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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
七章:勇者キメラ
45/48

1:包囲網

第七章です。

 ズズゥン!


 そんな物音に驚き、思わず首を巡らせて周囲を警戒します。

 森の中にぽっかり開いた樹の生えていない広場。

 下生えの草も丈が短く、寝転ぶのにちょうど良い柔らかさ。

 高く育った樹々の枝葉が作る天蓋から漏れ落ちて燦燦と降り注ぐ木漏れ日。

 こういう場所にありがちな、野営の痕跡なども見つからない手付かずの自然。 

 恐らくはこの〈魔境〉(ジャハナム)の主であった〈神威天狼〉(かむいてんろう)が寛ぐための場所だったであろう広場は今、寛ぎとは無縁の喧騒の中にあります。

 キープさんの背後には、〈神威天狼〉の遺骸が転がっており、彼が団長を務める〈白毛騎士団〉(レフカマリャイポテス)の精鋭たちが周囲を固めています。

 ついさっきまで倒れていた私の両側には、勇者様とがなでちゃんがそれぞれ険しい表情で構えています。

 一瞬、〈魔境〉の主が死んだことによる崩壊現象かとも思った地響きでしたけど、原因はそこではありませんでした。


 ズズゥン!


 再度、地響きを伴って聞こえる音には、ベキバキバキと樹々を圧し折る音が付随し、広場の頭上を覆っていた枝葉の天蓋が取り払われます。

 森の樹々より高い頭を持ち上げて、その枝葉をモッシャモッシャと食んでいるのは巨獣〈龍頭亀〉(ドラゴタートル)

 先刻から聞こえていた地響きの正体は、この巨大な化け亀だったのです。

 その周辺には〈灰色熊〉(グリズリー)〈金剛猩〉(コング)といった猛獣の姿も見えます。

 〈龍頭亀〉に比べると小柄に見えますけど、精鋭騎士でも一騎打ちするには厳しい相手、それが複数いるのです。

 アイコンタクトで私と勇者様の意志を確認し、がなでちゃんがキープさんの援軍に向かいました。

 私も勇者様も、この場を動くことはできませんでした。

 私達の目の前にも目を離せない相手がいるのです。

 巨大な鳥の頭から長い四本の脚を生やした冥獣〈冥河屍喰鷲〉(アケロンヴァルチャー)を背後に従え、鳥の仮面をつけた黒衣の怪人が目の前に現れたのですから。


「ふふっ、なるほど。ついにお出ましか、勇者殿」


 鍔広の帽子、瀟洒なデザインのロングコート、裾から覗くヒールの高いサイハイブーツ、頑丈そうな医療鞄、剣帯(ソードベルト)に吊るされた鞘付きの直剣(アーミングソード)に至るまで、そして勿論、鳥の嘴を模した仮面まで、すべてが黒で統一されたその怪人が口を開きました。


「貴女は……いったい、何者ですかっ!?」

「まずは挨拶をさせていただこう。お初にお目にかかる。〈ジャモン帝国〉の〈妖術師〉(ネクロマンサー)をしているチュリマーだ。短い付き合いになるだろうが……せいぜい、よろしく頼む」


 私の問いを制するようにチュリマーと名乗った怪人の、レースの手袋に包まれた手が帽子を頭から外して胸の前に、そして優雅に一礼します。

 その動きによって、彼女の姿の中で唯一黒くない部分、くすんだ短い金髪が顕わになります。


「誰が……よろしくなんてするものですかっ!」

「いやしかし、ドゥルジナアスがこんなに簡単に倒されてしまうだなんて。〈魔境〉を乗っ取り、疫病を蒔き散らかして勇者一行を誘き寄せる作戦自体は予想以上に上手くいっただけに、彼女を労ってやれないのが……実に、惜しいことだ。ハハハ」


 再び遮られて気づきました。

 この人、会話してるのではなく、単に言いたいことを言ってるだけなんですね。

 倒された冥獣を悼んでいるような事を口にしてはいますけど、その声には情が籠っておらず、潤いの無い熱砂の砂漠を思わせます。

 そんな事を考えている間に、チュリマーは腰に佩いた直剣をスラっと引き抜いていました。


「出会ったばかりで申し訳ないのだが、勇者よ。皇帝陛下の命により、死んでいただく」


 二階建て倉庫の屋根くらいの高さにある〈冥河屍喰鷲〉の嘴が振り子のように打ち下ろされて来たのでした。


「あんまり前に出るな、ポム! らしくないぞ、落ち着け!」

「はっはい、ごめんなさいっ!」


 角度をつけた丸盾(ラージシールド)で嘴を受け止め、衝撃を地面に逃がしながら勇者様が咆哮します。

 確かに、相手が疫病を使ってくるので、ついつい肩に力が入っていたみたいです。

 戦場は広く、チュリマーと勇者様の対決だけに注視していれば良いという状況でもありません。

 そう結論付けて周囲を見回そうと思った時でした。


祝福を(サミンチャスンキ)...私の街へおいで(ラッタイピ ハムイ)

