3:介添人
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
私は思わず声を上げてケーナ女王様の言葉を遮っていました。
『む・・・・どうしたのじゃ?』
「女王様、お話はそのままでこちらに。勇者様も少しお待ち下さいね」
突然の事態に首を傾げる勇者様を尻目に、ケーナ女王様を引っ張って部屋の隅に移動します。
『おいおい、引っ張るでない。どうしたと言うのじゃ?』
「勇者様の従者って、村の勇士から儀式で一人選ばれて、知識面や戦闘面で勇者様をサポートする介添人枠じゃありませんでした?」
異世界からやって来られる勇者には、この世界の常識も知識もありません。
また、来たばかりの頃は身体能力も戦闘技術も低く、何よりも戦える心が備わっていません。
そんな勇者を一人で世界に放り出すのは、余計なトラブルの種を撒くのと変わりません。
そのため、私の生まれ育った村では、勇者が現れた時には村の勇士を儀式で選び、介添人として旅に同行させるという風習が伝わっているのです。
『うむ。その認識で間違って居らぬ』
「それが私って、初耳なんですけど!?」
『ふむ。言うて居らなんだか。じゃが、どうせ儀式で神託を下すのは妾なのじゃ。問題は無かろう?』
介添人は儀式の最後に得られる神託によって決まります。
そして、村の霊廟(この施設のことですね)に祀られているのはケーナ女王様なので、実質的に彼女が選んでいる訳なのですが。
『其の方が知らなかっただけで、これまでも内定者には根回しして居ったのじゃ』
スムーズな進行のためには必要なことなのじゃ、と言う女王様の言い分はわかるのですが、それでも。
「私、戦闘力低いんですよ!?」
村には、私よりも遥かに適任と思える屈強な冒険者の若者がたくさん居て、今この時も勇者の力になろうと研鑽を続けています。
その一方で私はと言えば、村の闘技大会で常に最下位をキープしているのですから、適正が無いのは明らかです。
その原因には、私自身の性格・種族・職種が絡んでいます。
冒険者としての私の職種は技術職の〈治癒術士〉。
体術職、魔術職、そして技術職の基本十二職を合わせた中で、最も戦闘能力が低いと言われる職種です。
武器は、短剣や鞭、戦棍に長杖と、護身用のものしか扱えず、飛び道具も投石紐が精々。
防具の方は、皮張りの丸盾や膠で煮込んだ革の鎧、金輪を縫い込んだ皮鎧などが装備でき、生存能力はそこそこ高くなっています。
覚える魔法は、自然界から生命力を集めて、負傷や状態異常の治療、体力や生命力の回復を行う〈治癒術〉。
技術職として最大の特徴は、病気や怪我、薬に対する知識と技術で、魔法に頼るまでも無い程の症状にはこちらが使われます。
ただし、技術職として期待される事が多い感知系や隠密行動系の技術は〈盗賊〉や〈狩人〉、〈吟遊詩人〉と比べたら殆ど無きに等しい残念具合。
そんな、治療と回復に特化した〈治癒術士〉の性能は、冒険に連れ歩くには尖り過ぎていて不人気なのです。
〈治癒術〉に比べれば威力は落ちるものの、〈魔術師〉を除く〈司祭〉、〈霊術師〉、〈呪術師〉といった魔術職にも回復魔法は扱え、その上で攻撃や支援、妨害など幅の広い魔法を扱えます。
怪我人や病人が出て初めて役に立てる〈治癒術士〉があまり歓迎されないのも、宜なるかな。
時には「冒険に出ない方が重宝される冒険者」とまで言われる程です。
そんな〈治癒術士〉の性能を、更に下げているのが種族との親和性の低さでした。
専業の回復要員として最も重視されるべき生存能力、それを担保してくれる重く堅い防具を着るのに、背中に生えた翼が邪魔となるのです。
実際、体術職に就いている村の若者たちの中でも重装備が可能な〈戦士〉や〈騎兵〉は人気が低く、身軽さを身上とする〈剣士〉と〈武術士〉は高い人気を誇っています。
勿論、翼に干渉しないよう加工された防具もあるにはあるのですが、堅い防具ほど加工費用も高くなる上、重さはどうしようもないので、早く飛べなくなるのは変わりないのでした。
