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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
七章:勇者キメラ
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6:移ろひの残響

「チュリマー! 手前ぇ、勇者の足止めするっつったよなぁ!?」


「それは、増援を止められなかったテクラやイネスに言ってくれないかな?」


「言い訳してんじゃねぇ!」


「ふふっ。やれやれ、まったく困った人造勇者様だよ」


 巨大化したガナデちゃんに跨って迫りくる勇者様の姿に恐怖を覚えたのか、メッキは今まで冥獣を使って地上で勇者様を足止めしていた〈妖術師〉(ネクロマンサー)のチュリマーを責め始めました。

 そのチュリマーは、〈冥鎧女騎士〉(デュラハン)達を使って身を守りながら、ガナデちゃんの分身とシャムシエルの連携攻撃を凌いでいます。

 高みの見物をしていたメッキに言われる筋合いはないだろうにと、場違いな憐れみを感じていましたけど、それは我が身を顧みない感想でした。

 なにしろ、すぐに勇者様が私とメッキの間に立ちはだかったのですから。


「ポム! 俺は下がってろって何度も言ったよなぁ!?」


「ですけど、あの人が勇者様や女王様の事を酷く言うから‥‥」


「言い訳しない!」


「‥‥ぅぅぅ、ごめんなさい」


 勇者様がこんな風に語気を強くするのは、一緒に旅を始めてから初めてのことです。


「心配されておる内が花じゃぞ」


 ガナデちゃんのフォローが身に沁みます。

 そのまま勇者様とガナデちゃんはメッキに向かって突っ込んで行きます。


「こいつは、ポムが世話になった礼だっ!」


「チクショウ! こうなりゃ‥‥これでも喰らえっ!」


「うわっ!」


「熱っ!」


「任せるのじゃ! 〈以火行操火カギョウヲモッテヒヲアヤツル 踊〉(オドレ)!」


 メッキも勇者様を迎え撃とうと、胸板が盛り上がるほど大量の息を吸い込み、爆炎を吐き出します。

 急速に加熱された大気が周囲に熱風を撒き散らし、思わず両手で顔を覆ってしまいます。

 ガナデちゃんは足を止めないまま、即座に炎を散らしますけど、その時にはメッキの姿はその場にありません。


「こんな所でやりあってられっかよぉぉぉっ!」


 呆れたこと‥‥。

 メッキは、炎の吐息を目くらましに使って、そのまま一目散にチュリマーの方へと急降下して行ったのでした。


「おい、チュリマー! ゴノーのオッサンからの命令は『迎え撃て』だったよな?」


 メッキの接近に気づいたチュリマーは〈冥鎧女騎士〉たちを盾に使って、シャムシエルの猛攻から距離を取ります。

 その肩に、ストンとメッキが座り込むので、まるで肩車しているような姿勢になりました。


「ふふっ、そうでした。確かに、元帥閣下のご命令は『迎え撃て』でしたよ」


「んじゃあ、ここで退いても命令無視じゃねぇよな? 〈天翔〉(アマカケ)を使うぞ?」


「ここが退き際という意見に異論はありませんが、ここは〈魔境〉ですからな。〈天翔〉では跳べませんよ?」


「なるほどなっ!」


 撤退の相談を始めたメッキとチュリマーに、地上からシャムシエルが、空から勇者様が迫ります。


「勝手な事言ってるんじゃねぇぞ!」


「ここで終わらせるっ!」


 しかし、敵の方が一手先んじていたんです。


「ふふ、ならば出し惜しみは無しと致しましょう。〈恐るべき霧〉(テリアブル・フォッグ)


「うわっ!?」


 ブワっと濃密な霧が吹き上がります。

 冥府の河(アケロン)の河原から魔法の霧を召喚し、視界を白く閉ざす〈妖術〉(デス・マジック)に阻まれ、一瞬ですけどガナデちゃんやシャムシエルの足が止まり、メッキたちに時間を与えてしまいました。


