~」
小麦粉と卵と刻んだ葉物野菜を混ぜて、バラ肉と一緒に熱した鉄板で焼いてソースと青海苔をかけて食べる。生姜と削り節はお好みで。竹のヘラで小さく切って口に運べば呂率が回らなくなる程の熱さで、まるっきり口いっぱいに頬張っているみたいです。魚貝や野菜を煮込んで作ったソースは辛味の中にも旨味が凝縮されていて、そこに生姜がピリリとアクセントを加えてくれます。
屋台の軒先に置かれたベンチに並んで座る勇者様の手には皿に大盛りのヤキソバ。竹製の箸を使って器用に啜っています。チュルルっという音が小気味好いですね。小麦粉と水と油に重曹や灰汁を加えて練り一晩寝かせて細く切った麺を、刻んだ肉や野菜と一緒に焼いたもの。私が食べているものとはやや違うソースが焦げて香ばしい匂いが漂っています。青海苔と生姜は標準装備。
ベンチの空いているスペースには他にも、舟と呼ばれる形の皿に盛られた球状のタコヤキや、薄く焼いた生地でクリームや果物を包んだクレープなどが積み上げられています。ほとんどの品が小麦粉でできているのに、品種やレシピの違いで全く違う美味しさになるのは不思議で興味深くもあります。
というか、お祭りの縁日って何でこんなに粉モノが多いんでしょう?
「ふぅ。満腹満腹」
私がオコノミヤキを冷ましながら少しずつ食べ終わった頃には、勇者様は既にヤキソバにタコヤキ、イカヤキにヤキトリにフランクフルトを平らげていました。傍らに積み上げられた竹細工の皿や串がその量を物語っています。
「旅に出たら、勇者様の故郷の料理は中々食べられませんし、今のうちに味わっておいてくださいね」
食後のデザートとばかりにリンゴアメを舐め始めた勇者様に答えながら、私はクレープに手を伸ばしました。
「あぁ、そうさせてもらうよ。米がないのは残念だけどな」
「そうですね。この辺りでは水稲栽培ができませんし」
もしも可能なら、今頃は〈水田の村〉なんて集落ができていることでしょうし。
「無いものは仕方ないって。むしろ、ここまでしてくれてるのがありがたいしな」
串の刺さった林檎を齧りながら向けられた勇者様の笑顔が眩しく映りました。
「さあて、そろそろ腹ごなしに行くか」
勇者様がそう言ったのはデザートにスイーツを堪能した後のことです。その一言によって、私達は縁日を見て回ることにしました。
絵の描かれた薄い焼き菓子を楊枝で突きながら絵の通りに割っていく型抜き。箱に手を入れて、中の籤によって景品を貰う当て物屋。真上からコインを落とし、水中に沈めた椀に上手く入れる水中コイン落とし。
食べ物屋に混ざって配置された様々なゲームの屋台を巡り、時折道を間違えて彷徨った(屋台のせいで普段とは立地が異なってたのです)後、辿り着いたのは射的場でした。
直径がゆうに三メートルを超す巨大樹の、輪切りにされた幹が広場に設置されていました。幾つもの傷や焦げ跡の残る断面を横に向けて点数を割り振ったそれは、的当てのための巨大な的です。
私たちが到着した頃にはすでに集落の若者たちが挑戦していました。
その中でも一際目を引く三人がいます。私にとってはちょっと、と言うかかなり苦手な相手。〈狩人〉のレイラ。〈剣士〉のアイラ。〈呪術師〉のセイラ。レイラは頼れる姉御肌、アイラは怜悧な美貌、セイラはあざとい可愛さ、とそれぞれタイプは違うものの集落の若者たちが慕う三人なのです。
そして、三人に共通する性格は自信家で負けず嫌いなこと。私が勇者様の介添人になった昨晩の神託の時も、どうして自分じゃないのかと村長に詰め寄っていた筆頭だったのです。おかげで、昔から強かった風当たりが凄いことになったのですが。
「〈バーニング・アロー〉!」
「〈シュトローム・バキューム〉!」
「〈ウインド・ストーム〉!」
などと考えている間に、レイラが構える弓から燃え盛る矢が立て続けに放たれ、双剣を携えたアイラの舞いで空気が断たれ、遠吠えのようなセイラの詠唱に風が渦を巻きます。
ボン!ボボン!ボン!ザシュザシュッ!ビュゥゥゥゥゥッ!
