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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
七章:勇者キメラ
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7:報告と決意

〈天翔〉(アマカケ)!」


 勇者様が一言呟きました。

 彼の傍らに集まった私達の身体に僅かな荷重がかかったと思ったら、次の瞬間には物凄い速度で空中に放り出されていました。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「いゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「うゎああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 一瞬、また鼓膜が破れるかと思いましたけど、気付けば悲鳴の一つは私の口から出ていました。

 残り二つはユリア様とシャムシエルですね。

 行きは七日かかった道程が遥か眼下を流れるように過ぎ去って行き、気付けば私達は〈公都エクウス〉の門前に着地していました。


「ぽむぽむ、お前さん自前の翼で飛べるじゃろうに、こういうのは苦手かね?」


 涼しい顔でつっこみを入れるガナデちゃんに恨めしい気持ちが湧いてきます。

 それに、飛行魔法が苦手なのは、普段から自前の翼で飛んでるからだと思います。乗馬も得意じゃありませんし。


「そう言えばそうだったな。普段は飛んでるから気付かなかった」


 勇者様、冒険者組合での授業は思い出さなくて良いですからね?


「そろそろ、猊下へ報告に向かいたいんだが、良いかな?」


 キーファさんが目の前の現実へと話を切り替えます。

 いけませんね、私も気分を切り替えないと、また迷惑をかけてしまいます。

 部下である白騎士団の皆さんを現地において私達と共に先行して帰ってきたのは、そのためですものね。

 それはそうと、キーファさんも高速飛行は苦手なのか顔色が悪いですね、我慢してるみたいですけど。



 もっとも、顔色については私もあんまり人の事を言えないのかもしれません。

 〈魔境〉(ジャハナム)を脱出してからというもの、息をつく間もない程の忙しさでしたから。

 まず最初に行ったのは〈神威天狼〉(カムイテンロウ)の遺骸から脳を摘出して恐水症のワクチンを精製し、噛まれた白騎士達に投与する事でした。

 恐水症ウィルスは早ければ二週間で傷口から脳へと到達し、暴露後ワクチン接種を行わずに発症した場合、その致死率はほぼ百パーセントと言われています。

 〈魔境〉のあった〈ドンキの廃街〉にほど近い村(O157が流行り始めていた、あの村です)の外れにあった小屋をお借りしてワクチンを精製し、噛まれた六人全員に一度目のワクチンを投与し終えると同時に、私は泥のように眠りについたのだそうです。

 幸い、疫病の治療と防疫に協力していた事を覚えてもらえていたようで、村の〈治癒術士(ヒーラー)〉さん達が二度目以降の投与を請け負って下さいました。

 翌丸一日寝込む事になってしまったので、勇者様が健在ならきっとまた怒らせてしまっていた事でしょうけど、その勇者様も寝込んでいました。

 〈冥河屍喰鳥〉(アケロンヴァルチャー)にトドメを刺したあの〈長柄斧〉(ポールアックス)の一撃は、やはり勇者様の身体に多大なダメージを与えていました。

 仕方が無いからと言って無茶をするのもいい加減にして欲しいです、と小言が口から出た途端に勇者様は(まなじり)を吊り上げました。


「どの口がそれを言うんだ? 今回はポムの方がよっぽど無茶してるぞ」

「だって、仕方がないじゃないです‥‥あ、そうですね。ごめんなさい」


 そんなやり取りもあり、勇者様の回復を待って私達は公都エクウスに帰ってくることになったんです。



「おーい、ポム。ポム。そろそろ帰って来いー」

「え? あれ? え?」

「‥‥というのが〈魔境〉崩壊の顛末となります」


 勇者様の呼び掛けに顔を上げると、そこはネルガート大神殿の謁見の間で、キーファさんが報告をしている最中でした。


「その後、崩壊した〈魔境〉の影響がどの程度残るのか調査するため、〈神威天狼〉により負傷した団員が長期の移動を行えないため、また〈妖術師〉(ネクロマンサー)チュリマーのばら撒いた疫病により治安の低下が懸念されるので、〈白毛騎士団〉(レフカマリャイポテス)四個小隊は現地に残し、私だけ彼らに同道させてもらい、報告に戻って参りました」


