1:公都エクウス
第六章です。
「〈エクウス〉が見えてきたッスよ~!」
そんなチャーリーさんの声が聞こえてきたのは、私たちが〈ピースサムセット〉に到着したあの日から丁度三週間経った頃でした。
その時、私は勇者様と一緒に〈角鹿車〉の中で休憩していました。
次に聞こえてきたのはドタドタという軽い足音。
下の階にいたユリア様が階段を駆け上がって来たのです。
「ポムさん!」
「わかりました!」
阿吽の呼吸というのでしょうか、私はユリア様の両手を掴んで翼を広げます。
御者席に座っていたガラガさんが室内に入ってできたその隙間を通って、私達は空に舞い上がりました。
視界の端に、私達の後を追って御者席に出てきた勇者様の姿も見えます。
シャムシエルがちゃっかりその隣の席を確保していますね。
「お母様、ついに着きました・・・」
空を飛ぶ私の手に捕まってぶら下がりながら、ユリア様が感極まった声で囁きます。
街道の先に見える街並み、それはユリア様の目的地。そして〈テイワ武装商会〉のとりあえずの目的地である〈公都エクウス〉なのでした。
「ふむ。ここが〈ノース・キティ公国〉の公都エクウスじゃな」
タタタッという軽快な音が聞こえ、屋根の上に蒼い毛並みの幻獣が姿を現しました。
〈狼狗頭〉の〈森蛮人〉に似た頭を天に向け、胸を逸らして風を感じています。
結局、ガナデちゃんはこの姿のままついてきてしまいました。
彼女を連れ帰った時は・・・・というよりも〈幻霧の森〉事件の後始末は大変でした。
もっとも、一番大変だった〈剣悪〉たちの護送や取り調べは街道警備隊に任せてしまったので、私たちが行ったのは冒険者組合への報告が主でした。
その報告書の作成もメリーさんが教えてくれたので比較的楽に済んだのですけど、問題はガナデちゃんの処遇だったのです。
彼女は邪仙宝の首輪によって操られていたとはいえ、幻の霧を使って交通を封鎖していた張本人です。普通に報告したのでは長我部豊寿達と共に護送され取り調べを受けることになるでしょう。
しかし、彼女は同時に、私達(特にユリア様)にとっては重要な情報源であり仲間です。ユリア様の故郷が蹂躙されている現状、その釈放を待っている余裕はありませんでした。
そのことで頭を抱えていた私達の救い主はテイワさんでした。
彼は報告書に手を加え、〈幻霧の森〉事件と〈ペンドリ共和国〉での革命を紐付けて、ガナデちゃんをその解決に従事させるという提案を書き加えてくれました。
また、ガナデちゃんが私達の仲間として活動できるよう、冒険者としての登録にも力を貸してくれました。
冒険者として活動可能な種族の中に〈神威天狼〉という今のガナデちゃんの姿に似た幻獣がいるので、その種族として登録したのです。
これまで〈軍用猪〉のベオニアが占有していた厩舎に私室を与えられたガナデちゃんは、日が落ちた後の広域警戒をシャムシエルと組んで行うようになったのでした。
「ここまで大過なくて良かったわネェ」
テイワさんがしみじみとつぶやきます。
元々〈テイワ商会〉の商談の為に一週間は〈ピースサムセット〉で停留する予定だったため、〈幻霧の森〉の事件があっても旅程に大きな変更が無かったのは(主にユリア様にとって)幸いでした。
停留している間、テイワさんとメリーさんは毎朝のように荷車一杯の商品を持って出かけ、毎晩のように出かけた時とは別の商品を積んで帰ってきました。
その結果として、倉庫で山積みになっていた魚の干物がどんどん減って、材木や細工品が入れ替わりに積み込まれていきます。これらの品々はテイワさんの故郷〈アンティータ公国〉に持ち帰られ、材木や枝は武具の材料となり、木工細工や骨角器などは弟さんが経営している本店に並ぶのだそうです。
そうして商売も、事件の後始末も無事に片付いて〈ピースサムセット〉を出発した私たちは最初の数日、平和を取り戻した森の中を進みました。
長我部軍が荒らし回ったため、森の木々や動物たちに少なからず被害が出ていましたけど、元々住み着いていた猛獣も彼らの餌食になっていたようで、これまで利用できなかった部分も産業に組み込めると、関係者の方々は苦笑いしていたそうです。
そうして森を抜けると、後はもうどこまでも続くだだっ広い平原を十日ほど進むだけでした。
擦れ違う遊牧民の方々と情報や商品を交換しつつ進む旅では、ガナデちゃんが加わった事でローテーションに余裕も生まれ、機動力も上がったため、道中での獣との遭遇も難なく切り抜けることができました。