「ヒャハハ! 捕まえられなくて残念だったなぁ勇者様よぉ! 〈移ろひ〉(ウツロイ)!」


「ふふっ、最後まで騒がしいことで。では、勇者殿と御仲間の皆さん。御機嫌よう」


 音を吸着する霧に阻まれてくぐもったメッキとチュリマーの声が耳に届き、弾かれたようにシャムシエルが霧へと突撃していきますけど、その時には最早、メッキとチュリマー、そして二体の〈冥鎧女騎士〉も撤退を済ませた後でした。

 首飾りを握りしめ、勇者様がポツリと呟きます。


「移ろい‥‥か」


「皆様方! 悠長にしている場合ではないのです!」


 浸っていた余韻を吹き飛ばすような叫び声が、まだ戦い止まぬ〈魔境〉に響きます。

 大樹の枝に陣取って狙撃姿勢を取っていたユリア様が、幹を伝い降りながら珍しく大声を上げています。

 〈地鼠人〉(プグラシァン)である彼女が樹の幹を軽々と伝い降りる姿はとても可愛らしいのですけど、どう見ても急いでいる様子なので手伝いに向かいます。


「〈魔境〉が‥‥、〈魔境〉が消えようとしているのです!」


 それは急ぐ筈です。

 地底で暮らす〈地鼠人〉には地震などを感知できる磁気感知能力が備わっていて、「このまま此処に居たら危ない」というのが、なんとなくわかるのだそうです。

 チュリマー達やメッキに気を取られていましたけど、考えてみれば〈魔境〉を維持していた〈神威天狼〉(カムイテンロウ)が死んでから随分と時間が経っています。


「勇者様! キーファさん!」


「あぁ、わかった! みんな帰るぞ!」


「了解した! 総員撤収準備始めっ!」


 ユリア様を抱えて滑空しながら緊急事態を伝えて回ると、応諾の返事が返ってきます。

 二人で地面に降り立った頃には、すっかり騎士団を含めた全員が撤退に向けて動き出していました。


「おい、ポムクルス! そっちじゃねぇ! 逆だ逆!」


「〈魔境〉の出口はあちら側なのです。ポムさん」


 私たちが降り立ったのは、最初に〈神威天狼〉によって傷を負った傷病兵たちが円陣を組んで、天狼の遺骸を守っている場所でした。

 ユリア様を地面に降ろし、再び飛び立とうとした私に、遠くからのシャムシエルの怒声とすぐ傍からのユリア様の指摘が飛んできました。

 いえ、普段から方向感覚が無い訳じゃないんですよ?

 今回はほら、爆発で吹っ飛んだりしてるし、三半規管が万全じゃありませんからね、仕方が無いじゃないですか。


「一班はそのまま幻獣の遺骸を確保しつつ移動開始! 二班と三班は捕虜を一班に引き渡したら退路を確保! 四班は俺と共に殿(しんがり)だ!」


 キーファさんの的確な指示が飛びます。


「シャムは先頭で退路への誘導! ポムは負傷者の対処、ユリアはその護衛! 牙撫(がなで)はもう少し付き合ってくれ!」


 勇者様も負けじと声を張り上げます。

 傷病兵と共に移動を始めた私の元に、拘束された少女が担ぎ込まれてきました。

 短く切り揃えた(ボブカットの)銀髪の少女という外見は、以前シャムシエルと一緒に接見に行った〈暗黒魔導士〉(ダークエージェント)イネスのものでした。

 もっとも、目隠しと猿轡をされ、身体はマントを巻いた上からロープでぐるぐる巻きにされているので詳細は判りませんけど。

 もう一人、即席の担架に載せて運び込まれて来たのはテクラでした。

 元から肌面積の広かった衣装は襤褸雑巾のようですけど、それ以上に身体の方も酷い状態です。

 肩に大きなドリル創が貫通している上、高空からの落下、その落下地点が敵味方入り乱れる乱戦の中だったこともあって、骨折と打撲が多数、よく生きているものですけど、このまま放置しては確実に死に至る重体です。

 命を繋ぐのが最優先、と私が応急処置をしている間にも、他の皆は冥獣の残存戦力を切り崩しながら退路を作り、猛獣の追撃を押し留めています。


 グジュッ!