 大僧正の隣に控えていた〈黒蹄騎士団〉(マブリオプリイポテス)団長ウネントリッヒ・モルエランさんがフンと鼻を鳴らしました。

 本当に仲悪いですね、この二人。


「敵の捕虜二名は団員による治療と並行して現地で尋問を行います」


 〈身体検査〉(ボディ・リーディング)で診た結果、イネスとテクラの怪我は命に係わるようなものではなかったので、〈聖戦士〉(パラディン)の多い白騎士団に任せることになりました。

 というより、私がそれ以上に仕事を抱え込むことを皆が許してくれなかったのですけど。


「あとはウヅキ・メッキ、人造勇者を名乗った存在ですね。彼については、直接対峙した〈冒険者〉に補足してもらいます」

「ポムクルス・インペリアです。〈治癒術士〉(ヒーラー)をしています」


 キーファさんに話を振られて前に進み出ると、玉座に座って足をぶらぶらさせている大僧正がすぐ目の前に居ました。

 緊張しながらもメッキが語った内容、勇者の一人が帝国に囚われていること、その勇者を元に数多の子が作られたこと、その子らが妖精郷由来と思われる技術で改造手術を受けていること、メッキはその成功例で勇者の力を振るえること、を無事に説明できたと思います。


「報告内容は以上となります」


 最後は、涼しい表情でキーファさんが報告を締めます。

 話す内容について事前の相談に乗ってくれた彼には感謝の言葉もありませんね。


「なるほどね。報告ありがとう」


 大僧正は身の丈に合わない玉座の上で持て余していた足をひょいと組んで、更に肘掛けに頬杖まで突きました。


「〈ドンキの廃街〉周辺で不審な事件が多発してたから、てっきり〈魔境〉が暴走(スタンピード)を起こして猛獣とかが溢れ出たかと思ったんだよ。それで調査を頼んだんだっていうのに、まさか帝国軍とはね。困ったもんだ」

「そう思うのなら少しは深刻な態度を取ってください」


 キーファさんのツッコミも馬耳東風とばかりにポニーそっくりの獣耳をピコピコ動かす大僧正は、それでも僅かに真面目そうな声を出します。


「〈ピースサムセット〉の幻夢の森事件に、今回の〈ドンキの廃街〉での出来事を加味して考えた場合、最早、対岸の火事という訳にはいかないね」


 大僧正の言葉を聞き、ユリア様の表情が明るく輝きます。


「特に問題なのは、メッキという人造勇者に使われていた体改造技術だな。それって、勇者以外の種族にも使えるの?」

「わかりません。妖精郷由来だというのも縫合痕から判断しただけなんです」


 今にして思えば〈身体検査〉くらいしておけば良かったかもしれませんけど、あの時はそれ処ではありませんでした。


「そっかぁ。だけど、判らない以上は、できると思って動くべきだろうなぁ。頭の痛い話だよ‥‥ともあれ、これでキミたちへの依頼は完遂だね」


 大僧正は大仰に溜息をつきました。


「さて、それでキミたちへの報酬なんだけど‥‥」


 バタン!