 抱きしめて(ハプッィークワイ)...抱きしめるように(アブラサワク ヒナ)

 あなたと(カンワン)...私はここにいます(カイピン カチャニ)

 私を信じて(コンフィーアワイ)...忘れないで(アマ クンカイチュ)♪」

「ガナデちゃん、気を付けて! 〈小さな幻夢〉(フチュイ ムスクイ)‥‥幻覚魔術、ですっ!」


 ぴたっぴたっという拍子(リズム)をとる足音と共に聞こえてくる祈りの歌、いえ、これは魔術です。

 聞き覚えのある旋律(メロディ)と文言が私にその正体を教えてくれます。

 故郷の村で幼馴染だった〈呪術師〉(シャーマン)のセイラが得意としていた魔術で、私は幼い頃から幾度もこれを使った悪戯に引っ掛けられてきたのです。


「ワシを相手に幻術とは舐められたものじゃ。〈仮装幻霧郷〉ゲンムノサトヲヨソオウ!」


 魔術の中でも、祈祷や呪舞を必要とし、儀式かと思うほど長々しい詠唱を必要とするのが〈呪術〉(シャーマン・マジック)の特徴です。

 その〈呪術〉による幻覚魔術をガナデちゃんはたった一言で上書きしてしまいました。

 〈龍頭亀〉の周辺、〈灰色熊〉や〈金剛猩〉が布陣している辺りの森に濃密な霧が立ち込め始め、視界を奪われた猛獣たちが右往左往しはじめています。

 なるほど‥‥


「なるほど。〈幻夢の森〉はこうやって作ったのね」


 〈龍頭亀〉の甲羅の上で、悔しくも無さそうな様子で、一人の女性が頷いていました。

 大雑把に見て二十代前半くらいの年齢。

 健康的な体格で、日に焼けた肌と、日に灼けた黄色味の強い短い金髪の持ち主です。

 鳥の風切り羽で装飾された巨大な両手斧を携えているのとは逆に、これといった防具を身に着けていません。

 いえ、防具どころか衣類も身に着けていると言い難いものがあります。

 二の腕から先を覆うゆったりした袖と、腰帯から吊るされた脚絆(チャップス)はどちらもくすんだ黄色味がかった白(クリーム)色の生皮(ローハイド)で、多くの房飾り(フリンジ)が、彼女の動きに合わせて揺れています。

 胴体は申し訳程度に同色の肌着を着けている程度で、露出されている肌面積で言えばシャムシエルと同じくらいでしょうか。

 その代わりなのでしょうか、獣の牙や魚の骨、鳥の羽根などを材料にしたであろう装飾品を髪に額に耳に首に手首に腰に足首にこれでもかと付けています。

 また、右頬に太陽の、左頬に月の紋様を描いているのをはじめ、右側が昼、左側が夜を意味するよう、多数の紋様が描かれています。


「〈幻夢の森〉‥‥ということは、あの森での作戦行動に巻き込まれた輩かのぉ?」

「私はテクラ。冒険者よ……あれ以来、仲間は森に近づけなくなったの」


 ガナデちゃんの声を聞いて我に返りました。

 テクラの印象はその派手な服装が大勢を占めていて、彼女自身の顔立ちや体型はとても印象に残りづらいのです。

 しかし、〈幻夢の森〉で霧に巻かれ、長我部軍に追い回された冒険者の中には、心的()外傷後()ストレ()ス障害()を患って再起不能になった人もいるとは聞いていましたが、こんな形で被害者の関係者に出会うとは思いもしませんでした。


「それは悪いことをしたとは思うがのぉ……他の皆には関わりのない話じゃろて‥‥」

「森に入れなくなって、皆引退したからソロで活動しはじめたの。儲かる仕事も見つかったし……ツイてるね、私」


 あぁ、えぇと、悲壮感の欠片もありませんね。

 自分の言いたい事だけを口にしているのか、ガナデちゃんの口上にさくっと割り込んで喋っているテクラからは〈幻夢の森〉での出来事に対して、恨みとか憎しみとか怒りとか悲しみとか、あって然るべき感情が見当たりません。