 処置と言っても、魔法を使う余裕も、手術をする場所もありませんから、刺創を止血して骨折箇所に添え木を当てるくらいしかできません。

 その音が聞こえたのは、そんなテクラの治療を終え、仲間や騎士団員たちの怪我に意識を向けようとした時でした。

 近くで担架を担いで歩いていた白騎士の足元から聞こえてきた不吉な音に目を向けると、地面が急速にぬかるみ、腐りはじめていました。


 ゴォォォォォッ!


 いつの間にか、空では風が吹き荒れており、とてもでは無いけど飛び上がる気にはなれませんし、周囲を囲む樹々も立ち枯れ、朽ちて崩れ果てようとしています。

 このまま走っても出口まで間に合わないのでは、そんな不安が脳裏を過りました。


〈旋回〉(スピン)〈爆熱の矢〉(バーニング・アロー)!」


 ドシュッ!


「GAAAAAAAAAAAAMM!!」


 ドドウッ!


 そんな不安が騎士たちの間に伝播する中、ユリア様の〈太矢〉(クォレル)が〈龍頭亀〉の顔面を吹き飛ばします。

 遠目なので判り辛いですけど、なまじ硬い鱗が災いしたようで、貫通することなく周辺組織を焼きながら捻じり切るという、ちょっと患部を想像したくない状態になっています。

 巨体が倒れ込む衝撃で地面に縦横のヒビが走り、一部が崩落していきます。

 しかし、これで後方で猛獣の追撃を押し留めている部隊に余力ができたようです。


「なあポム、これ見てくれ」


 駆け寄って来た勇者様が差し出した左手に握りこまれていたのは表面に十個の宝石が文字盤のように埋め込まれた円盤(メダル)首飾り(ネックレス)にしたもの、妖精女王(ケーナ)様が勇者様に授けた勇者魔法の補助具でした。

 その時には翠色と紅色の二つを除いて曇っていましたけど、今では七つが輝きを取り戻しています。

 っ!? 七つ!?

 翠色、紅色、菫色、橙色、紫色、藍色、空色、確かに七つですね。

 この魔境に入る前は五つだったと記憶していますけど、一体なにが‥‥


「あぁ、多分あいつが使ったの見たからだ‥‥」


 メッキが使った〈移ろひ〉を見て覚えたということでしょうか?

 いえ、どちらかというとコツを掴んだのでしょうね、ともあれ、勇者様の言いたい事は判りました。


「間違いないと思います。皆を集めて脱出しましょう」


 足の速いガナデちゃんが既に動いてくれていたこともあって、勇者様を中心に捕虜を含めた二十六人が集まるのに、そう時間はかかりませんでした。

 それほど切羽詰まっていたということでもありますし、なにせ地面が崩落しているので、追撃していた猛獣たちもそれどころではなかったのです。


「よし、皆はぐれるなよ! 〈移ろひ〉!」


 シュン!


 空気の抜けるような音が聞こえたかと思うと、目の前の光景が切り替わり、燦々と太陽が照り付ける渓谷の底、茸の形に似た奇岩が乱立する川沿いの河川敷に私達は立っていました。


「ここは‥‥〈ドンキの廃街〉か」


「奴ら‥‥やっぱりもういないか」


 周囲を見回していたキーファさんと勇者様が同時に口を開きました。

 ここで再び襲撃されては溜まりませんけど、どうやらメッキ達は既にこの周囲にはいないようです。


 ゴゴゴゴゴゴゴ‥‥。


 安心した途端に、遥か地面の下から震動が響いて来ました。


「大丈夫。地震ではないのです」


「〈魔境〉の入り口が閉じたようじゃな」


 ユリア様とガナデちゃんが教えてくれました。これで本当に一段落ですね。


「はぁ、どう報告したものかな。今から気が重いや」


 戦いの中では毅然とした隊長さんだったキーファさんも、こうやって溜息をついていると年相応に見えます。



「けど、その前にワクチンを作らないといけません」


 作業工程を考えて、私もこっそり溜息をつくのでした。


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