また、通常の投石紐だと、はばたいている翼が邪魔になって飛行中には上手く振り回せないため、やはり高額にはなるのですがY字型の軸にゴム紐を取り付けた投石器が開発され、私もこれを買っています。
私の場合、主な用途は水薬の投擲用になるのですけど。
それに加えて、私自身の性格があります。
他者を攻撃、害するのが苦手、と言いますか・・・・その度、子供の頃に猴狩りに連れて行って貰った時の、ゴリっとした感触を思い出して未だに吐きそうになります。
逆に言えば、私が〈治癒術士〉を志したのも、それが原因の一つなのですが。
個人的な戦闘能力で言えば、護身以外の戦いはろくに出来ない、というのが私なのです。
「私なんかよりも、もっと相応しい人が多く居ると思うんですけど?」
『其の方以上の適任は居らんじゃろ』
私は自嘲的な気分で放った問い掛けは、あっさり否定されました。
『その言い分じゃと、気後れはあっても嫌と言う訳ではなさそうじゃな』
「そりゃあ、勇者様の介添人は村人みんなの憧れですから」
『ならば、問題は無い。理由は彼の者も交えて話すとしよう』
ケーナ女王様に引っ張られ、私は勇者様の枕元に戻りました。
「なぁ、ポムが無理する事、無いんだぞ?」
離れている間に勇者様の方でも考えていたみたいです。方向性は明後日の方でしたが。
「心配は要りませんよ。唐突なお話に驚いただけですから」
『妾が此奴を選んだ理由は今から話すのでな。聞くが良い』
「ん。わかった」
『まず、其の方の従者として重要な適性は三点ある。一つ目は其の方に欠けておるフォーリヤ世界の知識や常識を補填できる人物であることじゃな』
「あー、確かに。俺、この世界の事、さっぱり判ってないしな」
「私は霊廟に篭もっていることが多いので、最新情報には疎いのですけど、一般的な話であればお伝えできると思います」
『まぁ、其の辺りは村の者であれば大差無いじゃろ。二つ目は其の方の痛覚がない体質と現在の状態への理解、そして対策の有無じゃな』
「そうだな。正直、そこの対処ができる人が一緒に居てくれるのは助かる」
「確かに、霊廟の設備でしか調べられない情報もありますし。今私が持っている勇者様の身体データが一番信用おけるんですね・・・・」
『うむ。そして、何より重要なのが、戦闘に際して積極的にならない姿勢なのじゃ』
「え?」
「それは、どういうことだ?」
意外な事を言われたため、私は勇者様と顔を見合わせてしまいます。
『其の方が戦いの最中でどのようになっても、冷静に状況を判断できねばならぬ。共に戦いへと集中してしまうようでは其の方のお守りは務まるまい』
「そうなのですか?」
「あー。熱くなったらちょっと周り見えなくなるかも、だ」
『その三点が此奴を選んだ理由じゃよ。まぁ、戦闘能力で言えば村の最底辺ではあるのじゃが、そこは従者でなくとも後で幾らでも補うことはできよう』
「なるほどな。戦いは俺が頑張れば良いか」
勇者様は右の拳を左の掌に打ち付けます。パンと乾いた音が響き。
「ポム。一緒に来てくれるかな?」
勇者様は、手のひらを差し出してくれます。
ゴツゴツとした硬そうな手のひらでした。
たくさんマメができて、潰れても治るのを待たずに使い続けて、それを繰り返してきた、そんな手のひらでした。
「はい、よろこんでお供いたします」
思わずその手をとって握りしめると、勇者様は一拍遅れて握り帰してくれました。
その一拍の間。
私が握ったことを目線で確認した勇者様の様子に、確かに触感が無いのだと肌で感じます。
「ポムが一緒なら俺も心強いよ。面倒をかける事になると思うけど、よろしくな」
えぇ、本当に。けど、それが何だと言うのでしょう。面倒をかける患者さんの介護は慣れっこなのです。
この方をサポートして行きたい、私の中にそんな気持ちが生まれていました。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
斯くして私は勇者様の介添え役(内定)となったのでした。