「三班、サワラの援護! 四班、俺に続け! 一班、ポムクルス嬢を中心に円陣、警戒を怠るな!」


 ガナデちゃんがテクラと睨み合っている間に、キープさんの声が響き、〈白毛騎士団〉の〈聖戦士〉(パラディン)たちは整然と行動を開始しました。

 一部はキープさんの後に続いてガナデちゃんとテクラの戦いに参じるようです。

 騎士たちは左右に展開して〈灰色熊〉と〈金剛猩〉を抑え、キープさんがテクラに向かう道を切り開きます。

 しかし、それでもテクラに向かうには彼女が載っている〈龍頭亀〉の巨体を越えなくてはならず、ガナデちゃんと連携しながら〈龍頭亀〉に攻撃を開始しました。

 そして、私の周囲では、治療こそ終えたものの重傷だった騎士たちが私に背を向けて円陣を組んでいます。

 えぇ、えぇ、分かります。

 キープさんも、私に無茶するなと言いたいんですね。

 まぁ、こんな感じに怪我人で囲まれては無茶する気にもなれません。

 〈治癒術〉(ヒーラーズ・マジック)で治しつつ、周囲の様子を伺うしかないのです。

 他方、勇者様の援護に向かった騎士たちは、一斉に〈冥河屍喰鳥〉へ攻撃を仕掛けました。

 この攻撃は上手く行き、その隙を突いた勇者様は冥獣の脚下を走り抜けてチュリマーに肉薄することができたものの、残念ながら、その攻撃は防がれてしまいました。


 ガコォォォォン‼


 硬質な音を立てて勇者様の斧を防いだのはチュリマーの細く見える剣ではなく、巨大な金ダライでした。

 チュリマーの直衛を務めていたのは、それぞれ白と黒の鎧《アーマー》ドレスを身に着けた、いかにも「くっ殺せ」と言い出しそうな女騎士です。

 もっとも、この二人をそんな状況に持って行くのは至難の技でしょう。

 なにしろ、彼女たちは片手に自分自身の生首を抱えた冥獣〈冥鎧女騎士〉(デュラハン)なのだから。


「ちっ、‥‥あと一歩、届かないか‥‥」

「ふふっ、なるほど。勇者が私を狙う、それは当然。そして、備えておくのも当然のことですよ。汝は逝った(ディエス) 唯(モノ) 逝ったのだ(ディエス)。汝、雑兵(スパルトイ)、大地より出でて、我に仕えるべし・・・・」


 〈冥鎧女騎士〉に守られながら、チュリマーは何かを地面に撒く動作をします。


〈雑兵冥獣の召喚〉(コール・スパルトイ)!」


 次の瞬間、地面から紫黒の甲冑を着込んだ兵士が生えてきたのです。

 冥界の兵士〈地生兵〉(スパルトイ)達は、生まれてきたばかりですぐ、〈冥河屍喰鳥〉と戦っている白騎士たちに殺到します。

 〈冥河屍喰鳥〉の巨体に対して攻め込んでいた白騎士たちは数の優位を崩されて一気に劣勢になってきました。


「広大なる空よ、温かき大地よ。静謐の樹々、煌めく水、優しき草たちよ。祈り、願いに応え、その生命を僅かずつ分け給え・・・・」


 戦線を崩壊させないためにも、今は治癒術に集中する時です。

 それでも、状況は容赦なく変わって行くのですね。


「イネス、オマエよくアタイの前に顔を出せたな! 騙しやがって!」

「あら、シャムちゃんこそ、イネスちゃんの依頼を不履行にしておきながら、のうのうと評議長の娘とよろしくしてるなんて、裏切りではなくて?」


 私の耳に、この場にいない人たちの会話が聞こえて来ました。

 一瞬、耳の調子が戻ったのかと思いましたけど、これはシャムシエルの〈腹話術〉(ベントリロキズム)です。

 予めの取り決めで、予想外の出来事が起きた時には私が連絡を受けることになっていたのです。

 しかし、イネスという名前には覚えがありますね。

 確か、ユリア様の暗殺をシャムシエルに依頼した〈暗黒魔導士〉(ダークエージェント)の名前でした。

 コルゴ村の冒険者組合に引き渡されてた筈ですけど、逃げ出したのでしょうか。


 しかし、あちこちで同時に戦闘が発生しているため、全体像を把握するのが大変ですね。

 ここは、多少解像度が荒くなっても反響定位(エコロケーション)を使うべきではないでしょうか?

 そう思って目を閉じた瞬間です。


「ポム! また無理しようとしてないか!?」


 離れた所で〈冥鎧女騎士〉二体と切り結んでいた勇者様が突然叫びました。

 よくあの距離で気づいたなぁ、と一瞬唖然としましたけど、そう言えば勇者様は触覚が鈍い分、他の感覚が鋭いのでした。


 はぁ、私の方がストップかけられているようじゃ〈治癒術士〉(ヒーラー)失格ですね。

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