「切り抜けることができたのは良いんだけどな。着いたぞ?」
「はわわっ!?」
気づけば勇者様が呆れたような表情で覗き込んでいました。
〈角鹿車〉は既に停まっています。いつもの街道沿いの停留所(勇者様が言う所の〈道の駅〉)ではなく、二階建ての建物にぐるりと囲まれた中庭です。
「勇者さん達は初めてでしたね〜。ここは〈隊商宿〉ですよぉ~」
「もぐもぐもぐ。ほれ、見てみぃ」
メリーさんが説明をしてくれました。相変わらず噛み煙草をやっているガラガさんの指す先を見てみると、白茶けた日干し煉瓦を積み上げた建物の一階から屈強な人足が何人も出てきてテイワさんの指示で倉庫から荷物を卸しはじめます。
「儂らが泊まるのは二階じゃ、自分の荷物は自分で運ぶようにな」
どうやら一階部分に施設の管理責任者や監督、警備員や荷運び人足などの住居があり、二階部分が旅商人やその護衛といった客人の為の宿泊施設になっているようです。
その宿泊施設に荷物を運んで落ち着いた頃、テイワさんが私達全員を集めました。
商談や会議を行う目的で作られたであろう広めの部屋。応接セットの椅子にテイワさんとメリーさん、向かい合ってソファにガラガさんと勇者様とユリア様が腰掛け、それぞれの後ろにチャーリーさんと私とシャムシエルが立っています。テーブル脇の床に香箱を組んでいるガナデちゃんも含めて、ベオニアを除く隊商の全員が揃いました。
「よく集まってくれたわね。それじゃあ会議をしましょう」
心なしかしんみりとした声でテイワさんが話を切り出します。
「今回の話は護衛契約の更新についてなのです。ガラガさんとチャーリーさんは長期契約ではありますけど、この機会に改めて意思確認を取らせていただきますねぇ」
「かまわんぞい。っちゅうても、儂は契約続行じゃから大して話すことは無いがのぅ」
「オイラとベオニアも続行ッス。これからもよろしくお願いするッス!」
話を引き取ったメリーさんの問いかけに対し、護衛の先輩である二人は即答します。
「では、お二人は引き続きよろしくお願いしますぅ。後ほど、この後のことを相談しましょう。それで次は、短期契約の皆さんですけどぉ」
「サワラちゃんとポムちゃんは元々この町までの護衛契約だったわね。素行についても実力も申し分なかったし、良ければ契約を更新してこの先も護衛して欲しい所なんだけど・・・・」
メリーさんから再びテイワさんに進行が移ります。テイワさんの申し出は、全国を旅して回りたい私達にとってもありがたい事なのですけど、それでも今は・・・・。
「はい。申し出は嬉しいんですけど、ポムとも話して決めたんです」
「私達、このままユリア様を放り出して行く気にはなれません」
ここに至るまでの道中、この瞬間が来ることは覚悟していました。
勇者様と二人で相談し、時にはテイワさんやガラガさん、業腹ですけどシャムシエルにも助言を仰いで、二人で決めたのです。
「俺とポムはここで護衛契約を満了し、ユリアの故郷を取り戻すのに協力しようと思う」
「ここまでの道中、お世話になりました」
二人して一緒に頭を下げます。
「わかったわ。それからユリアちゃんとシャムちゃん、短かったけどガナデちゃんもここまでよく働いてくれたわね。護衛満了の証書はこの後渡すので〈冒険者組合〉に持って行きなさい」
目の端に涙を滲ませたテイワさんが、ユリア様たちにも声を掛けます。
「追っ手をかけられ、本来なら私から依頼してここまで連れて来ていただく処、危険を背負い込むことも顧みずに、こうして護衛扱いとして扱っていただき、感謝の言葉もございません。この御恩、いずれ何かの形で返させていただきます」
「アタイもだな。騙されて犯罪の片棒を担がされかけた所を、機転を利かせてくれたお陰で犯罪歴がつかずに済んだんだ。次に会う時には一杯奢らせてくれよな」
「短い間じゃったが、ワシも世話になったのじゃ。皆も息災でな」
ひとりひとりテイワさんやガラガさん、チャーリーさんとも握手をして名残を惜しんでいると、居心地悪そうにメリーさんが締め括りました。
「あのぉ、宿舎のお部屋はわたしたちが出発する半月後まで取ってありますので、その間は使ってくださって良いですよぉ。引き払う時にはまた教えてくださいですぅ」
別れを惜しんでいた全員、ばつが悪そうに顔を赤くして笑いあったのでした。