「失礼します!」


 続いて放たれた大僧正の言葉を遮ったのは、私達が通って来た謁見の間の扉が開く音、そしてその扉を守っていた筈の聖戦士があげた声でした。

 聖戦士はそのまま入室し、室内に控えていた司祭へと耳打ちし、司祭が玉座まで駆け寄って大僧正に耳打ちします。

 なんだか面倒な伝言ゲームを見ているようです。


「聖王陛下の使者が書簡をお持ちだそうです。至急とのことで」

「今は謁見中だから待たせておけば‥‥いや、通しておくれ」


 聖王陛下といえば、この〈ネルガート聖王国〉を治めるゴルディーロ・ネルガートⅧ世陛下のことでしょう。

 大僧正が手ずから戴冠させた相手だとは言え、そんな相手からの使者を待たせるとか、いえ、考え直してくれて助かった思いがしますけど。

 その間にも、司祭から聖戦士に大僧正の言葉が伝わり、法衣を纏った女性がやや急ぎ足で謁見の間に入ってきました。


「お久しぶりです猊下。マリア・ウィアードウルフでございます」

「久しいな、マリア。枢機卿を使い走りにするとは陛下も相当焦っているようだ。謁見中ゆえ多少の無礼には目を瞑るが良い」


 その瞬間、空気がピリっと引き締まりました。

 キーファさんもウネントリッヒさんも、これまでも姿勢が良いと思っていましたけど、今の姿を見ると、充分に弛緩していたのだとよくわかります。

 彼らの気が引き締まった原因は、居住まいを正した大僧正の醸し出す威圧感でした。


「いえ、先触れを出す余裕すらありませんでしたので、ご容赦いただきたいのはわたくしの方です」


 キーファさんがさりげなく誘導してくれ、私達が大僧正の正面から移動した後、マリアさんは大僧正の前に進み出ました。


「聖王陛下より書状をお持ちしました」


 封蠟の付いた書筒を捧げ持って跪きます。

 司祭の手次ぎで書簡を受け取った大僧正は、封を切って軽く書簡を流し読みします。


「陛下にお伝えしてくれ。急ぎ向かわせて頂くと」


 返事を聞いたマリアさんが明らかにほっとした様子で退室すると、大僧正はずるずるーっと玉座の座面で仰向けに寝そべり、右手を上げて書状をぷらぷらと振って見せます。


「円卓会議の招集だとさ」

「円卓会議!?」


 呪縛から解き放たれたようにウネントリッヒさんが叫びます。


「そ。〈黒蹄騎士団〉には聖王都まで一緒に来てもらう。早急に準備を整えるように」

「は、拝命仕りました!」


 上擦った声、上気した頬、嬉しさを隠しもせずにウネントリッヒさんは退室して行きました。


「キーファ」

「はい」


 一転して沈んだ表情になったキーファさんに大僧正が声をかけます。


「キーファは〈白毛騎士団〉を温存しておいて。いつでも〈ペンドリ〉に向かえるように、ね」

「はいっ!」


 ころっと笑顔になったキーファさんも速足で退室して行きました。

 その言葉に笑顔を浮かべたもう一人、ユリア様に笑顔を向けた大僧正は思いがけない言葉を放ちました。


「キミたちも、一緒に聖王都まで向かってもらうよ」

「え‥‥」


 故郷で囚われの身になっている母親や同胞への救出軍を出して貰えると希望を抱いた直後の掌返しを受け、ユリア様の気分も血圧も急転直下、顔色を失いふらっとよろめいた所をシャムシエルが咄嗟に支えます。


「御母上の身が心配なのもわかるけどね。キーファたちの準備だって一朝一夕でできるもんじゃないし、なんなら帰りは〈天翔〉で一気に戻れば良いさ」

「うげ‥‥」


 ユリア様が渋ることはわかっていたのでしょう、大僧正は無邪気な笑みを浮かべたまま、老獪な提案をします。

 高速飛行魔法の感覚を思い出したであろうシャムシエルが女子に非ざる呻き声を上げました。

 その気持ちはよくわかりますけど。


「ユリア‥‥」


 勇者様が、ぽんっとユリア様の頭に手を乗せて頷きます。

 ぐるりと首を巡らせるユリア様に、ガナデちゃんが、シャムシエルが、そして私も頷き返すと、ユリア様はきゅっと眉根を寄せて大僧正に顔を向けます。


「判ったのです。聖王都へ同道させていただくのです」


 こうして、私達の次の行き先が決まったのでした。


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