4:崩れる絆
「邪悪な技術ってどういう意味ですかっ!?」
「けっ! その反応、やっぱり〈古妖精〉側の奴かよ」
メッキの言葉に、〈霊廟〉でケーナ女王様に医術を叩きこま‥‥教えて頂いた日々を穢されたような気がして語気も荒く詰め寄ったのですけど、メッキの方も嫌悪感を顕わにします。
「さては手前ェ、〈勇者の監視人〉か?」
「違います! 私は〈勇者の介添人〉ですっ!」
〈勇者の監視人〉。
昔そういう制度があったという話は聞いています。
歴代の勇者が持つ異世界の知識、高い身体能力、特異な魔法、運命に導かれているとしか思えないようなトラブルに巻き込まれて行く体質、そういったものから世界を護り、有益な部分だけを利用するための制度だったそうです。
確かに悪意ある勇者が、そういった数々の特殊能力を使って悪事を働けば、混乱が巻き起こる事は間違いないでしょう。
しかし、ケーナ女王様は転移前の勇者の状況を残留思念から読み取ったり、人柄を観察して問題ないと思った勇者にのみ、〈介添人〉と言う形で補助要員を付けて旅に出させると言っていました。
「んな事言って、手前ェだって報告義務があんだろうがよ?」
「それは確かにありますけど、別に勇者様を監視している訳じゃ‥‥」
‥‥無いと思うのです。
そりゃ、特にする事のない時なんかには、確かに勇者様の姿を目で追ってしまいますけど、それはほら、健康の管理も仕事の内ですからね?
「あんまり勝手なこと言わないでください! 勇者様が誤解したらどうするんですか!?」
「あぁ? 誤解だぁ?」
メッキに好き放題喋らせていてはいけないと思い、今度はしっかりと弾を篭めて〈投石器〉で攻撃しますけど、狙いが定まりません。
冥獣とはいえウィルスの集合体である〈ドゥルジナアス〉の時とは違って、やっぱり私は、生き物に攻撃を命中させるのが怖いんです。
「誤解も何もないとは思うけどなぁ。それとも‥‥あぁ、何か知られて困る事があるなぁ、手前?」
「そそそそ、そんなのないですよ!」
顔の辺りに熱が集まっているのがわかります。
こんな無様を勇者様に見られたくはないなぁと思いながら、勇者様に視線を向けようとした時です。
ピュィィィ!
「がなでっ!」
「心得たのじゃ!」
勇者様が口笛を吹き、それにガナデちゃんが応え、二人で乱戦からの離脱を試み始めてしまいました。
どうしましょう!?
「そうとなれば取って置きを見せてやろうかのぉ。きーふぁ君や、少し時間を稼いではくれないかな?」
「少しだけなら構いませんよ」
空中戦を始めてしまった私が悪いのでしょうね。
私が介入できずにいる間に話はどんどん進んで行き、ガナデちゃんは〈龍頭亀〉の相手をキーファさん一人に押し付け、ひらりと身を翻して距離を取りました。
ガナデちゃんが長い尻尾を口に咥えて引き抜くと青銀色に輝く毛が数本抜けて口の中に残り、それを嚙み砕いて吐息と共に吹き出します。
彼女が術を使う際に触媒を使う様子を見るのは私も初めてで、大規模な、もしくは高度な術を使うのだろうと予想できます。
「今度は何を見せてくれるのかな?」
「然と見よ! 〈仮現身外身〉!」
興味津々に様子を伺うテクラに見せつけるかのようにガナデちゃんの術が完成します。
ぷぅ、と噴き出された毛がポンという音と共にそれぞれ煙に包まれ、そこから青銀の毛並みを持つ天狼が青い外套を靡かせて地に降り立ちました。
ガナデちゃんそっくりの天狼が十一、二‥‥十数体も並ぶ姿は壮観の一言。
「行くぞ!」
号令と共に天狼たちは二つの群れに分かれ、一方はキーファさん達と戦う猛獣たちに向かって襲い掛かります。
もう半分はガナデちゃん自身が率いて猛獣たちの囲みを抜け、冥獣〈地生兵〉に切り込んで行きました。
「うふふっ、面白いわ。けど、ここを離れて良かったのかしら?」
ガナデちゃんの多重分身を目の当たりにして、私も勇者様もキーファさん達白騎士たちも、メッキやチュリマーまで呆気に取られていた中で、真っ先に立ち直ったのはテクラでした。
「完全に白い書面へ♪」
次の呪文のためにステップを踏み始めたテクラ目掛けて分身の一体が飛び掛かって行きますけど、それは〈龍頭亀〉が身を挺して遮ります。
そのまま、その分身は〈龍頭亀〉の相手を余儀なくされ、同様に三体の分身がこの巨獣と対峙する形になりました。
キーファさん自身に余裕はできたようですけど、テクラの〈呪術〉を止めるには至りません。
「色彩豊かで劇的な光景♪」
ギリ。
ガナデちゃんの歯を食いしばる音が聞こえます。
一瞬だけテクラの方に視線を向けようとしますけど、彼女の目の前にいるのは〈地生兵〉だけではありません。
〈冥河屍喰鷲〉の巨体が勇者様への道を塞ぎます。
「ふふっ、勇者と合流したいのだろうけど、そう簡単に進むとは思っていないよね?」
「大きな変化が始まる♪」
チュリマーの操る冥獣たちが妨害している間に、テクラの魔術が完成してしまいました。
この魔法は拙いです‥‥特に、私にとって!
