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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
一章:勇者の旅立ち
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4:宵闇の翼

「はい、針を抜きますよー」

 ケーナ女王様が退室された後、勇者様の出発準備が始まりました。

 勇者様の腕に点滴用のチューブを固定していたテープをペリペリと剥がし、軟針を引き抜きます。

 同時に治癒術を使って穴の空いた血管を直すことで出血も予防します。

 指先を挟んでいたセンサークリップを始め、勇者様を拘束していた検査機器の端末もすべて外しました。

「これで、もう起き上がっても大丈夫ですよ」

 その殆どを眠ったまま過ごしたとは言え、二日ぶりに得た自由を満喫するように勇者様は大きく伸びをします。

「あ、でも急に立ち上がらないで片足ずつ、ちゃんと立てるか確かめながら立ち上がってくださいね」

 長期間の寝たきり状態に対して発生する身体機能の低下、廃用症候群は安静初期の二日間だと約二~六%の筋力が低下すると言われます。

 全体持久力の低下による脱力感や心肺機能の低下による起立性低血圧で眩暈を起こす可能性もあるので、急に立ち上がるのは危険なのです。

 勇者様もそこはすぐに理解してくださり、片足ずつスリッパを履きながらゆっくりと立ち上がります。

 それにしても背が高いです。

 肩を貸そうと傍に寄ってみたのですが、私の頭頂部が勇者様の肩の高さくらいになりますね。


「しかしこれ、院内着って言うか浴衣みたいだな」

 立ち上がった勇者様は今更ながらに着衣が気になるようです。

 検査や処置がしやすいよう、勇者様には裾の長い前合わせの寝間着をお着せしていました。

 どうやら、勇者様の世界にも似たものがあるようですね。

「もし良かったらシャワーを使われますか? その間に着替えをお持ちしますけど」

「あ、それは助かる・・・・あと」

 言いかけて口籠った勇者様ですが、その続きを急かすようにお腹からクルルルと音が鳴ります。

「ゴメン。お腹がペコペコだ」

 照れ臭そうに申告する勇者様。そういう表情をされると、体格の割に幼い顔立ちが強調され、見ていて温かい気持ちが湧き上がります。

「わかりました。お食事も用意しておきますね」

 この客用寝室にはトイレとシャワーが備え付いています。呼び出し用のブザーなど使い方の説明を受けた勇者様と別れ、私は着替えと食事の準備に向かいました。

「うわ! オシメされてる!?」

 着替えを用意していたら、脱衣所から勇者様の声が聞こえてきたけど、聞こえなかった事に(スルー)するのが慎みというものでしょう。



「これは良いな。軽いし、動きやすそうだ」

 シャワーを終えた勇者様は胃に負担のかからない軽食を食べ、新しい服に着替えています。

 白地のシャツにクリーム色のベスト、紺色のスラックスと上着。勿論、下着は複数の代えも用意しています。

 この衣服は、勇者様が着ていたものをケーナ女王様が〈霊廟〉の施設で解析して再構成したものだそうです。

 残念ながら、合成繊維で織られたと思われる元の衣服は、速乾性が高く着崩れしにくいという特徴はあるものの、対摩擦性能と耐火性能、吸水率が低いため冒険には向きませんでした。

 また、一般に出回らない素材なので、トラブルの種にもなりそうだということで、既存の素材を使って作ることになったのだそうです。

 私も肌と素材の相性を確認するお手伝いをしました。勇者様の場合、肌かぶれができても自分で気付きにくいですからね。

 結局、厚めの木綿を縫製することにしました。インナーも綿素材、ベストは毛織です。

綿(コットン)一〇〇(パー)ってあんまり売ってないんだよなぁ」

 何故か勇者様がしみじみと呟かれました。


「装備についてはまた後で見繕いましょうね。外套も必要ですし」

 勇者様の着替えも一段落ついて着こなしをチェックしていますと、勇者様がじぃっと私を見ているのに気が付きました。何かついてるのでしょうか。

 まじまじと見ていた事に気付いたからか、あるいはそれに気付かれたからか、勇者様は照れたように横を向きながら話を逸します。

「あぁ、ゴメン。そう言えば外套って言ってたけど外は寒いの? ポムはその、随分と寒そうな格好だけど」

 確かに、外に出れば外套(ポンチョ)を羽織るとはいえ、私の服装は厚着とはとてもじゃないけど言えないでしょう。

 私が今着ている服も、背中を大きく開けて首で留める水色のホルターネックワンピースと腰から下だけの黒いサロンエプロンという組み合わせ。黒革のチョーカーがワンポイントですね。