「さすがレイラ姐さんだ!」「アイラ様素敵ー!」「セイラちゃん今日も可愛いよー!」
三人の攻撃は見事に的の中央付近へ命中し、派手な魔法に周囲の観客が沸き立ちます。
「ふぅ、これで大分憂さが晴れた」
あぁ、やっぱり八つ当たりだったんですね。これは見つからない内に退散した方が・・・・。
「次はアンタの番だよ、ポム」
・・・・見つかってました。私が次に射つことになってしまったようで、三人とも私のために場所を空けてくれています。勇者様や観客たちの見てる前で、しかもレイラたちの派手な魔法攻撃の後で、です。
昔からレイラは私に無茶振りしてくることが多くありました。同年代の中でリーダー格だった彼女は、自分の仲間に落語者が居ることを許しませんでした。彼女にしてみれば、「できて当たり前の事が何故できないのか?」という話なのでしょうが、私にとっては深刻な問題でした。
投石器を構え、射ちます。撃ち出された小石は狙い過たず的の中心にコツンと命中。観客からもパラパラと拍手がおこります。
「ポムにしては良くやったなー!」「練習だけなら天才かもな!」「動く的にもこのくらい当てろよな!」
声援も飛びます。声援と言うよりは野次なんじゃないかと思うんですけど。
私が生き物を相手に、攻撃する意図で射てないことは集落の全員が知っている話です。レイラたちはあの手この手で私のこの問題を克服させようとしてくれましたが、結果は散々たるもの。彼女たちの面子を潰し、苛々を募らせるだけで終わってしまったのです。
思わず勇者様の方を振り向いた先には、そんな私の腕前を自分と比べさせるように勇者様にアピールするレイラたちの姿がありました。
「どうだい、勇者様。今からでもアタイに乗り換えてみないかい?」
「ボクの方が腕が立つ。勇者様に損はさせない」
「セイラはぁ、攻撃魔法も回復魔法も使えるしぃ、役に立ちますよぉ?」
あわわわわ。これは中々のアピール力です。スタイルの良い美少女三人が詰め寄ってるのですから、私との比較の上に、更に破壊力が加算されています。
「・・・・なぁ、俺も投げて良いかい?」
その勇者様はレイラたちに断って私の方へ。射的場の管理人から投擲用の手斧を受け取っています。慌てて私は勇者様のために場所を空けます。
手斧を構えた勇者様はなんだか少し機嫌が悪そうに見えます。
「・・・・ふんっ!」
勇者様が手斧を振り被り、振り下ろす。その手の中には既に手斧はありません。
傍らに立つ私の耳に、ブチチッという小さな音が聞こえ、続いて皆の耳に、ドカン! という大きな音が響き渡りました。
的として用意された大樹の輪切り。その中心から外れてはいるものの、大きく断ち割れています。レイラたちが魔法の集中攻撃を浴びせても表面に傷が付く程度だったほど頑丈だった的。もしも薄い的を使っていたら、確実に真っ二つにして背後へと飛んでいっていただろう威力です。
「悪いけど、俺の介添人にはポムがいる」
その威力を目の当たりにして呆気に取られていたレイラたちに、勇者様は言い放ちました。その内容は嬉しいんですけど、私にとってはそれどころではありません。
「ゆ・う・しゃ・さ・ま!」
背伸びして勇者様の頬を両手で挟み、目線を合わさせます。
「あれ? え? ぽむ?」
「怪我してるじゃないですか! もう射的は終わりです!」
私はそのまま、勇者様の手を引いて射的場を後にしました。
勇者様の手(勿論、斧を投げてない方の手です)を引いた私は、そのまま私の家に勇者様を連れ帰りました。なにしろ、集落の中で最も設備が整っているのが私の家なのですから。そして調べてみると、手斧を投げた腕の筋肉が数カ所に渡って断裂していることがわかりました。
人間の身体は通常、身体組織に必要以上の負担をかけないため、全力が出せないよう脳によって制御されています。ですが、幼い頃から痛みを知らない勇者様の場合、自分でそのリミッターを外してしまえるみたいですね。
「なんでこんな無茶したんですか!」
勇者様の怪我を治療しながら食って掛かります。しかし、勇者様は何ということもないように返すのです。
「ん。ポムを蔑ろにされてるみたいで面白くなかった」
勇者様は私のために怒ってくれたようです。それはとても嬉しくて、思わず表情が緩みそうになります。けど、私が原因で勇者様が怪我をするなんてこと、尚更許せる筈がありません。
「だからって腕の筋肉が断裂するほど斧を投げるんじゃありませんっ!」
私としては精一杯の抗議をしたつもりなのですけど、勇者様は何か懐かしそうな表情になってます。
「ミキにもそんなふうによく叱られたな・・・・。了解、医者の言うことは聞くよ」
「医者じゃありません。〈治癒術士〉です」
「ドクターストップならぬヒーラーストップか。わかったよ、今回みたいな無茶はなるべくしないように気をつける」
勇者様はそう言って約束してくれたのでした。
*
数日後、勇者様の怪我も癒え、誂えた装備もできあがり、私たちは出発の時を迎えました。まず目指すは〈パーソレイ公国〉の公都〈キノケファルス〉。そこにある〈冒険者〉養成校で勇者様を〈冒険者〉として認定してもらうのが目的です。
村長たちを始め、武具職人さんたち、屋台の小父さん小母さんたち、レイラたち同世代の若者たち、総出で見送ってくれました。
「お世話になりました。行ってきます!」
振り返って頭を下げる勇者様に倣って、私も一礼。
私にとっては故郷を離れての、勇者様にとっては異世界での、それぞれ新しい世界への第一歩です。
「それでは参りましょう、勇者様。冒険の始まりです!」