「ガナデちゃんだっけ? 変化術が得意なのは自分だけだと思わないでね。〈強き鳥の姿〉!」
テクラの日に灼けた肌に鱗と羽毛が生え揃い、その形が大きく変わっていきます。
鋭い嘴と脚の鉤爪、広げると三メートルを超える力強い翼、天空を自在に舞うコンドルにテクラは変身したのです。
「うふふ。今度はそっちの子と遊ぼうかなぁ」
テクラはコンドルの姿をしたまま甲羅の上から〈龍頭亀〉の首を滑走路代わりに駆け出し、空へと飛び出します。
一度ガクンと高度を落とした後、上手く風を掴んだのか、その巨体がふわりと舞い上がる様子は、まさに強き鳥と言われる所以でしょう。
いえ、見とれてる場合じゃありません!
テクラが向かっている先は私とメッキが対峙しているこの場所なんですから。
「ポム、今そっちに行くから無茶すんな!」
「勇者様‥‥」
「無茶すんな、だとよ。丁度良いな、あの勇者にも俺様の話を聞かせてやるか」
ガナデちゃんの方に向って後退しつつある勇者様が、二体の〈冥鎧女騎士〉とチュリマーの攻撃を凌ぎながら声をかけてくれます。
嬉しい気持ちと心配をかけて申し訳ない気持ちが混ざりあって答えに詰まっている私をあざ笑うかのように‥‥いえ、本当にあざ笑いながら放つメッキの言葉を聞き、冷水を浴びせられたような気分になります。
勇者様の手を煩わせる前に、私がなんとかしないと‥‥。
「〈変化大身〉!」
メッキが私を翻弄している内に、分身を引き連れたガナデちゃんが〈地生兵〉の群れを突っ切ったようです。
ガナデちゃんが普段からとっている姿も天狼としては大柄でしたけど、その体躯がどんどんと大きくなり、しまいには大柄な騎馬くらいにまで達しました。
巨大化した身体で樹木の幹を駆け上がって〈冥河屍喰鷲〉の頭上へと達したガナデちゃんは術を詠唱します。
「〈以木行為捕縄 縛〉!」
「Kueeeeeee!」
真上から冥獣を捕らえようと何本もの太い枝がシュルシュルと伸びて絡みつきます。
〈冥河屍喰鷲〉は悲鳴を上げながら藻掻いて拘束を振り払いますけど、一瞬でもその動きを止めることができればこちらのもの。
注意が上を向いた隙に、ガナデちゃんの分身たちが足元をすり抜けてチュリマーと〈冥鎧女騎士〉たちに襲い掛かりました。
「大変だなぁ、そっちの勇者はよぉ。手前ェみたいな〈古妖精〉の手先を守るために頑張ってんだからなぁ?」
「手先なんかじゃありませんっ! 貴方が私とケーナ様の何を知ってるって言うんですかっ!?」
眼下ではガナデちゃんが勇者様と合流しようとしている、そんな時、私はまだメッキに翻弄されていました。
元々、生き物に対しての命中率が壊滅的な私の〈投石器〉ですけど、それでもここまで大きな的に当たらないだなんて‥‥。
メッキは成人男性の体格に加えて大型猛禽の翼と蛇の尾を併せ持っているため、正面から見た面積で言えば3倍くらいはあるというのに、ひょいひょいと軽快に躱していくんです。
空中だというのに機動力が高過ぎるんです。
軽口は叩くものの殆ど攻撃しないで回避に専念している姿に、なるほどこれはよっぽど打たれ弱いんだなと思いました。
「俺様は、帝国で捕獲されてる勇者から作られた人工受精児でな、キメラ手術によって勇者の能力が発現したんだよ。〈古妖精〉の技術と機械でなぁ」
「そんな‥‥古代遺物は封印された筈じゃ?」
「知らねぇなぁ。他人を信じたりするから裏切られるんだよ。笑えるぜ」
ギャハハハハハ。
うふふふふふふ。
品の無い笑いを上げながら攻撃を避け続けるメッキの背後から、もう一つの笑い声が近づいてきます。
巨大なコンドルの姿、ついにテクラが到着してしまったのです。