 勇者様のベストにも使われている、耐寒性能の高い岩山羊(ロックゴート)の毛を使ったワンピースは暖かくはあるものの、剥き出しになっている肩は冷えます。

(これ)があるから背中の空いた服しか着られないんですよね。デザインも限られちゃうので、こう見えてなかなか大変なんです」

「そうなのか。けど、似合ってると思う」

「えへへ。ありがとうございます」


「翼と、耳くらいしか違わないかな、と思ってたんだけど」

 それにしても、と勇者様の視線はチラチラと私の方を向いたり逸れたり。 

「異種族が珍しいのはわかりますけど、あんまり見られたら緊張するじゃないですか」

 何か変なものが付いてたりはしませんよね。もしや朝ごはんのオカズとか。

 気になってきたので、さっと鏡を見て確認します。

 蝙蝠(こうもり)に似た大きな獣耳。ふわふわと落ち着きの無いローズピンクの髪は頭の左右で今はお団子(シニヨン)に結ってあります。黒目がちな大きく丸い目、小さな鼻。少し口角の釣り上がった猫っぽいと言われる口。左右の人耳、と普段通りです。

「気を失ってた間、ポムみたいな年の近いかわいい女の子に世話されてたんだから、気にもなるよ」

 完全にそっぽを向いた勇者様の呟きが、やたらと高性能な蝙蝠の耳に入ってきて、鏡に映る私の顔が真っ赤に染まります。

「・・・・オシメとか」

 ストーップ! その話題はどちらも幸せになりません。


「え、えーとですね。私たちの種族について説明しておきましょう」

 なんとか空気を変えようと話題を切り替えます。

「私みたいに側頭部に動物に似た二対めの耳を持つ種族を獣耳人(ゾアノイド)と言います」

「獣耳人、か」

 勇者様もそっぽを向くのをやめ、こちらに耳を傾けてくれます。

「獣耳人は耳が一対多い分、他の種族と比べて音を聞き取りやすいという特性があります。中には獣耳(ビーストイヤー)が小さくて髪の毛の上からは判らないような人も居ますけどね。

 獣耳人は、耳だけでなく動物の特徴が身体に現れる事が多いんです。象の人は体格が大きいとか、鯨の人は長く水に潜っていられるとか、兎の人は高く跳べるとかです。

 そういった特徴が近いと暮らしぶりも似るようになるため、同じ種類の耳を持つ人達が集まって暮らすことが多いみたいですよ。あくまで指向性であって厳密なものではありませんけど」

「なるほどなぁ。じゃあポムは蝙蝠の特徴を持った獣耳人、って訳か」

「はい。私のように蝙蝠の特徴を持つ者は特に闇翼人(ダークウイング)もしくは蝙蝠人(ベトレイヤー)と呼ばれています。特徴は見ての通り、翼で空が飛べることですね」

「飛べるのは便利そうだな」

「そうですね。飛行能力はとても珍しいんです。

 ちなみに獣耳と、翼やその周辺の背中には短い毛が密集してるので、そんなに寒くはないんですよ。暑い所だと少し大変ですけど」

 私の場合は、髪の色に近いローズレッドの柔毛で覆われています。

「へぇ、本当だ」

「ひぅっ!?」

 不意をついて背中の毛を引っ張るのはやめて下さい、勇者様!


「それにしても、闇翼人に蝙蝠人か。蝙蝠に対する風評被害かも知れないけど、あんまり良い印象の名前じゃないな。特に、って言ってたし」

「そうなんです。闇翼人は兎も角、蝙蝠人は『どっちつかずの裏切り者』って意味の蔑称なんですよ。だから村では使わないようにしてくださいね」

「蔑称・・・・」

「昔、今よりも文明が進んでいた時期に世界間戦争があったんです。こちら側を主導していたのは獣耳人で、戦争の相手は別世界(ナール)有翼人(ガルーダ)。今では獣翼戦争なんて言われています」

「何処かで聞いた話に似てるけど、もしかして両方の陣営に味方のような顔をして取り入ったのか?」

「そうですね。争いに心を痛めた女王様の意志を受けて私達の先祖は調停役として動いていたそうなので、他からはそう見えたんだと思います」

「じゃあ、歴代の勇者に一族から従者を付けるっていうのは、君たちが社会に貢献できる一族だと知らしめるためでもあるのか」

「はい。その行動に一族の命運が掛かっている、というのも勇者様の従者に対する人気の高さに繋がってるのです。私も責任重大ですよ」

「意外に情の深い人だったのか女王さん。じゃあ、あの人のためにも、早く誤解が解けると良いよな」

「はい!」

 分かりづらい愛情表現ではありますけどね。

「ちなみに、闇翼人というのは私達の自称ですね。格好良いでしょう」


 勇者様、そこで曖昧な表情を浮かべないでください!



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[一言] >勇者は曖昧な表情を浮かべた ワイも曖昧な表情を浮かべた 調停役か 確かに、なんも知らんかったら、裏切り者に見えるかなぁ 綿100%!着てみたい( ̄∀ ̄)
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